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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

恋浜線の呪い

作者: 戯れペン

 『特報!怪奇ファイル』番組スタッフの皆様、毎週楽しく拝見しております。皆様の番組作りに対する熱意は視聴者としても頼もしく、これからも上質な恐怖を私たちに届けて頂きたいと思っております。


 さて、今回私が筆を執ったのは他でもありません。


 皆様は「恋浜線の呪い」という話を御存知でしょうか?

 私は今年で40歳になりますが、私と同年代の方ならば、もしかすると懐かしく思い出して頂けるかもしれません。


 「恋浜線」という言葉は、私が高校生の時に関東圏を中心に急速に広まりました。その盛り上がりは、全国紙に載るほどだったと記憶しています。


 相思相愛の男女が恋浜線という謎の電車に乗って駆け落ちをし、その電車は二人を見知らぬ土地へ導いてくれる。


 確か、そんな記事でした。


 新聞は、高校生の男女の失踪事件を単なる駆け落ちであると報じ、当時高校生の間で話題になっていた「恋浜線」の話と結びつけたのです。


 駆け落ちとは若さ故の美しい過ちであり、時が経てば、彼らも両親の元に戻るだろうと、記事は楽観的に結んでいたと思います。


 しかし、実際に高校生の間で囁かれていた「恋浜線」の話は、そんなものではありませんでした。


 それはこうです。


 相思相愛の男女のもとに恋浜線という謎の車両が現れ、中に乗っている血まみれの女に連れ去られてしまう。


 謎の車両が「恋浜線」と呼ばれるのは、車両がホームに現れるときに必ず「恋浜線」とアナウンスされるという直接的な理由がありましたが、もう一つの理由として、恋浜線が現れるのがK浜線沿線に限定されるということもありました。


 そんなわけで、K浜線沿線に住む恋人たちは、常に友人たちの格好の話題でした。


 恋浜線に遭遇するということは、呪いであれ幽霊であれ、何か得体の知れないものに相思相愛だというお墨付きを貰うようなものだったからです。


 当時の私も、そんな若者の一人でした。


 私には高校2年生の時にAという恋人がいました。


 その年頃の女の子は恋に恋しているようなもので、そんな当時を思い返してこんなことを書くのはお恥ずかしいのですが、私とAの恋愛はそのようなものではなかったと、40歳になった今でも断言することができます。


 私たちは深く愛し合い、互いにこの相手しかいないとまで思い詰めていました。私はAとなら、運命という言葉をやすやすと信じることが出来ましたし、Aも同じように感じてくれているようでした。


 この話は、私たちが実際に恋浜線に遭遇した時の話です。恋浜線は実在します。あの血まみれの女も。


 当時の噂話によると、血まみれの女は数年前に失恋のためにK浜線で飛び降り自殺をした女子高生ということでした。


 失恋のために成仏できずにいる彼女は、運命で結ばれた恋人たちを見ると、嫉妬のために彼らを異世界に引きずり込んでしまうそうなのです。


 私もAもK浜線沿線に住んでいましたので、当然この話を知っていましたが、電車を利用しないわけにはいきません。それに、実際に恋浜線に遭遇したという話も聞いたことがありませんでしたので、少し変わった怪談話として、むしろ面白がっていたくらいでした。


