41 蜘蛛男にとどめを刺す
分身が解除され、私は一人の姿に戻った。
フレア様が顔をしかめながら天井を見上げている。
「魔物の気配がありませんね」
天井には十人を超える冒険者がぶら下げられている。
糸が体中に巻かれてみの虫のような姿をしており、動く者はいない。
下には水溜りのように血溜まりができていた。
皆、死んでしまったようだ。
「どうやら遅かったようです。かなりの犠牲者が出たようですね」
ライラさんが悲しそうに言った。
フレア様が前方に目を向けて叫ぶ。
「生存者です!」
フレア様が走り出すと、私とライラさんもあとを追った。
地面には冒険者たちが転がっていた。
糸に巻かれた状態でミイラのようになっている。
十人以上はいるようだった。
私たちは手分けをして糸を切っていく。
一人の男が糸から這い出てきた。
「ぶはっ、助かった!」
男が声をあげた。
調子に乗って先行しすぎた二級冒険者だった。
次々に糸を切って冒険者を救出する。
そして私が助けたかった二人もいた。
「ボルザ、エミル!」
私はエミルに駆け寄って、懸命に糸を切った。
「フィル!」
繭のようになった糸の中からエミルが出てきた。
私の仮面はエミルの胸元に抱き抱えられている。
「誰かが助けてくれたの」
ローブの裾は切られ、胸元の布は溶かされていた。エミルの長い足と胸の谷間が見えていた。溶かされた胸元は火傷のように爛れていた。
「この鎧を着て」
私は軽装鎧を脱いでエミルに着せた。仮面は気付かれないように回収する。
ボルザはライラさんが救出してくれていた。
「誰かが助けてくれたんだ。だけど、いつの間にか消えて」
他の男たちも同じ証言をする。
「そうだ、誰かが蜘蛛の魔物と戦っていた」
暗かったために私の姿を目撃したものはいなかったようだ。
「もしかしてネガルタでしょうか……」
「どうなのでしょう」
「その魔物はどこへ行ってしまったのでしょうか。殺されたのでしょうか」
「あちらにいます」
誰かが指さした。
その先には瀕死の蜘蛛男がいた。四つん這いになって、両膝と左手を地面についている。右腕は私が切り落としたから片腕になっている。
頭から生えていた気色の悪い脚もすべてなくなっていた。
正直言って、私は近寄りたくもなかった。脚がないとはいえ蜘蛛男は蜘蛛男だ。
呟くような声が蜘蛛男から聞こえてきた。
「俺は……。俺は幻を見たのか……。神魔領域の力を垣間見たのか……」
この場にいる全員で慎重に近寄っていく。
「あなたたちを捕らえたのはあの魔物ですか?」
フレア様が尋ねると、一人の冒険者が頷いた。
「ええ、そうです。間違いありません」
「瀕死のようですね」
「フレア様、とどめを」
ライラさんが促し、フレア様が蜘蛛男に近づいた。
「悪魔だ……。悪魔がまたやって来た……」
蜘蛛男は私のほうに顔を向け、怯えるような声を出していた。
「かなり混乱しているようですね。かわいいフィルさんを見て悪魔だなんて。瀕死の状態とはいえ、魔物は魔物。多くの犠牲者を出しました。残酷なようですが、息の根を止めさせていただきます」
フレア様が魔法を唱えようとすると、蜘蛛男は四つん這いのまま威嚇するように腰を高く持ち上げた。
「ふざけるな! まだ死にたくない! どうして人間なんかに殺されなきゃいけないんだ!? 餌の分際で!」
喚き立てながら、キシャアアアと金切声をあげる。
「私がやりましょうか」
ライラさんが長剣を手に向かったが、蜘蛛男がプシュッと糸を飛ばしてきた。糸はライラさんの長剣ごと腕をぐるぐると巻き取る。
「う、腕が……!!」
「ライラさん! 下がってください! 瀕死とはいえ、かなりの魔物です! わたくしがやります!」
