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短編

恋ひわびぬ

本題は、小野小町の短歌の一節から頂きました。

現代表現と古語表現が入り混じっています。

古文はなんちゃってレベルです。間違っていたなら指摘して下さい。

なお後書き欄にある大量の注釈から先に目を通して頂いた方が読みやすいと思います。(注意:超訳多し)

女中…現在で好ましい言葉ではありませんが、物語の時代背景鑑みて使用しております。


参考資料、HP「Weblio古語辞典」

     ウィキペディア「大正ロマン」「学習院大学」「華族」

 東京市麹町(こほじまち)(*)に在りし侯爵家、()の氏は徳川家に仕え幾百年、天下(てんが)大任(たいにん)(*)代々獅子奮闘せり、明治に明けし時、爵位授かりし事、余人挟む口あらず、此れ皆御(つと)め果たし御先祖様の功なり。

 いま時は明治を大正と改め、古き世と新しき世相混じり、世を動かし時代を創り、人の思ひ沸き立ち浪漫()まふ(*)。


 菊花、(よはひ)は数へで壱拾伍、齢より幼く見れしむつかしい(*)ばかり、なれど齢あるべき器物(うつはもの)(*)有り、昔嫁見習いと上女中(*)に出されども、いま(かせ)ぎの(もと)となり、菊花侯爵様の屋敷に女中と働き参年経つ、手に仕事も覚え一人前の(さま)初心(うぶ)き妹衆に姉様(あねさま)(かぜ)を吹かす姿、姉御衆の笑ひ誘ふ、

「あたしのようにしな」

 と菊花妹衆を()れる姿、夏鴨(*)の親子に見え、(また)姉御衆の笑ひ誘ふ、菊花の色(*)に笑みなし、(ただ)つんと口を尖らせるのみ、なれど姉御衆菊花を(うつ)しき(*)と言ひ、相手にせず、菊花心中(しんぢゅう)穏やかであらず、爪を噛み憂さ晴らす以外法はなし。


 侯爵様に御子息御息女在り、御子息の名は直哉様、今年(こんねん)高等科(*)に入学なされ、其の凛々しきこと更なり、御息女は須磨子様と言ひ、女学校(*)に入られ、ます々々(うるは)しくなられたり、良き噂(*)絶える事はなし、菊花()の方々にお仕えし事思ひ上がり(*)、亦悦びを知る。


 桜散りし(をり)(*)、直哉様御学友を(やしき)に迎えし事、御両親に申され、御屋形様、奥方様、御喜びになられ、女中にもて(はや)せ(*)と言ひつけ、女中支度を怠らず、菊花(あたか)も己が客人を迎えるが如き、心弾み手は働き脚も(かろ)く、其の日を待ち焦がれ。

 直哉様御連れし御学友、実篤様と言ひ、氏は公家にあたる御方(おんかた)眼鏡(がんきょう)を掛けられる(さま)、文人(*)と見紛うこと疑いなし、菊花実篤様を御迎えにあがり、彼見るや否や、言葉なく目を澄まし(*)、己の()すべき事忘れ惚れたる(*)(さま)(まさ)に恋に惑ひし乙女、

「こんにちは」

 と実篤様菊花に言葉掛け、菊花肝潰し返す言葉、

「有難う御座います」

 恥ずかしき事この上なし、菊花大根役者に似、怪しき動きはをかし(*)、実篤様苦笑ひ()ふるのみ、菊花彼を直哉様の御部屋に案内(あない)し、一礼(のち)、実篤様の笑い声有り、菊花心にもあらず(*)駆け、只々己の過ち恨み、涙止まらず、そのま々伏せ不動となり、姉御衆悩ませ(*)、奥方様にお叱りを頂き、事は終わり見ゆ。


 実篤様会ひ日過ぎ、菊花目は(うつろ)痴れ者の如し、妹衆彼女を憑き物(*)と心痛め、姉御衆恋煩ひと笑ひ、噂に花咲かせ、心に()く(*)気配なし、奥方様も()べき方なし(*)と御笑ひ、追っ付け(*)目が覚めやうと言われるのみ、されど菊花煩ひ治る(さま)なく、いとどく()しくなり(*)、此れには奥方様も御心(おこころ)御痛めになられど、草津の湯も効かぬ病、(また)く打つ手なし、それではと、奥方様、直哉様にいま一度実篤様に訪問頂くやう願いなされ、実篤様二つ返事で御受け(たま)ふ、事を聞き、菊花恋の物病(ものや)(おこ)()つ(*)。


