31 確率
相手の手の内が分かってしまえばこっちのもんだ。
なんて甘い考えは試行回数が両手で数えられなくなった頃には捨てていた。
何度も繰り返される今日に慣れてきていたはずだったのに、なんども繰り返される惨状に俺の心は折れかけた。けれどそれを表に出す事は無い。きっと俺以上に、由香里さんは苦しかっただろうから。
けれど希望がないわけではなかった。歩さんの行動は、俺の妄想を除いて由香里さんに伝えていたのだ。そしてその行動すべてが、妄想に現実味を付け加えていったのだ。
二人で将来犬を飼いたいと話しながら訪れたペットショップ。由香里さんに内緒で予約していた指輪。初めてのデートで行った映画館。その時観た映画をDVDレンタルの棚の前で眺める様子……。
会社を休んで遊んでいるとしか思えなかった歩さんの行動は、全て由香里さんとの思い出と、そしてこれからを想ってのものだったのだ。
そしてそのたびに訪れる事故に見せかけた悪意。それらを回避するため、俺は数えきれないほどの今日を過ごしてきたのだ。
俺がもっと強ければ、直接対決で決着を付けられたのだが……。しかし相手の能力は確率を二分の一にまで引き上げるもの。そして相手の身のこなしから、かなり慣れている。ただの一般人には敵いそうにない。
俺も一度負けただけで諦めたわけじゃない。けれどタイミングを変えて挑んだ時は、コインこそ表が出て能力を回避したのに、それでも負けたのだ。
そんな事あるはずないと愕然としたが、それも当然か。相手は勝ち負けをコインの表裏に託したわけじゃない。表なら裏ならと双方に条件を付けず、「裏なら勝つ」というだけだったから、「表が出たら負ける」ではなく、「表が出たら能力のサポートがない」だけなのだ。
つまり実力で負けたって事だ。これは能力で負けるより精神的にキツいものがあった。
まぁ無理やりいい所を探せば、つまりそれは相手はただ確率を半々にするだけじゃなく、望んだ結果を確実に得られる確率が50%になるのだ。ハズレでも運よく望む結果になる場合があるのだから、細かく考えていけば50%以上の勝率になる、かなり優秀なギフトって事が分かった事くらいだ。
一般人にどう対処しろっていうんだよ、マジで。
だから俺は相手に気付かれる事なく、全ての事故を防いでいくしか方法はなかった。
トラックの暴走も、線路への転落も、工事現場の惨状も……。
繰り返す今日分かった事を駆使すれば、それは不可能ではない。相手は確率を上げる能力、けれど無制限に使える能力ではない。低い確率を上げる場合、体力を使うとも言っていた。
それはいわゆる魔力のようなものを消費しすぎるという事。重い荷物を2階に運ぶのと、10階に運ぶの、どちらが大変かという事だろう。
だから相手は事故を装った。事故の確率は引き上げる事が可能だからだ。もう一人の能力によって……。
っと、しみじみしてしまったな。これまでの苦労がやっと報われると思うと、思い返してみたくなるものだ。そりゃもう、いろんな手を使ったもんな……。
電話で道を渡る時間をずらす事から始まり、工事現場に続く道を通らせないため歩さんの嫌いな蛇のおもちゃを歩道に置いたり。うん、あの時の驚いた顔はちょっと面白かったけど。
まー何が一番苦労したって、諸々の事をやり遂げないといけないのに、それをメモしても次に持ち越せないって事だな。一夜漬けの要領で一気に叩き込んで次の朝書き出す、それが一番大変だった。
けれどそれももうすぐ報われる。時刻は夜6時半、由香里さんとの待ち合わせの時間だ。
こっそりと後をつけ、俺はいつか由香里さんと待ち合わせた公園の木に隠れ、二人の姿を見ていた。
もちろんストーカーではない。護衛であり、合法であり、良心全開の行為だ。
紫色に染まりゆく空の下、長い今日が終わり二人は対面する。
その様子にふっと肩の力が抜け、ぽつりと独り言をつぶやいた。
「はぁ……、大変だった……」
「おう、そうだな。大変だったぜ」
ふっと後ろから聞こえた声に、俺は飛びのいた。
そこに立っていたのは、長い黒髪の女と、金髪で鬼の形相の女。全ての元凶の二人だ。
「なっ……!?」
「お前か、ずっとアタシらの邪魔してたのは」
「クソッ……! まさか最後でっ……! いやでもここじゃ事故なんて起こせないはず!」
「アタシらの事も調べてるって事か。ま、それもどうでもいい。
そうだな、確かに事故は起こせない。なら隕石でも降らすか?」
「んな事っ……」
「アタシのギフト分かってんなら、できるってのも分かってるはずだぜ?」
ニィっとあくどい笑みを浮かべ、今にもコインを弾こうとする。
しかしその手は動く様子はなかった。
「ハッタリだろ!? 隕石が落とせたとして、そんな確率操作どれだけ魔力が要るか……」
「魔力? あー、そうだな。アレを魔力って言うんならしっくりくる。
んで、アタシがもう魔力切れだってのも気づかれてるか……。
お膳立てのたびにコインを投げてたせいで、もう限界ギリギリだぜ」
「やっぱりな! もう事故は起こせない、今度こそ俺たちの勝ちだ!」
「事故は起こせない。けどな、事件なら起こせるぜ?」
「は? まさか直接!?」
俺は咄嗟に二人を由香里さんたちに近づけさせまいと道を塞いだ。
けれど二人は動く様子はない。そして勝ち誇ったような高笑いで言うのだった。
「あはははっ!! あの男はやっと出会えた女に殺される!! ウラかオモテか!!」
キンッという音と共に、再びコインは投げられた。




