32 裏返しの今日
6時半のアラーム。寝ぼけた頭で止めてすぐ、スマホにメッセージが届いている事に気付く。
ばっと起き上がる癖がついてしまって、飛び起きたあとゆっくりと開いた。
今までの事は、悪い夢だったのではないだろうか……。そう思いたくなるほどの内容が頭に入ってきたが、それすらも夢であるような、現実感の無さに俺はだらりと肩を落とした。
昨日、俺は確かに歩さんを助けたはず。なのに、また今日が始まっていたのだ。
その理由はあのコイン。俺が意識を失う前に投げられた金属片でしかないコインが、全てをひっくり返してしまった。
『あはははっ!! あの男はやっと出会えた女に殺される!! ウラかオモテか!!』
結果、由香里さんは再び時間を巻き戻した。そして俺に何もしないようにとメッセージを送ってきたのだ。それはつまり、死んでしまうと分かっていて手を出すなという事。全てが裏返ったのだ。
『私が間違っていました。だから罰があたったんです。
未来を変えるなんて、許されない事だったんです』
なんども繰り返される俺への謝罪の言葉と共に、そう書かれていた。
その一文だけで、俺はただ茫然と文字を流す事しかできず、その後の文章は理解できなかった。
何も考えられず、その先を理解もできなかった俺は、それでも何かしなければと動き出す。けれどもう何をしていいか分からず、ただヨロヨロと部屋から出て、リビングへと向かうのだった。
ドサッとテレビの前のソファーに座りこめば、両親はいつもと違う様子の俺に心配そうな声を掛ける。
けれどそれすらも右耳から入って左耳へ出ていくようで、何も頭の中に残る事は無い。
俺はただ、目の前にあるテレビを眺めるだけの人形となっていた。
『ギフトが現れた時は周囲の反応はいかがでしたか? 苦労はありませんでしたか?』
『はい、初めてギフトが発現した時は、僕も周囲もびっくりしてぎこちない雰囲気にもなりました。
それでも少しづつ打ち解けていって、今ではこうして人の役に立てている事を嬉しく思います』
画面の向こうでは、レスキュー隊の服を着た俳優でもやっていけそうなほどのイケメンが、にこやかにインタビューに答えている。
人の役に立つ彼のギフトは、今では大切な個性で、そして宝物だろう。けれど俺のはどうか……。
何度も繰り返し、役立てたいという思いは、たった一枚のコインによって台無しにされた。
そしてそのギフトの持ち主は、0%の可能性を引き上げる事はできないと言っていたのだ。
それが意味する所は……。
『では最後に、ギフテットのみなさんに一言どうぞ』
『はい、もしギフトが発現して戸惑っている方がいるのなら、一人で悩まず周囲に相談してください。
今はまだ戸惑うかもしれませんが、あなたのギフトもきっと素晴らしい個性になります。
周りの人に知られるのに抵抗があるなら、電話相談もあります。
同じように戸惑い、悩んだ仲間がいます。安心してください、あなたは一人じゃありません』
さすがギフト広報コーナー「今日のギフテットさん」だ。最後はそうやって〆るのがお決まりだ。
ギフトは怖くない、持っていてもいいものなんだと宣伝する。そのための5分コーナー。
けれど俺には何も響かない。俺のギフトなんて、持っていてもいなくても同じなのだから。
死んだ目でテレビを見つめる俺に、お袋は恐る恐る声をかけた。
「由伸、今日は学校休む?」
「いや、久々に行ってくるよ」
「久々?」
「こっちの話」
のそのそと歩き出し、準備を済ませて家を出る。引き出しの奥の埋蔵金をとり出した所で、今日はもういらないんだと思いなおす。何度繰り返したか分からない今日で、癖になってしまっていたらしい。
確実に間に合うバス、昨日まで乗っていた遅れるバスでもなく、そして駅で改札トラブルに遭うものでもない。何事もなくスムーズな通学。久しぶりすぎて降りる駅を間違えそうだと思いながら、電車に揺られる。
「隣、いいかな?」
「どうぞ」
電車のロングシートで隣に座るのを確認されるとは思わなかった。
ただ不意に懐かしいほどの感覚に見舞われ、俺は声の主にふり返る。
「あ……、あなたは……」
「やぁ、ひさしぶりだね。それとも今日の君にとっては初めましてかな?」
そこには新幹線で会った、あの朱色の髪の男が座っていた。
けれど今回は一人、そして新幹線ではなく普通の電車の中だ。
「やっぱりあなたは繰り返している事に気付いていたんですね」
「まぁね。俺の役目は君にヒントをあげる事だったからね」
「ヒント……。ミステリ小説と、ゲーム小説……。犯人が居るって事、そしてMPに似たものがある事?
