26 六級昇格へ向けて
私は不安と期待を胸に抱きながら、昇格試験の当日を迎えた。
冒険者組合の受付でメルダさんと向かい合っている。
「フィルさんに残念なお知らせがあります」
メルダさんが困惑した顔で私に告げてくる。
「六級昇格試験が先送りになってしまいました」
突然の先送り宣言に、呆然としてしまった。
「いったいどういうことなのですか?」
「担当官のグリゴスと連絡が取れないのです。身近な人に、探さないでくれ、とだけ告げて失踪してしまったようなのです」
「はあ……」
がっくりと肩を落とし、気落ちする。
でも、六級に上がることを心待ちにしていたのだ。簡単に諦められるものではない。
「たしかメルダさんは、実績でも昇級できるのだと言っていましたよね」
「はい。ですが、フィルさんの場合はまだまだたくさんの依頼をこなさないと無理ですよ」
「わかっています。でも、難しい依頼なら少ない数でも昇級できるのではないですか?」
「確かにそうですが……。基本的に依頼は級による制限があるのです。冒険者が亡くなるようなことがあってはならないですから。例外として、制限のない依頼もございますが」
「それはどのようなものですか?」
「難しいものが多いですよ。たとえば先日、届いたばかりの依頼があります。地下組織メルビスの壊滅です。この依頼はまだ級による制限も人数制限もございません。現時点で難易度が不明なのです」
「それを受けます!」
私はここぞとばかりに飛びついた。
「いえ、さすがにそれは……」
メルダさんは困惑したような顔をする。
受付でメルダさんと話していると背後から、透き通るようなきれいな声が聞こえてきた。
「あら? だめなの?」
そこに立っていたのは黄金の長い髪の女性だった。
気品があり、小顔で端正な顔立ちをしている。
全身を覆うのは高級そうで豪華な刺繍が施された真っ赤なローブ。金の刺繍との組み合わせが炎を連想させた。
しずしずと小股で歩きながらこちらに近づいてくる。
「フ、フレア様!」
メルダさんが驚きの声を上げた。
「どうしてこちらに? 地下組織メルビスの件でしょうか?」
「ええ、その依頼の難易度についてお知らせに」
「やはり、難しい依頼なのでしょうか」
「そうですね。幹部クラスの人間が二人いまして。一人は一級レベル。もう一方は特級に近い一級といったところかしら」
「それは大変です。急いで特Aに変更しなければ。二級がぎりぎりですね。パーティ編成が必須です」
二人の会話を聞きながら、私はフレアと呼ばれた女性から目が離せなかった。
この女性はどこか見覚えがある気がした。
なんだか懐かしいような。でも記憶と少し違うような。
小さい頃、この顔の女性とよく遊んでいた。
私はまだ五歳か六歳くらいで、女性は十七、八歳ほどだっただろうか。
綺麗で上品な振る舞いで、優しく自愛に満ちた声で。
見た目は、そう、覚えがある。
だけどほんの少し、立ち振舞いや声音が違う。
私は首を傾げ、彼女をじっと見つめていた。
「あら、わたくしの顔に何か付いてございますか? それとも、あまりの美貌に見惚れていらっしゃったのかしら?」
フレアという女性はいたずらっぽい表情をして、自分の顔を手でひたと触れている。
「あ、いえ。知り合いに似ていたものですから」
戸惑う私に、メルダさんがこの女性を紹介してくれた。
「フィルさん。こちらの方はライラさんが通っていた王立サン・マルディクス魔法学院で講師をしておりますフレア・ラル・ネイラー様です。ライラさんの師匠にあたる方です。貴族の出身で冒険者でもあります。階級はあなたのお兄さんと同じ特級です」
「特級ですか!?」
私は驚愕する。
「あら、あなたのお兄様も特級でいらっしゃるの?」
「は、はい」
「特級冒険者なんてそんなにいるものではないですし、わたくしの知っている方かもしれませんね」
「あの、兄は王国騎士団で団長をしておりまして。ルディアス・バルディクスが私の兄なんです」
私の言葉を聞き、フレア様は目を見開いた。
「本当でございますか? ルディアス様の妹君なのですか」
「は、はい」
私が答えると、私の手をとって両手で包み込んできた。
「ああ、今日はなんと幸運な日でしょう。ルディアス様の妹君にお会いできるなんて。しかもなんて可愛らしいのでしょう。こんな愛らしい妹君がいらっしゃったのですね!」
