梅かおる、星ながる
赤のお守りは梅の花、白のお守りは星の絵柄。
御利益があるらしく、好いた相手にお守りを渡せば、成就するという二つ一揃えのお守り。
大鳴川にいらっしゃる龍神様を祀る大鳴神社は、恋愛成就の神様を祀る神社として名高い。
神社の境内には梅の木が、近くには大鳴川が流れている。梅の木が風に香れば心地よく、大鳴川のせせらぎを聞けば、安らげる。
何度も橋が流されて、とうとう人柱を建て、怒りを治めることのできた龍神様だというにもかかわらず、その様子はかつて荒れ狂う龍の棲まう川であったとはとうてい思えまい。
人柱にされた娘の名は「梅」という。
梅は一日のうちで光を失う時間がかなりあり、よく転ぶ娘だった。だから、梅の足は擦り傷だらけ、手もあかぎれだらけ。仕事では叱られることも多い娘だった。
そんな梅の楽しみは、お使いの途中にここにきて、疲れた足を大鳴川に浸し、その流れを感じ、川に棲まうという龍神様と語らうこと。
「龍さまはいつも穏やかでいらっしゃいます。だから、梅はこうしてここで川の音を楽しむことができるのです」
暖かい日射しの中で、梅は目を伏せて自然な微笑みをその水面にこぼした。
水面は光に輝き、龍は静かにそっと梅の足を清めてやるのだ。
見えない相手にからかわれる梅と、理由なく畏れられる龍にとって、それは、二人だけの大切な時間だった。
年頃になった梅が悲しそうにやってきた。
「龍さま、梅は明日、川向こうの庄屋さまのところに行くことになりました」
龍は優しい娘が口減らしのために売られるなんて露も思わない。だから、龍はその様子を不思議と思い、梅に声を掛けた。
「梅は、どうして泣いているのだ?」
「龍さまとお別れしたくありません」
「そうか……」
龍も梅と別れたくなかった。
次の日から、まるで滝のような雨が降り続き、橋を流すほどの激流が大鳴川に流れるようになった。
橋が流されれば晴れ渡り、橋が架けられれば、雨が降り続く。
梅は川を渡ることができず、梅の両親は途方に暮れた。
何度も橋は架けられて、何度も流された。とうとうお城の殿様が人柱を建てることにうなずいた。
人柱として名乗りを上げれば、金十両。
目の見えない娘の食い扶持すら賄えない両親は、金十両のために梅を差し出した。
梅を柱にした橋が完成したその日。
それは寒い寒い冬の出来事だった。大鳴川の川面から白い龍が姿を現すようにして、風が水を噴き上げたという。その風は暴れ狂うようにして橋にぶつかり、砕け、町を通り抜けたあと、天へと昇った。
晴れた夜空を見上げたひとりの童が母の袂をひっぱった。
「おっかぁ、空が泣いているよ」
空には大量の星が流れていた。川は二度と荒れ狂わなかった。大鳴川に架けられた橋は二度と流れなくなった。
ここには龍神様を祀る神社がある。
赤のお守りは梅の花。白のお守りは龍の流した星の涙。
結ばれなかった二人に代わり、二つのお守りは寄り添い続けることを望んでいる。