08 人混みに一人
待ち合わせ場所、それは家とは逆方向の電車の終着駅から、さらに乗り継いだ先だ。
つまりそれは、司が帰る時向かう方向でもある。という事は、地元の知り合いって事なんだろうか?
司がどこに住んでるか知らないし、その辺の事詳しく聞いてないけど、ギフトの研究者で俺の謎の能力を解明してくれるならどちらでもいいか。
電車が止まり、乗客が全員ぞろぞろとホームへ降りる。
俺は少し待って、人混みに飲まれないよう集団の後ろを歩く。
疲れたように見えるサラリーマン、友達と楽しそうに話す学生。百貨店へと吸い込まれてゆく買い物客。キョロキョロと周りを見回す旅行客。
そんな人たちが駅の中にはあふれていた。その誰もがいわゆる普通の人で、司のような人に近い獣人も、ましてやもっと特徴のはっきりとした亜人も居なかった。
司は……。こんな風景を見ていたのだろうか。大勢の中に紛れてた異分子。
行き交う誰もと異なる自分。多くの人の中に紛れるからこそ気づいてしまう、自身の異常性。
この中の誰も、今日を繰り返してなどいないのに……。
俺一人だけがおかしくなってしまった。その現実を、普通の世界は俺に付きつける。
その事に気付いてしまえば、もう二度と前の生活には戻れない。
ずっとこの不安と、心細さを背負わなければならない。
それだけはなぜか、誰に教えられるでもなく理解してしまった。
駅から出れば、いつも教室の窓の外にうっすら見えていた巨人の頭が上に見えた。
落ちる月を受け止めたという五体の石巨人。その一体の足元に駅はある。
周囲は真新しいビルが立ち並び、多くの人々が行き交う繁華街だ。
人の流れに押し戻されぬよう見極めながら歩き、道向かいのもうひとつの駅へと向かう。
ホームに立てば、環状線の主要駅だけあって、ラッシュ時でもないのに多くの人が電車を待っている。
その中に紛れてしまえば、俺も多くの中の一人になれた気がした。
いつも司は、こんな気持ちでいるのだろうか。
人は周りにいるのにぬぐえない寂しさ。そんなものを初めて知った。
いつか言ってしまった俺の言葉、司にはどう聞こえていたんだろう……。
『司はさ、どうしてこの高校選んだんだ?』
『……なんでそんな事聞くんだ?』
『いやほら、亜人の学校もあるんだろ? なのになんでわざわざって思って』
『……。大した理由じゃないよ。この学校は共学だし、気になっただけ』
『気になった? 何が?』
『別に……。なんでもいいだろ?』
『ふぅん……』
何気なく、世間話のつもりで問いかけたあの言葉が、どれほど残酷だったのか今ならわかる。
俺がギフテットだと知られたとき、そんな言葉を投げかけられたら……。考えるだけで全身を悪寒が走った。
そんな俺に助け船を出してくれるように、電車はホームへと滑り込む。
余計な考えは置いていけと、物言わぬ鉄の箱は俺を駅から遠ざけてくれる。
向かう場所は環状線を半周した先。この街の中心地だ。
あらゆる先に繋がる路線が駅を置く場所なのもあって、地上も地下も迷路のような通路になっている。
俺は方向音痴ではないはずだけど、さすがにあの地下街は何度か迷った苦い経験がある。
何度も司が送ってくれた地図を確認するけれど、ちゃんとたどり着けるだろうか……。
ふとスマホから目を離して窓の外を見れば、いくつものクレーンが立ち並ぶ様子が目に入る。
クレーン同士でバケツリレーでもするのかと思うほどきれいに整列しているが、その列を切る石像がひとつあった。
五体あるゴーレムのうちのひとつ。唯一耐えきれず崩壊し足だけが残るそれは、他の四体とは違って周囲のビルが完成すれば埋もれるほどの高さしかない。
それは、ここが十数年前の事件の中心地である事を物語っていた。
ふとその事と、今回の件が関連づいたような気がした。
この星に月が落ちた時、世界にギフトが生まれた。その事件の中心地で、研究している人が居る……?