 菊花の心、実篤様おはす(*)日まで遠く、浮き浮きと(かかや)き返し(*)、終わりなき(さま)となす、其の日、菊花色(*)を失ひ倒れし事必然と思われ(*)、奥方様と姉御衆の計らひを(もっ)て、菊花実篤様の御迎え出る、

「いっらしゃいませ、実篤様」

 と菊花嬉しき色(*)押し隠せず、あまりさへ恥ぢ赫く(*)、

「やあ、こんにちは」

 と実篤様声軽み(*)、すこし(うつぶ)き眼鏡()りて(*)、菊花に問ふ、

「君。もし知っているなら教えて欲しい。須磨子さんはお付き合いされている男性(ひと)(*)がおられるのだろうか」

 其の言葉聞き、菊花泣くに泣けず、笑ふに笑へず、彼女の色(*)のっぺらぼうの如し、いま(たふ)る々も道理なり、

「あたし知らん」

 とはしたなく突き切りなれば(*)、後は幼子の如くいみじう泣き(*)、実篤様菊花の傍ら心肝(こころぎも)を惑はして(*)、何も打つ手なし、男子女子(おなご)の涙に弱ひは世の性、彼もかわる事なし、姉御菊花の声を聞きて走り寄り、実篤様に(おそ)れ申す(*)、

「実篤様、誠に申し訳ございません。この()、障り(*)で」

 と菊花連れ去り、実篤様只々頷くのみ、菊花女中部屋に連られ泣く事止まず、其の背、姉御ぽん々々叩けば優しき母の手の(やう)、やがて(*)菊花泣き止み、

「姉様、有難う御座います」

 と()ち、雛(*)に似る花笑み浮かべ、

「実篤様のお茶用意致します」

 と部屋を()づ。


 了

<注釈>

東京市麹町…現東京都千代田区

天下の大任…ここでは、大名のこと

生まふ…ここでは、次々と絶え間なく生まれる

むつかしい…気分の悪い、腹が立つ

齢あるべき器物…年齢相応の器量

上女中…主人の身の回りを世話する女中⇔下女中

色…顔、表情、顔色

夏鴨…カルガモ

愛しき…可愛らしい

高等科…学習院高等科(当時学習院は華族学校)、現学習院大学

女学校…女子学習院(のち学習院高等科に統合)

良き噂…ここでは、縁談の話

思ひ上がり…誇りに思う

桜散りし折…ここでは、桜が散る頃

もて栄せ…ここでは、無礼のないようにもてなしなさい

文人…ここでは、文学者

目を澄まし…じっと見つめる

惚れたる…ここでは、自失茫然とする

怪しき動きはをかし…ここでは、ぎくしゃくした様子が(親しみをもって)面白い

心にもあらず…思わず

悩ませ…困らせ

憑き物…ここでは、人が変わったように惚けていることから

心に懸く…気にとめる

為べき方なし…どうにもしようがない

追っ付け…じきに、そのうちに

いとどく悪しくなり…だんだんと悪くなっていく

物病怠り果つ…病気が治る

おはす…いらっしゃる

浮き浮きと赫き返し…ここでは、そわそわすることと赤面を交互に繰り返す

思われ…ここでは、心配される

あまりさへ恥ぢ赫く…そればかりでなく、恥ずかしがって赤面する

軽み…ここでは、気さくな感じで

触りて…軽くさわって

お付き合いされている男性…ここでは、婚約者を指す

はしたなく突き切りなれば…不愛想に素っ気無く言えば

いみじう泣き…大泣きする、泣きじゃくる

心肝を惑はして…うろたえたまま

畏れ申す…詫びを入れる

障り…ここでは、月経で精神が不安定になっている状態

やがて…すぐに

雛…人形


多分、菊花

挿絵(By みてみん)

Picrew.レトロ風メイドメーカーbyプラチナ様にて作成しました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「あの一作企画」から拝読させていただきました。 失恋してしまいましたか。 乙女心は今も昔も変わりませんね。
[良い点] 難しかったですが、古文調の文章が、奥ゆかしい恋の雰囲気を感じさせました。 菊花さんに、また新しい恋が訪れるといいですね。
[良い点]  樋口一葉は数年前に一度読んだきりですが、私も好きです。すごく頭がいいし、品がある。「武士の娘」っていう感じです。  そして、センスが現代的で、現代の女性にも通底するなにかを持っておられ…
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