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09 専門家

 俺がぶつかったのは親父と同じくらい、40代ほどに見える男の人だった。

薄幸そうな、少し疲れた感じを漂わせる人で、さっきの男とは違って圧は感じない。

物腰柔らかな雰囲気は、教師だったら人気にはならなくとも、授業中のクラス全員を眠りに落としそうな印象を受ける。


「スミマセンっ……!」


 さっきから謝ってばかりだなと思いながら、胸に飛び込む形になってしまった体勢を立て直す。

姿を見れば、いかにもサラリーマンといった雰囲気で、上着こそ着てなかったが少しヨレたワイシャツが、ドラマなんかだとうだつの上がらない係長という役柄にぴったりだと感じる。


「私は大丈夫。とりあえず深呼吸して落ち着こうか」

「いやっ、でもっ!」

「所長! 俺が様子を見るって言ったじゃないですか!

 ギフテッド相手に何かあったらどうするんです!?」

「ひぃっ!?」

「うん、落ち着いて。彼は私のボディーガード……、みたいなものだから」

「そう……なんですか?」

「うん。ちなみにアレでいつも通り。怒ってるとかじゃないからね?」

「は、はぁ……」


 恐る恐る顔を見上げれば、まだ真っ赤にして怒っているように見える。

いや考えてもみれば、ボディーガードなんだからそれでいいのか? よくわからんけど。

ともかく、俺は知らないうちに目的地に着き、そして目的の人物に……。あれ?


「あの、なんで俺だってわかったんですか?」

「うん? そりゃココを見ればね」


 トントンと自身のワイシャツの胸ポケットを叩く。

ふと俺の胸ポケットを見れば、そこには校章が刺繍されていた。あぁ、制服だから分かったのか。

自分の服装なんて普段意識しないからなぁ。


「それにネクタイも緑。司君と同じ2年生だって分かったから、ほぼ間違いないとね。

 ま、この地下街がちょっと特殊なのもあるけどね」

「え? 特殊?」

「色々あるのさ。それこそ世界には不思議が満ちている的な、ね」

「そうなんですか?」


 意味はよく分からないけれど、確かにこの場所は不思議な感覚があるし、なにか関係しているんだろう。

納得したような、していないような気でいると、彼はポケットから金属のケースを取り出し、中の名刺を一枚差し出してきた。


「あらためて、はじめまして。私はギフテッド研究所所長、西大寺さいだいじ吉孝よしたか

 皆からは大吉と呼ばれてるよ。よろしくね」

「あ、ありがとうございます。俺は……」

「大丈夫、君の事は司君から常々聞いているからね。もちろん今回の事もね。

 あと後ろのは、鬼怒川きぬがわ慶治けいじ。職員兼ボディーガードってトコかな?」


 おそるおそる向き直り、ペコリと会釈する。

いやまさかこの人も司の知り合いだったと思わなかったし……。と思ったが、直接の知り合いじゃない可能性もあるのか。

そんな内心ビビってるのを察したのか、さっと片膝をついて彼もまた名刺を渡してきた。


「よろしく」

「あのっ、さっきはスミマセンでした!」

「あぁ、怖がられるのはいつもの事だ。気にするな」


 少し恥ずかしげに、もそもそとタオルが巻かれた頭をかく慶治さん。

悪い人ではなさそうだけど、やっぱりちょっとおっかないな。


「ま、立ち話もなんだから座ろうか。あまり()()もないようだしね?」

「時間……」


 そうだ、言う通り俺には()()()()()()()()

ある意味で無限にあるのだが、この機会を逃せばまた最初からやり直し。

そしてそのやり直しのタイミングは、いつやってくるかわからないのだ。

だから彼らが何か解決の糸口を見つけてくれる可能性があるのなら、見た目が恐いとか言ってられない。




 俺は大吉さんに誘われるままベンチに座り、慶治さんが買ってきてくれたお茶を飲みながらこれまでの事を話した。

けれど話しているうちに、いつ終わるかも分からない今日と、そしていつまた巻き戻されるか分からないという現実に、急に心細さと不安に襲われる。


「そんな顔しなくても大丈夫。必ずなんとかなるよ」

「でも……、理由も条件もわからないんです……」

「繰り返しているのは今回、つまり()()が初めてという事だね?」


 コクリと頷けば、大吉さんは優しく笑いかけてくる。

もうこの人には、俺のギフトがどういうものなのか分かっているのだろうか?