私の目をじっと見てくる。フレア様の頬は少し赤らんでいるように見えた。
お兄ちゃんのことを尊敬する人は多いが、ここまで熱烈な人は珍しい。
なんだろう、この展開には覚えがあるような。
「ちょうど、わたくしもこんな可愛い妹がほしいと思っていたのですよ。ああ、本当にここに来てよかったですわ。こんなところで妹君にお会いできるなんて、これは奇跡と言ってもいいのではないでしょうか! わたくしのことはお姉様と呼んでいいのですよ。お姉様と!」
フレア様は両腕を私の背中に回すと、ぎゅっと抱きしめてきた。彼女の豊満な胸が私の小さな胸に押し付けられる。
「ひいやぁぁぁぁ」
思わず変な声が出てしまった。
誰かに抱きしめられるのなんて初めてで……。
いや違った。冒険者組合に初めて来たときにライラさんに抱きつかれた。それ以来の二度目のことだけど、慣れていなくてどぎまぎとする。
しかも、すぐ目の前にフレア様の顔が迫ってきた。
「お名前はなんとおっしゃるの?」
あまりの美貌で、私の顔は火照ってしまう。薔薇のようないい香りが鼻腔を刺激してくる。
「え、ええと。フィルといいます」
「そう、フィルね。もしかして冒険者をしてらっしゃるの?」
「は、はい」
「さきほど、地下組織メルビスの依頼を受けようとしてらしたものね」
「でも級の制限があるので、私では受けることができないんですよね?」
「あら、それなら大丈夫よ。まだわたくしが手続きをしておりませんから。今なら無制限ですよ。ほら、今のうち、今のうち」
フレア様は軽く言って私の手を取る。
だが、メルダさんにたしなめられてしまう。
「だめです、だめです。いくらフレア様でもそれは問題です」
「そう? やる気のある子みたいだし、本人の向上心は尊重してあげないと」
「だめなんです。フィルさんはまだ七級なんですから」
「七級……。あら、そうだったの。じゃあどうしてこんな依頼を受けようとなさっていたのかしら」
フレア様は不思議そうに私の顔を覗き込む。
「それは……。どうしても六級に上がりたくて……」
俯いて恐縮しながらフレア様に告げる。
「なるほど。そういうことでしたの。そうだ、わたくしといっしょに依頼を受けちゃいましょう。どうせわたくしもメルビスの壊滅に向けて動かなくてはなりませんし」
フレア様の誘いに、私は複雑な顔をしてしまう。
「特級冒険者が七級といっしょになんて、それはまずいのではないでしょうか」
「あら? そうかしら?」
困った私はメルダさんに視線を向ける。
私達の様子を見ていたメルダさんは肩をすくめるだけで何も言ってくれない。
「ライラさんにも相談していいですか?」
フレア様はライラさんの師匠だそうだ。
ところが、ライラさんの名前が出てきて、フレア様の顔色が曇った。
「ライラに? どうして?」
「……いろいろと、指導してもらっていますので」
「まさか、ライラのことをお姉様とか呼んでいたりしないわよね?」
「お姉様ですか? 呼んではいませんが……」
私の言葉にフレア様は元の顔に戻り、笑顔を向けてきた。花が開くような満開の笑みだった。
「ううん、何でもないわ。大丈夫、わたくしに任せておいて。わたくしが教えればすぐに六級になれるわよ」
私はなんとなく不安を感じ、フレア様に提案する。
「フレア様。依頼はライラさんもいっしょではだめでしょうか」
さきほどはなぜフレア様の顔色が曇ったのだろうか。
ライラさんも加わればより確実に依頼を遂行できるに違いないし、いっしょにいると心強い。
「フィル。これはね、どちらがあなたにお姉様と呼んでもらえるかという戦いなのよ。わかるかしら。あなたにとっても、どちらが将来の姉になるのかという、重要な問題でもあるの」
絶世の美女という表現がふさわしいほどの美しい笑みを浮かべるフレア様だったが、少しだけ目に力がこもっていた。
「いえ、よくわかりません……」
目力の迫力に押され、つい身を引いてしまう。
なんだかよくわからないが、フレア様はライラさんと何かを争っていることだけはわかった。
いったい、何を争っているのだろうか。
将来の姉とは?
フレア様は、いったい何のことをおっしゃっているのだろうか。