 そんな私たちには、日頃から親しく付き合っていたカップルがいました。昔の言葉でいうグループ交際というのでしょうか。


 彼女は私の先輩で高校3年生、仮に美子さんとしておきましょう。そして美子さんにもまた、運命で結ばれたBさんという恋人がいたのです。


 いま思い返しても、4人で過ごした日々は、私の人生の中で最も甘美なものとして胸の中に残っています。


 運命を手に入れた者同士の共感とでも言うのでしょうか。欠けるもののない、完全に満ち足りた日々でした。


 そんな、いつもの休日。


 いつものように4人で過ごした帰り道でのことです。


 Bさんと二人きりになりたいと美子さんが言うので、私とAは美子さんたちと別れてK浜駅のK浜線で下り電車を待っていました。


 秋だというのにひどく蒸し暑い夜で、ホームは耳が痛いほどに静まりかえり、私たちの他に人影はありません。


 誰かに見られているような、全身にまとわりつく嫌な空気がホームに淀んでいました。


 なんだか、いつもの駅じゃない。美子さんたちと合流した方がいいとAに提案しようとした、その時です。


 突然、しわがれた男性の声が頭上のスピーカーから落ちてきました。


 「間もなく3番線には19時38分発、恋浜線が3両編成で参ります。危ないですから黄色い線までお下がり下さい」


 繋いだAの手がじっとりと汗ばんでいきました。私もそうだったと思います。電車の発着を知らせる電光掲示板には、19時38分発の電車など表示されていませんでした。


 「間もなく3番線には19時38分発、恋浜線が3両編成で参ります。危ないですから黄色い線までお下がり下さい」


 私たちは顔を見合わせました。不穏な空気は濃厚な気配となって背後まで迫っていました。私たちはどうすることも出来ず、ただ見つめ合って互いの手にすがるしかありませんでした。


 一面に濡れた背中に、脂汗が伝いました。


 ごとり、ごとり、ごと、ごとり。


 線路に続く闇の向こうから、その音は聞こえてきます。


 車輪の音には違いないのですが、何かが挟まってうまく噛み合っていない、そんな音でした。


 その音は近づいてくるにつれてだんだん大きくなり、何かがぶつかる音、弾けてしぶきが上がる音、砕ける音、呻き声、そんな禍々しい音を伴ってホームに反響しました。


 そして、闇の中から黄色い閃光と急ブレーキの音を轟かせて、突然電車がホームに雪崩れ込んできたのです。


 電車の先頭車両は、ちょうど私とAが立っている停車位置に止まりました。運転席の窓にはヒビが入り、そこに血が滴っています。


 脳天気な電子音がして、誰も乗っていない車両のドアが一斉に開くと、あの呻き声が再び聞こえてきたのです。


 あれは女の声、だったのでしょうか。声というよりは気管に空気を出し入れする音という方が正確だったと思いますが、不規則に乱れながらも、その音の主は確かに生きているようでした。


 私はあまりの事態に体が硬直してしまい、恐怖のために動くことが出来ませんでした。


 ただ、ここにいてはいけない。早く逃げなくてはいけないという一心でAの手を強く握りしめていました。


 しかし、私の思いはAには通じませんでした。Aは私の手を振りほどくと、車両の下に向かって叫びました。


 「大丈夫ですか!すぐに助けを呼んできます!」

 「何してるの!早く逃げよう!こんなの普通じゃない!」

 「でも……まだ生きてる」

 「まだ分からないの?恋浜線だよ!……ねぇ!」


 私はAに取り縋って必死に訴えました。するとAも恐怖を感じていたのでしょう。どこかほっとしたような面持ちで私の方を見上げ素早く頷くと、私の手を取りました。


 「逃げよう!」


 体を反転させて逃げようと一歩踏み出したところで、Aの動きが止まりました。


 「何してるの?早く!」


 私はAの手を強く引きましたが、Aは下を向いたまま動こうとしません。


 ふと、Aの足元に目がいきました。


 車両とホームの間から、細くて白いものが突き出していて、それがAの足首をがっしりと掴まえて動けないようにしていたのです。


 それは血にまみれた女の腕でした。


 ひた、と反対の手がホームに懸かりました。Aの足首を支点にして、反動をつけてホームに這い上がろうと藻掻いています。


 藻掻くたびに血糊のかすれた跡がホームに残り、呻き声は乱れに乱れました。


 やがて女の手がホームを捕らえると、びしゃっと血潮を飛び散らせて女の上体が姿を現したのです。


 Aは絶叫し、女の手から自由になろうと必死に足を動かしましたが、女はびくともしません。


 私も無我夢中で叫んでいました。女の体には、首がついていなかったのですから。


 しかし、それでも女の体は動いていました。線路に敷き詰められた小石は女の血でてらてらと濡れ光り、その上に白い靴下とローファーを履いた足が無造作に落ちていました。


 私はAの手を引いて、改札に上がる階段を目指しました。Aの足首を掴んでいる女の体には腰から下がなく、ずり、ずりと引きずられながらついてきて、そこから流れる黒い血でホームが汚れました。


