勇者パーティーを追放された男を拾ったら、ガチのクズだったので通報しました
なんちゃってファンタジーです。
「お前はこのパーティーには必要ない。今日限りで出て行ってもらう」
「そんな、殺生な!」
「お荷物なんだよ、いい加減うんざりだ!」
ギルド併設の食堂で食事をしていると、そんな会話が聞こえてきた。
またか、とマコトはジョッキを傾ける。
最近冒険者がパーティーを追放するとかされたとか、そんな話がよく聞かれる。数年前は「解散」だったが、今は「追放」の方を頻繁に耳にするようになった。
本来パーティーというのは一蓮托生、互いに命を預けあう仲間だ。臨時の討伐隊のようなものでない限り、気軽に追放やら解散やらされるようなものではない。
むしろ解散歴や追放歴があると、次のパーティーが組みにくくなる。
それだけ協調性のない人間だと思われるからだ。だからこそ、多少の不和は飲み込んででも、続けるメリットの方が大きい。
一種のブームみたいなものかもしれない、と思った。
誰も解散や追放をしていない中で言い出すのは勇気が要るが、身近なパーティーが解散した途端「じゃあウチも」となったりする。
離婚と一緒だ。
今まさにそのムーブメントの一端を目撃しているのだが、マコトには縁のない話だった。
何故ならマコトはパーティーを組んでいないからだ。
最初こそ「お嬢ちゃんが一人で」とからかわれたものだが、今や誰もマコトの前でその話をしなかった。
ショートヘアを耳に掛けながら、野次馬気分で視界の隅に映るパーティーに目を向ける。
渦中にいるのは、現在「勇者」と評されるエリート剣士を擁するパーティーだ。
この世界の中心にある巨大ダンジョン、その最深部を攻略しようとしている中でも超一流。
古代から伝わるダンジョンの財宝「勇者の証」に最も近いパーティーのうちのひとつであり、人に害を為すような高ランクモンスターの討伐依頼にも率先して加わる冒険者の鑑。
人々は彼らを賞賛して「勇者パーティー」と呼んでいた。
そのパーティーから、1人の男が追放されようとしている。
勇者パーティーの一員にしては軽装で、長身だが少々猫背気味の、30代後半の男だ。
装備品からして職業はおそらく暗殺者だろう。
その男が、一回り以上年下だろう勇者の足に縋ってみじめったらしく食い下がっている。
とても見られたものではない。目を逸らしたくなるような光景だ
だが、そこでふと思い出した。
優秀なパーティーから追放されたメンバーが、実はそのパーティーで欠かすことの出来ないくらい重要な人材だった、という話を聞いたことがあったのだ。
当たり前のように行使される能力が類稀なものであったことに、他のパーティーメンバーは追放した後で気づく。
連れ戻そうにも、手ひどく追放してしまったのでそう簡単には運ばない。結果、パーティーは崩壊する。
だから仲間を大切にしましょうね、というのは昔からよくある教訓話だが、最近は「実際にそういうことがあったらしい」とまことしやかな噂話を聞く頻度が増えていた。
ということは――目の前で駄々を捏ねている成人男性も、とんでもない掘り出し物の可能性があるのではないか。
そうでなくとも勇者パーティーにいたくらいだ。勇者にとっては力不足であっても、今のマコトにとっては有用である可能性が高い。
縋りつく男を蹴っ飛ばすようにして、ギルドを出て行った勇者パーティー。
取り残されてがっくりと脱力している男に歩み寄り、マコトは声をかけた。
「ねぇ、おじさん。アタシとパーティー組まない?」
「……え?」
「アタシもいま一人なんだ」
マコトはまるで「たまたま今はフリーですよ」という風を装った。
実際のところ彼女がパーティーを組まずに1人で行動するようになってから2年以上の年月が経過していたが、そんなことはおくびにも出さない。
騙すようで心苦しいが、嘘は言っていない。マコトはそう自分に言い訳をした。
男は目を見開いてマコトを見上げていたが、やがて自嘲気味に笑う。
「いいの? 俺、お荷物だって追い出されちゃったんだけど」
「いいよ。アタシ狙撃手だから。おじさん暗殺者でしょ? 近接戦闘も出来るメンバー、探してたんだ」
マコトが手を差し伸べた。
男は僅かに躊躇った後、その手を取って立ち上がる。
「ありがとね、お嬢ちゃん。恩に着るよ」
「じゃあ……」
「ああ、パーティー結成だ!」
男がにやりと笑う。
マコトは内心飛び上がりそうになるのをこらえて、笑顔で頷く。
ついに。ついにパーティーが組めた。しかも掘り出し物っぽい。
所属していたパーティーが解散してからというもの、マコトがパーティーを組むのは、実に2年ぶりのことであった。
「アタシ、マコト。おじさんは?」
「アランだ」
自己紹介もそこそこに、パーティー結成の申請書類をギルド窓口に提出する。
なんだかやけに周囲の冒険者の視線を感じたが、理由は分からなかった。
勇者パーティーからの掘り出し物を先に奪われて、悔しいのだろうか。マコトはそんなことを考えていた。
ギルドカードにパーティーメンバーの氏名が記載される。
その小さなことにもマコトはじんわりと感動を噛み締めた。
ギルドカードを腰のポーチに戻しながら、ふと男――アランに問いかける。
「そういえば、アランはなんで追放されたの? 何かミスしたとか?」
「あー、えっとねぇ」
「おいアラン、どういうことだ!」
派手な音を立てて、ギルドのドアが開け放たれた。
振り向くと、先ほど出て行ったエリート勇者ご一行が、どかどかと足を踏み鳴らしながらこちらに向かって歩いてくる。
その形相はまさに鬼といって差し支えないものであった。
もしかして、もうアランの有用性に気がついたのだろうか? それで「話が違う!」とか言って連れ戻しに来たとか?
そう考えて身構えたマコトが止める間もなく、戦士の男がアランの胸倉を掴む。
「また俺たちの名前で借金しやがったな!」
「え?」
え? と、マコトは思った。
声にも出た。
借金? 借金って、あの、金を借りる、借金?
「いやぁ、借金って言うか。融資って言うか。あはは」
「最後の最後までこれかよ! 金返せ!」
「ぐえ、タンマタンマ、死んじゃうって」
アランがギリギリと締め上げられている。
ほんの数十秒前まで止める気でいたマコトは、今や目の前の状況を呆然と眺めていた。
「返せるなら返したいけどさぁ。残念ながら俺、一文無しなのよね」
「どうせギャンブルか何かでスッたんだろうが!」
戦士の男がアランを放り投げる。
壁にぶつかって床に落ちるアランを、マコトは冷めた目で見下ろしていた。
さらに殴りかかろうとする戦士の男の肩に、エリート勇者がそっと手を置く。
「もういい。やっとあの不良債権を切れたんだ。手切れ金だと思って放っておこう」
「……チッ。2度とふざけた真似すんじゃねぇぞ」
エリート勇者はフナムシでも見るような目でアランを一瞥し、踵を返す。
途中、ほんの一瞬だけマコトに向いたその視線には、憐れみの色が込められていた。
戦士の男は怒りが収まらないという様子でアランを睨んでいたが、やがて最後っ屁といわんばかりに椅子を蹴っ飛ばし、勇者とともにギルドを出て行く。
取り残されたのは、床にへばりついたアランと、マコトである。
マコトは腰につけたポーチから通信端末を取り出すと、3桁の番号を入力した。
そして通信が繋がるや否や、告げる。
「もしもし警察ですか? 詐欺です」
○ ○ ○
警察署の面会室で、マコトは留置所に放り込まれたアランと相対した。
アランは面会室に駆け込んでくるなり、部屋を仕切っているガラスに手をついて叫ぶ。
「ちょっと! パーティーメンバーを通報するって何考えてるわけ!」
「するわよ、それは」
マコトは三白眼でじとりとアランを睨みつける。
「パーティーメンバーとはいえ、他人の名前で勝手に借金? 普通に犯罪じゃない。だいたい勇者パーティーなんだから、借金なんて必要ないくらい稼いでるはずでしょ」
「いやいや聞いてよ。俺はね? パーティーで受け取る依頼料と討伐達成料をね、ちょーっと増やしてやろうと思って。良かれと思ってね? パチンコに使ったのは事実よ? でもたまにはあるじゃない、負けること。これは取り返さなきゃと思って、ちょこーっと元金を借りただけなのよ。まぁ結果負けたんだけど。でもそれだけで追放ってさぁ!」
「ガチのお荷物じゃないの!」
マコトは憤慨する。掘り出し物かと思いきや、とんだ不良債権だ。
アランは椅子に腰掛けると、眉を下げて情けない表情を作って、マコトの顔を覗き込む。
「そんな顔しないでよ。俺身寄りもないからさぁ。お嬢ちゃんが保釈金出してくれないとマジで豚箱行きよ?」
「ビタイチ出すもんですか」
「留置所の飯、マズいんだよね。ベッドも硬いしおじさんには堪えるのよ」
「常連なんじゃないの」
怒りを通り越して呆れてきた。
人生そう甘くはない。マコトは掘り出し物なんてそうそう転がっているものではないのだという現実を知った。
ため息とともに肩を落とす。
「もういい、解散よ、解散。犯罪者とパーティーなんてやってられるモンですか」
「あー、そりゃ無理だね」
マコトの言葉を、アランは即座に否定する。
「最近冒険者法が変わったろ。パーティーの解散は結成から3ヶ月経たないと出来ないよ」
「はぁ!?」
マコトが椅子を蹴って立ち上がる。
がたんと音がして、椅子が倒れた。
「何それ、そんな法律聞いてない」
「法律って結構、ひっそり変わるんだよねぇ。ダメよ、ちゃんとアンテナ張っておかなきゃ」
「なんで、そんな法律が」
「2、3年前かな。一時期流行ったろ、パーティー解散」
「え? ……ああ、そういえば」
言われて、マコトは頷いた。
今はパーティー追放が流行っているが、その前に流行っていたのは「解散」だった。
当時マコトが所属していたパーティーも、その流行に乗って解散したのだ。
「あれな。実は、補助金目当てだったんだよ」
「は?」
思わず目を剥いた。
そんなマコトを一瞥し、アランは声を低くするでもなく、世間話をするように続ける。
「冒険者って、職業によってはパーティー組まないと依頼受けられない奴もいるでしょ。そういう奴への救済措置として、何らかの事情があってパーティーが解散したとき、ギルド経由で申請すると補助金がもらえたのよ。冒険者不足解消のためのイメージ戦略? っていうの? 安定しない、もしものときの保証もない、っていうイメージをどうにかしたかったみたいでさぁ」
アランの言葉が、頭の中でぐるぐる回る。
補助金?
