33 手遅れ
もふもふと尻尾をもてあそびながら朝のHRを終えた時、するりとそれは俺の手の中から逃げ出した。
「なぁよっしー、僕ってそんなに信用ない?」
「何がだよ……」
ぽふぽふと頭を撫でながらそういう司は、見上げれば耳をへたりと畳んでいた。
それはションボリとした猫の仕草で、心配ではなく悲しみを示す時のものだ。
「数少ない友人の相談を受けられないほど、僕じゃ頼りない?」
「……。数少なくはないだろ?」
「少ないよ。僕はこんなだからね」
ふっと窓の外を見るその猫獣人につられ、俺も目をやる。
ずっと雨を俺に見せていない空は遠くまで続き、霞みがかった巨人が今日も空に手を差し出し天を支える。
哀愁を帯びた横顔に、繰り返す今日に擦り切れかけた罪悪感という感情が呼び起こされる。
あの日々に司は関係ない。だから俺の事くらいは話してもいいんじゃないかと思った。
「ここじゃ少し話しにくい」
「じゃあ場所を変えようか」
「でももう授業始まるぞ」
「サボればいいじゃん」
「なぁ、なんでそこまで……」
司は聞いてるのか、それともわざと無視しているのか……。さっと立ち上がり、体調不良という事にしておいてくれと、隣の席のヤツに伝えて手を引き俺を連れ出した。
来る場所なんて毎回決まってる。いつものピロティだ。
授業中で無人のその場所は、妙に静かで自販機の冷却ファンの低い音だけが響いていた。
「何があったか聞かせてもらえる?」
「……。俺、ギフトに目覚めたんだ」
「そっか、よかったじゃん。おめでとう。どんなの?」
「時間遡行に巻き込まれる能力」
「えっ……?」
「それで、今日を何回も繰り返してきた」
「あぁ、久しぶりって……。って事は学校サボって遊んでたの?」
「んなわけないだろ!!」
ついカッとなって大声が出た。司には関係ない、そう思っていても、あの日々が遊びだなんて、誰にも言われたくなかったんだ。俺は真剣だったし、関わった人全員が悲しむことのない明日を迎えて欲しかったんだ。
「茶化してごめん、それで悩んでたんだよね」
「俺の方こそごめん。いきなり怒鳴って……」
「その、今日を繰り返して何してたか教えてくれる?」
「……。司には関係ない。それに、もう俺にも関係ないから……」
「え? もう関係ない?」
「そう。もう手遅れ。どうしようもないんだ……」
俺は無力だ。何もできない、何も変える事もできない、無力な無能ギフテッドだ。
ただ今は、こうやってうなだれて無様に涙を流す事しかできない一般人だ。
「じゃあ教えてくれてもいいんじゃない?」
「え?」
「だってもう関係ないんでしょ? なら僕に教えたって問題ないじゃん」
「……。そうかもしれないけど……」
「秘密にしなきゃいけない理由あるの? 手遅れならどうでもいいでしょ?」
手遅れ、自分で言ったはずの言葉に絶望した。もし本当に俺が誰も悲しませたくないと思っていたなら、由香里さんの言葉を無視しても歩さんを助ければよかったのだ。
けれど時間はもう9時半を回っている。今から向かったって、5時間かかる斉東区に着くころには、すでにトラックは突っ込んだ後なのだ。
そんな話をして、無様な俺を司は笑うだろうか。いや、むしろ笑って欲しかった。
バカなヤツと軽蔑されて、俺のそばから離れて行ってくれる方が、俺は嬉しいとさえ思ったんだ。
だから話した。目の前で人が死ぬ姿を何度も見て、戻ってしまえば関係ないと言うクズな俺の話を。
全部、全部話せば重い沈黙がのしかかってくる。
これで俺も終わりだ。これから先、ずっと一人で生きていこう。誰かと関わってしまったら、きっとその人にだって俺は無情になってしまうから。それが俺の、見殺しにした歩さんへの罪の償いだ。
