捨てられた俺の、ささやかで壮大な復讐
「イズル。悪いが、アンタとは次までだ」
「ほえ?」
「いきなりこんな話をして悪いとは思っている。だが、俺たちが今よりも上を目指すというなら、もっと強いメンバーが必要なんだ。分かってくれ」
「え? え? ええぇ!? ちょっと待って!」
俺の名はイズル。
荷物持ちを生業とする冒険者である。
そんな俺は、パーティのリーダーであるカヅラから、戦力外通知、除籍要請を受けてしまった。
冒険者というのは、ダンジョンに潜ってモンスターを倒し、ドロップアイテムを回収する仕事である。
様々なジョブに就き、ジョブに合せた力を得て、困難に挑む。命の危険があるけれど、実入りの大きな仕事であるから、そこそこ人気があった。
モンスターと戦うのだから戦闘能力が求められるのは勿論なのだが、深いところに潜ろうとすれば長時間の移動を伴うし、ダンジョン内で数日過ごす“ダンジョン泊”も珍しくないので、戦闘以外を主な仕事とする人間も相応にいる。
その中でもっとも需要が多いのが、俺の就いている「ポーター」というジョブで、多くの荷物を運ぶのに適したジョブだ。
ドロップアイテムをどれだけ手に入れようと、持ち帰られなければ意味が無い。多くの荷物を運べるポーターは冒険者のパーティにとって必須と言っていいジョブだった。
ポーターは、非戦闘ジョブである。≪アイテムボックス≫という謎空間にアイテムをしまう事のできる、荷運びのプロだ。
その中でも俺は特に容量に特化したタイプで、同レベル帯のポーターよりも多くの荷物を大事に運べるが、逆にそれ以外の一切ができない。
他のポーターはキャンパーとしてダンジョン泊を助けたり、マッパーを兼任して移動をサポートしたり、マジシャンとなって微力でも戦闘に貢献するのだが、俺はそういった事ができない。
スキル的に、完全に荷運びを完璧にこなせるようになるのが先決であると考えていたからだ。
「確かにイズルはポーターとして見れば優秀だよ。だが、ポーター以外の一切ができないっていうのが致命的だ。せめて、他のジョブを一つ二つ兼任してくれればこっちも少しは考えようと思うけど、何か言いたいことはあるか?」
「うーん。サポート周り、アイテム管理関連で、アルケミストかスミス辺り、かな?」
アルケミストは、魔法の力を持ったアイテムを中心に扱うジョブで、スミスは、金属製の武器や防具の修理などを担当するジョブだ。
長期間のダンジョン攻略となれば、ポーター同様、出番が多いジョブの代表格でもある。
「そこを受け持つのはもう居るだろうが。そういう事を言うなら、なんでもっと早くに言わない」
「いや、それを言ったら、俺の話だって――」
「前から言っていただろうが! 他の事もできるようになれと!!
キャンパーもいる、マッパーもいる! なんでそこで、戦闘職を最初に言い出さない!!」
――正論である。
仲間の忠告を受けても危機感を持たず、自分の都合を優先してしまった為、俺はこうやって見放されようとしている。
モンスターと正面から戦うのが嫌で、戦闘職から逃げていた。
非戦闘系でも他のジョブに関しては、他の仲間が早い段階で引き受けていた為、伸ばそうとも思わなかった。
他に受け持つ役割は、戦う事以外無かったのである。
これで現地で生産と称して生産ジョブを口にしようものなら、リーダーのカズラは烈火のごとく怒るだろう。
俺は何も言えなくなってしまった。
何も言えなくなった俺に、リーダーは冷めた目線を向けた。
「どうしても戦いたくないのであれば、パーティを抜けろ。
お前は冒険者に向いていないよ」
反論は、できなかった。
冒険者総合ギルドで、俺はパーティ脱退手続きをした。
パーティを追い出された俺だが、リーダー達は退職金を少しくれた。
ここ最近1ヶ月分の手取り収入と同じぐらい。
彼なりの餞別という事なのだろう。
俺以外に6人いる元仲間のうち半数はリーダー以上に冷たい目線を向けており、俺が心を入れ替えなかった事で完全に見下げ果てたという事だろう。
事実なので、何も言い返せない。
「そこまでして戦いたくないんでしょうか?」