そんなもののために、パーティーを、解散する?
「いや、ずいぶん稼いだよ。同じ目的の奴らで集まって、メンバーを変えてパーティー組んで、解散して。怪しまれないようにギルドを転々として」
「はあああ!?」
「まぁそれがバレて、この3ヶ月縛りが出来ちゃったんだけどね。解散の手続きは面倒になるし、解散後の規約も厳しくなるしでまぁ散々だったよ
「アンタの! せいじゃ! ないの!!」
今度はマコトがガラスを叩く番だった。
アランはへらへらと笑いながら肩を竦める。
「いや、俺だけじゃないよ? そうやって稼いだ奴はいくらでもいたって。それで国も法律変えてまで手を打ってきたわけだし」
「……もういい」
マコトはガラスを叩いていた手を力なく降ろした。
その肩は、ふるふると震えている。
「保釈金、払ってあげる。さっさと出てきて」
「え? マジ?」
目を丸くするアランを、マコトが冷たい目で見下ろした。
「ガラス越しじゃぶん殴れないもの」
○ ○ ○
「いてて。銃身で殴るとか狙撃手としてどうなのかね。商売道具は大事にしなさいよ」
「市街地じゃ撃てないって制約、不便だなって初めて思ったわ」
アランとマコトは、近くの酒場で向かい合って座っていた。
アランは手ひどく殴られたようで、頭にはたんこぶがあるし、頬は打撲で赤く腫れあがっている。
ポーションを使えば一発で治る程度の怪我だが、自分がボコボコにした男にポーションを分け与えるほどマコトはお人好しではないし、この程度の怪我ではポーションを使っていられない程度にアランの懐は寂しかった。
マコトが手に持った銃の引き金をがちがちと引く。そのたびに、銃身に禁止マークとともに魔方陣が浮かび上がった。
冒険者登録をすると、市街地では武器や攻撃魔法が使用不可になる。
剣と魔法と銃弾の飛び交うこの世界では、「制約」という特殊な契約魔法を使ってルールを守らせることで、不必要な諍いを防ぐのが常であった。
「アンタたちのせいで……あの解散ブームさえなければ、アタシは……」
「そういや、狙撃手がソロってのは珍しいな。あの流行でパーティーが解散したクチか」
アランの言葉に、マコトはしぶしぶながらも頷いた。
役に立たない銃を、太腿に着けたホルスターへ仕舞う。
「最初のパーティーは、パーティー内で2股かけた奴がいて、こじれにこじれて刃傷沙汰」
「痴情のもつれね。新米パーティーが解散する理由第一位」
「次のパーティーは、リーダーが実家に戻って農園を継ぐことになって。他のメンバーもそれぞれ冒険者としてのスタンスが違ってて空中分解」
「方向性の違いか。それは新米パーティーが解散する理由第二位」
アランがうんうんと頷きながら、マコトの言葉に相槌を打つ。
在り来たりだといわれているようで少々気分を害しながらも、マコトは続けた。
「その次は、たいしたことない喧嘩からお互いに引っ込みがつかなくなって、ブームも後押しして解散」
「あの頃、多かったもんねぇ。補助金目当てだけじゃなくて、流行に乗って解散だ!ってなるパーティー」
「それで、しばらくは1人でいいかってソロでやってたけど。短期間に3回の解散歴があると経験者からは倦厭されるし、ソロが長くなれば長くなるほど初心者パーティーには入れなくなっていくし。最初はからかってたギルドの連中も、段々腫れ物に触るみたいにその話題を避けるし」
「あー……」
アランがマコトの顔を見下ろして、無精ひげの生えた顎を擦る。
「そんで、次に掴まされたのが俺、と。分かった、お嬢ちゃん、運がないんだな」
「うるさいわね!」
あっけらかんと言ったアランに、マコトは鼻息を荒くする。
どうどうと手で制しながら、アランは続けた。
「冒険者に運って大事よ。まだ若いんだし、もう諦めて親元帰ったら?」
「右世界で一発当てるって出てきたのに。何にもなしじゃ帰れないわ」
「うわぁ。今時いるのね、右世界ドリーム信じちゃうやつ」
マコトは苦々しい顔で目をそらした。
左世界を出るときに、親にも友達にも散々止められたことを思い出す。
昔は互いに「異世界」と呼び合っていた2つの世界が1つになって、すでに50年。
パスポートさえあれば個人でも簡単に行き来が出来るようになってから、実に30年。
剣と魔法と「スキル」と呼ばれる特殊能力が物をいう「右世界」、科学技術と堅実な努力、あとは人脈と社交性が評価される「左世界」。
2つの世界は互いに溶け合いながらも、それぞれの世界がもともとの特色を生かしながら共存していた。
たとえば、知識や技術を得て堅実に働きたいものは左世界へ。たとえば、スキルを生かして冒険者やダンジョン攻略で一発当てたいものは右世界へ。
特に左世界では一時期、未開拓でかつ左世界にはない「スキル」というものの存在から、人生一発逆転をかけて右世界に移住するという「右世界ドリーム」なるものが流行していた。
実際のところ、本当に有用なスキルやレアスキルを修得できることは稀であったため、文字通りの「夢物語」として、多くの人々は現実を知ることとなったのだが。
「お嬢ちゃん、左世界人だったんだな。スキルは? こっち来るとき修得したのがあるだろ」
「……『必中』」
「何だ、いいスキルじゃん。高ランクの狙撃手だったら必須級だろ」
「確かにいいスキルよ。他のスキルと組み合わせる前提ならね」
頷きながらも、マコトは表情を曇らせる。
必中は、撃った弾や放った矢が必ず的に当たるというスキルだ。
レベルが上がるほどその精度が高くなり、遠い距離からでも狭い範囲に当てることが可能になる。
マコトはレベル7という、それなりに高いレベルの必中スキルを所持していた。
だが逆を言えば、それ「しか」所持していなかった。
「え? 『必殺』は? 確率で即死効果付与できるやつ」
「ない」
「『魔法弾生成』のスキルがあるとか?」
「ない」
「基礎魔力が高くて魔法が撃てるとか」
「撃てない」
「銃に頼らなくていいくらい身体能力が高いとか」
「高くない」
マコトは苦々しげに首を振る。
アランの目が段々と、かわいそうなものを見るものに変わっていく。
「アタシは必中しかないのよ。レベルを上げても他のスキルがまったく修得できない」
「えーと……それは何ていうか……ご愁傷様?」
アランがへらりと苦笑いするが、話し出してしまったマコトの勢いは止まらない。
日ごろの鬱憤やら恨みつらみがつらつら口から溢れ出る。
「必殺がないから、どうしたって火力が弱い。生身の人間ならともかく、硬い鱗や甲羅を持つモンスターは倒せない」
「でもほら、魔法弾って手があるでしょ、火力出すなら」
「魔法弾を自力で生成するにはスキルがいるし、市販の魔法弾は高いもの。必殺スキルなしでも大型モンスターを倒せるような魔法弾をいちいち買ってたら、冒険に出るたび大赤字よ」
「ここまで職業とスキルが噛み合ってるようで噛み合ってないの、逆に珍しいな」
感心したように頷くアラン。
じろりと睨みつけると、彼は軽く両手を挙げて降参のポーズを取った。
「まぁでも、人間には通用するでしょ。防御魔法張ってる相手ならともかく、初心者程度だったら簡単に狩れるんだから、稼ぎようはいくらでも」
「正当防衛以外で人間撃ったら犯罪よ」
「ダンジョンの中なら蘇生薬で一発だろ。撃ったうちに入らないって」
「アンタみたいな犯罪者と一緒にしないで」
「分かった、お嬢ちゃんは運が悪い上に損な性格なんだな」
マコトは彼の言葉に対して、無言で睨みつけることしか出来なかった。
マコト自身も「もっと上手くやれるだろう」という思いがないではなかったからだ。
正義感が強いと言えば聞こえは良いが、妙に潔癖な所があると自覚している。
パーティーのことだってそうだ。もっと要領よくやれていれば、2年もソロでいる羽目にはならなかったかもしれない。
だが、要領よくやるというのが、マコトはとにかく苦手であった。
結果として、たいした経験値も入らないのに小型のモンスターをソロで狩って日銭を稼ぐ暮らしになっているのだが、罪のない人を撃つくらいならこれでいいや、と思っていた。
そもそも冒険者というのはその成り立ちから、ダンジョンの攻略と同じくらい「人助け」を信条としているものだ。 自分の暮らしのために他人を傷つけるようでは本末転倒である。
要領の良さだけで生きているような目の前の男を睨み、マコトは話題の矛先を変える。
「アンタのスキルは? ジョブは暗殺者でしょ?」
「あー、えっとねぇ、『魔法解除』と」
「暗殺者の初期スキルね」
「そう。結局レベルが低いから、相手に触ってないと効果ないんだけどさ」
