3:セレシアスの任務_02
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(さて、どうしたものかな)
城下へと続く道を走りながら、セレシアスは内心首をひねった。
急を要する仕事のためとりあえず走ってはいるものの、一体どのあたりをどう探せばいいのだろう。捜索場所の候補が思い浮かばないまま動くのは下策ではなかろうか。
まさか勘だけを頼りにこの広い都中を捜し回るわけにはいくまい。何か手立てを考えねば。
まず、別途下命を受けている一課の者たちは、この行政庁区画を中心に捜索中だ。動員数は不明だが、時間帯からして夜勤か早出の者を動かしたものと察せられる。ということは大した人数ではないはず。
しかも彼らは目標人物が夢見姫だと知らされていない。
とはいえ、一課は公軍で言うところの諜報部門に相当する精鋭揃いで、その仕事ぶりは信頼できる。行政庁区画は任せておけばいい。
ならば、別働隊であるこちらは公都の東側ではなく別方面へ探しに行くべきだろう。
彼女はもといた場所から逃げ出したのだ。本気の家出ならいつまでも近くにいるとは思えない。下手をすれば、城下どころかもっと遠方まで足を伸ばしているかもしれなかった。
(何か手掛かりはないのか)
尋ね人のことを考えてみる。
《クリスタロス》の名誉会長。先見の異能者。夢見姫。
思い出せることはほとんどなかった。毎年の式典は薄布越しの謁見で、接点などないに等しい。どうやら年若い女性であるらしいと推察するのが関の山だった。
先程レヴィス課長から提供された部外秘情報によると、十四歳だという。金髪に青い瞳。小柄で痩せ型。
ずいぶん背が小さいようだとは思っていたが、まさか未成年とは思いもよらなかった。
(仕方ないな。俺なりに捜すしかないか)
爽やかな風の吹く草月の朝である。すでに明るい空が徐々に彩度を増していく。良い天気の一日になりそうだ。
身分を伏せての行動なので、白を基調とした《クリスタロス》制服ではなく、私服の上に薄手の外套を着込んでいる。走ると暑いくらいだった。
石畳の敷き詰められた長い道が途切れると、ほどなくリィザ港へと続く大通りが見えてくる。
この辺りから人通りが急激に増えて、周囲の雰囲気が大きく変わる。道の両端に様々な店が立ち並んでいることもあり、閑静な行政庁区画に比べて活気に満ちていた。
港の付近では恒例の朝市が開かれていたようで、その帰り道らしき人々も多い。
(市か……)
側仕えの者が誰も気づかなかったことからして、夢見姫は、おそらくまだ夜も明け切らぬうちに『御殿』を出たはずだ。ひょっとして、腹でも減って市を覗いたかもしれない。
とりあえず訊き込みしてみることにして、セレシアスは人の流れに逆らい港前広場へと進んだ。
「あ? 女の子?」
怪訝そうな濁声と共に、店主は作業の手を休めて顔を上げた。
広場には、立ち話に花を咲かせている近所の婦人らの他には、忙しげに市の後片づけをする人たちしか残っていない。
セレシアスはとりあえず目についた人に次々と声をかけ、夢見姫の特徴を挙げて尋ねて回るしかなかった。
「十四歳くらいの子です。金色の髪で、小柄な」
記憶を総動員させたものの、やはりそれ以上の情報を探し当てることができない。
だが店主は説明をろくに聞いていなかった。ぽかんと口を開けたまま、ひどく珍しいものを見るような眼差しでセレシアスの顔に見入っている。
(……参ったな)
所在なく視線を落とすと、青みがかった果実がいくつか木箱に残っていた。果物を売る露店のようだ。
そういえば起きてから何も食べていない。気づいた途端に空腹感が襲ってくる。
「……これをひとつもらっても?」
「あ、ああ。二つで一エレニアだよ」
ようやく我に返った店主へ紙幣を渡す。セレシアスは引き換えに果物を受け取りながら、冷たい塊が胸の奥を滑り降りていくようないつもの感覚を押し殺した。
おそらく店主は、銀髪に桜色の瞳という自分の容貌が物珍しいのだろう。悪気はない。
けれどセレシアスは知っていた。経験的に、嫌と言うほど。
もしも今、目深にかぶっているこの頭巾を下ろしたなら、店主は商品を売ってくれないだろう。しげしげと眺めてくる好奇の眼差しも、みるみるうちに嫌悪と畏怖に染まるだろう。
混血者は“災いの化身”だから。
「……んで、女の子だっけか? 捜してるの」
己の不躾な態度を恥じたのか、店主は切り替えたように愛想よく話を戻した。
果物をかじりながら頷く。少し酸味が強いが瑞々しい。
「金髪の嬢ちゃんなら一人いたよ。蜂蜜みたいな色の髪を、こう、二つ縛りにした子。連れはいなかったな。でも十四歳にはちょっと見えなかったぞ」
当たりを掴んだかと内心驚きながら、すかさず質問を重ねる。
「その子、どちらへ行ったか分かりますか?」
「刃物を探してるようだったから、場所を教えてやったんだよ。ほら、あの店だ」
「ああ、金髪の娘さんね。うちで短剣を買ってくれたわよ」
刃物屋の女店主は、果物屋の男とそっくり同じ反応を示した後、視線を宙に仰がせながら言った。
「男の子みたいな外套を着てたけど。そりゃもう楽しそうにあちこち店を眺めてたわね」
夢見姫は『御殿』からほとんど出ずに育てられた深窓の令嬢と聞いている。きっと外の世界が新鮮なのだろう。
どうも間違いなさそうだ。
店主に礼を言い、セレシアスは大通りへと戻り始めた。
(短剣ねぇ……よく現金なんか持ってたな。お姫様が武装して一体どこへ行ったのやら)
短時間のうちにそれらしき情報が掴めたのは幸運だった。
セレシアスは妙に第六感が鋭い。持って生まれた能力のひとつだが、その割に貧乏くじを引くことが多いのは人様より要領が悪いからだろう。
夢見姫の足取りに思いを馳せる。朝市で短剣を入手して、それから?
まだ商業区にいるだろうか。基礎学校の開校時間が近くなっている。一人で出歩いていたら目立つに違いない。現金を持っているなら廻船に乗ろうとする可能性もある。リィザ港の方角も見てみるべきか。あるいいはひとまず一課に目撃情報を共有するのが先か。
さらなる情報を求め、セレシアスはより多くの人が行き交う場所へと足を向けた。
馬車乗り場である。