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WILL──夢見姫は自由に憧れ居場所を探す  作者: 浜月まお
第1章 幽囚の運命に人は抱かれ
11/11

4:馬車の中で_04


   *



 そんなわけで、セレシアスはハーラル行きの馬車に乗っているのである。

 着々と公都から遠ざかりゆく中、向かいの座席には外套を脱いで楽しげに窓の外を眺める少女。

 彼女──アリアは意外と呑気なもので、ふと目が合ったかと思えば、


「セレス君、ねえ、街道の端にところどころ小さな建物があるんだけど、あれが休憩所? 歩きとか騎馬で移動する人たちのための公共設備なんですよね? 前に本で読んだことあります」


 と、目を輝かせている。まるで基礎学校に入ったばかりの子どものような無邪気さだ。しかも窓に額をつけんばかりに顔を寄せるのは貴族令嬢としていかがなものだろうか。

 少女から溢れ出す“楽しくてたまらない”という気持ちが目に見えるようだった。先ほどとは違った意味で圧倒されてしまう。

 セレシアスとしては色々言いたいことはあるものの、ひとまず気になったことを口に出した。彼女が先刻から呼びかけてくる、その呼称についてである。


「だって、セレシアスってお名前でしょ? だから、セレス君。うん、可愛い」

「……好きなように呼んでください……」


 眉間を押さえつつも、彼女のくだけた口調につられて、ついついぞんざいに返しそうになる。


(いかん、完っ全に流されてしまっているぞ。参ったな)


 組織の生き象徴たる夢見姫。儚げで神秘的な貴婦人に「戻りたくない」と泣かれでもしたら対処に困るだろうな、などと当初セレシアスは考えていたのだが、実際に目の前にいる少女は想定とは全く違った意味でやりにくかった。

 例えば「セレス君の銀色の髪、きれいだねぇ」と言って無遠慮に覗き込んできたり、にこにこと焼き菓子の小袋を差し出してきたり。

 距離感が少々おかしいというか、とても自分を連れ戻しに来た追っ手への態度とは思えないのだ。そもそも貴族にしては人懐こすぎやしないだろうか。相対するこちらが動揺してしまう。

 知的好奇心が強く、なおかつ育ちの良い者にありがちな態度と言えるかもしれない。《クリスタロス》四課にいそうな部類だ。

 先刻からあけすけな表情を目の当たりにするにつれ、セレシアスの中で戸惑いばかりが膨れ上がっていくのだった。


 ひとつ嘆息したところで、再びアリアと視線が合う。

 窓外に視線を移せば、きらめくリィザ湾が穏やかに広がっている。ハーラルに着く前に何とか説得したかった。

 幸い馬車の中は二人きりだ。御者台には初老の男が手綱を握っているが、客室の話し声まで聞こえまい。


 姫、と言いかけて、先程から名前で呼ぶようにと繰り返し正されたことを思い出した。

 視線が自然と下がる。とてもではないが目を合わせたままではいられなかった。


「えー、アリア様? そのう、本当にハーラルに行くおつもりですか?」


 馬車の立てる物音にかき消されないぎりぎりの囁き声になってしまった。語尾に懇願が滲んでしまったのは致し方がないだろう。できるなら否定してほしい問いかけだ。


「つもりも何も。この馬車ってハーラルまで止まらないんでしょう?」

「それはまあ、そうですが……」

「じゃあそういうことで。あと様付けするの、やめてもらってもいいですか?」

「そんなわけにはいきませんよ」


 顔をしかめる夢見姫は、セレシアスの目には実年齢以上に幼く映る。

 彼女はたったの十四歳。義務教育すら終わっていない年頃なのだ。

 プレアデス大公国では、基礎学校と中等学校の十年間が義務教育期間とされている。つまり最低でも十七歳までは学生でいられるのだが、聞けば少女はまだ十四歳の誕生日を迎えてから三ヶ月しか経っていないという。

 そんな成長期の少女が話し相手すらいないような場所でひっそりと毎日過ごすのは、やはり気の毒には違いなかった。

 素直に感情を露わにするアリアを眺めて、つくづく考えてしまうセレシアスであった。


「やっぱりちょっと頭固めですねぇ」

「もうなんとでも言ってください……」


 二人を乗せて、馬車はハーラルへと進む。



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