復讐編19話 同一存在
18.5話と19話の投稿順を間違えてしまったため、2022/6/2に入れ替えを行いました。
18.5話は幕間話なのでどちらから読んでも不都合はありませんが、ブクマ位置が変わってしまっているかもしれません。
ご不便お掛けして申し訳ありません。
追記。
入れ替えを行った際、19話の後半が切れてしまいました。
23時ごろに補完いたしましたので、それ以前に読まれた方は「観音開きの立派な扉を開けさせた」以降をご覧ください。
「表に出るのは、嫌だわ。だってここ、上空数百メートルはありそうよ?」
フロルは眉根を少し下げつつ、私のジョークに馬鹿真面目な返答をした。
真面目くさった頓珍漢な返事こそが彼女なりの冗談なのだろうが。
その証拠に、口元に貼り付けられた笑顔の形はそのままだ。
「外に出たら、ふふ、死んでしまうかもしれないわね」
「じゃあ、ゆっくり話せる場所をどこか他に探す必要があるな。ここは船員たちの出入りも多そうだし」
私は構えていた氷の剣を熱して気化させ、片付けた。
フロルは再び仮面を付けると船の前方を指差した。
「では、貴賓室に行きましょうか」
「おいおい、貴賓室ってニクスオット本家の控室じゃないのか。あんたも入れるのか?」
私の問いかけに、フロルはふふ、と笑った。
「大丈夫よ。だって、私もニクスオットですもの。ついてきてカンナさん……いいえ、今はまだイブと呼ばせてもらうわね」
「……」
機械室のそばにある階段は、客よりも船員の使用が主のためか金属の露出が多い無機質なものだった。
それを使って、二階の通路へ出た。
吹き抜けになっていて一階ホールの様子がよく見える。
舞踏会はいまだ問題もなく続いている。シアノとスルガもダンスの真っ最中だ。
ビアンカは人垣に阻まれて最前列へは行けず、代わりに人造人間八號の肩に乗ることで視界を確保していた。
「あ、こっち見た」
ビアンカは二階通路を移動する私たちに気がついたのか、ちらりと様子を伺ったようだ。
仮面のせいで目の動きはわからないが、首の角度でこちらへ注意が払われているのが見て取れる。
ビアンカには私がこの場で何かアクションを起こす予定であることは伝えてあるが、どのタイミングで何をするのかは伝えていない。
故に、私の動きが逐一気になるのだろう。
しかし一歩引いた位置で見守っていてくれるので、私としても動きやすくていい。
私は視点を変え、今度は大階段の近くを見た。
偉そうな態度で貴族たちの相手をしている青髪で顎髭を蓄えた男が、当主であるテトラ・ロード・ニクスオットだろう。
彼の周りには媚びへつらうような態度の小物と、当主と同様に威厳ある態度を見せる大物が半々の割合で集まっている。
当主様は彼ら一人一人を労うように肩に手を置き、挨拶の言葉をうんうんと頷きながら聞いて回っていた。
おや。
そういえば、貴族の奥方連中の中にマイコ・ニクスオットらしき人物は見当たらない。
私の目の前にいるフロルがシズオカ マイコその人なのだとすれば、やはりマイコ・ニクスオットとも同一人物ということになるのだろうか。
いや、しかしそれでは色々と辻褄が合わないような……。
「ふふ、どうかしたのかしら。下の様子が気になる?」
「いいや、先を急ごうか」
私は一階へ目を落とすのをやめて、進行方向へと向き直った。
どのみち、この後の会話で全てが明らかになるハズだ。
私はフロルの先導で通路を進み、大階段のさらに奥、貴賓室の前の通路までやってきた。
最前方が飛空艇の司令室なので、その両脇に貴賓室が配置されているイメージ。
貴賓室と一括りで呼ばれているが、右翼側、左翼側で部屋のランクが分かれるらしい。
フロルは迷うことなく右翼側の部屋の前に立った。
おそらくこちら側が当主とマイコの控室、反対側がスルガやシアノの控室なのだろう。
「扉を開けてちょうだい」
「ハッ」
フロルは部屋の前に立っていた使用人に、観音開きの立派な扉を開けさせた。
洋館の入り口にありそうな重厚な扉が、想像通りの軋むような開閉音を立てながら開け放たれる。
「どうぞ、入ってちょうだいな」
「あ、ああ」
私は部屋の中にいた人物に促され、貴賓室内へと足を踏み入れた。
今度はフロルが後に続く。
背後で、扉の閉まる大きな音がした。
ホテルのスイートルームの如き豪華な設えの部屋。
大きな出窓は眼下の景色を楽しめるようにとやや斜めに取り付けられていて、用いられているガラスは透明度の高い一級品。
赤い絨毯には細やかな金の刺繍が施されており、程良く手入れされていて汚れ一つ付いていない。
大理石のテーブルを挟むようにして、革製のソファが三つ配置されていた。
三つのうち一つは二人掛け用であり、幅広い。
その二人掛け用のソファのど真ん中には群青色のドレスに身を包んだ女性が一人で腰かけていた。
彼女の姿を見た瞬間、私は理解した。
彼女は、フロルだ。
容姿はまるで似ていない。しかし、背後で立っているオレンジ色の髪の女性も、目の前に座っている黒髪の女性も、フロルであり、マイコであると思ったのだ。
「ごきげんよう、カンナさん。こちらの私と会うのは初めてよね?」
