05 異変2
授業中に感じた異変。「あ、これ授業でやったやつだ!」を授業で感じるという、授業と授業のマトリョーシカ状態。いや何言ってんだ俺は!?
授業でやったやつだ感はいいとしよう。しかしそれはテストの時思い出すから有用なのであって、授業の時に思い出したって意味がない。いや待て、そっちでもない!!
ともかく、授業内容に既視感というやつがあるのだ。もちろん塾なんて行ってないから、そのせいでもないぞ。
しかし、昨日当てられなかったからぼーっと聞いていたのもあって、ちゃんと内容を覚えていないのだが、全く同じ授業をしていたような……。
いやその前に、時間割が昨日と同じじゃねーか!
え? なにこれ? あれか? デジャヴってやつ?
前にもこんな事あったな~って感覚に陥るっていうアレ?
いやでもあれって、一瞬見覚えがあるって程度の現象だよな? 今日のこれは一日、少なくとも午前の半日がデジャヴってるんですけど!?
はっ! まさか俺は、何かしらのギフトに目覚めてしまったのか!? 未来予知的な?
いやいや、まだそう決めつけるのは早い。ホントに今日一日が、昨日……、というか昨日だと思っていた予知らしきものと一致するか確認しないと……。
そんな事を考えながら、俺は昼休みの学食へと歩みを進めていた。
「よっしーどうした? なんか元気ないぞ?」
「いや、ちょっと考え事。なんか今日の日替わりがハンバーグ定食な気がしてさ……」
「それは願望だよね? 俺は焼き魚定食がいいな」
「あぁ、司は魚好きだもんな。でも天そばはやめとけよ」
「なんで?」
「……やけどするから」
「んん? んー、そばって気分だったけど、それなら日替わりにしようかな」
そうして二人で食堂に入れば、日替わりメニューが書かれたホワイトボードには、ハンバーグ定食の文字があった。
「え? マジでハンバーグ定食じゃん」
「書いてないけど、多分目玉焼き付き」
「いやいや、さすがにそこまでは……」
俺の言う事がたまたま当たっただけだと思う司は、「またまた御冗談を」と言いたげだったが、自身のトレイに盛られた日替わり定食のあつあつハンバーグに目玉焼きが乗せられた瞬間に、恐ろしいものを見るような目で俺を見つめた。
「何? 休み時間におばちゃんにメニュー聞いてたの?」
「午前中俺が教室から出て行ったの見てただろ?」
「トイレにしか行ってなかったな。時間的にも食堂に来るのは無理か」
微妙な空気が流れる。言い当てた事に驚いているというよりは、どう反応していいか分からない雰囲気だ。けれど、俺にとって大事なのはそんな事ではなかった。
司は湯気立つハンバーグを小さく小さく箸で切り分け、そして念入りにふぅふぅと冷ましている。
その姿は、予知では見る事は無かった姿だ。
いや、その前から予知とは違う事が起きている。朝目覚めた事も、遅刻ギリギリを回避したのだって、予知で見た光景とは違うのだから。
「司……。それもうハンバーグというよりは、そぼろになってんじゃん」
「だからハンバーグは嫌なんだよ。やっぱそばにすればよかった……」
「そうかもな」
そしてこれもまた予知とは違っていた。司はメニューが変わった事でやけどをしなかったのだ。
つまり、予知の精度は思ったより高くないのだろうか?
その確認のために、俺は予知より早く食べ終わったものの少し食堂に居座り、時間調整を試みた。
そして予知で見た通りに、ピロティへ向かい自販機でジュースを買う。
「俺先に買わせてもらうぜ」
「いいけど、どしたん? いつもなら悩むのに」
「今日は最初からサイダーの気分なんだよな」
「ふーん」
ボタンを押せば、ガコンという音と共に青い缶が落ちてくる。
しかし自販機のスロットは、「777」までそろったが、最後のひとつは「8」を指す。
「あ……、あれ? はずれた?」
「そうそう当たるもんじゃないだろ?」
「おかしいなぁ……」
「俺はコーヒーにしよっと」
予知を外した俺に対し、司がボタンを押せば同じくガコンと黒い缶が落ちてくる。
そして自販機のスロットは、今度こそ7を揃えるのだった。
「おっ! あたりじゃん!」
「あぁ……、そういう事か……」
「ん? 何がそういう事なんだ?」
「いやこっちの話。ほら、時間切れになる前にもう一本選べよ」
「おっと、そうだな。んー、もう一本コーヒー買っとくか」
ニコニコしながら二本のコーヒーを持ち、司はベンチへと座る。
それに続き、俺も隣へ腰を下ろした。
「いやー、当たる事もあるんだね」
「本当は俺が当たるはずだったんだけどな」
「は? 僕が当たったからって僻むなよ」