アランがひらひらと手を振って見せる。
魔法解除は、敵の強化魔法を解除するスキルだ。
こちらの攻撃を通りやすくしたり、状態異常にかかりやすくする際に利用される。
マコトがアランを暗殺者だと踏んで声をかけたのは、この初期スキルが狙いであった。
物理的に装甲の厚いモンスターはどうにもならないが、強化魔法を使っているモンスター相手ならマコトの銃弾を通りやすくすることが出来る。
単なる前衛としての役割しかない剣士や戦士より、魔法剣士や暗殺者が狙撃手と愛称が良いというのは、右世界の冒険者にとっては常識であった。
「あと、『開錠』」
「もしもしポリスメン?」
「タンマタンマ、まだ何もしてない、してないでしょうが!」
通信端末を取り出したマコトを、アランが慌てて止める。
「透視スキルとか開錠スキルを持つ奴は国に申請して登録しないといけないことになってんの。そのとき制約でダンジョン以外では使えなくされるから悪用はしてないって。お嬢ちゃんの銃と一緒よ」
「なら安心ね」
「……まぁ、裏を返せばスキル以外では開けたい放題ってことなんだけど」
「お巡りさーん!」
「待て待て待て」
大声で叫ぶマコトの口を、アランの手のひらが塞いだ。
もちろん叫んだところで警官が来るはずもないのだが、実際に先ほど突き出されたばかりのアランにとっては洒落にならなかったらしい。
「躊躇なく俺を突き出そうとするのやめろって! 保釈金払うのはお嬢ちゃんなんだぞ!」
「そうだ。その話。解散がダメなら追放するわ」
マコトがびしりと人差し指を突きつける。
しかしアランは慌てた風もなく、軽い調子でそれを受け流した。
「そいつは出来ない相談だなぁ」
「何で」
「追放は確かに解散よりハードルが低い。そもそも、解散の手続きが面倒になったせいでお荷物を追い出せなくなって困ってるパーティー向けの制度だからね」
「アンタみたいに?」
「ま、そういうこと」
アランはあっさりとマコトの言葉を肯定する。
その飄々とした様子を見て、先ほど取り乱して勇者に縋っていたのは演技だったのでは、という考えがマコトの頭を掠めた。
ここまでの彼の話を総合しても、わざと追放されるくらいのことはしそうに思えたのだ。
何らかの、金銭的なメリットさえあれば。
「追放された側は補助金があるんだけど、同一メンバーでパーティー組み直せなかったりでいろいろとルールがややこしくて」
「そりゃアンタみたいなやつが何回も同じパーティーに入って追放されてを繰り返すからでしょ」
「俺としちゃ、適当なパーティーに取り入ってわざと追放されて補助金もらうっていう方法にシフトしただけだし、そう困ってなかったけど。勇者パーティーは惜しかったな。もうちょっと稼げそうだったのに」
嘯くアランを、マコトは胡乱げな目で見つめる。
解散歴も追放歴も星の数ほどありそうなこの男が何度もパーティーを組めているのに、自分と来たら。
怒りも呆れも通り越して悲しくすらなってきた。
「とにかく、その追放ってやつ、アタシもやるから」
「だから、それは無理なんだよ」
ゆるゆると首を振るアラン。
マコトの眉間の皺が一段と深くなった。
「追放にはパーティーの『過半数』の賛成が必要なわけ」
「それが何?」
「今、俺とお嬢ちゃんのパーティーは2人。お嬢ちゃんが俺の追放に賛成でも、俺が反対したら……絶対に半数を超えることはない」
「……あ」
指摘されて、初めて制度の穴に気がついた。
何という杜撰な制度だ、と思ったが、そもそもパーティーは4〜5人で組むのがセオリーだ。
1人の意見で追放するかどうか決められてはそれこそ公平性がないし……アランのように悪用する輩までいるようでは、仕方がないのかもしれなかった。
「アンタも追放されたほうが都合がいいんじゃないの」
「パーティー結成して3ヶ月経つと一時金もらえるんだよ。知らないの?」
「誰がやるもんですか」
マコトは吐き捨てるように言った。
予想通り金目当てだったらしい。
アランが悪びれもせずに肩を竦める。
「最近、追放されて補助金もらう手続きも複雑になってさ。あのパーティーだって、こんなに早く追放されるつもりじゃなかったし」
「いつかはされるつもりだったんじゃない」
「そりゃあね。でも連中相当怒ってたし、あいつら一応有名人だからなぁ。たぶんもう他の街のギルドまで話が回ってる。となると、ほとぼりが冷めるまで俺と組もうなんてやつはいないだろ」
今度は、アランがマコトに人差し指を差し向けた。
「お嬢ちゃんみたいなお馬鹿さん以外は」
「…………」
マコトが銃口をアランに向けて、引き金を引く。
ガチガチと引き金が鳴るばかりで、弾は出ない。
悔しげに唇を噛み締めるマコトをどうどうと手で制しながら、アランはへらりと笑う。
「まぁまぁ、とりあえず3ヶ月の我慢よ。そしたら追放でも解散でもお好きにどうぞ」
○ ○ ○
「まずはギルドに行きましょう。どうせ3ヶ月は組まなきゃいけないんだから、ソロじゃできないような依頼受けて、レベル上げないと」
「熱心だねぇ」
「アンタにも、保釈金分ぐらいは働いてもらうからね」
大騒ぎから一晩明けて、2人は連れ立って宿屋を後にした。
アランは文無しだったので、ここもマコトの支払いである。
ぎろりと睨みを効かせたマコトに、アランはへいへいと気のない返事をした。
歩き始めてしばらくして、アランが足を止める。
「あれ? ギルドはそっちじゃ」
「あんなことやって、この街のギルドに行けるわけないでしょ!?」
「おじさんは気にしないけどねぇ」
「気にしなさいよ、ちょっとは」
マコトからしてみれば、昨日追放騒動の挙げ句に詐欺での捕物を演じたばかりのギルドに戻るなどとんだ恥晒しだと思ったが、当のアランはどこ吹く風と言った様子だ。
頭痛を覚えながらも、マコトはギルドとは反対側に足を向ける。
「乗り合い竜車で隣街まで行くわよ」
「あー……あそこは、今、ちょっと」
「何? そこでも借金してるの?」
「借金って言うか、何ていうか」
「アンタの事情なんか知らないわよ、もう」
もごもごと歯切れの悪いアランに付き合う気のないマコトは、さっさと歩を進める。
アランも渋々といった様子で従ったが、あっと思い出したように声を上げた。
「じゃ、隣町に行く前に、ちょっと寄りたいところが」
「パチンコだったら殴る」
「いや、宝石商」
「宝石商!?」
マコトは思わず素っ頓狂な声をあげた。
借金まみれの男が用事のある場所とはとても思えなかったからである。
怪しみながらもアランについていくと、本当に小綺麗な店構えの宝石店に辿り着いた。
慣れない店に狼狽えるマコトを他所に、アランは店主と何やら親しげに世間話をしている。
「最近ダイヤの納品、あった? 3カラット以上で、クラリティがVVS2以上の」
「ダイヤですか? いえ、近頃はスコットホルン領でもほとんど出ないようで」
「ああ、そういやあそこの領主が神の怒りに触れたとか、噂になってたっけね」
「まさか。神は御加護を下さる存在ですから。単なる噂話でしょう」
「どうだか。火のないところに何とやらって言うだろ?」
「ベルターマイン産のものでしたら、少しご用意がございますが」
「いやぁ、あそこは遠くて。関税だけで赤字だよ」
馴染みのない単語がマコトの耳を滑っていく。
宝石用語はもちろんのこと、出てくる地名にも聞き覚えがない。どこか遠い地方の話らしかった。
ふっと話が途切れる。店主が店の奥に引っ込んだかと思うと、ずっしりとした皮袋を持って出てきた。
どうも先ほどの会話のどこかに、符牒となる言葉が隠されていたようだ。
アランが袋の口を開けて中身を確認する。興味を惹かれたマコトが後ろからそっと覗き込むと、中にはぎらぎらと光る赤い宝石が所狭しと詰め込まれていた。
10や20ではない。100か、200か、あるいはもっと、たくさんだ。
マコトは思わず素っ頓狂な声を上げる。
「な、なに、それ!? アンタの?」
「いや、俺のじゃないよ。個人的に受けてるちょっとした依頼でね」
アランは一瞬迷った様子を見せたが、そのあとつらつらと話し始めた。
「これを別の町に持っていって、そこで商会の債権を買う」
「はぁ」
「次の町で、別のやつが債権を引き取って、それを金に換える」
「……」
「金に換えたら、また次の町では不動産を買う」
「…………」
「その不動産が売れたら、その金を教会に大口寄付する」
「マネーロンダリングじゃないの!!」
マコトが叫んだ。
アランがきょとんと目を見開いて、首を傾げる。
「知ってるんだ。あ、そっか。嬢ちゃん左世界人だからか」