「あの寄生虫をようやく追い出せて清々したね」
「勇気が足りない。何で冒険者を選んだのか、謎」
「戦うのは嫌でもレベル上げだけしたかったんじゃないか?」
「納得」
冷たい目を向けていた3人は、わざと俺に聞こえるように嫌みを言う。
ヒーラー、ウォリアー、タンクの3人とは、元からあまり話をしない間柄だったが……ここまで嫌われていたとはね。
知りたくなかったよ。
リーダーは俺に興味を無くしているので、何も言わない。
残る2人も、どうでもいいと考えているように見える。俺を擁護する理由は無いと言った雰囲気だ。
一番マシな扱いをしてくれたのはリーダーのカズラだけだ。
味方はいない。それを強く実感した。
その後、俺はどこのパーティにも入れずに、細々と暮らす事になった。
冒険者を引退すればいいのだろうけど、引退しては負けだと、意地を張った。
苦手だった、嫌だった戦闘も、ちょっとはできるようにと頑張っているけど、はっきり言って素人レベル。役立たずである。
そのため、「荷物運び以外に何の特技もない三流ポーター」として、ソロ活動を余儀なくされている。
どれだけ荷物運びができようが、それ以外には何もできないのであれば、役立たずでしかない。
ギルドでは「荷物運びのポーターがお荷物になるとか、どんな冗談だよ」とからかわれる事もある。
俺が抜けた元仲間達は、新しいポーターを雇い入れ、上手くやっているらしい。
上昇志向の強い人らしいが、俺と違って基本戦闘能力が高く、剣士としても優秀らしい。
当たり前だけど、その分はポーターとして俺に劣る。
持ち込める荷物は半分程度、鮮度維持や状態保存の効果も持たせられず、食料などの持ち込みも保存食中心になる。
そして持ち帰れるドロップアイテムの数も少ないとなれば、彼らの収入は当然のように減ったはずなんだけど。
だけど、それを事前計画として組み込み、効率の良いダンジョン攻略を計画すれば、その程度のデメリットは当然のように押さえ込める。
長期間のダンジョン攻略を行なわず、短いスパンで挑む分には問題無い。
効率を優先してドロップアイテムを選別すれば、収入減は最小限に抑えられるという訳だ。
いや、支出が減った分まで考慮すれば、収入はむしろ増えただろうな。
一回のダンジョン攻略という視点では収入減でも、1ヶ月間のダンジョン攻略としてみれば収入増。
カズラたちは、上手く立ち回っているようだ。
こっちはダンジョンでも浅いところしか挑めず、戦闘よりも採取で食いつなぐ最低限の生活。
荷物運び以外のサポート、戦う事に慣れていけばどこかのパーティに拾って貰えるかもと、最後の望みを託して自分の鍛え直しをしていた。
パーティにいた頃に鍛え抜いたポーターとしてのスキルは空回り。
容量の半分が埋まる事すら珍しく、四分の一もあれば普通に活動できるという、宝の持ち腐れ。
ダンジョンの中程まで潜るのであれば、役に立つ自信はあったんだけど……そういった事をしているパーティは、すでに仲間にポーターがいて、俺の出番は無い。
元からいる仲間の方が信用できるのは当たり前。それで上手くやっているのであれば、仲間を除籍してまで俺を仲間にする理由がない。俺を信用する理由も無い。
もしも俺を雇おうとする者が居るとすれば、ダンジョンでポーターを喪ったパーティぐらいだろう。
……それを期待している俺は、きっと人でなしだ。
パーティ除籍から3年ほど過ぎた。
冒険者時代に貯金は切り崩してすでに無く、意地を張っては生きていけないと、俺は冒険者を引退せざるを得なかった。それが1年前の出来事である。
今では、冒険者とは全く関係の無い、商会のお抱えポーターの一人であった。
「イズル、お前の担当はここからあそこまでな」
「はい!」
俺は冒険者としては尖りすぎたスキル構成だが、商人に雇われるとなると、優秀なスキル構成となる。
なみのポーターの倍以上の容量を持つ≪アイテムボックス≫持ちとして、高給をもらっている。
ぶっちゃけ、冒険者時代の稼ぎの3倍ぐらいは給料が出る。
さっさと商会に自分を売り込めば良かったとは思うものの、意地を貫き通したかったという後悔もある。
