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6 魔物に包囲された二人

 ライラさんは木々を薙ぎ払った行為を敵の攻撃だと言った。

 いや、それ私がやったんですけど。


 説明しようかと思ったのだけど、たぶんこんなのは七級冒険者なら当たり前にできることだろうし、迫真に迫るライラさんの演技をじゃましちゃいけないのだと思って黙っておくことにした。


 それにしてもライラさんは本当にこの状況に恐怖を感じているかのようだった。


 ライラさんのような一級冒険者なら、周囲の敵ごと切り裂くことができるのかもしれないと思うのだけれど。


 うーん、一撃で敵を殲滅してしまわなければならなかったのだろうか……。

 今日、七級冒険者になったばかりの私にはそんなことは無理だよね。


 でも、ライラさんのこの反応。

 これはいったいどういうことなんだろう。


 あの行為が敵の攻撃?

 どういうこと?


 私は考え込む。


 そして、結論を出した。


 つまり、こういうことか……。


 いくら七級冒険者とはいえ、こんな情けない攻撃をするわけがない。

 だから、これは敵からの襲撃だとしてしまおう、と。


 つまりライラさんは、私の取るに足らない非力な攻撃を敵の攻撃だとすることで、うまくごまかしてくれたのだ。


 私の失敗をなかったことにするという、ライラさんの配慮に違いない。


 きっと。

 たぶん。


 私、間違えてないよね。


 あってるよね。


 うん、あってるはず。


 ああ、なんてライラさんはやさしいのだろうか。

 こんなに機転が利くし、これほどにも私のことを考えてくれるなんて。


 ライラさん、大好きです。あなたほど強い女性はいないのでしょう。一生ついていきます。


 ゴブリン二匹は倒したんだし、私の仕事は終わった。


 ここからはきっとライラさんの出番だ。

 ここはぜひ一級冒険者の実力を見せてもらおう。


 私は立ち上がり、叫んだ。


「第一級冒険者を取り囲み、罠にかけようとした悪しき存在たちよ。後悔しなさい。相手が悪かったわ。今から本当の強大な力というものを思い知るでしょう」


 高らかに叫んだ私の声は遠くまで響いた。


「ちょ、ちょっと待って、フィル……」


 ライラさんが何か言いかけるが、私は発言を遮って言葉を続ける。


 何もできない私だけど、せめてライラさんの下僕として、いい顔くらいさせてください。


「さあ、ライラさん! その実力を見せてください。全力でやっちゃってください! 軽くひねっちゃってください!」


 私は短剣をリッチの方向に突きつけた。


 なんかリッチの視線が私から外れたのが少し気になるが、いや、それよりも気になるのが、その場にいる誰もが、ライラさんも含め、魔物たちも、すべてが微動だにしなかったことだ。


 まるで何が起きているのか、頭で理解が追いついていないかのようだ。


 何なんだろう。

 これは。


 もしかして?

 間違った?


 あれ?


 三度目の失敗?


 つまりは私が……、場違い?

 あまりにも弱い私が。


 こんな弱いやつが、こうしてえらそうに、威勢を振るうことが。


 なんだか急に恥ずかしくなって、顔が上気してしまった。きっと真っ赤になっていたことだろう。


 やばい、やばい。


 ライラさんどころか、魔物までしらけさせてしまう私って。いったい……。


「フィル、剣をおろして……」


 しおらしい言葉がライラさんの口から漏れる。


 や、やばい。

 もしかして、ライラさん、怒っている? それとも失望している?