「……。司、お前の知り合いにギフトの研究してる人っているか?」
「唐突」
「ぷっ……。そこは変わんねーのな」
「何がだよ?」
予知がニアミスに終わり、本当は予知能力なんてないんじゃないかと思えば急にまた出てくる。
なんとも言い難い微妙な当たり具合に、少しおかしくなった。
「いや……、俺さ……」
とここまで言いかけて思い出す。予知での司が言っていた「そんな良いものでもないらしい」「ギフト持ちでも隠しておく事も多い」という言葉。
それはこの先の事を考えれば、今の司にも当てはまる事なんじゃないだろうか。
「なにさ?」
「司はさ、ギフト持ちの事どう思う?」
「またまた唐突」
「俺はさ、すげー能力が発現して、そんで大活躍みたいなの? いいなーって思ってたんだよ」
「厨二病かな?」
「うっせぇ。てか厨二病が悪化しても仕方ないだろ? ギフトなんてもんがあるんだから」
「まぁね」
「でもさ、ある人に言われたんだ。ギフトなんてそんな良いもんじゃないって。隠しておく方がいいって」
「だろうね。色々面倒だし」
司はコーヒーを少し飲んで、ため息をつく。
その頭に付いたネコ耳は、ピコピコと警戒するような動きを見せていた。
「それってさ、司はギフト持ちの事気持ち悪いとか思ってるって事?」
「……。いや、そういう訳でもないよ。ただ、さっきの意見には賛成って事。
僕って元々こんなだしさ、そういう“普通じゃない人”が周りに多くてね。苦労してる姿も見てるんだ。
だから隠した方が楽だって事はよくわかってるし、その方が良いと思う」
「それじゃ、司自身はどう思う?」
「別に。それもまた個性だと思うよ。いや、隠そうとする事もまた個性なのかもね」
「ん? どういう事?」
「人と違う事、それを短所だと思って隠すなんてギフトに限った話じゃないだろ?
鼻が低いとか、出っ歯だとか。そういうコンプレックスって誰しもあるじゃん?
ギフトもそれと同じかなって。本人が短所と思えば、隠そうとして当然かなってね」
鼻が低いとかそういうのが短所だと思うのは分かる。けれどギフトって他の人にできなくて自分にできる事なんだから、コンプレックスになるのだろうか?
「んー……。ピンとこないな」
「本人は短所と思ってても、意外とそれを好きな人もいるんだよ。
鼻が高いのって日本じゃ長所っぽく言われるけど、それを短所と捉える地域もあるらしいしね」
「そんなもんなのか~」
「そんなもんなのかもね。だから僕自身は、ギフトに対しても別に思う所はないかな。
少なくとも僕に被害が及ぶものでなければの話、だけどね」
「……じゃあさ、俺のギフトが覚醒したとしたら?」
「マジ?」
「例えばの話だったとして」
「そう、おめでとう。で、どんな能力?」
「あー、もうそういう流れで話進めるのね」
「当然」
こういう時、妙に司は勘が良いのだ。いや、話の流れ的にそうとしかならない流れだったけどさ。
でも、司には隠しておきたくなかった。なんとなく、受け入れてもらえるのなら隠しちゃダメだって思ったんだ。
「多分……、予知能力」
「なぜに多分?」
「いや俺にもよくわかんなくて」
「詳しく」
「今日起こる事を昨日経験してる……、的な?」
「もしかして、ハンバーグ定食目玉焼き付きも、さっきの当たりの話も?」
「察しが良過ぎて怖い」
「そこまで言われたら大体想像つくでしょ。けど、能力としては大当たりじゃん。おめでとう」
「いやそれが、所々外してるんだよ。というか、俺のせいで外れてる?」
「どゆこと?」
少し食い気味に司は聞いてくる。顔を近づけて様子を見てくるなんて事はしないが、尻尾が興味のある話だという事を物語るように揺れていた。
興味を持ってもらえるのは悪い気はしないが、俺自身能力を分かっていないので、そんなに期待されても困るのだが……。
「予知で見たのと違う行動をすれば、結果が変わるんだよ」
「さっきの『本当は俺の当たり』とかいうのもそれ?」
「そう。予知では司が先に買ってたんだ。それで次に買った俺が当たったんだよ」
「へぇ……。それって予知なのかな?」
「どうだろ? でも少なくとも、運命みたいに結果が決まってるわけじゃないみたい」
「それに予知なら、予知した事によって変化する事を踏まえて予知させると思うしね」
「不完全な予知なのかな?」
「さぁ? 詳しく調べないとわかんないね」
「だよね。それにたまたまだって可能性も……」
「そのあたりも含めて、ね」
クスクスと司は笑う。少し不機嫌だった予知での姿とは大違いだ。
やっぱりあれは予知なんかじゃなかったんだろうか? こんな上機嫌な姿ではなかったのだから。