 私たちは汗まみれになりながらホームを歩きました。


 階段まであと少しというところで、すぐ脇にあるベンチの上に、黒い毛玉のようなものが置いてあることに私たちは気づきました。


 長い毛が床まで垂れ下がり、電灯の光を鈍く照り返していました。


 血の匂いに混じって、匂い立つような少女の香りが鼻腔に広がりました。その場違いな芳しい香りについ気を取られ、私はそれを見てしまったのです。


 あれはまさしく少女でした。


 細く豊かな黒髪がベンチの上で幾重にも波打ち、まるで生きているように瑞々しく輝いていました。軽く引き結んだ唇は無邪気な純潔を、濡れたように光る瞳は夢見がちな少女の心を湛えていました。


 目の前の可憐な生首が、Aの足下にある無惨な体の持ち主なのでしょうか。私と同い年か、あるいは年下だったかもしれません。


 そんなあどけない少女が、失恋で自ら命を絶つなどという激情を持っているとは、皆様には信じられないかもしれません。


 しかし、女は生まれながらにして女なのです。


 少女の生首を見た瞬間に、私の胸には彼女の恋するが故の苦しみや悲しみ、そして裏切られた憎しみが一気に流れ込んできました。


 あれほどの憎悪を抱かせるとは、相手は一体どれほどの男なのか。女として、そちらの方が気になってしまいました。


 よほど愛していたのか、それとも絶望するほどにひどい裏切りだったのか。


 どちらにしても、命懸けの恋は女を狂わせます。


 話が逸れてしまって申し訳ありません。話を先に進めましょう。


 つかの間、私たちが少女の生首に目を奪われていると、突然Aの足に絡みついていた少女の腕がびくりと跳ね上がりました。


 すると虚空を見ていた生首の目がみるみるうちに充血し、例の呻き声を出し始めたのです。


 少女の血走った視線がAを刺しました。


 すると少女の体が上体を起こし、Aの腰の辺りに手を掛けてAの体をよじ登り始めたのです。


 Aは全身を震わせて棒立ちになり、為す術もなく泣いていました。


 生首からはぴちゃぴちゃと血が滴り落ち、ベンチの下に赤黒い血溜まりを作っていました。


 その血溜まりが少女の黒髪と溶け合い、まるで意思を持っているかのように私たちの方へ拡がってきたのです。


 虚脱状態になっているAを横目で見ながら、それでも私の頭は妙に醒めていて、これから自分が何をすべきなのかを淡々と頭の中で反復していました。


 それは「恋浜線」の話の結末を知っていたからかもしれません。


 Aと一緒に、絶対に生きて帰る。その決意とともに右手を大きく振りかぶると、私はその手を全身の力を込めてAの頬に叩きつけました。


 淀んだ空気を打ち祓うような小気味よい音がホームに炸裂し、Aの体をよじ登っていた少女の体がどさり、とAの体から落ちて動かなくなりました。


 そして頬をしたたかに打たれたAは意識を失い、白目を剥いてその場に倒れ込みました。


 血にまみれたホームで一人、私は少女の生首と対峙していました。


 少女は先程の可憐な印象とはかけ離れた恐ろしい形相で私を真正面から見据え、乱れた髪の間から不気味に光る双眸で私を圧倒しようと睨みつけてきます。


 しかし、私も負ける訳にはいきません。真正面から少女の顔を見据えました。


 私は恋をしている一人の女として、哀れな少女に訴えたつもりでした。


 あなたはつらい恋をしたのかもしれないが、こんなやり方で人の心を推し量るなんて間違っている。私はあなたとは違う。自分や大切な人を傷つけてしまったとしても、私は私の大切な人を守る。それが愛なのだと……。


 私の記憶はここで唐突に途絶えてしまいます。


 どうやって家に辿り着いたのかも記憶にありません。気づいた時には、自宅のベットで朝を迎えていました。


 ただ、記憶が途切れる直前に、少女が私を見てにやりと笑った、その歪んだ口許だけが記憶に残っていました。


 翌日、Aに昨夜のことを尋ねましたが、彼は恋浜線に遭遇したこと自体を覚えていないと言います。


 おかしな夢を見たのだろうと笑われてしまいました。


 いや、あれは夢なんかじゃない。確かに恋浜線だったと必死に説明しても、具体的な証拠があるわけでもなく、さらには私の記憶に曖昧な部分が多いことを指摘されてしまい、この話はなんとなく、それで終わってしまいました。


