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復讐編20話 一万年の軌跡Ⅰ

2022/6/1~6/2に18.5話と19話の投稿順をミスし、その補正作業でもミスをしてしまった影響で、19話後半の文章が丸ごと無くなっていました。

6/2の23時ごろに補完作業を行ったため、それ以前に19話をお読みいただいた方はご注意ください。

今回は19話後半からの続きになります。

『ちょっと待て、一万年だって……?』

『正確にいえば一万と二千年だけどね。これだけ長くいると、二千年なんて端数(はすう)だよ』

『おいおい、冗談だろ』


 古代メソポタミア文明が五千年以上前だと前世の学校で習った気がするから、一万を超えるなど、要は《科学世界》の人類の文明史の二倍。

 下手すれば進化して別種になる生物種すらありそうだ。


 つまり、《科学世界》でも同じように一万二千年が経過しているということか。

 この世界は“異世界”ではなく“異次元”であり、空間が異なるだけで互いに重なり合う一つの世界なんだ。

 当然、時の流れは三(すく)みの世界それぞれが共有しているはず。


 一万年も経っているならば、日本などとうに滅亡しているか違う国になっているだろう。

 今更どうでも良いけどさ。


 私は死して一万年以上も経過してから転生を果たし、麻衣呼(まいこ)は転移してから一万年以上もこの世界で生き続けている。

 私と麻衣呼では、根本的に時間経過の仕方が違うのだ。


 いや、待てよ。

 一万年以上も生き続けるということが、果たして現実的にあり得るのだろうか。

 そんなことは、不可能だ。

 不可能な、はずだ。


『この世界には脳を培養する技術は無いよな。人間の脳が、それほどの長期間に耐えられるはずがない』


 ここが何でも魔法で解決できてしまうおとぎ話のような世界ならば彼女の話も信じやすいだろうが、残念ながらこの世界の魔法は万能ではなく、あくまで物理現象に直接介入できる手段の一つというだけだ。