「左世界人全員に謝って」
左世界への風評被害とも取れる言葉に、マコトは眉根を寄せる。
確かに左世界ではマネーロンダリングやらリボ払いやらについて学校教育で習うが、それはあくまで自分がその被害者とならないための知識だ。
その知識を活用することは、決して推奨されているわけではない。
たまたま数十年前、それらの悪知恵を使って右世界で大稼ぎした左世界人がいただけだ。
左世界人の沽券を守るため、マコトは通信端末を取り出すと、3桁の番号をタップする。
「もしもし警察ですか?」
「え、ちょっと」
アランが止める間もなく通報したマコト。
駆けつけた警察によって、アランの手に渡った宝石は即座に押収された。
「自分は何も知らない、ただ次の街にこれを運ぶよう依頼されただけ」と迫真の演技で供述するアランに、マコトは白けた視線を向けていた。
警察側も薄々勘づいてはいるのだろうが、証拠がないので今回は連行はされず、聴取のみで解放されることになった。
「あーあ……俺の稼ぎがぁ……」
「アタシと組んでるうちは犯罪行為を見つけたら容赦なく通報するからね」
「へいへい……」
腰に手を当てて睨みつけながら、肩を落とすアランに冷たい声を浴びせかける。
アランは「これじゃ赤字だよ」とかなんとかぼやいていたが、やがて諦めたようだった。
2人連れ立って停留所に向かい、乗り合いの竜車を待つ。
最後尾に並んでいると、小走りで駆け寄ってきた女性に声をかけられた。
「あのう、すみません。冒険者の方ですか?」
「はい、そうですが」
「実は隣町まで帰らなくてはいけないのですが、路銀が足りなくて」
しゅんと肩を落とす女性。
背中には、小さな子供を背負っている。
すやすやと寝息を立てている子供を起こさないように、女性は小さな声で続けた。
「娘を医者に見せようと急いで出てきたものですから、持ち合わせが少なくて。思ったよりも薬代が嵩んでしまって、今気づいたら……」
どことなくやつれた表情の女性に、マコトは同情していた。
子供が心配で慌てていたのだろう。負ぶって歩いて帰るわけにもいかないだろうし、早く帰って子供を休ませたいはずだ。
冒険者は基本的に人助けをするのが仕事だ。マコトは女性を安心させるため、どんと胸を叩いて見せる。
「そういうことなら、お貸ししますよ! いくらぐらい足りないんですか?」
「ああ、ありがとうございます! でしたら、200ゴールドほどお貸しいただけると助かります。隣町に着きましたら、必ずお返ししますので」
「ああ、そんな。200ゴールドくらいいいですよ。えーと」
「はいそれ詐欺。普通に詐欺」
「え?」
財布を取り出そうと腰のポーチに伸ばしたマコトの手を、アランがぺしんと叩き落とした。
きょとんと目を丸くするマコトに、アランはやれやれとため息をつく。
「寸借詐欺も知らないの? マネーロンダリングは知ってるのに? よく淘汰されずにそこまで育ったねぇ」
「詐欺って、アンタと一緒にしないでよ」
「俺のことは詐欺呼ばわりなのになぁ」
「詐欺だなんて、そんな」
慌てた様子の女性に、アランが向き直る。
特に怒った風でもない、軽い調子で言った。
「悪いこと言わないから、交番行って借りてきな」
「家でまだ小さい子どもが待っているんです、早く帰らないと」
「なら、隣町に戻ってからの連絡先、教えてよ」
「そ、それなら」
女性が諳んじた番号を書き留めもせず、アランはその場で通信端末を取り出すと、聞いたばかりの番号をプッシュした。
「え、あ、ちょっと」
女性が慌てて止めようとするが、アランの方が素早かった。
アランがスピーカーにした通信端末から、『この番号は現在使われておりません』の音声が流れてくる。
「ね?」
アランがマコトに呼びかける。マコトは、あんぐりと口を開きっぱなしにするしかなった。
「ええと、あの」
「くッ……!」
2人の隙を突き、女性が突如として走り出す。先ほどまでの気の弱そうな女性と同一人物とは思えないほどの慣れた様子で、あっという間に人ごみにまぎれていってしまった。
空中に浮かんだマコトの手が、何もないところで寂しく開閉される。
「通報しないの?」
「……する」
しょんぼりと肩を落としながら、マコトは昨日今日でもう3回目となる番号へと通信を飛ばす。
その背中を見ながら、アランが呆れたように笑った。
「危なっかしいなぁ、お嬢ちゃん」
○ ○ ○
隣街に到着し、竜車を降りる。
竜車に揺られている間も、マコトは非常に釈然としない気持ちだった。
親切につけ込むような詐欺があることを知って腹立たしいのとともに、「そんなことまで疑ってかからないといけないのか」と思うとげんなりしたのだ。
確かに詐欺だったのだろうが、そうとは知らずに200ゴールド貸してお礼を言われて、親切をしたと良い気分で終わったほうがマシだとすら思った。
すっかり落ち込んだ気分でとぼとぼ歩いていると、往来で走ってきた男の子にぶつかられた。
「おっと、ごめんよ、姉ちゃん!」
「もう、ちゃんと前見なさい」
「はーい!」
元気よく手を振って走っていく男の子。
落ち込んでいたマコトは注意をしながらも、少しだけほっこりした気分になった。
子どもは無邪気で、可愛い。接していると元気になるな、と思った。
ほっこりした気持ちをすさんだ心に染み渡らせていると、横から出てきたアランの手が、男の子の首根っこを引っ掴んだ。
「はい、お嬢ちゃんに財布を返して」
「え?」
マコトは目を見開いた。
アランにぶら下げられている男の子に視線を移すと、その子はあっという間に無邪気な表情を消し去って、子どもらしからぬしかめっ面になり、チッと舌打ちをする。
「何だよアラン、邪魔すんなよ」
「邪魔されたくなけりゃ他を当たんな」
「この女、お前の新しいカモじゃねえの?」
「カモにするならもっと金持ちを選ぶよ」
マコトもだんだんとしかめっ面になっていく。
男の子がため息混じりに、懐から財布を取り出した。
それはまさしく、マコトの財布であった。
アランはそれを受け取ると、男の子の首根っこから手を離す。
どさりと地面に落ちた男の子に、マコトは咄嗟に駆け寄った。
「あ、アラン! たとえ泥棒でも、こんな小さな子に乱暴は……」
「こいつホビットだから、きっとお嬢ちゃんより年上よ」
「えっ」
「嬢ちゃん、大丈夫? 今までどうやって一人で生きてきたわけ?」
呆れた顔をするアラン。
改めて男の子に視線を送ると、彼にもフンと鼻で笑われた。
衝撃で開いた口が塞がらない。ホビットという種族の存在は知っていたが、まさか子どものフリをするとは思っていなかったのだ。
「このお嬢ちゃん、一応うちのパーティーのリーダーなの。カモられると俺の稼ぎも減るからね。ほら、散った散った」
アランがそう言うと、男の子を含めて周囲で遠巻きにこちらを見ていた人間たちがぞろぞろと散っていく。
老若男女問わない多種多様な人間たちを見て、マコトはまたショックを受けた。
今の台詞で散っていくということは、皆マコトをカモにしようとしていたということだ。
世の中に悪い奴が多すぎる。
「嬢ちゃん、ほんと運がないよね」
「アンタの! せいで! しょうが!!」
マコトがアランの胸倉を掴んで揺さぶる。
男の子の言葉も考え合わせると、アランと一緒に居たせいで「騙しやすそうなやつだ」と思われた可能性が高かったからだ。
アランもそれは承知のようで、へらへらと笑う。
「引っかかる奴はいくらでも引っかかるからねぇ。上客リストに載っちゃうとそっからはもう大変よ」
「さ、最低、最低!」
マコトは憤慨する。
一度押し売りに応じてしまうと、押し売り同士でその情報が共有されてしまうので、また別の押し売りが来て被害が連鎖してしまう、というのは左世界の学校教育でも学んでいた。
だが、ここまでとは思わなかった。
詐欺の被害者をさらに骨までしゃぶろうとする姿勢に、恐ろしさすら感じる。被害者からしてみれば、泣きっ面に蜂どころの騒ぎではない。
マコトはわずか2日で、知りたくなかった世界を知るはめになっていた。
人間不信になりそうだ。
ぎすぎすした心で足早に街中を歩いていると、道の向こうからどっすんどっすんと駆けてくる女性の姿が視界に入った。
ありとあらゆるところが豊満なその女性は、大振りの宝石をじゃらじゃら言わせながら一目散にマコトたちに向かって走ってくる。
先ほどのスリの件を思い出して、マコトはさっと身をかわした。
だが女性はマコトをスルーして、その斜め後ろを歩いていたアランに飛びかかる。
「デイビッド!」
デイビッド?