 それから一週間が何ごともなく過ぎ、Aの言うとおり、あれは悪い夢だったのだろうと思い始めていた放課後のことです。


 北風で街路樹の枯れ葉が舞う、冬の始まりでした。


 いつものようにファミレスで時間を潰した帰り道、Aは私に唐突な別れを切り出しました。その申し出は私にとって思いもよらないもので、私は狼狽しながらもAに理由を聞きました。


 しかし、Aははっきりとしたことを言おうとはしません。他に好きな人がいるのではないか。それならそうとはっきり言って欲しい。私は泣きながらAを問い質しました。


 すると、もう以前のように愛することが出来なくなってしまった、一緒に過ごしていても虚しさを感じる、と申し訳なさそうに言うのです。


 私はそれ以上何も言うことが出来ず、二人は気まずい雰囲気のまま、その日は別れました。


 それ以降、Aとは学校で会ってもぎくしゃくした感じになってしまい、休日を一緒に過ごすこともなくなりました。そればかりか、彼は私を避けるようになってしまい、2人の関係はもはや誰の目から見ても修復不可能なものになってしまったのです。


 そしてAとは、ほどなくして自然消滅的に別れました。


 私の運命の恋は、こうしてあっけなく終わってしまったのです。


 それからの私の憔悴ぶりはひどいものでした。学校には行かなくなり、食事も喉を通らず、部屋の中で一日中窓の外ばかり見ていました。


 思うのはAのことばかりです。


 なぜ、あんなにも急速に私への思いが冷めてしまったのか。将来を誓い合ってさえいたのに、あの変わり様はにわかには信じられませんでした。


 まるで私への思いが日を追うごとにさらさらとどこかに流れ出していくように、どんどん淡泊で他人行儀になっていったのです。


 そこに私へのはっきりとした嫌悪が感じられなかっただけに、私には別人のように変わっていくAが不気味ですらありました。


 口許を歪めて笑う少女。


 ふいに、あの時のイメージがフラッシュバックのように甦りました。


 「まさか……でも……」


 Aとの別れとあの日の生首が結びついたのはこの時です。信じたくない気持ちとは裏腹に、私には確信に近い直感がありました。


 相思相愛の男女のもとに恋浜線という謎の車両が現れ、中に乗っている血まみれの女に連れ去られてしまう。


 実は巷によくある怪談話と同じように、この「恋浜線」の話には続きがあって、呪いを回避する方法として次のようなことが伝えられていました。


 この女に連れ去られないようにするためには、女性は女の目の前で男性の顔を殴打し、女に対して男性への気持ちを否定しなければならない。


 あの日、私はこの話の通りAの頬を張り倒しました。そうすることで、私にとってAが運命の恋人であることを自ら否定してみせたのです。


 勿論、それは助かるための単なるポーズに過ぎませんでした。


 その結果、私たちは無事に女から逃げることが出来た訳ですが、その後の私たちの関係は終わってしまいました。


 もし、この呪いの回避方法を実践したことで、そこに示されていることが現実になってしまったとしたら?


 そして、それこそが「恋浜線」の本当の呪いなのだとしたら?


 これは私の推測に過ぎません。しかし、Aの急激な変化と事の顛末を考え合わせると、それ以外に原因があるとは思えませんでした。


 この推測が正しいとすれば、私は一体どうすれば良かったのでしょうか。こうして無事に帰れたとしても、私の隣りにAはもういないのです。Aを失った悲しみが押し寄せて、心が押し潰されそうでした。


 いつの間にか、窓の外は暗くなっていました。遠くで電車の走る音が小さく聞こえます。暖房をつけていない部屋で、私は凍えた体を抱きしめて泣いていました。寒さのためか、それとも恐怖からか、歯の根の合わない口がかちかちと音を立てました。


 突然、手元に置いていた携帯電話が震えました。美子さんからの着信でした。


 「どうしよう。取り返しのつかないことになっちゃった」

       