「俺、元に……、普通の生活に戻れるんでしょうか……?」

「普通?」

「こんなわけわからない事、終わらせられるんでしょうか?」

「んー、それは大丈夫だと思うけどね。でもさ、普通って何?」

「え?」


 普通、普通って言えば一般的とかそういう……。

でも多分そういう事を言っているんじゃないと思う。

どう答えるのが正しいのか……。悩んでいれば優しい声がかけられる。


「ごめんね、困らせるつもりじゃなかったんだ。

 でも、君の思う普通というのは、多分もう存在しないんだ」

「どういう事ですか?」

「慶治、見せてあげて」

「はい」


 短く返事すれば、慶治さんは頭に巻かれたタオルを外す。

それの意味する所は、隠されていたものを見ればすぐにわかった。

その赤みを帯びた体色の男には、角が生えていたのだ。彼もまた、司と同じく亜人だった。


「それって……」

「司君もそうだけどね、意外と普通じゃない人っていうのは多いんだよ」

「じゃあ大吉さんも……?」

「私はいわゆる()()()()()だよ。けどやっぱり普通じゃない。

 生まれつき人と違う能力を持っていたんだ。当時はギフトなんて存在しなかったから、ギフトではないけどね」


 昔を懐かしむように、大吉さんは遠くを見つめる。

それってつまり、彼も俺と同じような経験をしたという事なんだろうか。


「まぁ、私自身もそれが()()だと思ってずっと過ごしてきたんだけどね。

 普通に学校に通い、普通に就職して、普通のサラリーマン。ずっと普通だと思ってた。

 でも普通じゃないって知ったんだ。まぁ、驚かなかったけどね」

「どうして落ち着いていられたんですか?」

「んー、納得できる事が多かったからかな。私のは言われなければわかりにくい能力だったしね。

 だから君も今は戸惑っているかもしれないけど、いつか受け入れられるようになるよ。

 それこそ、その能力込みで()()と思えるようになるさ」


 そういうものなのか……な?

今はまだよくわからない。なにせこの能力自体がどういうものか分かっていないのだから。

でも分かった事が一つある。彼が言いたいのは、普通なんてない、普通という言葉に縛られているだけなんだ、きっとそう言いたいのだろう。

きっと司も、周りの普通と自分の普通の差に悩んでいたんだろうな……。


「ま、ともかく今は君の能力を特定しないとね?」

「できるんですか? 検査とか……?」

「いや、ギフトの研究してると言ってもね、非科学的な能力なんて検査じゃどうにもならないよ。

 やれる事なんて能力の量的な測定くらいで、種類なんかの特定は難しいんだ」

「そうなんですか……」

「でも司君から聞いた話で、ある程度絞り込んだけどね」

「え? 本当ですか!?」

「うん。まず無意識にループさせちゃってるってのはないかな。

 司君も言ってたでしょ? ギフトは自分の意思で発現させるものだって。

 そういうタイプをアクティブって呼ぶんだけどね、慶治見せてあげて」

「はい」


 短い返事と共に、彼が天を指す人差し指からは小さな炎が上がる。

それは段々と大きくなったかと思えば、細長い形状へと変化し、そしてすっと消えた。


「こんな風に勢いなんかも変えられるのが特徴なんだ。

 だから感情が乱されて暴走したとかでない限り、無意識に発現する事はほぼないよ」

「じゃあ一体何なんでしょう?」

「考えられるのは三つ。一つは司君の言っていた予知夢。まぁこれは証明のしようがないね」

「けど感覚もありますし、もちろん痛みも感じます。夢とは思えないです」

「それらの再現も能力の一部という可能性も捨てきれないけどね」

「あぁ……、それだと分かんないですね」


 大吉さんは説明しながらも、さらさらとペンを滑らせ要点を紙にまとめている。

その姿はなんだかデキる大人という空気を纏っていた。

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