9 模擬試合
一度は怯んだバジットだったが、すぐに意地の悪い顔に戻る。
「じゃあ、さっそく始めようか。行くぞ、ついてこい」
私の短剣は肩に担いだままだ。どうやら返してくれるつもりはないらしい。
誰かがバジットに問いかける。
「どこでやるんだ? 地下の訓練場か?」
「いや、あそこだと先生に見つかる恐れがある。もっといい場所がある。ロイ、鍵は持っているか?」
「すぐに用意できるよ」
「どこへ行こうというんだ?」
問いかけに、バジットは不敵な笑みを浮かべた。
「訓練場のさらに地下だよ」
「そんな場所があるのか?」
会話を聞いていた別の生徒が慌てて立ち上がった。
「立ち入り禁止のあそこか!? 悪い噂があるぞ! 絶対やめたほうがいいって! あそこはまずい!」
「だから誰も来なくていいんだ。ちょうど昼休みだし、時間はたっぷりある。見学したいやつはついてこい。Bランクの本気の指導を見せてやる。生意気な女のべそをかくところが見れるぞ」
生徒たちは最初はためらっていたが、一人が立ち上がると次々に腰を上げた。
クラスの全員がバジットにぞろぞろと着いていく。
私も立ち上がると、ティアが縋り付くように腕を抱いてきた。不安そうな顔をしている。
「ねえ、本当にやるの? やめようよ」
「大丈夫。私は負けない。バジットは実践経験がなさそうだから、そこにつけいる隙があるはず。お兄ちゃんから格上の相手に対する戦い方も叩き込まれている」
ノルちゃんが私に囁いた。
「強化アイテムを貸そうか?」
ノルちゃんが袖を捲るとそこには腕輪がはまっていた。魔石がぐるりと一周埋め込まれているところを見るに、かなり高価なものに違いなかった。
けれど、私は腕輪を外そうとするノルちゃんの手を止める。
「バジットも強化アイテムを使わないと言っていた。私だけが使うわけにはいかないよ」
「そんな約束を守ることないよ」
「あいつに勝った時に『アイテムのおかげだ』なんて言われたら癪でしょ?」
「フィーちゃんは本当にバジットに勝つつもりでいるの? 四級相当なんだよ」
それには何も答えずに、ノルちゃんの顔を見つめた。
口角を上げて笑みを作る。
「みんなもう教室を出ちゃったよ。ティア、ノルちゃん、私たちも行こうか」
「どこからそんな自信が来るの? フィーちゃんは本当に六級冒険者なの?」
「もちろん。でも特級冒険者の指導を受けた六級冒険者だけどね」
そうだ。私はお兄ちゃんの教えを受けて死地を潜り抜けたのだ。
ダンジョンに取り残された時も、奈落の底に落ちた時も――こうして今、ちゃんと生きている。
それが私の自信となっている。
◆ ◆ ◆
地下の訓練場を通り過ぎると、暗く細い道が続いていた。
その先には立ち入り禁止の看板と、重厚な金属製の扉がある。
バジットはロイから鍵を受け取って扉を開けた。
「ロイは学園を統括しているお偉いさんの息子なの」
ティアが耳元でこっそりと囁いた。
暗い階段は長く続いていた。ひんやりと冷たい空気のせいで吐く息が白くなる。
石造の階段を降りきると、また扉があった。
今度は『立入禁止』の文字とともに『魔法厳禁 絶対厳守』の文字もあった。
「魔法は禁止だってよ」
誰かの言葉にバジットは軽く答える。
「そもそも立ち入り禁止を無視して入っているんだ。いまさら守ることでもないさ」
取り合う様子はなかった。
扉を開けると、そこはかなり広い空間だった。
「広域灯火――」
ロイの魔法で周囲は明るくなる。
四方は石壁に囲まれており、天井はかなりの高さだった。建物にして三階分ほどだろうか。
バジットは取り巻きのロイと一緒に中央へと歩み出る。
私はバジットのところへ向かう。
ジルとユニスは壁際に立っていた。
ティアとノルちゃんはユニスの近くに立った。
他には十八人の生徒が壁際で様子を見ている。
これだけの人数が入っても狭さを感じさせないほどの空間だった。
「なんだろうな、あれ?」
誰かが指さした先には奇妙な祭壇があった。
二本の灯籠と水晶玉が置かれている。灯籠には火が灯っていなかった。
祭壇の奥には鉄格子があった。鉄格子の先は奥に続いており、真っ暗で何も見えない。
