38 待ち合わせはいつもの公園で
18:30 待ち合わせの公園、チェック。
静かな公園のベンチに座り、彼女は来るはずのない人を待っていた。
『最初と同じ今日を迎えるのなら、同じように行動しなければならない』
そう伝えられたなら彼女に反論の余地はなかった。
別れが訪れるのなら、どんな別れ方が幸せだっただろう。
心がまだ自身にあると夢見た永遠の別れか、それとも……。
今の彼女には、もうどちらでもない。
心はなく、そして再会のない別れ。それこそが時を乱し、運命を弄んだ者への罰だと、彼女は受け入れたのだ。
長身と短針が重なり合う頃、音もなく彼女は立ち上がる。来ない人を待つ必要など最初からなかったのだ。
もう少し、もう少しだけ待とうとした初めての時よりも、ずっと、ずっと潔かった。
過ぎた二人の時間を想い、いつもの待ち合わせの場所、思い出が心を締め付けるこの場を去ろうとした時、その背に声が投げかけられた。
「遅れてごめん」
「……うそ」
振り向く先に、あるはずのない姿が見える。
それは、ずっと会いたいと想い続けた相手。そして、二度と会いたくないと見切りをつけた相手。
「ちょっと座ろうか」
「……」
どこかよそよそしく、後ろめたさのある時の反応。
それに気づかぬほどの仲ではなかった。そして、その先に何があるのか知らないはずもなかった。
続くのは他愛のない話。思い出の話。
言いたい事があっても切り出せない彼と、言いたい事はあるけれど言えない彼女。
もう聞きたくない、それ以上何も喋らないで。
そう言えたなら、どれほど良かった事だろう。
「大事な話があるんだ……」
「……」
けれど彼女がその言葉を口にする事はない。
知るはずのない未来を知っている、それは再び運命を弄ぶ事になるのだから。
これもまた罰なのだ。そう思いこみ受け入れる事こそが、彼女にとって精一杯の運命への抵抗だった。
「俺と……、別れてください」
耳に届くその言葉は、彼女を絶望させるには十分すぎた。
良い知らせを聞けると願い、その希望にすがった繰り返す日々が、全て無駄だと突き付けられたから。
けれど二度目ともなれば、少しばかり冷静さを取り戻していた。
「どうしてか……、教えてくれる……?」
前回聞けなかった別れの理由を、震える声で問う。
知っているのは今日彼に起こる事。けれどその彼の気持ちなど、彼女は知る由もない。
「何も……、聞かないで欲しい……」
「……。今日、あなたが何をしていたか知ってるわ。
私に内緒で予約してた婚約指輪、見に行ってたのよね?」
「へっ……? どうしてそれを……」
「家を建てて一緒に住もうって。犬を飼いたいねって、ペットショップで言ってたよね」
「……」
「初めてのデートで行った映画館、一緒に観た映画……。
思い出を全部なぞるみたいに、今日を過ごしてたんだってね……」
「……」
彼は押し黙る他ない。今日の行動すべてがなぜ知られているかも分からず、そして別れの理由を打ち明けるわけにもいかない。静かに彼女の怒りが治まるのを待つ他なかった。
「ねぇ、どうして無事なの? 誰に助けてもらったの?」
「一体何を言ってるのか……」
「本当は聞かなくても知ってるわ。筒井君がやったんでしょう?」
「ツツイ? 誰だ?」
その言葉に、名を呼ばれた男は姿を現した。
静かに、そしてどこかよそよそしさを感じさせる仕草で。
その姿を見た彼女は、小さくあきれ果てたため息を落とす。
「こんばんは……」
「何もしないでって、言ったよね?」
「それは……、その……」
「彼は何もしていないさ。私がさせなかったからね」
どう答えてよいか分からぬ彼に代わり、もう一人の男が現れる。
それは彼女も初めて見る相手。そして全てを今へ導いた人物。
「誰……?」
「私は西大寺という。詳しい自己紹介は後で。先に今回の事を説明させてもらうよ」
「説明? 説明もなにも……」