「……中身とはさっきからずっと一緒にいるのだけどな」
彼女は見るからにこの世界の人物ではなかった。
エルフのような長い耳は持っていない。
額にある蒼い頭頂眼も、生まれ持ってのものではなく加工された魔石を嵌め込んだだけのように見える。つまり義眼だ。
美しく光沢を放つ黒の長髪、卵型の輪郭、それほど高くないが整った鼻、妖しく艶めく豊かな唇。
この世界の者たちは基本的に整った顔立ちで目が大きく、どこかアニメやゲームのキャラクターじみているところがある。
しかし、目の前の彼女の顔立ちは、そう言った類のものではない。
久々に、“人間”を見た気がした。
「静岡 麻衣呼よ。よろしくね、カンナさん」
彼女はふふ、と控えめに笑って見せた。
その所作一つ一つがフロルのものと瓜二つ──否、まったく同一のものであった。
私は背後に立っているはずのフロルの方へ目をやった。
彼女はサンタの仮面を外し、素顔を晒している。
その顔は、私の前に腰掛けている女と寸分違わぬ表情をしていた。
容姿は違うのに表情が同じなのは、なんとも気味が悪いものだ。
私は再び黒髪の方のマイコに目を向けた。
向こうが《科学世界》での名を名乗ったのだから、私も《魔法世界》での名前ではなく、魂に刻まれた本来の名前を告げる必要があるだろう。
『俺は大浅 奏夜だ』
私が名を告げると、麻衣呼は手を合わせるような仕草をして前のめりになり、おおいに喜んだ。
『わあ、日本語! 何年ぶりかな、すごいすごい! 転移者は何人か知ってるけど、日本人に会ったのは初めてだよ!』
向こうも日本語で応答するが、途端に話し方が庶民的な感じになった。
こちらでは上流階級の言い回しで慣れてしまっているが、きっと前の世界では一般市民の一人に過ぎなかったのだろう。
彼女がこの世界に来てから何年経過したのかはわからないが、少なくとも二人も子をもうけて十何年も育てられるくらいは時を経ている。
その間故郷の言葉や風習、食べ物に一切触れていなかったのだとしたら、確かに嬉しさもひとしおであろうな。
『奏夜さん、だっけ。男性なんだね、意外だったわ』
『見た目が美少女だからな。だが、所作で正体を見抜くのがお前の流儀ではないのか。フェニコールの屋敷でも、そのようなことを言っていただろう』
フェニコール屋敷の時は麻衣呼ではなくフロルが相手だったのだけど、たぶん関係ないだろう。
きっと彼女たちは魂を同じくする一つの人格。
でなければ、血縁でない人間同士が一卵性双生児の如くリンクした動作をするはずがない。
『フェニコールの家で会ったのも私だって認識しているんだね。その様子だと、私がどういう存在なのか気付いているの?』
『知らねーよ、当てずっぽうだ』
私は彼女たちがどのような存在で、どのような性質を持つのか理解できてはいない。
直感として、二人が同一存在であると思っただけ。
そしてその直感は、二人の態度からしておそらく正しいのだ。
「お座りになったら? カンナさん。立ちっぱなしじゃ疲れるでしょう」
フロルがソファを指し示し、座るように促してきた。
別に立ちっぱなしでも構わないのだが、断る理由も特にないため私は麻衣呼の向かいにある一人掛けのソファに着席した。
一方のフロルはと言うと、ソファには腰かけず、麻衣呼の後ろに回っただけである。
人に椅子を勧めておいて、自分は立ったままで良いらしい。
「さて、マイコ様。どこから説明いたしましょうね?」
『うーん、難しいね。話したいことなんて、山ほどあるからさ』
魔法国の言葉と日本語とで奇妙な会話を交わす二人。
頭が混乱しないのだろうか。
しばらくうーんと唸っていた麻衣呼は、やがて私の顔をじっと見つめると、おもむろにこう切り出した。
『あなたは日本に帰りたいとは思わないの?』
私は肩を竦めた。
『全然思わないね。なんでこんな美少女に生まれ変わったのに、その勝ち組人生を捨てなきゃならないんだ』
麻衣呼は困ったように笑う。
その目は、どこか私を羨むような気配を滲ませていた。
『そうなんだ。……そっか、あなたは転生者だもんね。私とは立場が違うか』
『お前は俺とは違って元の日本人の身体を残しているよな。次元の断裂に巻き込まれでもしたのか』
麻衣呼はこくりと頷いた。
『ふふ、その通り。私は向こうで神隠しに遭ったの。彼氏とドライブしていたら、急に目の前の世界が歪んで見えたんだ。空間がヴェールに覆われているというか、靄に包まれているというか、不思議な光景だった。そのヴェールの向こうに日本とは別の景色が広がっているのに気付いた時には、もうこの世界にいたんだよ』
『その彼氏も一緒にこっちへ来たのか』
私の問いに彼女は頷きかけて、はたと動きを止めた。
しばし考えるように首をもたげた後、ふふ、と微笑んだ。
ゆっくりと唇が動いて、ひと呼吸の後に麻衣呼はようやく私の問いに返答をした。
その一言に、私は今まで話のスケールを捉え違えていたことを思い知らされた。
目の前にいる女が刻んできた歴史の深さに、驚愕する。
『そのはずなんだけど、忘れちゃった。なんせ、もう一万年も前の話なんだもん』