 魔法技術で作り出すことができるのはせいぜい四肢や消化系、循環器系の臓器、あるいは簡単な神経細胞であり、脳のような複雑な構造の神経系は再現ができない。

 だから人造人間(ホムンクルス)だって、脳だけは死人から拝借するわけだ。


 それに、前の世界で、人間の脳は記憶領域が二百年分ほどしかないと聞いたことがある。

 この世界の人間は長寿であり、二百歳近く生きるのも当たり前となっているが、それでも脳の記憶容量は三百年持つか持たないかだろう。


『そうだね。でも、私が実際にこの体で活動した時間は百年にも満たないんだよ』

『ますます意味がわからん。さっき一万年過ごしたって話と矛盾するだろ』

『ふふ、そりゃあ、いきなり言われてもわからないよね。じゃあ実演してみせようか。フロル?』


 すると、ソファの後ろで控えていただけのフロルが、麻衣呼の額にある魔石に手を(かざ)した。

 フロルは私を見ながら微笑んでみせると、ゆっくりと魔法力場を練り上げながら、麻衣呼に力場をまとわり付かせていく。


「奏夜さん、どうぞ見ていてくださいね」


 フロルが目を閉じて呪文の詠唱を始めた。

 小さな声で、自分に語りかけるように、深く深く精神の奥まで入り込んでいくような、そんな呪文だ。

 やがて準備が整ったフロルは一転して目を見開き、技の名を叫んだ。


冷凍睡眠(コールドスリープ)!」


 瞬間、麻衣呼の体から一気に力が抜けた。

 マリオネットの糸を切られたかのような、そんな脱力の仕方だ。


 普通、人間は眠っている時ですら無意識下で筋肉を動かす。

 完全に脱力するのはありえないことだ。

 今の麻衣呼はそれこそ、死後硬直が始まる前の出来立てほやほやの死体である。


 続いて麻衣呼の体を覆うように糸状の何かが巻き付いていき、あっという間の勢いで体を覆い隠してしまう。

 まるで、(まゆ)だ。

 カイコが幼虫から蛹へ至る際に作る繭玉のように、麻衣呼は真っ白な糸に包まれてしまった。


「ふう、こんなところかしらね」

「なるほど、ね」


 理解できたよ。

 麻衣呼は今までコールドスリープ状態で時を過ごしてきたと言うわけだ。

 肉体が経た時間は確かに一万二千年で、実際の活動時間ははるかに短い理由は時々しか目覚めないから、か。


「それでお前は何なんだよフロル」


 フロルは「ふふ」と笑うと同時に歩きだし、私の横の空いていたソファに腰を下ろした。

 クローラとそっくりな顔で、クローラには無い不気味な笑みを貼り付けて、私の顔をまじまじと見つめてくる。

 なんだか息が詰まりそうだ。

 この距離感は、少し苦手かもしれない。


「『私は麻衣呼だよ、奏夜(そうや)さん。』……なんて、この体で日本語を使うのはちょっぴり違和感があるわね、ふふ」

「話しやすい言語で構わないよ。二人が同一な存在であるのはなんとなくわかる。だが、どういう理屈か教えてくれないか」


 フロルは両手を合わせて唇に当て、少し考えるような仕草を見せる。

 彼女の目線が私から見て右上に動いた。

 そこに何かあるからではなく、どう伝えようかと迷っている動きだ。



 ──そうしてたっぷり時間をかけて悩んでから、フロルは少しずつ語り始めた。


「奏夜さん、この世界に来てから『幽霊』にあたる言葉を聞いたことは? あるいは、『呪い』でもいいわ」


 私の聞きたかった内容とはずいぶん毛色の違う突拍子もない質問だが、きっと後の説明に繋がってくるのだろう。

 そう判断し、私は素直に答える。



「無いな。この世界には、『心霊』に関する概念そのものが無い」



 そう、この世界に幽霊だとか心霊現象、呪術の類の話は全く無い。

 だが、それがどうしたと言うのか。


「これは昔、“黒の魔女”っていう超人に聞いたことなのだけど」

「会ったことがあるのか、アイツに」


 フロルはにっこりと笑う。

 私の口ぶりから、私も黒の魔女に会ったことがあるのだと瞬時に理解したようだ。

 彼女は手を打ち鳴らして、


「そ。それじゃあ話が早いわね」


 と、喜んで見せた。


 彼女が語ったのは、黒の魔女から伝え聞いたと言う元の世界における異能の話だった。


「この世界の動物には頭頂眼があって、魔法を扱うことができるわよね。実は、私達の元いた世界の動物にも特殊な眼があって、世界の(ことわり)にアクセスすることができるのよ。私達はそれに気づかないまま科学を発展させ、いつしかその能力を空想の、あるいは妄想の産物だと誤解してしまったの」

「それが、心霊現象だっていうのか」


 フロルは(うなず)く。


「正確には、“魂を分ける能力”ね」


 フロル(いわ)く、原初の世界には三つの目がある生物がいて、そいつが次元の狭間に巻き込まれて転移したことで、三竦みの世界それぞれで独自の進化を続けたのだという。

 いつしか《魔法世界》以外の二つの世界では、第三の目は退化していくことになるのだが、しかし目としての機能は失っても、別の役割をこなす器官として脳内に残り続けた。


「『松果体(しょうかたい)』っていう、ホルモンを分泌するのに関わる器官があるのだけど、それが第三の目の名残なのよね。そしてそれは、科学者でも気づかない、重要な役割を担っていた。自らの魂を複製して、世界に残すという役割をね」


 死の間際に魂が分けられるとそれは霊魂として長くその場に留まることになり、生きている間に魂を分けることで、生き霊となったり呪いとなったりするらしい。

 また、元の世界で音楽や芸術がより盛んだったのも、ヒトはそう言った創作物に自らの魂を込めているから、だそうだ。

 以心伝心なんて言葉やテレパシーという考え方も、魂のやりとりが可能なことに起因するようだ。

 なんか、わかったようなそうでないような。


「結局、転移者である麻衣呼は、第三の目の力で魂を複製してお前を作ったってことか」

「ふふ、そうね。元の世界の第三の目と、この世界の頭頂眼の相性が良かったこともあって、私は複数の体を同時に行使できるようになった。お互いの頭頂眼を向かい合わせれば、記憶の共有だってできるわ」

「それは便利すぎないか」


 なんていうか、ずるい。

 反則だ。


「互いの記憶を共有できると言っても、それは他人の日記を読むようなもの。印象的な記憶としては残らないわ。……もっとも、そのおかげで元の体の記憶容量内に収まっているのだけど」