フレア様が呪文を唱えると、大木ほどの太さもある炎柱が天井まで噴き上がった。
あたりは一気に明るくなり、急速に温度が上がる。
炎が蜘蛛男を包むが、ダメージを与えるまでには時間がかかっていた。
「なかなかしぶといですね。その鎧のせいですか」
蜘蛛男が着ている軽装鎧が炎を防いでいるようだった。
だが、しばらくすると悶絶する声が聞こえてきた。
「ぐああああああ!!」
炎に焼かれて全身を焦がしながら、しゅるしゅると縮むように小さくなって炭へと変わっていく。
昆虫が焦げるような鼻をつく異臭がここまで漂ってきた。
やがて蜘蛛男は原型を留めないほどに、小さく黒焦げた塊に変わった。
「もう大丈夫でしょう」
「おお……」
「さすが特級冒険者……」
男たちが喉の奥から絞るように声を漏らしていた。
「この鎧は……」
フレア様が焼け焦げた中から軽装鎧を取り出した。あの強力な炎の中であっても全く焦げることなく原型を留めていた。
「私が拾った鎧と似ていますね」
ライラさんはエミルが着ている鎧と見比べていた。
「この鎧も白銀の魔法石が何個も使われていますね。国宝といってもいい代物です。ライラさんが拾った鎧といい、この鎧といい、一体何なんでしょうね」
二人の会話に、エミルは不安そうな顔を見せる。
「ええと、私なんかが着ていていいのでしょうか」
もじもじとしながら声を出した。
「とりあえず、外に出るまではな」
ライラさんはあまりいい顔をしていない。
私が勝手にエミルに着せてしまったことに少し不満そうだった。
エミルはローブの上から軽装鎧を着ているのでちぐはぐな格好になっていた。
ボルザは「変な格好だな」とエミルをからかう。
下半身からはローブの裾が見えていた。
太ももの部分が切られており、スリットのようになっている。
「なかなかセクシーだな……」
ボルザが呟きながらエミルの太ももを覗き込んだ。
すかさずエミルの膝蹴りが彼に飛ぶ。
「ぐふっ」
ボルザは鼻を押さえる。痛みからか、顔を真っ赤にしていた。
「自業自得」
エミルはツンとすましながら、そっぽを向く。
助けられた男たちは互いに手を取り合い、生き残れたことを喜んでいた
ライラさんが男たちに声をかけた。
「亡くなった者たちの埋葬はひとまず後回しにしよう」
それにはフレア様も同意する。
「ええ、とにかくダンジョンの外へ出ましょう。今の状況は何かがおかしいです」
「そうですね。入り口近くにいたカエルの魔物といい、異常な事態です」
ライラさんは頷く。
「では、外へ出ましょうか」
その言葉に、男たちから歓声が上がった。
「やっと帰れる!!」
「ここで骨を埋めることになるかと思っていた!」
「早く、外に出ましょう!!」
この場にいる全員が安堵の表情を浮かべていた。
私も心からほっとする。
フレア様とライラさんと合流することができ、犠牲者こそ多く出したが、ボルザとエミルを救出することができた。
全てが万事解決したように思えた。
でも、何かを忘れているような気がする。
そうだ、超絶級冒険者だ。
敵国の冒険者が三人いるのではないか?
無事に地上まで出ることができるのだろうか?
「あの……、フレア様……。私は敵国の超絶級冒険者がここに三人いるのではないかと思っています」
私の言葉に、フレア様が振り向いた時だった。
一気にその場が冷え込むような空気を感じた。
黒い影が私たちの前を横切った。
「ダンジョンを隈なく捜索したが、そんな者はいない。十三階層に一人きりだ」
声がした方向に顔を向ける。
気がつくとこの国の序列二位、ネガルタの姿があった。
全身に漆黒の鎧をまとったその姿は、不気味な黒いオーラを放っていた。




