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復讐編23話 無差別攻撃とテロル

 目の前に現れた黒い死神のような(もや)に怯み、身構える貴族達。

 ある者は腰の剣を抜いて、襲ってくる“死神”を迎え撃とうと剣を上段に振りかぶった。


「やめろおおぉ! その靄に触れるなぁぁあ!!」


 私は全力で叫んだが、間に合わない。

 次の瞬間には、剣をすり抜けた死神が貴族男性の体をもすり抜けて、階下の集団に迫っていった。

 靄に通り抜けられた数人の体は、力が抜けたようになって階段に倒れ伏した。

 仰向けに倒れ込んだ男なんかは、そのまま階段の下まで転がり落ちていってしまった。


 ここでようやく、一階の連中も異変に気がついた。

 だが、もう遅い。


「うわ!? 何だこの黒いヤツは!? うわ、うわああああ」

「きゃあああ、来ないでッ──来な──」


 死神に襲われた者達が、次々に倒れていく。

 それだけでは無い。

 数秒の後には倒れていた者達が地べたを()い回って他の者達に襲いかかり始めた。

 精神の核を破壊されただけでなく、麻衣呼(まいこ)によって暴走させられているのだろう。


 魂を操る魔法かと思ったが、こいつはもうそんな生半可なものじゃない。

 形容ではない。これは本物の“呪い”だ。

 この世界には無かった呪いの概念を、魔法の形で持ち込みやがったんだ、麻衣呼は。


「こっちも、ヤバい──クッ」


 私はフロルの放った氷の弾丸を魔法力場で弾く。

 弾いた氷の塊は制御を失い、慣性に任せて床や天井を破壊していく。


 舞い上がった構造物の破片で敵の目が(くら)んでいる隙を突いて、私はバク宙の要領で跳躍し、空中で後方に転回した。

 飛び上がった後、浮いたままの姿勢を維持すべく魔法力場を展開。

 半ば天井に張り付くような形になった私は、即座に次の魔法を練り始める。


 下方を、フロルが四足歩行で突き進んでいく。

 私はここぞとばかりにフロルの後頭部目掛けて氷魔法を叩き込んだ。

 ソフトボール大の氷の(つぶて)によるラッシュだ。


「はあああぁぁあッ!」

「ガガガアアアアッ!?」


 背後を取られた挙句(あげく)、頭部に魔法の猛攻を受ける形になったフロルは、しかし止まる事がなかった。

 顔面をめちゃくちゃに破壊されながらも、なおも私に飛びかかろうと天井を(あお)ぎ見た。

 同時に、私は次なる一手を放つ。

 敵の全身を焼き尽くす、炎の魔法だ。


焼夷弾(ナパーム)!」


 フロルの肉体が炎に巻かれ、頭から四肢の末端に至るまで業火に包まれた。

 が、ヤツはなおも動くのをやめない。


「マジかよ!」


 燃える肉塊と化したまま、自らを包む炎をも攻撃に転じさせて、私に追い(すが)ろうと跳躍してきた。

 フロルの体当たりに備えて、私は腕をクロスさせ──。


「ガッ!?」


 刹那、炎の化け物は横殴りにされたように壁面に叩きつけられる。

 飛空艇の外壁を突き破るような勢いでぶつかったフロルは、炎の中で数度ピクピクと身悶(みもだ)えし、やがて動かなくなった。


 私はひと呼吸置いてから床面に降り立ち、水魔法で消火したのち、スカートの(すす)を手で払った。

 全く、散々な目にあったよ。

 ──それにしても、炎の勢いが思っていたより大きかったような。


「大丈夫か、カンナ」


 そこにはシアノの手を引くビアンカがいた。

 二人とも既に仮面など外しており、素顔を晒している。


 ビアンカの表情が、何だかとても辛そうに見えた。

 うまく歩行もできない弱った体で、懸命に娘の手を引きここまで来たのだ。

 先刻フロルを吹き飛ばしたのもビアンカの魔法に違いない。


「助かったよ。お前こそ大丈夫か、ビアンカ」


 私の問いに、彼女は首を縦に振る。

 その割に辛そうだがな。


「あたしは大丈夫だケド、八號(はちごう)が……」

「はちごう、ビアンカをかばったの」


 シアノとビアンカの視線の先に、人造人間(ホムンクルス)八號がいた。

 大きな岩のような体の主は、自我を破壊された亡者の集団を殴りつけ、振り払いながら必死に戦いを続けていた。

 亡者達は一際大きな体躯(たいく)を持つ八號を標的に定め、優先して襲ってきているように見える。

 奴らは骨を折られようと、四肢を引きちぎられようと、頭が残っている限りは八號に立ち向かっていく。


「……(かば)ったというのは?」

「あたしがシアノを助けに行こうと人ごみを掻き分けて走っていったラ、正気を失った連中に囲まれたんだヨ。八號はあたしとシアノを二階まで投げ飛ばし、守ってくれたのサ」


 無感情のはずの人造人間(ホムンクルス)が、命令が無いにもかかわらず、主人を守るための行動を選択した。

 それに対するのは、人間なのに自我を失い、ただひたすら目の前の存在に食らいつくだけの亡者達。

 何とも皮肉なことだ。


 私は一階ホールの惨事を改めて確認した。


 ゾンビ映画さながらに、自我を失った元人間達が生者に食らいつく。

 流血の事態にニクスオット家の当主も慌てて逃げ出していた。

 しかし、行手(ゆくて)を亡者達に、背後を死神達に阻まれて、身動きができない様子だ。


 父を護衛するべく、スルガは死神から当主を庇って戦っている。

 彼は半べそをかきながらも冷静に、そして的確に、死神に対して魔法を放っていた。


 「吹き飛べェ! “破壊旋風”!」


 彼の放った風魔法が死神に触れると、死神は大きく吹き飛ばされる。

 へえ、奴に魔法は有効なのか。

