8 少女はとんでもないものを持ち歩いていたみたいです
「とりあえず店を出ようか。今日はもう宿で休みましょう。明日にでも詳しく話を聞かせて。あとフィル、あんた顔が真っ黒だよ」
そしてライラさんが店員を呼ぶ。
「ミーナ。悪い、帰るわ。会計お願い」
ライラさんが店員を呼んだ。店員は顔なじみで、名前をミーナというのだそうだ。おしぼりを持ってきてくれて、一つを私に渡してくれた。
「お顔が汚れていますよ。これで拭いてください」
私はお礼を言っておしぼりを受け取り、顔を拭いた。おしぼりが真っ黒になった。
ゴブリンに叩かれた時に額から血が流れて、その時の血が黒く固まっていたのだ。
「ごめんなさい、おしぼりが真っ黒に」
「いいですよ、気にしないでください」
ライラさんがお金を払おうと、腰にぶら下げていた袋に手を伸ばす。
「じゃあ、会計を。いくらになる?」
私は慌ててライラさんに言った。
「あ、あの、せめて支払いだけでも私にさせてください。今日は勉強になりましたし」
「いいよ、いいよ。依頼の報酬も受け取ってないしさ。まだ稼ぎがないんだから」
「でも、私、街に出たらお金というものを使ってみたかったんです。こんなものとなんでも交換してくれるんですよね。すごいですよね」
私は脇に備えていた袋から青白い硬貨を取り出して、目の前に掲げた。
それを見てライラさんが首を傾げる。
「ん? なにそれ?」
「これがお金というものなんですよね? とりあえず、家にあったものできれいなのを選んで持ってきました。あと何枚かありますけど、もしかして足りませんか?」
ライラさんが私から硬貨を受け取り、手にとってしげしげと眺める。
そして店員のミーナさんに声をかけた。
「ちょっと、ミーナ。これ、見て。もしかして聖金貨かな?」
「どうやらそのようですね。一度だけ貴族から自慢げに見せられたことがあります」
「そうなんだ。私は初めて見たよ。本物かね?」
「おそらくは。もし偽物なんか使ったりしたら極刑ものですし」
「聖金貨の相場って今どのくらい?」
「大金貨で百枚といったところでしょうか」
「そうかあ。じゃあ、とんでもない大きさの屋敷が建つね。二十部屋くらいの」
「郊外ならもっと大きな豪邸が買えるかと」
ライラさんと店員のミーナさんが私を見る。
「えっと、これがあと何枚あるって?」
ライラさんが私に尋ねてくる。
私は袋を逆さにした。硬貨がばらばらと机に広がる。
聖金貨と呼ばれる青白い金貨が全部で七枚。そのほかに大きめの金色の硬貨が二十枚ほど。小さい金の硬貨が五枚。
「大金貨も二十枚ほどありますね……」
大金貨は金貨にして十枚ほどの価値があるそうだ。
ライラさんは頭痛でも抱えたかのように、頭を手で押さえる。
「あんた、こんなとんでもない財産を普通に持ち歩いてたわけ。いっしょにゴブリン退治に行った七級冒険者が、すぐ横で聖金貨を七枚も持ってるなんて誰が想像できるのよ。いったいどこの貴族様なの。ああ、そうだ。ルディアス様の妹なんだっけ」
ライラさんはなおも毒づいてくる。
「いいわね、とんだご身分だこと。いつもは豪邸に住んで美味しいものをいっぱい食べてるんでしょ。いったいなんでそんな身分で冒険者なんかになろうと思ったのよ」
私は責められと思って俯いてしまう。
「豪邸になんか住んでいません。山奥に、三部屋の小屋でした。兄が丸太で作りました。食べるものは全部畑で作っていましたし、買い物なんてしたことがなくて。ほんとうにごめんなさい」
とても質素な暮らしだった。でも私はそれが当たり前なのだと思っていた。
「冒険者になろうと思ったのは兄が王国に務めるようになって一人きりで過ごすことが多くなったからです。あと、買い物がしてみたかったから。冒険者になるとお金がもらえるんですよね。それで食べ物と交換したり、お洋服に換えたり。不思議だなあと思っていました。小さい頃からおもちゃがわりで遊んでいたものが、いろいろなものと交換してもらえるなんて」
「聖金貨をおもちゃがわりに……」
ライラさんが苦笑する。
「とりあえず、フィル、あんたに常識がないことがよーくわかった。こんな大金を持ち歩いていたら危険よ。いつ追い剥ぎに会うかわからないわ。全部お姉さんに預けなさい」
「ちょ、ちょっとライラ。あんた……」
ミーナさんが止めようとするが、私は喜んで金貨を袋に詰めてライラさんに差し出した。
ライラさんは頭を抱えて、呆れた声を出す。
「えっとね。そういうとこ。私のことをまったく疑わないでしょ。普通はこれ、持ち逃げするよ。これって一生贅沢できるだけの金額なの。簡単に誰かに渡すなんてありえないの」
袋を私に突き返してくる。
「わかった? まずはあんたに常識を叩き込むわ。徹底的に。覚悟して」
「は、はい。お願いします」
私は深く頭を下げることしかできなかった。
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