07 醒めない夢
朝、6時30分。一度目のアラーム。
違和感に飛び起き、着替える事なくリビングへと駆け込み、テレビの前へと滑り込んだ。
『この番組は、白鳥建設の提供でお送りします』
ちょうどCM明けのナレーションが入り、そして天気予報が始まる。
「朝からなんなのよ!?」
「ごめん、ちょっと黙ってて!」
「なによそれ!」
驚いた母の言葉を遮り、テレビを注視する。
もちろん俺が知りたいのは天気じゃない。
『おはようございます! 6月10日水曜日、お目覚めはいかがでしょうか。
今日の局前は、朝からすっきり晴れており……』
「マジか……」
愕然とする俺に、親父の少し心配そうな、そして遠慮気味な声が届く。
「どうした? 何かあったのか?」
「いや、大丈夫。ちょっと悪い夢見ただけだから……」
多分俺の顔は真っ青だったんだろう。
若干怒っていたお袋も、心配そうな顔をしている。
「顔洗って着替えてくる」
「えっ、うん。朝ごはんは食べれる?」
「いや、いらない」
俺は逃げるようにリビングを出た。
『明日からは梅雨前線の影響で朝から雨。梅雨入りとなりそうです』
そんなテレビの声だけが俺の背中に届いていた。
両親にこの事を相談する気にはならなかった。二人ともギフトの事を怖がるような人じゃないし、むしろお袋なんかは、ぱっとしない俺がギフトに目覚めたなら喜んでくれると思う。
けど、やっぱり少し怖かった。司の話のせいで怖くなったんじゃない。
きっと俺自身が、どこか遠くの人の、特別な人にだけ現れるものだと思ってたんだ。
あったらいいな、なんて言いながら、普通という多数派である事に安心していたんだ。
だから多数派には相談できなかった。
だから俺は、俺の知る少数派に縋る他なかった。
「司! 助けてくれ!」
「おはよ。来て早々何?」
「……ちょっとここじゃ話しにくい」
司を教室から引っ張り出し、本来昼休みに向かうはずだったピロティへ向かう。
自販機はあるものの、普段からあまり人のいない場所だ。その上朝の時間ならまず確実に無人と俺は踏んだのだ。
そこで今までのあらましの要点を全て話した。
「ふーん、予知夢で予知夢を見たって事?」
「そう。しかもどっちの夢もリアルで、今も予知夢の中なんじゃないかって思うと……」
「……。それってさ、予知夢なのかな?」
「へ?」
思いもしない言葉に、アホっぽい声が出る。
当然だろ? だって予知夢だって言い出した司が、手のひら高速回転のごとく否定しだしたんだから。
「予知夢の中の僕はさ、ちゃんと検査してた?」
「検査? 聞き取り程度のことはしてたけど……」
「なら予知夢じゃない可能性もあるよね?
まぁギフトの検査なんて未解明の事が多すぎて、検査の意味をなしてないんだけどね」
「というと?」
「ちゃんと調べないと予知夢のギフトかどうかは確定できないって事」
「じゃあこれはどんなギフトなんだよ!?」
「わがんね」
ぶん投げたー! いやまぁ専門家じゃないし投げるしかないけどさ!
「わがんねじゃねーよ! なんかないのかよ!?」
「可能性としては、時間遡行とかあるけどね?」
「ループ? それって今日一日を繰り返してるって事?」
「そう。それなら予知を覆してる事にも説明がつくでしょ?」
「たしかに!」
なんか司の言っている事に同意してばかりだなと思うが、すとんと腑に落ちる。
さすが司だと褒め称え、崇めようかとした瞬間に、再び司は華麗なる手のひら返しを見せた。
「でもさ、それだと説明できないこともあるんだよね」
「え? なんでだよ、予知夢よりはしっくりくるんだけど?」
「いや、発動条件だよ。ギフトを使う人の話ではさ、こういう何か起こすタイプのギフトって、本人にその気がないと起きないんだよ」
「どゆこと?」
「つまり、火を起こすみたいなギフトなら、火のイメージをしないといけないらしい。
でもよっしーはさ、気付いたらループしてたんでしょ? なら、その気がなかったって事じゃない?」
「でもそれなら予知夢も同じじゃん」
「夢は見るつもりがなくても見るもんでしょ? 覚えてないことの方が多いけど」
「夢なら自動発動って事?」
「そう。それもあって予知の僕はループの可能性を捨てて、言わなかったんじゃないかな」
司は冷静で論理的な理数系のにゃんこだ。いつだって今分かってる事からあり得ない選択肢を潰し、正解へと進む考え方をしている。
今だってまるで自分の事のように、予知の司の思考を推理し……、って実際司自身の事じゃん!? ややこしいわ!
ともかく自分の考えそうな事を予想して、その上でなぜそんな行動を取ったのか考えている。
そんな司の言う事だから、いつも正しいって思ってしまうんだろうな。
けど今回に限っては結論が「わがんね」なんだよなぁ……。
「ま、わかんない事を言ってても仕方ないし、ギフトの研究してる人に連絡してみるよ。
よっしーはすぐにその人のトコへ行っておいで」
「えっ? でも授業が……」
「どうせこれも夢か、もしくはループするんでしょ?
なら欠席にならないから大丈夫じゃん?」
「あぁ、確かに。ってもし予知夢じゃなかったらどうすんの!?」
「その時はご愁傷様ってコトで」
司は他人事なのをいい事にケラケラと笑う。
まったく、俺が珍しくもこんなに真剣に悩んでるというのに……。
けれどそんな様子とは裏腹に、すぐにスマホを取り出してその研究者へと連絡をしてくれた。
手際良く段取りを整え、俺のスマホに待ち合わせ場所への行き方を送る。
あまりの早技に、司の方こそ何度もこの瞬間を繰り返しているのではないかと思うほどだ。
「先生には僕から休むって事言っとくから。それじゃ、行ってらっしゃい」
「えぇ!? 一緒に来てくれないのかよ!?」
「いや授業あるし」
「さっき自分で何て言ったか覚えてる?」
「あー、なんか言ったっけ? 覚えてないなー。
というか、別に僕がいなくてもいいでしょ?」
「いやいや! 初めて会う人と二人きりとか気まずいだろ!?」
「人見知りかよ……」
「そっ、そんなんじゃねーし!」
呆れと哀れみの混ざるような顔で見つめられ、何も言い返せなくなった。
もちろん司の知り合いだし、悪い人なわけはない……と思う。けど今は、誰かに付いていて欲しかった。
俺だけが何度も繰り返す今日に、心細さを感じていたんだ。
「大丈夫、なんとかなるよ」
一向に動き出さない俺に、司は優しくそう言う。
なんの根拠もない言葉。だけどそれだけで、本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だ。
俺はただ「あぁ」とだけ答え、その場を後にした。