「はっ、都合よく出来てんだな」


 私は肩を竦めておどけてみせた。


「そう、運が良かったのよ。運良く私はコールドスリープのまま複製体を使って生き続けることが出来た。数年に一度目を覚まして、記憶の共有を行なってから眠りにつく。そんなのを延々と繰り返していたわ」


 そのように生活することおよそ一万年。

 彼女はその間、ずっと元の世界に帰る方法を探し続けていた。

 時折次元の狭間から異次元の物や動物、人がやってくることはあったが、次元の断裂を観測する(すべ)はついに見つからなかった。


 唯一帰還への道筋が見えたのは、およそ八千年前。

 同郷の出身であったとある人物との出会いがきっかけであった。


 その人物の名は、アーケオ・テリクス。

 現在《魔法世界》において世界宗教となっているアーケオ教の始祖たる巫女(みこ)である。

 元の世界で遺伝子操作を受けて生まれた変異個体(ミュータント)である彼女は、青い髪を持つ美しい少女だったという。


「彼女は11次元にアクセスする権限こそ持たなかったけれど、あの異空間において数時間とどまっても平気という特性があったわ。彼女には、黒の魔女に召喚された際に、魔女の話をたっぷり聞く時間があったのね」


 アーケオは黒の魔女から伝え聞いた話をこの世界の住民にも広めた。

 それがやがて世界宗教へとつながっていくのと同時に、彼女自身が“黒の魔女”と誤って呼ばれるようになってしまうわけであるが、麻衣呼にとって重要なのはそこではなかった。

 アーケオは次元の狭間を“波”と捉えることによって、計算でその出現場所を確率的に求められるようにしたのだ。

 制御こそできないものの、観測へと一歩近づいたわけだ。

 しかし──。


「アーケオは言ったわ。時を(さかのぼ)る方法は無いんだって」


 つまり、転移から幾多の年月を経てしまった今、たとえ元の世界に戻ったとしてもそれは麻衣呼のいた時代から何千年もの時間で隔絶された別世界に過ぎない。

 要は戻る方法を模索するだけ無駄、ということだ。

 もしも元の世界に戻れたとして、そこに自分の知っている文明が一つも無ければ、それこそ絶望の(ふち)に立たされたようなものだ。


「でも、一つだけ例外があるって、アーケオは言っていたわ」

「例外?」

「それを当時のアーケオは教えてくれなかった。と、いうより黒の魔女が情報を出し渋ったらしいのよ。“今キミにそれを教えれば、ボクの存在が揺らいでしまう”……そんなことを言っていたらしいわ」


 奴の目的は自分の生まれを知ることだ。

 で、あればきっとアーケオや麻衣呼の系譜が自分に繋がるモノになると直感したのかもしれない。

 現に、魔女を生み出すとされる私が麻衣呼と対峙し、こうして複製体であるフロルと話をしている。

 私が彼女から情報を貰うことが重要なのだろうか。


「だけどね、今から二千年前に……ふふ、笑ってしまうのだけど、その“例外”であるご本人様と私は対面することになったのよ」


 それはアーケオの死後、しばらく経ってから何百年かぶりに黒の魔女から召喚されたときの出来事。

 麻衣呼と黒の魔女が話している途中で、件の人物が11次元にアクセスしてきた。


「それが、“白の魔女”と彼女の付き人の青年、“みーくん”ね」


 話の中に登場人物が二人増えたぞ。

 これ、実はとても長くて複雑な話になるのではないだろうか。

 それこそ物語が一本書けてしまうほどの、言わば“麻衣呼物語”の一節を読み上げられているのでは。


「ふふ、ちょっと話に付いていけていないかしら?」

「いいよ。続けて。どーせ重要なとこ以外はあとで忘れるんだからさ」


 忘れっぽいのは私にかけられた宿命みたいなものであるが、都合のいい所だけ覚えるということは、脳の記憶領域を圧迫しなくても良いという話なので、ある意味では特技ともいえる。

 ひと通り聞いて、要点だけまとめて記憶にとどめておけば良いだろう。


「そ」


 フロルは一瞬だけ複雑そうな心境を表情に(にじ)ませていたが、すぐに笑顔に戻った。


「では、続けるわね」


 そうして続きを話しはじめた。

 時の大河を遡る方法、そしてここ最近の帝国派の動きの真相を。

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