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WILL──夢見姫は自由に憧れ居場所を探す  作者: 浜月まお
第1章 幽囚の運命に人は抱かれ
6/11

3:セレシアスの任務_01


 時ならぬ来訪者というものは、心の底から驚かされるという点で奇襲攻撃に似ている。

 相手が上司であるなら尚更だ。理不尽だろうが何だろうが、ともかく対応するしかない。如何ともしがたい。


 なんの前触れもなしに上司の訪問を受けた早朝、セレシアスは浅い眠りの淵から文字どおり飛び起きた。

 うっかり寝過ごしてしまったのかと一瞬思ったが、置時計が示しているのは夜明けから少々経ったかという時間帯。朝靄けぶる黎明頃ではないにしろ、始業時間にはほど遠い。

 さては事件か事故か、緊急案件が発生したのであろうと察しがつき、それでようやく呼吸を思い出したのだった。


 所員寮の自室には未だ薄闇がわだかまり、急ぎ上着を羽織る物音がやけに響くような気がする。

 横目でちらりと覗いた姿見から、少々寝乱れた銀髪の青年が見つめ返してきた。

 手櫛で髪を整えながら思う。この珍しい銀色の髪ときたら、闇の中ですらこれほど目立ってしまうのか、と。

 セレシアスは諦めのため息を押し殺すと、足早に自室を後にした。



 セレシアスの直属の上司とは、すなわち《クリスタロス》三課の課長である。

 大公陛下の治世を助ける諮問機関である《クリスタロス》は、実働部隊として一課から四課までの四つの部門に分かれており、それぞれ異なる役目を背負っている。

 中でも三課は、特殊な技能員を多く抱えている点が特徴的だった。

 《クリスタロス》に日々舞い込む仕事は意外なほどに多種多様で幅広く、そうした諸問題に臨機応変に対応するのは主として三課の役回りとなっている。いわば何でも屋のような部署だった。

 セレシアスは特殊任務に従事する要員として長く働いているが、鎮護局の要請による公都港の荷崩れ事故から林野火災の消火活動支援まで、緊急出動の場合は内容の予測がつきにくい。


 寮棟の片隅、薄闇に沈んだ談話室の前にうっそりと佇む課長の姿は、見る者に熊を連想させる。

 名をレヴィスという。重量感のある体躯に厳めしい顔つきをしたその男は、各課長の中では最も若い三十代だ。常日頃から表情がほとんど動かず、短く切り整えた黄みの強い茶髪までが固そうに見える。