「まず大事な事。黄金井君だったね、君が気に病んでいる理由はもうなくなったよ」
「へ……?」
それを合図とするように、ボディーガードの男が黒髪の女を連れて陰からやって来る。
女は手に袋をかけられ後ろで縛られていた。
「五百家さん!?」
「彼女がすべての始まりだったんだ」
「どういう事です?」
「米野さんだったね、そうカッカせずに落ち着いて聞いで欲しい」
「私は落ち着いていますよ」
「そうかい。ならいいんだけどね」
静かな怒りを見越したように、男はたしなめる。そしてゆっくりと最初から説明をはじめた。
「五百家さん、彼女は黄金井さんの会社の後輩でね。去年の春入ってきた子だよ。
そして、彼が別れを切り出す理由となった人さ」
「待って。俺が……、説明します」
隠そうとした別れの理由を、なぜかは分からないが事情を知る者に言われそうになり、これ以上誤魔化すのは不可能だと、彼は自分で白状する。
「彼女とは同僚で、たまに懇親会とかで一緒になる事があったんだ。
でも俺は浮気しようとかそういう気は全然なくて、ただ一緒に飲み会出てただけで……」
「言い訳がましい話はいらないわ」
「……はい。それで、去年の忘年会の時なんだけど……、俺飲みすぎて……。
彼女に介抱してもらったらしいんだけど……、途中から記憶なくて……」
「……」
言葉は無いが、彼女の視線からはすでに殺気が漂っていた。
「気づいたらホテルにいて……。最近子どもができたかもって……」
「……。それで責任取るために私と別れようと?」
「もっ、申し訳ありません!!」
ドサっという音と共に、彼は地に頭をこすりつけ土下座していた。
それは目にも止まらぬ速さで、見たものは急に倒れたのかと思うほどだった。
そして静かな殺気は、触れたもの全てを腐食させるような空気を纏っていた。
しかしその様子に、西大寺だけは冷静だった。
「ま、それ全部嘘なんだけどね」
「へっ……?」
「はぁ?」
土下座する彼と、それを睨む彼女。二人の声がそろい、共に彼へと視線を移す。
「彼が飲みすぎたのは本当かもしれないけど、その後はなにもなかった。
彼はただ寝てただけだよ。彼女にそんな能力はないからね」
「どういう事ですか……?」
「彼女は指さした相手を眠らせるギフテットだ。そして彼女こそが、今日の事件の首謀者さ」
「相手を眠らせるギフテット……? もしかして……」
彼女は気付く。事件の多くがその能力ならば説明がつく事に。
「そう、最初のトラックの暴走、居眠り運転の原因。二番目の線路への転落事故。
そしてビルから落下する作業員。全員彼女の能力によって眠らされたのさ」
「あの、話が見えないんですが……」
この中でただ一人話を理解できないのは、実際に事件に巻き込まれた本人だった。
「今日君が駅で急に意識を失っただろう? それは彼女の能力によってもたらされたものだ。
そしてもう一人の協力者によって、本来ならば線路に転落するはずだった」
「えっ……? でも俺はあの時、女の人に助けてもらって……」
「それは私の協力者さ。そしてその次の作業員の落下、これも彼女の能力が起点なのさ」
「……。それじゃあ、俺を殺そうと……?」
静かにうなづく男に、状況を飲み込めない彼は呆然とする。
それに反し彼女の方は、縛られた女にツカツカと歩み寄り、頬をひっぱたいた。
「サイテーよアンタ! 人の男に手を出しておいて、その上殺そうとするなんて!!」
パンッという乾いた音と共に、怒りに任せた声が静かな公園にこだます。
けれどその言葉に、はっと彼女は我に返った。言葉自体が、自身に返って来たのだ。
「……。ごめんなさい……。私も同じだったわ」
いまだ座り込む彼にしゃがみ込み、頭を下げて彼女は詫びる。
「私も……、あなたが危険だって分かってて同じことしたの……」
「同じ事……?」
「私は……、私は時間を巻き戻すギフテットなの……」