いやいや、考えすぎか。ギフトが発現した人なんてのは世界中にいるし、なにより大都市なんだからそういう人がここに居たって不思議じゃない。
電車の扉が開き、ぞろぞろと歩く人波にもまれる。改札まで続くその波の中、周りに数えきれないほどの人が居るのに俺だけが異質な気がして、また心細くなった。
俺だけが流れに乗れず、何度も今日を繰り返している。その疎外感は、人が多いほど感じてしまうのだ。
流されるまま改札をくぐり、そしてそのまま地下街へと入る。このまま夢か現実かもわからない今日が続くのかと思うと、額にじんわりと嫌な汗がにじむ。スマホを手に持ちながらも、漠然とした不安を抱えた俺は画面に目をやる事はなかった。
そしていつの間にか俺は、一つの扉の前に立っていた。
それは水色に塗装された金属製の扉。無機質で非常口のような雰囲気のあるそれは、周囲の廊下の薄暗さも相まって不気味な雰囲気を醸し出す。
けれどなぜか、その扉を開けなければならないという強迫感めいたものがあった。
何も考える事ができなくなり、俺はそっとその冷たいドアノブへと手を伸ばす。
冷たく重い扉を開けた先、そこは木々が生え、大地は芝生に覆われた空間だった。
空は青く澄んでおり、風が木々を揺らす音や鳥の鳴き声まで聞こえてくる。その光景に俺は言葉を失った。
目に映る全てが異常だとしか思えなかったのだ。なぜなら俺は確かに地下街を歩いていたはずだ。
考え事をしていて無意識だったとはいえ、地上に登った記憶はない。なにより地上だって高層ビルがひしめき合う大都市だ。目に映る全てが緑になるほどに広大な公園なんてないだろう。
呆然としながらも、澄んだ空気に誘われるよう広場に足を踏み入れる。
芝生と木々の間を縫うように石畳みの道が伸びており、所々にベンチやごみ箱、自販機もある整備された空間だ。けれど人の姿は見当たらなかった。
ただここに入った瞬間から不思議な感覚がある。初めてきた場所のはずなのに、初めてじゃない気がする。懐かしい匂いというか、昔ここに立っていたような、なぜかそう思うような雰囲気があった。
そんな不思議な広場に伸びる道を、周囲をぐるぐる見回しながら歩けば、ドンっと壁にぶつかった。
いや、それは壁ではなかった。前に向き直り見上げれば、そこには顔を真っ赤にして怒る男の顔があった。
黒の作業着を腕まくりしていて、頭には白いタオルを巻いている。見た目的に鍛え上げられた図体のデカさといい工事関係者のようだが、首が痛くなるほど見上げないといけないほどの長身。なのにヒョロい感じがしないあたり、縦にも横にもゴツい。
「すっ……、スミマセンっ!」
「お前が主……、所長に会いたいってヤツか?」
「いっ、いえっ! 人違いですっ!!」
組長だなんだか言っているが、えっとそれはつまり相手はヤのつく組合の関係者って事か!?
まさかここは危ない取引現場だったというのだろうか。迷い込んだとは言え、少なくともただの高校生の俺はヤクザの親分と関わりあいはない。あと危ないお薬に関わるほどアングラな世界を知るわけでもない。
ともかく関わっちゃいけない相手ってのは確かだ。そんな事に首を突っ込んでしまったら、何をされるかわかったもんじゃない。えっと例えば、違法なバイトさせられたり、最悪の場合バラされて臓器売買とかそういうの? よく知らんけど。
とりあえず、ヤバい奴に目を付けられたらやる事はただ一つ、一目散に逃げる事!
「しっ、失礼しますっ!!」
「おい待てっ!」
超高速回転でくるりと身をひるがえし、俺は走り出す……はずだった。
一歩駆け出そうとすると、目前には再び障害物が立ちはだかっていたのだ。
ただ今度は壁という感覚ではなく、ぼふっといった感覚。柔らかくはないが、突破できないような堅さはなかった。
「君が筒井君かな? ウチの慶治が驚かせてすまないね」
「へっ……?」