どこまでも中途半端な俺だけど、周囲に褒められれば悪い気がするはずもなく、徐々に居場所を作っていった。
今は先輩である女性ポーターのミコトさんに指導を受けながら、一生懸命働いている。
商会雇われのポーターはかなりタイトな仕事なので、つまらない事を考えている暇などなかった。
そんな雇われポーターである俺の所に、客が来たという話をされた。
「冒険者で25歳のカズラという男なんだが。名前に覚えはあるか?」
「昔いたパーティのリーダーですね」
客は、カズラだったらしい。
俺は人事部の部長に応接室の隣の部屋へ通され、そこで商会の人事部の人と、カズラの会話を聞かされる事になった。
「ですから、イズルを冒険者として復帰させる為に――」
「いえ、彼はすでに我が商会になくてはならぬ――」
「本人の意思を確認――」
「ですが、契約で――」
聞こえてきた話の内容は、断片的であったが、かなり不快なものだった。
俺を再びパーティに戻したいと、カズラはそう言っていた。
「イズル君。声に聞き覚えはあるかな?」
「あります。間違いなく本人でしょう」
「冒険者としての復帰を要求しているようだが、君にそのつもりはあるのかな?」
「無い、と言えば嘘になります。ですが、契約もありますし、何より自分を捨てたカズラと同じパーティに所属する事は、あり得ません」
「よろしい。では、後の交渉は私が引き受けよう。彼には穏便にお帰り願おう。
イズル君は仕事に戻り給え」
「よろしく御願いします。では、失礼します」
退職金をもらった。カズラには、多少良くしてもらったと思う。
だけど、他のパーティメンバーに関しては、元仲間であって今の同僚ではない。あの場で普通に別れを告げられていれば話は違ったのだろうが、馬鹿にされ、もうどうでもいい者と切り捨てられたのだから、仲間意識など無い。
仲間意識、つまり信頼関係が無いのだから、パーティを組むなどあり得なかった。
その事情までは伝えないけど、俺は今の職場で働くと決めたので、復縁などしないと部長に告げる。
部長さんはニヤリと笑うと、カズラの所に向かう。
俺はその背を見送ると、自分の職場に戻り、務めを果たすのだった。
あのあと、カズラたちの事を調べてみた。
カズラたちのパーティは、俺の後任ポーターに見限られ、捨てられたらしい。
俺が冒険者を引退してからしばらく経っての話である。
その後任ポーター氏はもっと上のパーティへ移籍していた。
「ま、信頼関係を上手く構築できなかったのか、将来性を見限られたのか、そんなところだろうな」
「ミコトさん……」
俺はこの話を、一緒に仕事をしているミコトさんに打ち明けてみた。
「商会を転々とする人間はそこそこ居るよ。もっと良い条件を出してくれたから、そんな理由で離職していった人を、私は何度も見てきた。
商会に愛着を持てなかった、多少の違約金を払ってでも、もっと上を目指したい。分からないでもないよ。
ただ、冒険者でも商人でも、離職して上を目指す奴は、いつだってもっと上の条件を出すところに行く。それだけじゃないかな?」
ミコトさんはそんな俺に、商会勤めのポーターとしての昔話をしてくれた。
「イズル君のような優秀なポーターであれば、もっと上を目指せると思うけど、それをされては商会としては不利益を被る。だから、契約で簡単に離職できないように縛るのさ。
君がいる事を前提に仕事を組んでいる面もあるし、そうでなくとも、同僚が辞めていくのを見るのは辛いものなんだ。
ここに残ってくれると言ってくれて良かったよ」
ここを辞めないと言った俺に、ミコトさんが笑いかけてくれた。
それだけで、ほんの少し心が温かくなる。
残るといった事は間違いではなかったと、そんなふうに思えた。
何年も経った先でも、きっと俺はこの商会に勤めているだろう。
俺は上を目指す事より人を大事にしたいと思ったからだ。
条件が悪ければ、自分で良くしよう。
上を目指すというなら、この商会の中で上を目指そう。
安易に、人を捨てない人間になろう。
捨てられた俺は、人を捨てる人間になりたくない。
捨てた連中への恨み辛みはある。
きっと俺の復讐は、この商会を盛り立てる事で果たされる。