 私は短剣を下ろさざるを得なかった。


「あそこにみえるのはリッチよ。恐ろしいアンデッドなの。フィルは知らないだろうけど、一級冒険者では単独で討伐が難しい存在。その上これだけの数で包囲されたらもう絶望しかない。私たちはもうおしまいかも……」


 どういうことなんだろう。


 怒ったり失望したりしているわけじゃなさそうだ。


 こんな雑魚みたいな相手に、まあ苦戦なんかしないだろうけど、油断しちゃだめだということを教えようとしているのか。


 気のせいか魔物の包囲網が広がっている。


 まるで逃げる機会を探っているが、なにかにおびえて思うように足が動かない、そんな感じでもある。


 ライラさんは自分を奮い立たせるように、震える足を懸命に伸ばして立ち上がった。毅然として前を向く。


「本当だったら、自分の身を犠牲にしてでもフィルを助けるのが一級冒険者としての努めだと思う。だけど、リッチが相手だとそれもかなわないかもしれない。まず、リッチと逆の後方へ二人で逃げるわ。包囲を突破できると思えないけど、どうにかフィルだけでも逃げてくれたら……」


「わかりました」


 私はこくりと頷き、ライラさんに疑問を投げかける。


「ですけど、どうして一番危ない後方へ逃げるんですか?」


 私の問いかけに、ライラさんが黙り込む。

 そして絞るように声を出した。


「どういうこと?」


「リッチを零時方向として、三時方向が一番手薄ですよね。どうしてわざわざ罠を張っている後ろへ逃げるのかと」


「ちょっと待って。あなた本当に敵を感知できるの? この数よ」


「できていると思うんですけど」


「だって、どう見たって後ろの敵が一番少ないでしょ?」


「いや、ですけど、誰でもリッチと反対側に逃げたくなるじゃないですか。数が少ないと見せかけてそこに罠を仕掛けるのはセオリーでは? 私の知識なんてただの兄の受け売りですけど」


 ライラさんはしばし無言になったあと、口を開く。


「……わかったわ。あなたは騎士団長様の妹。あなたの感覚と知識を信頼する。1,2,3で三時方向へ走りましょう」


「わかりました」


 そしてライラさんの合図で私たちは走り出した。


 兄から教わった戦略の知識がここで活かされて嬉しい。

 そして教わったとおり、集団から逃げるときの教えを実行する。


 ライラさんが先頭で殿しんがりが私。


 殿は追ってくる敵を足止める役目をしなければならないと兄は言っていた。

 私は持てる力を駆使して敵を振り払うことにした。


 その技、多重分身マルチプルアヴァター爆裂土爪エクスプロージョンソイルホー重力波爆散グラヴィティソニックウェーブなど。


 後方、九体に分身した私が敵を切り裂く。(まあ、速く動いただけなんだけど)


 爆裂土爪で深く地面をえぐり、進行を食い止める。(これも地面を強く叩いただけ)


 重力波爆散も駆使して、水風船を潰すように敵を破裂させる。(空気の泡を飛ばせば誰でもできるよね)


 扇状に土がもみくちゃにされ、そこには切り株すら残されず、あるのは魔物たちの肉片と巻き散らかされた血液だけ。


 まさに地獄絵図。


 その間、たぶん二十歩か三十歩進むほど。


 懸命に走っていたライラさんと私。


 なにかの気配を感じたかのように、彼女は足を止め、おそるおそる振り向く。

 振り向いたライラさんが唖然とする。


 無残に散らばった無数の魔物の死体を目にしていた。


 そのまま呆然と立ち尽くす。


 残った魔物たちが霧散していく気配。

 リッチは姿を消し、私たちが突破するはずだった方角の敵も姿かたちを消し。

 しばらくすると周辺からは魔物の気配が完全になくなった。


 頭上を覆っていた厚い雲はいつのまにか散っており、雲間から一条の光が差し込んでいた。




 さすがライラさんです。

 その恐ろしさに、みな逃げていきました。


 私が倒したのは五、六十体ほどでしょうか。


 一方でライラさんは何もせずに百五十体ほどの敵を威圧するだけで追い払いました。


 さすが一級冒険者。

 戦わずして勝利する。


 これほど安全で確実な勝ち方はないでしょう。

 これを私に教えたかったのですね。




 私は改めて尊敬の眼差しをライラさんに向けるのだった。


 ただ、何も喋ってくれないライラさんが少しだけ気になった。

 きょろきょろしたり、おどおどしたり。

 行動が挙動不審で。


 小一時間ほどその場にいただろうか。

 ライラさんは無言のまま私の手を取り、二人はその場をあとにした。

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