 私は全てを話しました。恋浜線に遭遇したこと。伝えられている話の通りに行動し、無事に逃げることが出来たけれど、結果としてAと別れてしまったこと。


 美子さんは茶化すことなく最後まで黙って聞いてくれて、最後に一言。


 「そう、怖かったね。Aくんとのことはとてもつらいことだけど、私はあなたが無事でいてくれてとても嬉しいわ」


 ふいに掛けられた言葉に涙が止まりませんでした。


 それから美子さんは、夜更けまで私の嗚咽混じりの繰り言に付き合ってくれました。慰めの言葉はありませんでしたが、かえって私の心を丸ごと包み込んでくれるような優しさを感じました。慰めなど、この場では不要だと彼女は知っていたのです。


 そのような遣り取りがひと月ほど続き、私は精神的に落ち着くことが出来て、再び学校に通えるようになりました。


 見る影もなく痩せてしまった姿を見て、級友たちは驚いているようでしたが、以前と変わらず接してくれたのはありがたいことでした。


 Aとのことは未だに癒えぬ傷でしたが、それでも少しずつ学校生活を取り戻し始めた頃、卒業式間近の春先でした。


 美子さんとBさんはともに東京の大学に進学が決まっていて、新生活への準備に忙しそうです。


 頬を紅潮させて新生活への希望を語る彼らは、眩しいほどに輝いていました。


 そんなある日、私の家に見知らぬ男性が2人尋ねてきました。私に聞きたいことがあると言います。


 地味なスーツを着た強面で、刑事だと名乗りました。心配をした母親が同席し、2人の刑事はリビングに通されると事務的な口調で私に聞きました。


 「実は、数日前から美子さんとBさんが行方不明になっていてね。それぞれのご両親から捜索願が出ているんだ。それで我々がこうして動いているという訳なんだけど、君は美子さんと仲が良かったそうだね。不躾な質問になるが、2人の居所について何か心当たりはないだろうか」


 私の失恋騒動で、母は美子さんにとても感謝していました。


 失踪なんて、とんでもない。2人は東京の有名大学に進学が決まっている有望な若者で、将来を悲観するような事など1つもない、とショックを受けつつも反論しました。


 刑事も一通りのことは調べているようで、しきりに首を捻っていました。彼らにとっても、このような状況で失踪する人間の心理は想像し難いようでした。


 残る可能性は痴情のもつれか、何か事件に巻き込まれたかということでしたが、その可能性も薄く、とりあえず彼女たちと親しかった私を訪ねたということでした。


 母と刑事が話している間、私はうつむいて一言も話せませんでした。私の顔色がひどく悪くなっているのに気づいた母が、さりげなく刑事を玄関口まで誘導しました。


 刑事も私からは有益な情報は得られないと思ったのでしょう。何か気づいたことがあったら連絡して欲しいと、名刺を置いて去りました。


 その後、警察の捜査は暗礁に乗り上げ、何日も登校してこない2人を友人たちが不審に思うようになり、事件は周囲の知るところとなりました。


 そして騒ぎを聞きつけた新聞が、無責任にも「恋浜線」として面白おかしく記事にしたのです。


 以上が、私が恋浜線について体験したことの全てです。


 美子さんとBさんの行方は未だに知れません。


 2人はどこに行ってしまったのでしょう。


 新聞の言う通り、本当にどこかに駆け落ちをしていて、2人で幸せに暮らしているのならそれでいいのです。


 しかし、そうでなかったとしたら?


 2人とも、あの血まみれの少女に連れ去られてしまったのでしょうか。


 美子さんから電話のあった夜、私は彼女に恋浜線について全てを話してしまいました。今でも気掛かりなのは、そのことで彼女が私とは違う決断をしたのかもしれないということです。


 あの夜、私の話を聞いて彼女は何を思ったのでしょう。


 運命を奪われて生きるよりは、いっそ2人で少女の手に堕ちる方を選んだとしても不思議ではありません。


 その後の私はと言えば、大学に進学し何度か恋もしましたが、Aほどの思いを抱ける相手にはとうとう巡り会えず、30歳の時に見合い結婚をしました。


 幸いなことに一人娘にも恵まれ、それなりに幸せな日々を送っています。


 少子化、草食系男子などと言われて久しい世の中ですが、運命で結ばれた恋人たちは、今でもひっそりと愛を育んでいるようです。


 K浜線では、今でも若い男女の駆け落ちが後を絶ちません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これが初投稿ということに驚きました。短編で読みやすく、話も上手にできていたと素人ながら思います。 [気になる点] 一つだけ気になったのが登場人物がAやBと表しているところです。私が読書不足…
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