40 エピローグ 筒井由伸の日常へ変わる非日常
6月11日木曜日、アラーム無しで目が覚めた。ちょっと得した気分。
時間は6時20分を少し過ぎた所。制服に着替え顔を洗ってリビングに行けば、両親は驚いた顔を……。
いや、今日はしていなかった。どちらかといえば心配顔だ。
「早いのね、眠れなかった? 昨日は遅かったんだから、今日は無理せず学校休んだら?」
「いや、大丈夫。ちゃんと寝れたし、体調は良いくらいだよ」
「そう? パン焼くけど食べるわよね?」
「うん、ありがとう」
席に着けば、親父は見ていたテレビを消した。もうすぐ「今日のギフテットさん」が始まる時間だからだ。
「別に気を使わなくていいよ。大した能力じゃないし」
「いや、そういう訳じゃないんだが……」
「もし大した能力だったとしても、特別な事じゃない。たまたまそうだっただけだよ」
「……。降参だ、お前の方が大人びてるな」
「ある人の受け売りだけどね」
「そうか」
気まずい雰囲気をわざわざ作ってしまったと思ったのか、苦笑い気味に親父は笑う。
俺と違って、二人にとっては昨日突然聞かされた話なのだから、当然の反応だろう。
「それじゃあ、今日の晩御飯は豪勢にいきましょう! 特別じゃなくたってお祝いよ! 何がいい?」
「え? マジで? それじゃぁ……、すき焼きがいいな」
「任せなさい! おいしいお肉買っておくからね!」
「ありがと」
こういう時はお袋の方が一枚上手だ。多分本当に喜んでるのもあるし、逆に冴えない能力で残念がってるかもしれない。けれどそれを見せずに、楽し気な雰囲気に持っていくのがうまいのだ。
そんな風に喋りながら朝食を食べ終え、俺は家を出た。
外は長く見ていなかった雨模様だ。傘をさし、歩いてバス停へと向かう。
十分に間に合うよう家を出た俺は、雨に濡れた街を見回した。
そこにはずっと囚われ続けた昨日とは違う、優しい静けさがあった。
バスに乗れば、雨にもかかわらずそこまで人が多くない。俺は席に座り、窓の外を眺める。
「隣いいかな?」
「うわでた」
そこには例の新幹線男の姿があった。
いや、今では別の名も知っているのだが……。
「ひどい言われようだね」
「えぇ、色々と聞きましたから」
「そっか。で、どうだった?」
「何がです?」
「昨日の事」
「どうもないですよ。ちょっとトラブルに巻き込まれただけです」
「そっか。意外と図太いね」
「そりゃどうも」
クスクスと笑う姿は、何の裏もないように見える。
彼が大吉さんたちに恐れられる、あの「上司」と呼ばれる存在だとは到底思えなかった。
「で、大吉さん達には見返りに何を求めるんです?」
「んー? 今度旅行に行こうって誘っただけだよ?」
「旅行……、ですか?」
「うん。ワッフルとチョコが有名な国を観光しようってね」
「チョコ好き極まってますね……」
「お土産期待してていいよ」
「ありがとうございます。で、俺にも何か注文があるんですか?」
「いんや、どうしてるかなって」
「……。うまくやっていきますよ」
「そっか。ならいいんだけど」
少しの沈黙。けれど嫌な感じではなかった。
「ボタン押してくれる?」
「えっ?」
「次で降りるよ」
「いつもは突然消えるのに?」
「そういう日もある」
「そうですか」
次の停留所で彼はバスを降りた。そして窓の外で、俺に手を振りバスを見送る。
なんだろう、いつもと逆なだけなのに、少し寂しさを感じる。
彼は、本当に頼まれたからやっただけなのだろうか。そんな事を考えても、何も分からないままだった。
学校に着けば、前の席からいつもならゆらゆらともふもふの尻尾が揺れるのだが、今日はだらりと垂れ下がっている。ひょいと持ち上げ、もふもふを堪能していれば気だるげな声がした。
「おはよ……」
「おはよう司。元気ないな?」
「雨の日はね……、気持ちが落ちる」
「あぁ、湿気か。猫は湿気嫌いだもんな」
「そう……。よっしーは元気そうだね……」
「あぁ、そうかもな」
窓の外には、曇天を支える巨大なゴーレムがうっすら見える。
天気なんて晴れ渡ったり、雨が降ったり。時に荒れるのさえ普通の事だ。
「たまに厄介な事件に巻き込まれたり、それだって普通の事だ」
「ん……? 何か言った?」
「いんや、なんにも」
俺のこれからは、普通じゃないことが普通になるんだ。きっとね。