もしかしてあなたは、歩さんの事故の真相も知っていた……?」
「もちろん。にしても無事正解にたどり着いたようで何より。そしてもうすぐエンディングだ」
「バッドエンドですけどね……」
「君がそう思うならそうなんじゃない? 俺はどっちでもいいさ」
「どっちでもいい? じゃあ何のためにヒントなんて……。
こんな結末なら、ヒントもいらないじゃないですか」
「何のために……か。んー、俺は数少ない友人に頼まれたから仕事をしただけさ」
「仕事? 友人?」
「そ。三回目の今日、アイツは奥の手と言いながら俺を頼ってきたのさ。君にも知らせずにね」
「三回目……。奥の手……」
ぐるぐると記憶を呼び起こし、三回目の今日を思い出す。
すでに遠い遠い記憶で、どれが何回目の今日だったのかも分からなくなっていた。
そのなかでふっと胸焼けと共に呼び起こした記憶。山盛りのトンテキ……。
「大吉さん……」
「悩んでいるなら相談してみたら? アイツが電話相談やってるトコのトップだしね」
「……」
相談したところでどうするって言うんだ。俺には特別な力もなければ、今さら由香里さんの気持ちを変えるほどの、説得力のある言葉も持ち合わせてはいない。
彼に返す返答すら持ち合わせていない俺は、押し黙る他なかった。
そして電車は、そんな俺を籠から逃がすように駅で停車する。
「俺、ここで降りるんで……」
「そう。それじゃ、お友達の猫ちゃんによろしく」
「……」
逃げるように飛び出た俺が振り向けば、閉まるドアのガラスの向こうにすでに彼の姿はなかった。
空いた席が二人分、まだ誰かそこに居るかのように、ぽっかりとグレーのシートを覗かせている。
逃げるように教室に入る。懐かしい空気、懐かしい席。夏休み明けのような違和感すらある。
ため息と共に席へと着けば、目の前には久しぶりのふわふわの尻尾がゆれる。
「おはよ。よっしー、今日は遅刻しなかったんだね」
「……久しぶり」
「久しぶり? 昨日ぶりをそういうのならそうだろうけど」
「はぁ……」
俺はため息をつきながら机に突っ伏し、両手でふわふわをもてあそぶ。
何も知らない、何も起きていない。そう思えたならどれほど楽だっただろう。
「ため息なんてついてどしたん?」
「別に……」
「それ聞いてください、かまってくださいって言ってるようなもんだよ?」
「そんなことない……」
あの新幹線男は相談しろと簡単に言うが、相談したところでどうしろっていうんだ。
司も大吉さんも、きっと親身になって聞いてくれるだろう。けれど俺にはもうどうする事もできない。
由香里さんの決断はもう覆せない。彼女が歩さんを助けたいと願う気持ちはもうないのだ。
それはコインのせいなんかじゃない。コインは確率を引き上げるだけ、そして魔力切れでもコインを投げられたのは、その時すでに由香里さんの気持ちは決まっていたからだ。
なぜなら由香里さんは、歩さんに別れを切り出されたのだから……。




