4 初めての依頼でさっそくやらかす
やがて遠方の視界に一匹のゴブリンが確認できた。森の木々の隙間から見える、子供の背丈ほどの魔物。緑色の肌をしている。
私たち二人は木を影にして身を隠す。
「近くに別のゴブリンが潜んでいるかもしれないから注意して」
ライラさんが注意を促す。
本当に演技がうまいと思う。ライラさんはすべてがわかっているのだろう。
残り二体のゴブリンはすぐに駆けつけられる距離にはいない。その先にいる別の群れもここまで到達するには時間がかかるだろう。
それにしても魔物たちがこんなに頭がいいとは思わなかった。
お兄ちゃんから、魔法が使える魔物や知能が高い魔物がいることは聞かされていた。
どうやら魔物たちはこの弱いゴブリンを囮にして包囲網を敷き、二百体を超える個体で私たちを囲もうとしているようだ。
思わず武者震いする。
こんな状況にわくわくしているのだろうか。
それともただの恐怖からなのか。
いずれにせよ、こちらには第一級冒険者のライラさんがいるのだ。
恐れることはない。
いざとなればライラさんに任せれば大丈夫だ。
まずは目の前のゴブリンを始末しよう。
「じゃあフィル。最初の試練よ。あれだけ小ぶりのゴブリンなら動作も鈍いはず。短剣で思い切りぶっ叩いてやりなさい」
ライラさんは本当に私の短剣を鈍器のようなものだと思っているようだ。
「仕留め損なってもいいからね。その時は私が背後からとどめを刺すから」
そう言ってライラさんは私から離れた。
『――無音移動』
さあっと微かなノイズとともに、ライラさんは森に溶け込む。魔法を使って音を立てずにゴブリンの背後に回ろうとしているようだ。
私は魔法が使えない。愚直にも正面から突っ込むしかなさそうだ。
せめてライラさんにはこの短剣の切れ味を見てもらって、認識を変えてもらおうと思った。
私はゴブリンに向けて気合を入れる。
「覚悟!!」
ゴブリンが私に気づき、手に持っていた棍棒を振り上げて向かってくる。
やはり片足を怪我しているようで、動作が鈍い。これなら楽勝だ。
ゴブリンの背後でライラさんが長剣を構えているのが見えた。
私が仕留め損なったときのために待機しているのだろう。
私はゴブリンを短剣で薙ぎ払おうとした。
短剣を真横に振り出す。
そのままゴブリンへ向けて、一直線。
兄から教わった技、雷光一閃。
しかし、準備していた動きを止めた。
そうせざるを得なかったのだ。
本能というのだろうか。あるいは潜在意識が働いたのだろうか。
『斬ってはだめだ!』そんな叫び声が聞こえたような気がした。
もし、このまま私が水平に短剣を振るったとする。
ゴブリンの棍棒はもちろん、その肉体ごと上下に両断し、ついでに周囲の木々も巻き込んで切り裂いたはずだ。
短剣による衝撃波が広範囲に渡り、その場にあるものはすべて切断される。
つまりは背後のライラさんも巻き込んで、という意味だ。
もちろん第一級の冒険者であるライラさんだ。私の攻撃を防ぐことなど造作も無いだろう。
しかし、このときの私はなぜかライラさんの身体までが両断されるイメージが強く残って消せなかった。
私は短剣を寸前で止めた。
ゴブリンの棍棒が私の頭に強く打ち付けられた。
私は地面に勢いよく突っ伏す。
顔を上げたときはライラさんの長剣がゴブリンの心臓を貫いているところだった。