禍々しい嫌な空気がこちらに流れ込んでいるような感覚があった。
「ちょっと、ここ怖くない?」
「雰囲気、悪いよな……」
怯える声を出す生徒がいた。
「お前ら、びびりすぎだぞ」
バジットがからかう。
「でも、あれは牢屋なのか? 変な魔物とかを閉じ込めていたりしないよな?」
誰かが鉄格子を指さす。
「あんなのはただの脅しだ。意味なんてないだろう。ほら、始めるぞ。ロイ、模擬試合用の魔法陣を展開してくれ」
ロイがスクロールを広げて呪文を唱える。
スクロールを使うことで習得していない魔法でも使用することができる。
床一面に魔法陣が展開された。
これは模擬試合用に魔法攻撃と物理攻撃を弱める魔法だ。
ダメージは軽減されるが、血も流れるし、痛みも感じる。特別な武器と組み合わせて、致命的なダメージは避けることができる。
続いてロイが別のスクロールを広げた。
それをバジットが解説する。
「相手へのダメージはここの黒板に数値化されて表示される」
床には二枚の小さな黒板が置かれていた。
「ダメージは相対表示だ。100が即死を意味する。どんなに大ダメージでも最大が100だ。ダメージは加算され、300は3回死んだのと同じことを意味する」
そして私に向けて嫌味な感じで言ってきた。
「強力な魔法をぶっ放してもいいぞ。なんでもありだ」
「私は魔法を使えないから」
「は! 本当に無能だったのか!」
バジットが笑おうとした時だった。
祭壇に変化が起きていた。
「灯籠が!」
誰かが叫んで、生徒たちは一斉に祭壇に目をやった。
二本あった灯籠にはぼんやりと小さな火が灯っていた。
「驚かせやがって」
「いや、勝手についたんだ!」
「気のせいだろ。最初から火が灯っていたんじゃないのか? そんなものは放っておいて、次は武器だ」
訓練室から持ち込んだ武器が並べられる。模擬試合用の特殊なものだ。
長剣や短剣はもちろん、長槍、ハルバート、メイス、モーニングスターに弓など、種類は多彩だった。
武器自体に殺傷力はないそうだ。
魔法陣と組み合わせて使用することでダメージを数値化するだけだ。
安全な武器を使用したチャンバラのようなものだ。
「フィーちゃん、武器を選んで」
ティアが言ってくる。
「途中で交換してもいいの?」
「もちろん」
使い慣れた短剣を選択してもいいのだが、自由に選べるのなら相手に合わせたほうがいい。
バジットが長剣を手にしていたので、私も同じような剣を選んだ。
「俺も剣で相手してやるよ。六級が相手なら魔法を使うまでもないな。素人に剣の使い方ってやつを教えてやるか」
「その前に、私の短剣を返してもらってもいい?」
「おい、大切な短剣だってよ。ケツの下にでも置いて大事に持っていてやれ」
ジルに向かって短剣を放り投げた。からからと音を立てて床に転がる。
ジルはその上にどかりと腰を下ろした。
「ふざけるな! 私の短剣を!」
「さあ、昇給試験を始めるぞ! よそ見なんかするな!」
試験官気取りで言いながら、剣を振り上げていきなり襲いかかってきた。
私は慌てて後ろにさがって距離をとる。
自分より格下の相手なら先に仕掛けるのが定石だからバジットの行動は正しい。それは相手に冷静な判断をする時間を与えないためだ。
だが、バジットにそこまでの考えがあるとは思えなかった。
距離をとる私を見てもすぐには向かってこなかったからだ。
単に私を威嚇したかっただけだろう。
この行動からも、彼の精神的な幼さがわかる。
私から見たらバジットは格上の相手だ。距離を置いて観察し、相手の出方を見る。力量を少しでも見極める必要があった。
こうして情報収集をする時間を与えるあたり、バジットにはそれだけの余裕があるのか。もしくは単に無思慮なだけなのか。
バジットをよく観察する。筋肉の反射、重心移動の方法。
いくら見ても、強さは伝わってこない。
軽く左右にステップして、バジットの反応を見る。
瞳孔の動きから反応速度を知ることができる。
若干の遅れがある。いや、遅れどころではない。遅すぎる。これはわざと反応を鈍らせているのか?