疑問をすんでのところで飲み込んで、マコトはアランに視線を向ける。
熱烈なベーゼを頬にお見舞いされながら、アランは若干頬を引き攣らせて笑っている。
「最近来てくれないから、アタシ寂しかったのよぉ」
「いやぁ、俺も勇者パーティーの一員だからさ。忙しくて」
「心配したわぁ」
痩せぎすのアランが3倍ほど横幅のある女性にもみくちゃにされている。
アランはもちろん「デイビッド」ではない。
ギルドカードの名前や、スリに呼ばれていた名前からもそれは明らかである。
すっかりすさんだマコトには、この詐欺師が偽名を使っているのだろうということがすぐに推測できてしまった。
女性は猫なで声を出しながら、アランにしなだれかかる。
アランの体が曲がってはいけない方向に曲がっていた。骨が折れそうだ。
折れちゃえばいいのに。
「ね、やっぱり早く籍入れましょうよぉ。貴方に何かあったとき連絡が来ないんじゃないかって不安なの」
「言ったろ、親に反対されてるって。施設に入れるにはお金がかかるんだよね」
「そのくらいアタシが出すわよ、もう!」
堂々と答えるアランに、マコトはあんぐりと口を開け放つ。
この男、身寄りがいないとか言っていなかっただろうか。
それとも、マコトに言ったことが嘘なのだろうか。
どちらかは分からないが、とりあえずマコトは通信端末を取り出す。
「あ、警察ですか? パトカー一台お願いします」
○ ○ ○
「まったく、アンタのせいで大赤字だわ」
「それでも律儀に保釈金払ってくれちゃうところが、カモられる原因なんだと思うよ」
「絶対働いて返してもらうから」
交番にアランを引き渡して、保釈金を払って、釈放してもらって。
もう何度目か数えるのも嫌になる一連の流れを終えて、――ついでにホビットのスリについても報告して――翌朝、2人は目的地であるギルドへやってきた。
マコトは出来るだけ報酬の高そうな依頼を探して、掲示板を眺める。
そうしているうち、少々むなしくなった。
昔は、出来るだけレベルの上がりそうな依頼を受けようとか、そうでなくとも誰かの役に立つような依頼を受けようとか考えていた。
いつしかそれが「ソロでもこなせる依頼を受けよう」に変わり、今や「報酬の高そうな依頼を受けよう」だ。
何となくマコトは、この数日で自分がとても汚れた人間になったような気がしていた。
しかし背に腹は代えられない。先立つものは必要だ。
ふと、目に留まった掲示の内容を読み上げる。
「あ、これいいじゃない。成功報酬で100万ゴールド」
「人捜しねぇ」
アランも同じ内容の掲示に目を留めていた。
楽しげに笑う女の子の写真が何枚も使われた、目を引く張り紙だ。
ギルド側が一律で作成しているものではなく、依頼主が自ら作って持ち込んだらしいことが分かる。
こういった依頼の場合、すでに依頼者がギルドに手数料を払っているので、報酬はまるまる冒険者の手元に入る。
条件さえ折り合えば、割のよい依頼であることも多い。
マコトの指の先を眺めていたアランだったが、やがてゆるやかに首を振った。
「やめとけ嬢ちゃん、こりゃ嘘だ」
「え?」
「まず報酬が高すぎる。それに、連絡先が警察じゃないだろ。警察に知られちゃまずいってことだ」
アランの言葉に、再度張り紙に目を向ける。
ギルドへの張り紙と街中で配るビラを兼ねているらしく、何か情報があったら知らせてほしい、その場合も謝礼として3万ゴールドを支払う、という旨が書かれていた。
そしてどちらの場合も連絡先は、依頼人の個人の通信端末の番号となっている。
掲示板にあるほかの尋ね人の張り紙には、確かに最寄の警察署の番号が書かれているものも多かった。
だが、嘘だと言い切る理由はない。単にそうする依頼人が多い、というだけのことだろう。
事実、尋ね人というのは対象が成人している場合、余程の事件性がなければ警察はおおっぴらに動くことが出来ないそうだ。
本人の意思によるものと判断されるからだ。
古ぼけた尋ね人の張り紙がその証拠だ。
ギルドで依頼として掲示されていても、討伐等と比べて確実性に欠けることから、避けられがちだ。
確かに他の依頼と比べれば桁が1つ多いが、報酬を吊り上げなければ受けられにくい依頼だからともいえる。
「お金持ちの家なのかも」
「金持ちならお抱えの傭兵か冒険者を使うだろ」
それもそうか、と思った。
少なくとも、100万ゴールドをぽんと支払えるような家なら、お抱えの傭兵ぐらいいるのが当たり前だ。ビラ配りはともかく、大金をエサに冒険者を集める必要はないように思えた。
「で、でも。すごく大切な家族だから、藁にも縋る思いでってことも」
「ビラに使われてる写真は公開されているSNSにアップされてるものばかり。ちょっと調べりゃ誰だって手に入る」
アランが手元の通信端末を使って、張り紙に書かれた女性の名前で検索する。
画像検索欄のトップ10くらいに、張り紙に使用されている画像がすべて出てきた。
「家族が探してるなら、当日の服装とか足取りとかが書くだろ。でも、これにはそれがない」
言われて、ほかの尋ね人の張り紙と見比べる。
指摘されてじっくりと見てみれば、他の張り紙と比べて違和感のある点が、多いように思えてきた。
「じゃあ、この人は……」
「大方、後ろ暗いところのある奴らに追われてるんだね。それで自ら行方をくらましてるって線が濃厚だ」
「でも、どうしてその後ろ暗い連中が、ギルドに?」
「見つかればラッキー、ってよりは……こうして顔が晒されてちゃ、ギルドには助けを求めにくいでしょ」
だからフェイクなんだよ、というアランの言葉に、マコトは納得して頷いた。
冒険者は基本的に、人助けが仕事だ。人気商売でもあるから、一般の人から助けを求められた場合には出来る限り手を貸すだろう。
だが、このように先に依頼がされてしまっていては、見つかったら依頼主のほうに突き出されかねない。ギルドに駆け込むという手が使えないのだ。
ギルド側も、警察と比べて管理が割と杜撰なので――だからアランのような人間が冒険者をしていられるのだろうが――依頼者の意志を尊重して、多少の違和感があってもストップをかけるものは居なかったのかもしれない。
冒険者を束ねるギルドだって、もちろん人気商売なのだ。
写真の中で笑う、女の子を見つめる。
歳はマコトとそう変わらない、ちょっと勝気そうな、普通の女の子だ。
マコトはぎゅっと手を握り締めた。
「なら、助けなきゃ」
「はぁ!?」
マコトの言葉に、アランがぎょっと目を見開く。
大真面目な顔をしているマコトに、やれやれと頭を抱える。
「よせよ、嘘だって言ったろ。仮に見つけても儲けはないぜ」
「だって、悪い組織に追われてるかもしれないのよ。助けてあげなくちゃ」
「お嬢ちゃん、本物の馬鹿なわけ?」
「馬鹿で結構」
呆れた声を出すアランに、マコトは堂々と胸を張って返す。
今日のマコトは心がすさんでいた。
そろそろ善行をして「自分はまともな人間だ」ということを自身に言い聞かせておかないと、アランに引っ張られてダメな人間になってしまうのではないかという気がしていたのだ。
儲けのない人助け、大いに結構。
もはやマコトは開き直っていた。
「パーティーのリーダーはアタシよ」
「俺は嫌だね、そんな無駄なことに首突っ込みたくない」
「ほら、悪い奴らを捕まえて警察に突き出したら、保釈金まけてもらえるかもしれないし!」
「あるかなぁ、そんなこと。相手はドケチの公権力よ? あいつら留置所で食べた飯代まで1ゴールド単位で要求して来るんだから」
「留置所でのんきにご飯食べてんじゃないわよ」
通報したときの警官の顔を思い出す。明らかに「またコイツかよ」という顔をしていた。
何度も世話になってはベッドが硬いと文句を言ったりふてぶてしく食事を要求したりしている様がありありと想像できた。反省の色がまったく見えない。
さぞ捕まえ甲斐のない男だろう。
結局、マコトはまったく乗り気ではなさそうなアランを無視することに決め、無理矢理その腕を引っ張って情報収集へと繰り出した。
○ ○ ○
アランの裏社会の伝手も使って調べたところ、整理するとこうだった。
とあるマフィアがとある事情でとある商会の債権を購入するはずだったのだが、その途中で運び屋が警察に捕まり、資金が警察に押収されてしまった。
もちろん首謀者たちにとっては予想の範囲内の事態ではあったが、とあるスジから聞こえてきた押収された金品の総額がどうにもおかしい。足りないのだ。
間違いなく誰かが途中で金品を着服している。では、誰が?