 物理現象にはさほど影響を受けなくても、魔法に(まと)わりつく魔法力場に干渉を受けているのかもしれない。


 一方のニクスオット当主は、スルガを守るように亡者達と戦いを繰り広げていた。

 親子共に背中を預け合いながら、しかし進むことも退くこともできずに徐々に追い詰められている様子だった。


「うわっ、こっちにも来た!」


 下の様子を伺っていると、何体かの死神が私の方へ向かって飛んできた。

 試しに魔法力場でブッ叩いてやると、死神は階下へと落下していった。

 やはり、力場がヤツに干渉しているようだ。


「カンナ、一体何があったんダ? マイコ様はどうした」

「そのマイコとやらがこの事態を引き起こした元凶だよ」


 身内の命がどうなろうと関係のない、無差別攻撃。

 身内どころか複製体まで使い捨てるくらいだから、よっぽど切羽詰まっていたのだろうな。


 麻衣呼にとって、一万年以上も過ごしたはずのこの《魔法世界》は、故郷の《科学世界》とは比べ物にならないほどに思い入れの無いものなのだろう。

 だから家族だろうが何だろうが、平気で傷つける事ができてしまう。

 自らの目的のためには、何を犠牲にしても(いと)わないという心理に至ってしまっている。


「詳しいことは、後だ。今は計画を進めるとしよう」


 私がそういうと、ビアンカは声を荒げ、叫んだ。


「お前、この期に及んでまだ何かしでかすのカ!」


 ビアンカの手に力が入り、手を握られていたシアノにもその緊張が伝わる。

 今度はシアノが不安そうな顔をして、私に聞いてきた。


「ははうえを、ころすの……?」


 シアノのいう母上とは、麻衣呼のことだ。

 多分、彼女は遺伝子的な母親がビアンカであることは知らないのだろう。


 しかし、随分(ずいぶん)と人間らしい顔をするようになったじゃないか、シアノ。

 いつも兄にくっついてきてあいつの言いなりになっていただけの人形風情が、ビアンカと関わることで、あるいは私に罰を与えられたことで、少し感情が芽生えたのかもしれない。


「ああ、殺すよ。麻衣呼も、スルガも、当主にも消えてもらう。もちろんお前達もだよ、シアノ、ビアンカ」


 ビアンカの目に殺気がこもる。

 ピリついた空気をシアノも感じ取ったのか、不安げな表情が徐々に引いていき、やがて戦闘人形の顔つきになった。


「なあ、ビアンカ」

「何かナ」


 ビアンカがシアノから手を離し、身構えた。

 そう構えなくてもいいじゃないか。

 私の仕込んだ魔石粉末がお前の体内に残っている以上、私に勝てるはずもないのだから。


「この船の中にある、布という布をつなぎ合わせて一枚にしろ。少々の風を受けても破れないくらい、丈夫に作れよ」


 私の言葉を聞いたビアンカはキョトンとした顔になる。

 何を言われたのか理解できていない様子。

 だが時間もないので、私は勝手に話を続ける。


「布がまとめられたら、対角線上の角と角を結ぶなりして繋ぐんだ。それを、今から十分以内に用意しろ」

「一体、何のために」


 私はビアンカの肩に手を置いて、真っ直ぐに目を見つめながら、宣言する。


「お前達二人が、生き残るためだ」


 ……本当なら、見捨てるつもりでいた。

 適当に生き残れることを匂わせるだけ匂わせて、最終的には殺すつもりだった。


 だが、先程ビアンカは私を助けてくれた。

 炎の化け物となったフロルを弾き飛ばして私を救ったのだ。

 ──助けがなくても私自身で対処できたのはいうまでもないことだが、正直、ここがビアンカにとってマイコを選ぶか私を選ぶかの分岐点であったのだ。

 ビアンカは私を選んだ、それがわかっただけでも救うに値する。


 ……ああ、回りくどい言い方になってしまった。

 オブラートに包まず言うと、こいつは使える、と言うことだ。

 “私の世界”入社試験、合格だ。


「知っているか、二人とも。この飛空艇というヤツは水素で浮いているらしい」

「スイソ……詳しくは知らないケド、水に電気を流すと遊気と空気に別れることは知っているゾ。飛空艇は遊気で宙に浮き、余った空気は客室に送られるんダ。それがどうしたのかナ」


 実際には水を電気分解して得られるのは水素と酸素であり、窒素などを含む混合物であるところの“空気”は出てこないのだけど、まあ細かいところはいいや。

 っていうか高高度でも酸欠にならなかったのは、水素を得るついでの酸素を船内に供給することで必要分を補っていたからなんだな。

 道理で炎がよく燃える。酸素は物を燃やす効果があるからな。


「その、遊気? ってヤツなんだが、これがまたよく燃えるんだ」

「……なんだって」


 私は初めから、水素の持つこの性質に目をつけていた。

 この中途半端に技術の発展した(いびつ)な世界では、ヘリウムガスは利用されていない。

 断定的な言い方なのは、この世界にヘリウムを析出する(すべ)が存在しないと確信しているからだ。


 と、なれば“空気より軽い気体”として主に利用されているのは水素。

 まさか飛空艇内で生産されているとは思わなかったが、間違いなく水素で飛んでいることは予測できていた。

 だからこそ私は飛空艇での仮装パーティを実行させたのだ。

 帝国派一人一人との戦闘を回避しつつ、確実に葬るための、最も良い手段がこれだ。




「いいか、私は──この船を爆破する」


 上空数百メートルでの、逃げ場のない爆破テロ。

 これが私の計画だ。

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