剣を下段に構えた。
バジットは動かなかった。
上段に構える。
バジットは動くが、私の構えに対応する動きではない。
ただ視界に動くものが入ったから、なんとなく動いたという程度だ。
私は息を吐く。そして息を吸う。呼吸しながら相手の口元を観察する。
息を吐く時には力が抜ける。達人の領域になると、そのタイミングに合わせて斬り込む。
だから、相手の呼吸を読み取って呼吸を合わせたり、意図的に少しずらしたりする。この呼吸の使い方だけでも相手の力量はわかるものだ。
しかし、こちらの呼吸を伺う様子もなければ、自分の呼吸をコントロールする様子もない。
(……わざと手を抜いている?)
私が向かっていかないことに焦らされたのか、バジットのほうから前に出てきた。
「お前が来ないなら、こちらから行くぞ! うりゃああああ」
バジットは雄叫びを上げながら足を踏み出してきた。剣を上段に振り上げる。
完全に素人の動きだった。
動作が遅いし、叫ぶことでタイミングを相手に伝えてしまっている。
なんだこれは?
なんの茶番なんだ?
Bランクというのはここまで相手を馬鹿にするものなのか?
それともここから驚きの加速を見せるとか?
あるいは身を捻って裏を取ってくる?
しかし、その呼吸の使い方や重心移動ではありえない。
そんなことができたら人間わざを超えている。お兄ちゃんだって不可能だ。
バジットが振り下ろす剣を見ながら、軽く身を引く。
額すれすれに剣が通り過ぎる。
バジットの剣が水平を過ぎたタイミングで、私の刀身をバジットの刀身にぴたりとつける。くるりと巻き取り、剣を頭上に振り上げた。
バジットの剣は私の剣で巻き上げられ、勢いよく天井まで飛んだ。
がしん、っと大きな音を立てて、バジットの剣は天井に突き刺さっていた。
彼は手を空にしたまま唖然としている。
周りの生徒も何が起こったのかわからない様子だった。
バジットはゆっくり天井を見上げる。
剣は天井の石から外れ、彼の面前に落下し、今度は床に突き刺さった。
バジットの前髪がはらりと落ちた。
額には小さな傷ができて血が垂れた。
黒板には「1」の表示。
バジットはその場に尻餅をついた。後ろに両手をついて、呆然とした顔をしていた。
「な、なにが……起こって……」
声に怯えが見られる。
床に腰をついたまま立ち上がれないでいた。
もしかして、本当に弱いのか? こいつ……。
「ちょっと確認していい?」
「な、なんだ……?」
「あなた、本当にBランク?」
バジットは何も答えない。
生徒たちはどっと沸く。
「何が起こったのかわかんねえ!!」
「天井に剣がささってたぞ!!」
「偶然じゃないのか!?」
ユニスも叫ぶ。
「いえ! フィルさんの力ですよ! すごいです! フィルさんはすごいんです!」
ユニスの声をかき消すほどに、大きな歓声は石壁を反響していた。
生徒たちは熱狂に包まれていた。
夢中になって私たちの試合を見ている。
ひんやりとした地下室だったが、みんなは熱くなっていた。
食い入るように身を乗り出す者もいる。
ティアもノルちゃんも顔を輝かせて、私に声援を送ってくれていた。
その向こうでは祭壇の灯籠が怪しく揺らめいた。
とても小さな火だったが、生徒たちの歓声をあざ笑うかのようだった。