運び屋がそんなことをするはずがない。後ろについているのがマフィアだと知って運んでいるのだ。
十分な報酬があってのことだし、途中で手をつければすぐに誰が犯人かバレる。
裏社会に足を踏み入れたものであれば、マフィアの金品に手を出すことが死を意味することくらい、理解しているはずだ。
盗まれた金額は、命と引き換えにするにはいささか小額だった。
そこで浮かび上がったのが、債権を購入するはずだった商会の娘だ。
商会自体はマフィアに脅されただけの一般市民が営む商会である。でなければ、資金洗浄に利用する意味がない。
商会長がマフィアのボスと話しているのをうっかり娘に聞かれてしまって、正義感の強い娘は親に反発した。
以降、家出をして行方が分からないという。
計画を邪魔しようとした彼女が、何らかの手段で金品を盗み出したのではないか。それがマフィア側の見解らしい。
そして今尋ね人として探されている女の子こそが、まさにその商会長の娘であった。
「ねぇ、アラン」
「何かな、お嬢ちゃん」
決定打となる噂話を聞かせてくれた例のスリを見送りながら、マコトは背後に立ったアランに呼びかける。
「アンタ、前の街で宝石運ぼうとしてたわよね?」
「そうだねぇ」
「それで商会の債権を買うとか言ってなかった?」
「えー、そうだっけ?」
「もうひとつ、いい?」
マコトは、油が切れたブリキ人形のようなぎこちなさで、アランを振り返った。
「あの時の宝石、全部警察に渡したのよね?」
「あははー。お嬢ちゃん、馬鹿なのによく気づいたねぇ」
「犯人、アンタじゃないの!!」
「俺じゃないよ。犯人は宝石店の店主。俺のツケとして一部回収されちゃってさ」
「アンタのせいには違いないじゃない!」
へらへら笑うアランに、マコトは頭を抱える。
「どうしよう、早く見つけなきゃ」
「まぁまぁ、落ち着きなよ」
「アンタのせいで無実の女の子が危険な目に遭ってるのよ! 罪の意識ってモンがないの!?」
「やー、かわいそうだなぁとは思うよ」
「罪の意識が軽すぎる!」
当のアランにはまったく罪悪感がないようだ。
そうでなければ詐欺などやっていられないのかもしれないが。
腰のポーチを開けて、弾丸の残りを確認する。最低限のものは揃っていた。
市街地ではそもそも撃てないのだし、威力の高い魔法弾を準備をしたところで意味がない。
「いいから探すわよ、早く!」
「でもさぁ。マフィアがファミリーを挙げて探して見つからないのよ? 俺たちに見つけられるわけなくない?」
「正論言ってる場合!? 焦りなさいよせめて!」
「正論言っても怒られるんだ」
理不尽だなぁ、とアランはまたへらへら笑った。
肩を怒らせたマコトがアランの胸倉を引っ掴もうとしたそのとき。
ぎゃあぎゃあと言い合っている2人の横をすり抜けて、ギルドの職員が掲示板から、例の尋ね人の依頼を剥がした。
それに気づいたマコトは、慌てて職員に駆け寄り、その腕を掴む。
「ちょ、ちょっと待って! どうして剥がすの!?」
「あ、これ? さっき連絡があって、探してた子がもう見つかったからって」
さっとマコトの顔色が青くなった。
むんずとアランの首根っこを掴むと、そのままギルドの外へと飛び出していく。
「ちょ、ちょっとお嬢ちゃん。どこ行くわけ」
「あの子を探しによ、決まってるでしょ!?」
「当てずっぽうでか? 無茶でしょ、それは」
「でも、何もしないでなんていられないわ」
「……俺のしたことで、お嬢ちゃんが罪の意識を感じる必要、ないと思うんだけど」
焦った様子のマコトを見下ろし、アランはぽりぽりと頭を書いた。
そして、やれやれとため息をつく。
「一旦落ち着きなさいよ。闇雲に探したって疲れるだけだろ」
「でも、」
「盗んだ金品の在り処を吐かせるまでは、生かしておくはずだ」
「じゃあ、それまでに助けなきゃ」
「だから待ちなさいって。……心当たりの場所があるから」
アランの言葉に、マコトが目を丸くした。
アランは軽く肩を竦めて見せる。そして、さっと外套を翻して、マコトを先導した。
「リーダーの命令だからね。しょうがないなぁ」
「ど、どういう風の吹き回しなの?」
慌てて追いついてきたマコトを振り返り、アランはにやりと口元をゆがめた。
「別に? たまには公権力に媚を売っておこうかなって思っただけさ」
○ ○ ○
辿り着いた先は、街の外れの雑木林にある、ダンジョンへの入り口だった。
こんなところに入り口があったかしらと、マコトは首を捻る。
「ここは裏口。メインの入り口はダンジョンの1階層に隠してあるんだ」
「何の裏口?」
「マフィアのアジト」
アランが冗談めかして言う。笑えない冗談に、マコトは冷ややかな視線を向けただけだった。
「何でアンタが裏口まで知ってるわけ」
「昔、ちょっとね」
適当にはぐらかすアランに、マコトは追及することを諦めた。
今は一分一秒が惜しい。アランのことは後で警察に突き出そうと決めて、彼の背中を追いかける。
アランの後ろを歩き、ダンジョンの中に入った。
ダンジョンといっても、普段マコトが出入りしているそれとはずいぶん趣が違う。
洞窟のような見た目は同じだが、その道はひどく狭く、ただ廊下と下へ向かう階段が交互に現れるばかりで、モンスターの姿がなかった。
開錠スキルで鍵や隠し扉を次々に開けて、地中深くに潜っていく。
「結構降りたんじゃない? こんなに深い階層、初めて来た……」
「アジトとして使えるように開拓してあるから、基本モンスターなんかは居ないはずだよ」
アランがふと、何の変哲もない壁に手をかざす。
開錠スキルが発動した。ごうんごうんと岩が動くような音がして、洞窟と完全に同化していた隠し扉が開き、その中へ入れるようになる。
扉の向こうを覗き込むと、大型の大砲と重機関銃が据えつけられているのが見えた。
もともとのダンジョンに、こんなものがあるはずがない。誰かが人為的に置いたものだ。
「ここなんかは、万が一攻め込まれたときの見張り部屋かな。ほら、魔法で壁を加工して、下の広間とメインの入り口が見渡せるようにしてある。もともとは宝箱でもあったのかもしれないけどね」
アランの言うとおり、西と東の壁一面がくりぬかれて、ガラスが嵌めこまれている。
入り口からは反対側の洞窟の壁が見えるだけだが、広間と入り口を見下ろすように設置されているらしかった。
おそらく隠し扉同様、反対側から見てもそうは分からないよう偽装魔法が施されているのだろう。
ダンジョンの壁や床には自己修復機能があり、壁に穴を開けることも、ましてこのような加工を施すことも容易ではないはずだ。
それだけで、マフィアの中に相当優秀な魔法使いが属していることが推測できた。
「まるで要塞ね」
「ダンジョンの中なら、法律なんてあってないようなモンだからねぇ」
アジトにはもってこいよ、とアランは笑う。
その乾いた笑いに、マコトはごくりと息を呑んだ。
ダンジョンの中なら、蘇生薬さえあれば死ぬことはない。
だが、蘇生薬がなければどうなる?
