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WILL──夢見姫は自由に憧れ居場所を探す  作者: 浜月まお
第1章 幽囚の運命に人は抱かれ
4/11

2:朝市_01


 プレアデス大公国。

 肥沃な森と湖の美しさで有名な島国である。

 三日月に似た形をしたその列島の中央部に、リィザという名の都があった。


 公都リィザ。南を海、東を大河、西から北にかけてを二つの双星都市に囲まれた、比類なき湾岸都市である。


「うわぁ……」


 そのリィザの商業区で、旅装に身を包んだアリアは朝市の露店を見物していた。


 早朝の光が全てに優しく降り注いでいる。

 北方に位置するこの国では、初夏も間近な草月になっても朝夕は多少冷えるのだが、空気がとても澄んでいるのでかえって肌に心地よい。


 清々しい朝日の中、市場は盛大な賑わいを見せていた。

 色とりどりの露店が所狭しと天幕の軒を連ね、たくさんの人が思い思いに売り物を品定めしている。

 一般的に朝市といえば野菜や魚が主なのだろうが、この公都では何でもありのようだった。

 捌いたばかりの豚肉と愛玩用小鳥の組み合わせなどはほんの序の口。産地直送の地酒と高価な染め布が並んで売られていたり、その隣では怪しげな老人が怪しげな木彫り人形を叩き売っていたりする。

 品物を宣伝する謳い文句や値引き交渉中の大声。笛の音色。香油だか調味料だか判然としない濃厚な匂い。すべてのものが混然一体となって雑踏に満ちていた。


 アリアは、足を踏み入れた途端にその雰囲気に呑まれてしまった。


(すごい、これが市?)


 複雑怪奇で、活気があって、まるでお祭りのような騒ぎだ。

 公都に暮らしながらも、奥深い御殿で密やかに日々を過ごしてきた彼女には、目に映るものがみな新鮮で魅力的だった。どうしようもなく引き寄せられて抗えない。

 城下でゆっくりしているのは危険だと思いつつも、つい片端から露店を覗き込んでしまう。覗き込めば、やはり物珍しさに負けてしげしげと眺めてしまう。結果的に、天幕の並びの片隅で店を構えていた換金屋で用事を済ませるまでに、かなりの時間を費やす羽目となった。


「お。嬢ちゃん、朝市は初めてかい? にしちゃあ目が高いね。そいつぁ、ついさっき届いたばっかのランツィ産だよ」


 色鮮やかな苺に見とれていたら、露店の主が気さくに声をかけてきた……と思った次の瞬間、口に苺をひとつ押し込まれた。

 反射的に口をもごもごさせながら見上げると、恰幅のいい中年店主が茶目っ気たっぷりに微笑んでいる。


「ランツィ苺は大粒で、しかも甘味がぎゅっと詰まってるからなぁ。そうら、美味いだろう」


 朗らかに言ってくる男に、アリアはこくこく頷いた。人ごみの中で洗いもせずに口にしたというのに、その苺はびっくりするほど瑞々しくて豊潤だった。


「いいんだよ金なんか。俺が勝手に食わせたんだからよ。試食だ試食。気にすんなって。

 それに、なんだ、そんな綺麗な金髪、めったに見れるもんじゃねえからな。将来が楽しみってやつだ。元気に大きく育てよ、嬢ちゃん」


 礼を言って代金を払おうとするアリアにそんなことを言って、店主は大らかに笑う。


「んで、何か探してるのか?」

「えっと」


 朝市の雰囲気に興奮して忘れかけていたが、ここに来たのには目的があったのだ。


「刃物……短剣とかってありますか?」

「そんならあっちの奥の方に行ってみな」


 雑踏の曲がり角を指差す店主に改めて礼を述べ、アリアは教わった場所へと歩を進めた。

 足取りは軽い。はしゃいでいると言ってもいい。行き交う人々を眺めるだけでも楽しくて仕方がないのだ。外套と一体になった頭巾を目深にかぶり直せば、頬から耳まで火照っているのが感じられる。


 目当ての店は程なく見つかった。剣の絵が描かれた看板が出ている。


「いらっしゃい。どんな品物をお探しかしら」


 刃物類を扱っている店はここだけのようだ。大小種類も様々な商品がずらりと並べられている。

 あまりの多様さに呆然と立ち竦むアリアを見かねたのか、店主が覗き込んできた。まだ若そうな女性である。


「何か、護身用の武具が欲しいんです。あたしでも扱えるような」


 刀剣も菜切り包丁も刃物は刃物。こういった路上の店では武具と台所用品を一緒に扱っていることが多い。――本で読んだとおりだった。


「そうねえ。定番だけど短剣がおすすめよ」


 プレアデス大公国では、女性や子どもが用心のために護身具を帯びるのは別段珍しいことではない。

 ましてアリアは外套を着込んで背嚢を背負った、ごく標準的な旅行者姿である。女店主は特に不審に思った様子もなく、アリアの背格好を一瞥すると手早く二振りの刃物を選び出した。


「これなんかどうかしら。軽くて扱いやすいと思うわ。こっちのは幅広で頑丈だから、野山で枝を削ったりもできるわよ」

「どこで造られたものですか?」

「ああ、どっちもアレンティー産だよ。ほらごらん、組合から品質を保証された印が柄尻に入っているでしょう?」


 西都アレンティーは西部随一の都市で、鍛冶業が盛んなことでも有名だった。美術品だけでなく実用品もこの街で生み出される物はおしなべて高品質であるという。


「それなら安心ですね」


 女店主が笑った。まだ子どもなのにしっかりしてるね、などと言う。


(もう十四歳だし、あと三年で成人なんだけどな)


 小柄なせいだろうか。先ほどの果物屋の店主といい、どうやら自分は実年齢より幼く見られてしまうらしかった。

 若干落ち込みつつ、結局アリアは握ってみて手に馴染むほうを選んだ。


「この短剣ね。じゃ、お代は六十エレニアだよ」


 言われてアリアは、財布代わりの巾着袋から紙幣を一枚取り出した。百エレニアである。

 実は、この刃物屋を探し当てる前に、御殿から失敬した玻璃の水差しなどを換金してきたのだ。

 さすがに無一文ではどこへも行けないと頭では理解していたものの、勝手に持ち出した物を売り払うのは気が咎めた。

 非常に心苦しいのだが、すんなりと高額で買い取ってもらえたおかげで、当面のところの資金は潤沢だった。


「砥石はおまけ。手入れ方法の説明書きを一緒に入れておくから、大事に使ってね」


 包みを渡され、思わず顔が綻ぶ。

 初めての買い物。自分で選んで自分の物にできる行為。どきどきする。罪悪感を覚えながらも胸が躍った。


(あたしの短剣)


 高揚と後ろめたさが入り混じり、今にも身体から溢れそうだ。

 なんとか気持ちを抑え込むと、アリアは店を後にした。




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