 彼の目に、今の自分はどう映っているのだろうとセレシアスは想像する。

 ひょろりとした長身痩躯の男。室内着の上にとりあえず上着を着込み、寝起きの状態をなんとか取り繕った二十歳過ぎの部下。

 その頭髪は光を吸い込むがごとき不吉な銀色で、伏し目がちな双眸は、散らずに残った桜のような淡い色。

 そして決定的に人目を引く、髪間に隠しきれない両の耳朶。細長く尖った耳。

 総じて、誰の目にも明らかな異相である。


 生まれついての容貌が重荷で、セレシアスはもう何年も真正面から鏡を見た記憶がなかった。

 肌どころか睫毛や爪までほの白い。夏など陽射しを浴びすぎると火傷のように皮膚が腫れ、かといって闇夜の中ではその白さが一層浮き上がって溶け込めない。

 どこに在っても異質。まるで居場所を持たぬ流浪の民のよう。


 ──混血であるがゆえに。




 ここプレアデス大公国には『長生種』と呼ばれる亜人種が存在する。

 過酷な自然環境の中で生き抜くために、適応化という進化を果たした人類の派生種である。

 彼らは人間とよく似た外見を持ちながら、人には理解不能の秘術を操り、大型生物の中では最長に近い寿命を特長としている。


 神話時代から連綿と続く歴史の中で、人間は彼らを畏れ、敬意を払ったが、決して共に暮らそうとはしなかった。

 同じ国土に属し、多少なりとも交流はある。言葉も問題なく通じる。相互理解不足という建前に包まれたその穏やかな拒絶には、ひとつの理由があった。


 忌み子。半子。混じり子。呼び方は様々だが、それらが指し示すのはどれも同じ存在だ。

 すなわち、人と長生種との混血児。


 異種間交配によって生まれる子どもは未知の力を持っている可能性が高く、かつて生物災害とも呼ぶべき惨禍を引き起こした実例も多々あるという。

 そのため人は長生種との血の交わりを強く忌避し、あいの子を生きた災いの源として嫌悪し、畏怖するのだ。

 恐怖が根底にあるのでその偏見は根強く、あらゆる時と場合――例えば就職、結婚、契約等――においても、混血者には有形無形の差別がつきまとう。

 少なくとも法律的には人間であるのにも関わらず……だ。


 純血でないという事実は、生まれながらにして背負わされた烙印に等しかった。

 けれども人間社会で生きていくのなら、それはもはや覆しがたい慣習であり、ある種の定めですらある。



 セレシアスは、諦念を噛みながら眼前に立つ男を見た。

 平常どおりの《クリスタロス》の制服姿で、こんな時間であっても眠気の残滓は見当たらない。

 馴染み深い痛みが胸をよぎる。

 上司であり、十年前に彼を《クリスタロス》に引き込んだレヴィス課長もまた、混血者を忌まわしき存在として捉えているかもしれないのだ。静かな表情からは何も読み取れず、いつまで経っても疑念は晴れない。しかし『そうである』という確信も同様に得られずにいるのだった。


「こんな時間にすまんな。緊急出動だ」


 談話室の奥、仕切りのある個室に入るなり、課長はさらりと抑揚なく告げる。


「夢見姫がいなくなったのだそうだ。現在、一課が城下を捜索中でな。お前も捜索に加わってほしい」


 とっさには受諾の声が出なかった。かすかに残っていた眠さが一挙に吹き飛んでいく。


 夢見姫。

 《クリスタロス》が戴く旗頭だ。先見の異能で国家の道行きを照らすという、謎に包まれた《クリスタロス》の名誉会長。

 セレシアスたち一般所員は、慣例として新年を祝う式典の折にのみ、淡色の紗布越しにその姿を垣間見ることができる。つまり一言で表すなら雲上人だった。


 レヴィスの説明によると、執行部を飛び越して長老会から直々に下命された極秘指令だという。異例中の異例、前代未聞であることだけは確かだった。


 上層部の意向としては、とにかく余人に知られぬよう夢見姫を回収したい。内密に、早急に。

 情報収集を主業務とする一課が捜索の手を広げているが、対象が夢見姫だとは知らされていない。それらしき人物を発見したら穏便に身柄を押さえ、三課の特務技能員へ引き渡すように、との指示が行っているということだった。


「ティキュは出張中で、エルガーも休暇で外泊していてまだ連絡がついていないんだが、捕まり次第エルガーを派遣する。お前はひとまず先発隊として先に行ってくれ。探索はともかく捕獲役はアイツのほうが適任だろうからな」


 せっかくの休暇中に呼び戻される同僚には気の毒だが、人捜しなら頭数は少しでも多いほうが良い。


「ああ、分かっているだろうが、周囲に所属を悟られないよう気をつけろ。特に警邏隊に怪しまれると厄介だ。上手く立ち回ってくれよ」

「……承知しました」


 一課をも駆り出す緊急案件とは予想外だったが、仕事である以上否やはない。セレシアスはいつもどおり粛々と受諾する。

 命じられた任務をひたすらにこなす。ただそれだけだ。

 そうすれば……優秀な駒でありさえすれば、とりあえずここに身を置くことが許されるのだから。

 例えそれがひどく劣悪な環境だったとしても、居場所がありさえすれば、何とか生きてゆくことができる。


 ……いや……果たしてそれは、生きていると言えるのだろうか。


 痛みを伴う疑問が脳裏をかすめるが、どうすることもできない。自分一人が現状を厭い足掻いたところで、今更何かが変わる道理もない。

 極端な話、冷たく当たられようが道具のように扱われようが、セレシアスには他に居場所がないのだから。失わないためには便利な操り人形でいることしか手段を知らなかった。

 余計なことは極力言わず訊かず、振られた任務を消化する。今までずっとそうしてきた。これからも多分同じ。


(夢見姫が……脱走?)


 突拍子がなさすぎて、少々腑に落ちない話ではある。

 しかし思考を言葉にすることなく、セレシアスは静かにその場を後にした。



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