ダンジョンから帰ってこない人間など、ごまんといる。
人間の死体を食うモンスターもいる。
この奥でとてつもなく恐ろしいことが行われている可能性に気づいて、マコトはぞっと背筋が寒くなった。
早く、助けなくちゃ。
マコトは銃を握る手に力を込めた。
開錠スキルで鍵や隠し扉を次々に開けて、地中深くに潜っていく。
魔法解除のスキルレベルは高くないと言っていたが、開錠スキルはかなりの高レベルのようだ。
物理的な鍵だけでなく、魔法で閉鎖された扉も手をかざすだけであっという間に開くことができた。
マコトが過去に組んだパーティーにも暗殺者はいたが、とても比べ物にならない。
さすがは曲がりなりにも勇者パーティーにいた男だと、内心で舌を巻く。
そして同時に、それを悪事に活用していたと思われる――というかそうとしか考えられない――アランを見る目が冷たくなっていった。
味方だからこそ頼りになるが、この男を野放しにしていいのだろうか。
一生独房に入れておいたほうが世のため人のためかもしれない。
人助けに来たはずが何だか後ろめたくなり始めたところで、先導していたアランがさっと手を伸ばしてマコトを制した。
「シッ」
僅かにマコトを振り返り、唇に人差し指を当てる。咄嗟にマコトも息を潜めた。
壁に身を隠して、アランの肩越しにその視線の先を覗き込む。
別の入り口からこのアジトに戻ってきたらしい一団が、壁の向こうの広間に入ってくるところだった。
少々身なりの悪い冒険者風の男が、十数人。おそらくこのアジトを利用しているマフィアの一員だろう。
その中に、背中を押されながら歩く女の子の姿があった。
写真の子だ、とマコトは息を呑んだ。
両手を拘束されて、髪や服は汚れている。頬には殴られたような跡が見て取れた。
ギルドで聞いたとおり、見つかってしまって……捕らえられたのだろう。
どうする、とマコトは思考を巡らせる。
飛び込んで捕り物を演じたところで、こちらは2人。
敵の男たちは皆身なりは悪いが屈強そうな身体つきだし、魔法使いらしき装備の者もいる。正面から行っても勝ち目は薄い。
定石としては相手の攻撃の届かないところからの狙撃だが、魔法使いがいる以上、防御魔法が張られている可能性が高かった。
相手の魔法使いのレベルが分からないが、防御魔法を貫通して攻撃できるほどの威力の魔法弾は、今は手持ちがない。
ではどうする。どうすれば。
アランは広間に視線を向けるマコトをちらりと見下ろした。
その表情が至極真剣で、切羽詰まったものであることを確認すると、ふぅと小さく息をついた。
「隙を突いてあの子を逃がすから。後はお嬢ちゃんが何とかしてね」
「何とかって、」
マコトの台詞の途中で、アランは足音も気配も隠さずに、広間に向かって歩き出した。
緊張感を微塵も感じさせない気の抜けた調子で、ゆるりと片手を上げる。
「やー、久しぶりー」
「アラン?」
気配を感じて身構えていた男たちのうち、1人がアランの名前を呼ぶ。
他の男たちを付き従えるように歩いていた、リーダー格らしい男だ。
黒いローブの下、腰に杖を提げている。職業はおそらく魔法使いだろう。
やっぱり知り合いじゃないか、とマコトはアランに向ける視線を冷ややかなものにする。
無事に女の子を助け出したら、アランともどもマフィアを警察に突き出そう、と心に決めた。
「お前、もうシャバに出てきたのか?」
「やー、保釈金払ってくれるやさしい知り合いがいてね」
好きで払ったわけじゃない。
警察に突き出す前に一度殴ろう、とマコトは拳を握り締めた。
「お前がムショにいる間、ひどい騒ぎだったんだぞ。お前が捕まったのはどうでもよかったが」
「どうでもいいって、ひどいな」
「押収品の宝石が一部消えてやがった。ボスがたいそうお冠だぜ」
「おいおい、俺も被害者だよ」
「だろうよ。お前にそんな度胸はねえよな」
クツクツと男が笑う。
まるで馬鹿にするような口ぶりだが、アランには気にしている素振りは見られなかった。それどころか、一緒になって笑っている。
「そっちのツテから聞いたところじゃ、若い女がお前のことをサツにタレこんだらしい。大方この女だろ」
「だから知らないって言ってるじゃない!」
「黙ってろ」
「きゃ!」
反論した女の子の背中を、男が乱暴に突き飛ばした。
女の子はたたらを踏んでなんとか踏みとどまり、キッと男を睨む。
「チッ、元気なお嬢さんだぜ。通報しただけじゃなく、宝石までちょろまかしやがって。マフィアを敵に回すとどうなるか……きっちり教えてやらないとな」
男が女の子に向き直る。
マコトはだらだらと脂汗をかいていた。
何故なら通報した「若い女」というのが、おそらく……というか間違いなく、マコトのことだったからだ。
どうしよう。「お前のせいじゃないか」と散々アランを責めてしまったが、どうもあの子が疑われた一端は、知らず知らずのうちにマコトが担っていたらしい。
いや、でも悪事を通報しただけだし。ていうかそもそも突き詰めたら、悪いのはマフィアだし。
マコトはそう自分に言い聞かせつつも、何としてでも女の子を助けなければ、というプレッシャーを先ほどまでより強く感じることとなった。
アランもそう感じたのかは分からないが――恐らく感じていない――、脅かすように女の子を睨みつける男の前に、さっと身体を滑り込ませる。
そしてわざとらしく揉み手をしながら、男を見上げた。
「ね、やっぱ、俺の取り分はなし?」
「ああ?」
ぎろりと男がアランに視線を向ける。
遠くから見ているだけでも身が竦みそうなその視線を受けても、アランは変わらずへらへらしていた。
それを見て、男がチッと舌打ちする。
「当たり前だろーが。吊るさないだけありがたく思え」
「とほほ。だよねぇ」
「なんだ、ノコノコ顔出したかと思えば、金集りに来たのかよ」
「やー、金欠でさ」
男は、アランのことを値踏みするような目で見つめていた。
そしてやがて、吐き捨てるように言う。
「お前みたいな運び屋、代わりはいくらでもいるんだ。尻尾は大人しく切られときな」
「ま、そりゃそうかもしれないけど。尻尾は尻尾でいろいろあるのよ」
肩を竦めて、アランはまたへらへらと笑う。
その後も、アランは金の無心をするような言葉を男に投げかけている。
半ば呆れかけていたマコトだが、やがてはっと気づいた。
そうか。アランは時間を稼いでいるのだ。
タイミングを見て、女の子を逃がすために。
アラン一人であの人数を相手に出来るわけがない。
つまりアランは時間を稼いで、待っているのだ。
マコトが、配置に着くのを。
先ほど通りかかった見張り部屋を思い出す。
もし、アランがこのことを見越して……わざとあの部屋を、マコトに見せたのだとしたら?
マコトは弾かれたように振り返り、駆け出した。
○ ○ ○
「なぁ、アラン。お前どうしたんだ?」
「ん? どうしたって、何が」
「あの程度の仕事で捕まるなんてヘマ、お前らしくもない」
マコトが例の見張り部屋に身体を滑り込ませると、その部屋の中には広間の音声が響いていた。
どういう仕組みか知らないが、見張りのためのこの部屋では、広間や入り口の音声を拾えるような魔法が仕込まれているらしい。
アランと話す男の声を聞きながら、マコトは重機関銃に歩み寄る。
ガラス越しに照準を合わせてスコープを覗くと、広間にいる1人1人の表情まで、よく見えた。
アランに相対する男に、スコープを移す。
まるで親しげな……旧知の仲のように語り掛ける口調とは相反して、その目は、笑っていなかった。
「ここに来るのだって、そうだ。俺たちに袋にされる可能性だってあった。見込みのない金の無心をするために、わざわざそんなリスクを侵すとは思えない」
ぎらりと、男の目が光る。
その視線が、敵意が、自分に向いた気がして、マコトは咄嗟にスコープから目を離した。
「バックに誰がいる? サツか?」
「…………」
「なるほどな、道理で早く出てきたわけだ。司法取引ってやつだろ。そうでなきゃ、お前みたいなやつの保釈金を払う奴なんているはずねぇもんな」
アランの沈黙を勝手に都合よく解釈して、男が笑う。嘲笑というのがしっくりくるような笑い方だ。
マコトは何故だか自分が馬鹿にされたような気分になった。
いるよ。いますよ。
しかもこの数日で2回も払った人間が、ここに。
いて何が悪いんだ。
男に対して抱いていた恐怖が、怒りで塗り替えられたのを感じた。
「なあ、アラン。サツについてもいいことねぇぞ。所詮人間同士、突き詰めりゃあ利用するか、されるかだ。サツだって同じだよ」
やさしげな声を出しながら、やさしそうな顔をしながら、男がアランの顔を覗き込む。
マコトからはアランの後頭部しか見えないので、その表情は窺い知れない。
「俺たちにつけ、アラン」
「あれ? 切り捨てたんじゃなかったの?」
男の言葉に、アランが軽口で返す。
相変わらず表情は分からないが、声の調子から笑っているらしいことは伝わってきた。
「サツのスパイなら話は別だ。いくらでも使いようがある。二重スパイってやつだな。俺たちのほうがケチな公権力よりかは、金払いもいいはずだぜ」
「二重スパイか」
今度はくつくつと笑い声が聞こえる。
マコトはスコープを覗き込んだまま、重機関銃に手をかけた。
部屋には鍵が掛かっていたが、銃自体には何の仕掛けもないらしい。
当たり前である。もともとこの部屋は隠し扉の向こう側なのだ。
味方以外がおいそれと入り込むことは、想定されていない。
セーフティーを外す。しばらく使われていなかったのだろう、妙に重たく感じた。
スコープ越しに、アランの後頭部を眺める。
「裏切るかもよ? 俺」
「裏切ったらそん時は、殺すだけだ」
男が冷たい声で言う。
マコトは引き金に指をかけた。
男の声と同じくらい、ひやりとしている。
「何、お前にそんな度胸はねぇだろうよ。それに……」
大きく息を吸って、吐いた。
マコトは自分に言い聞かせる。
大丈夫。ここは右世界だ。
剣と魔法と、スキルがモノを言う世界だ。
外さない。
あとは……どこに当てるか、だけだ。
「お前はどう考えても「こっち側」の人間だ。それもどっぷり、肩まで浸かってやがる。今更サツの真似事なんざ、出来っこねぇさ」
「そうさね」
アランが男に向かって、片手を差し出した。
男が小さく「交渉成立だな」と呟く。
そして、アランの手を握り返した。
それを合図に、マコトは引き金にかけた指に力を込める。
「確かに俺は、そっち側なんだけど」
マコトからは、アランの表情は見えない。
それでも、マコトには。
「残念ながらうちのリーダーは……筋金入りのお人よしなんでね」
彼が笑っているように、感じられた。
「魔法解除」
「っ! 伏せ」
ばらららららららっ!!