そんな俺にさえ司は優しかった。
ただぽんと手を俺の頭に乗せ、その毛並みのように柔らかい言葉をかける。
「大変だったね」
「……」
「話してくれてありがとう」
「……」
「後悔……、してるんだよね?」
「……。あぁ」
「それじゃ、歩さんを助けに行こうか」
「はぁ!? お前ちゃんと聞いてたか? 場所は斉東区だぞ!?」
「うん。知ってる」
司はニコりと笑う。けれど、それはすぐに腹黒ニャンコのあくどい笑みに変わった。
「でもさー、よっしーはウチの組織力ナメてない?」
「えっ……。まさか新幹線より早い方法……。飛行機でも使うのか?」
「まー、それもアリだけど、もっと楽な方法があるんだよね」
さっとスマホを取り出し、どこかへと電話をかける。おそらく研究所だ。
そしてその後、俺の手を引いて体育倉庫へと向かったのだ。
「なぁ、こんな所でなにするんだ?」
「んー? 誰も居なければ場所なんてどこでもいいんだけどね」
「はっ! まさか人に言えないいかがわしい事を!?」
「いかがわしいが辞書で最初に出てくる通りの意味なら、そうだね」
中に入り、それだけ言うと司はUターンして、今入ってきた扉に手をかける。
なんだ? 意味が分からん。まるでゲームの裏技を実践するような動き……。
そう言いかけた瞬間、扉の向こうは思わぬ景色が広がっていた。
「なんだこれ……」
そこはまるでダンジョンのような……。石造りの壁と、松明が灯る洞窟のような場所。
点々と松明が照らせど先は見えぬほど暗く、そして延々と続くような通路。
学校とは似ても似つかぬ場所だった。
「亜空間へようこそ」
突然声を掛けられ、びくっとなる俺を無視して司は声の主に話しかける。
「堀口さん、お疲れ様です。急に無理言ってごめんなさい」
「いいよいいよ。ここ使うってことは緊急なんでしょ?」
「はい。あまり時間がありません」
「じゃ、ついてきて。とりあえず所長に会ってもらうからね」
どうやら彼も機関の人間らしい。つまり、この現状は彼のギフトか……?
呆ける俺に、堀口と呼ばれた男は挨拶をしてくる。
「はじめまして、でいいのかな? 俺は堀口涼河。この亜空間の管理人さ」
「あ……、はい。俺は……」
「よっしー、時間ないんでしょ。堀口さん、彼がよっしーです」
「あぁ、いつも話は聞いているよ。そっかー、君がそうなんだねぇ……」
ニヤニヤと意味ありげな表情の堀口さんと、それをニヤつかないでと言う司。
いや、前の時もそうだったけど俺ってどういう風に話されてるんだ!?
「ま、色々聞きたい事はあるけど全部終わってからね。さて、行こうか。はぐれないよう注意してね」
「あっ、あの。ここって……」
「さっきも言った通り、ここは亜空間。いつもの空間の裏に何層も存在するもののひとつさ」
「研究所も亜空間にあるんだ。よっしーも来た事あるはずだよ」
「さすがに来た事ないと思うけど……」
「……」
俺の反論に、司は少し悲しそうな顔をした気がする。いや、薄暗いし俺の見間違いか?
そう言っている間に、目の前に扉が立ちふさがった。まるでダンジョンのような空間とは似つかわしくない、水色に塗装された鉄の扉。まるで非常口のようだ。
「この先を見れば来たことあるって思い出すはずだよ」
「この扉は……」
ゆっくりと開かれた先、そこには木々が生い茂り、手入れされた芝生が広がっている。
それは、前に大吉さん達と待ち合わせた地下に存在する公園だった。
「ここは……。何度目かの今日、大吉さんと会った場所だ」
「それだけじゃないよ。ここは、僕とよっしーが初めて会った場所だよ」