男がアランの思惑に気づき、声を発そうとしたその瞬間。
耳を劈くような破裂音が、空間を揺らす。
続いて、広間に大量のガラスの破片が降り注いだ。
一瞬の沈黙ののち、アランを取り囲んでいた男たちが、1人残らず地面に転がった。
全員、脳天を一発で打ち抜かれている。
呆然としていた女性は、倒れた男たちの姿を見て、ふらりと気を失って倒れてしまった。
広間に立っているのは、アランだけになった。
○ ○ ○
「うひゃあ。レベル7の必中だと掃射がこうなるのね」
「アラン!」
マコトが通路を下ってアランの下に駆けつけたときには、彼は降りかかったガラスの破片を叩きながら、独り言のように呟いているところだった。
マコトはしばらくアランを見つめていたが、やがてぽつりと言う。
「よかったの?」
「何が」
「アタシに味方して」
マコトは視線を泳がせて、言いにくそうに言った。
「アンタ、絶対寝返ると思ってた」
「信用ないなぁ」
その言葉に、アランはわざとらしく傷ついたような顔をした。
そしてごめんとかなんとかぼそぼそ言っているマコトを見て、軽く肩を竦める。
「ま、お互い様か」
不思議そうな顔で彼を見上げるマコトに、アランは少々ばつの悪そうに苦笑いする。
「俺も、撃たれるのかと思ってたよ」
「仲間を撃つわけないでしょ」
信じられない、といった口調で抗議するマコト。
その反応に、アランはまたへらへらと笑う。
「まー、あれですよ。俺もね、思うところがあるのよ」
ふと、彼が地面に転がっている女の子に視線を移した。
「生きてたら、俺の娘もこのくらいの年だったかな、とかね」
「え」
「まぁ嘘だけど」
「嘘なんじゃないの!」
マコトの怒鳴り声を、「騙されすぎ」とアランが肩を竦めて躱わす。
ぶつくさと文句を言うマコトを尻目に、アランは気を失った女の子を背負った。
「ほら。帰るよ、リーダー」
急かされることに少々釈然としない思いをしながらも、マコトはアランを従えて、ダンジョンの階段を登る。
ぐるぐると似たような景色が続くのを眺めながら、ぼんやりとアランと出会ってからのことを思い出していた。
何とも長い数日間だった。思い起こすと、どっと疲れが押し寄せてくる。
「結局、保釈金は返ってこないのね」
「あー、それだけど」
ぽつりとこぼしたマコトの言葉を聞きつけて、アランがふと足を止めた。
右側の壁に、そっと手を当てる。
がごん、と壁の内部で何かが動くような音がして、隠し扉が開かれる。
その中には、目もくらむような金銀財宝がひしめいていた。
「ダンジョンの中なら、開け放題だから」
「アンタ、最初っからそれが狙いで……!?」
マコトの驚愕と呆れを滲ませた問いかけに、アランは軽く肩を竦めて応じる。
「いくら良い子ちゃんでも、悪い奴から盗むなとは、言わないよね?」
頭に風穴開けるくらいだし、と笑う。
時価総額いくらになるか想像もつかないほどの財宝を前に、マコトはしばし立ち尽くす。
そしてはっと我に返って、目の中に浮かぶGマークとこぼれる涎を振り払いながら、搾り出すように言った。
「け、警察に届けて……持ち主が見つからなかったら、正当に、拾得者の権利を行使させてもらいます……」
「真面目だなぁ」
その様を見て、アランはまたくつくつと笑っていた。
○ ○ ○
ダンジョンを出て、通信端末の電波が入るところまで帰り着くと、マコトはもはや何度目になるかという3桁の番号をプッシュする。
駆けつけた警察に、女の子とダンジョン内で死んでいるマフィアたちを引き渡した。
マフィアはダンジョンの中で拘束した後、蘇生薬で生き返らせてから連行される手はずだ。
電話をかけた瞬間は「またか」と言わんばかりだった警察も、手を焼いていたマフィアたちを引っ張れたことで一転態度を変えて、何度も何度も協力に感謝をして頭を下げていた。
感謝状も出るかもしれないとのことだ。
しゃちほこばって対応するマコトを、アランは一歩離れたところから眺めていた。
一通りの聴取が終わったところで、アランがマコトに声をかける。
「これで一旗上げたって言えるんじゃないの。家、帰れるよ」
その言葉に、マコトは目を見開く。
一瞬迷ったように視線をそらしたが、すぐにアランに向き直り、きっぱりと言った。
「帰らないわ」
「え?」
「アタシ、もうちょっとこっちでやってく」
そう言い切る横顔は、どこか清々しい。
アランは呆れたように、……そして少しだけ眩しそうに、目を細めた。
「気づいたの。人助けってやっぱり気持ちいいわ。冒険者になったばっかりのころを思い出した」
マコトはまるで自分に言い聞かせるように話しながら、警官との会話を思い出す。
ご協力ありがとうございます、というそのテンプレートじみた言葉が、やけにマコトの胸に響いた。
そうだ。誰かにありがとうと言われるのは、こんなにも嬉しいことだった。
マコトは今日一日で、ソロで冒険者をしている間に忘れていたものを、どんどんと取り戻している気分だった。
その前に散々すさんだ気持ちになっていた分、より一層心に染みる。
初心に帰ったマコトの目には、新しい目標が映っていた。
「警察の人に誘われたの。警察お抱えの冒険者として働かないかって。今回みたいなダンジョン内での犯罪を防ぐために、人手が欲しいみたい」
「ふーん。まぁ、いいんじゃないの、公僕。俺にゃ無理だけど、お嬢ちゃんなら向いてるよ」
「何言ってるの」
笑いながら肩を竦めたアランに、マコトはきょとんとした顔で彼を見上げる。
「アンタも一緒だからね」
「は?」
マコトは当たり前のように告げた。
今度はアランが目を見開く番だった。
冗談でしょ、と笑い飛ばそうとするも、マコトの顔がいたって真面目なものだったので、一瞬躊躇する。
それでも、引き攣る口元を引き上げて、笑って返した。
「冗談、誰が警察なんかに」
「リーダーはアタシよ」
決定事項だと言わんばかりのマコトに、どうやら本気らしいことを悟った。
これはまずいと、アランは周りにいる警官たちに同意を求める。
「いや、いやいやいや。俺、お嬢ちゃんに言わせりゃ犯罪者よ? そんな奴警察が雇うもんか。ねえ?」
「お前に留置所1部屋埋められるの正直迷惑だったし」
「お前の件で呼び出される警官の人件費と車代が浮くだけで万々歳」
「目の届く範囲に居てくれたほうが相対的にマシ」
「踏み倒してる飯代分ぐらいは働いてもらうからな」
同意どころかばっさり切り捨てられて、絶句するアラン。
マコトは「日ごろの行いってやつね」と鼻を鳴らした。
そう、まさしく日ごろの悪行の賜物であった。
「そろそろ良いことして、悪事の分のツケを払うべきだわ」
「悪事って……俺はちょっとばかり、たくさんあるところから頂戴してるだけで。冨の再分配っての? 俺みたいな小物より、もっと」
「アンタを見張っておけるし、アタシはパーティーが組めるし、安定した雇い先もゲットできる。良いこと尽くめじゃない」
「お嬢ちゃんだって嫌がってたろ、俺とのパーティー」
「嫌だけど」
アランの言葉に、マコトが頷いた。
嫌と言いながらも、口元には笑みが浮かんでいる。
「アンタと組んでたら、アタシだけじゃ助けられない人も助けられるかもしれないもの」
マコトがまっすぐにアランを見る。
何を言っても聞かない様子を察知して、アランはぐっと押し黙った。
頭の中で損得勘定をしているようで、もごもごと何やら言葉にならない声を漏らしていた。
やがて、やれやれとため息をつく。
どうせ3ヶ月はパーティーを解散できない。追放されることも出来ない。
いや、冒険者を辞める手続きを取れば出来ないこともないが、そもそもその手続きに3ヶ月はかかる。
適当にいなしながら付き合って、3ヶ月我慢をするのが最もコスパが良いと判断したようだった。
抵抗を諦めたアランが「降参」のポーズを取ったのを見て、マコトはぐっと拳を握る。
そしてその手を高く振り上げた。
2人の様子を横目に見ていた警官たちが、生暖かい視線と申し訳程度の拍手を送って歓迎する。
「よし! 頑張るわよ、アラン!」
「えーと、まぁ、ぼちぼちね」
「だめよ、ぼちぼちじゃ」
嫌そうに応じたアランに、マコトが何故か威張った様子でダメ出しをする。
完全に調子に乗っていた。
「たくさん人助けしたら、国民栄誉賞とかもらえるかもしれないじゃない? そしたら親も友達も一発でギャフンよ、ギャフン!」
「ポジティブが過ぎるよ、この右世界ドリーマー」
意気揚々と街に向かって歩き出したマコトに、苦笑いを浮かべたアランが続く。
マコトの背中を眺めながら、アランが嘯いた。
「変なリーダーに捕まっちゃったな」
「変なの掴まされたのはこっちよ」
振り返って、マコトがアランを睨みつけるフリをする。
そしてすぐに相好を崩し、悪戯めいた表情を浮かべた。
「通報されたくなかったら、せいぜい頑張ってね」
アランはため息をつきながらも――「はいはい」と気のない返事をする。
女の子を助けるために囮になろうとしたアランの姿を思い浮かべ、人助けもまんざらではないくせに、と、マコトは一人ほくそ笑んだ。