03 普通の日2
司とあつあつそばというアツいバトル。長い戦いだったとはいえ、昼休みはまだ残っている。
俺たちはベンチのあるピロティで、ジュース片手に休む事にした。
「何飲む?」
「コーヒー。ブラックで」
「司は熱いのダメなくせに、無駄に味覚は大人だな」
「前半は余計だ。よっしーは?」
「んー、やっぱ無難にサイダーかな」
小銭を放り込みボタンを押せば、ガコンという心地よい音と共に冷たい黒い缶が落ちてくる。
そしてピピピと電子音がなり、あたりクジが始まった。
「ハズレか」
「だな、司は当たった事ある?」
「ないな。こんなの飾りだろ?」
「と言いつつ期待してしまうのが人間のサガってやつよ」
「わかる」
なんて言っていたからか、俺がサイダーを買おうとすれば、自販機が「当たることもあるわ!」と言いたげにルーレットの数字の7を4つ揃えてきたのだった。
「うわ、マジ当たりってあるんだ!?」
「いや、ビビる前にボタン押せよ。スルーしたらもったいないぞ」
「あ、ああ。えっと、何が……。いいや、とりあえず一番高いやつで」
慌ててボタンを押せば、ペットボトルのお茶がガコンと出てくる。それを見た司は呆れ顔だ。
「そりゃペットボトルは量多いから高いけどさ、よりによってお茶か……」
「うん、俺も思った」
突然の幸運には戸惑うものだが、お茶に変えてしまうのはさすがに運の無駄遣い感は否めない。
もう一本サイダーにしておけば……。いや、二本飲むのはきついし、置いといてぬるくなったサイダーなんて飲めたもんじゃない。そう考えれば、冷たくなくても飲めるお茶は悪くないのかもしれない。
午後の休み時間のお供は持って帰るとして、俺たちはベンチに座り、食後の一服を始めた。
プシュッという心地よい蓋を開ける音と共に、シュワシュワという炭酸の音が耳に届く。
ゴクゴクと喉をならし少し飲めば、他愛もない話をするのがいつものパターンだ。
「司はさ、好きなギフト貰えるとしたら何がいい?」
「唐突」
「とーとつ?」
「話がって事な」
「あぁ、そういう事ね」
こういう時話す事なんて、愚痴か妄想話くらいのもんだ。あとは下ネタ。
そんな中の今日のチョイスは「ぼくのかんがえたさいきょうのギフト」だ。まぁ、朝から聞きかじったイケメンの話が頭に残ってたのもある。
顔は今更変えられないし、せめてギフトくらい発現してくれねーかなーっていう現実逃避だ。
「てか司は考えた事ねーの?」
「あるけど、そんな良いものでもないらしいしね」
「そうなのか?」
「うん。なんかあったら真っ先に疑われるらしいし、ギフト持ちでも隠しておく事も多いんだとさ」
「へぇ、もったいないな」
「前あった強盗事件もギフト持ちらしいじゃん?」
「あぁ、あれか? 犯人捕まったよな。一瞬だけ人を硬直させられる能力だっけ?」
「そうそう。その程度なら大した事できないけどさ、強い力だったら人が寄り付かなくなるよ」
「その程度の能力だったから捕まったんだけどな」
「それな」
ギフトにも色々ある。使い道無限大の強力なものから、見当もつかないハズレなものまで様々だ。
そんなハズレ寄りの能力でさえ悪用されるのだから、強力なものを持った人に近づかないようになるのは当然か。
「しかし司は詳しいのな。まさかギフト持ってんの?」
「いや、僕自身は持ってないよ。でも僕はこんなだからさ、普通じゃない人が周りに多いんだよ」
耳と尻尾をひょこひょこさせて言う姿は、自分は普通じゃないけど気にしていないと強がっているようにも見えた。
「でもさ、あったらいいなってのは考えるだろ? 秘密にしておくとしてさ」
「まぁね。でも、そのうち見つかるんじゃないか?」
「見つかる? 何が?」
「ギフトの研究してる人がいてね、その人によれば皆誰しもがギフトを持ってるんだってさ。
持ってないと思ってる人は、まだ使い方を知らないだけ。知らないまま過ごしているだけなんだってさ」
「ふーん」
なんとも胡散臭い話だ。俺のイメージでは、ある日突然「力が……! 漲ってくる……!」みたいなものだと思っていたのだから、そんな事あるわけないと言いたくなったのだ。
しかし俺自身経験したわけじゃないし、実際そんなものなのかもしれないな。
という事は、俺も気付いていないだけで何かの能力があるのか!?
「よし、俺もなんかできないか練習してみるか!」
「どうやって」
「んー、とりあえず風を起こすイメージしてみるとか?」
「うん、頑張って。成功したら見せてね」
「絶対できると思ってないだろ!?」
「お、もしかして考えている事を見抜くギフトかな?」
「んなもんなくてもわかるわ!」
そう言いつつも、司は俺のギフト探しを手伝ってくれる。
まぁ半分からかってるんだろうが、知り合いのギフテッドの話なんかをしながら、どんなイメージをすればいいのかを解説したのだ。
とりあえず風を起こすイメージをしてみたものの、俺には風使いの適性はなかったようだ。
うーん、これがあればこれから暑くなる季節を快適に過ごせると思ったんだけどなぁ……。
あと悪用の方法も考えたけど、それは心の内にしまっておこう。
まぁ、風がダメでももっと有効な……。そうだな、スマホの充電を一瞬で終わらせる能力とかが良いな。
そんな事を口にすれば、司は「ロマンより実用性かよ」と笑いながら言った。
違法性のない、電気代が安くなる良い能力だと思ったんだけどな。
そうこうしていれば、チャイムが昼休みの終わりを告げ、俺たちは再び退屈な授業へと戻る。
午後の日差しを浴び、前の席の灰色猫はうつらうつらとしているようだ。
俺も眠気はあるが、ふわりふわりと舞い踊る尻尾を目で追いかける事で何とか意識を保っていた。
「高鷲ー! 寝るなー!」
俺たちの列を歩く教師は、司の横に来た瞬間頭をこつんと教科書でノックした。
その衝撃に起こされた司は「ふぇあぃっ!?」とよく分からない言葉で答える。
あまりの間抜けっぷりに教室が静かにざわめき、俺の目が追いかけていた尻尾はピンと逆立つのだった。
「はぁ……。今日は微妙にツイてなかったな……。
昼の火傷といい、授業中といい……」
帰り道ため息と共に司はボヤく。まぁそういう日もあるし、そこまでの不運に見舞われたとは思わないけどな。小さい事が重なって、なんか微妙な気分になるのはわからないでもないが。
「そんな日もあるさ。その分明日はいい事あるって」
「昼のやけどは半分よっしーのせいだけどな」
「えー、まさか根にもってる?」
「わりと」
「マジかよ。しゃーないな、コンビニでアイス奢ってやるよ。やけど冷やそうぜ?」
「やったぜ! 高いやつにしよっと!」
「おいやめろ! お前にはゴリゴリ君で十分だ!」
「ゴリゴリ君を馬鹿にすんなよ!? あれで当たりつきだぞ!?」
「当たった事は?」
「ないけど」
「ないのかよ!」
学生の味方価格のアイスですら当たった事ないって、司はよほど運がないらしい。
コンビニバイトやってる人によれば。1箱につき1本あたりが入ってるって話だったんだけどな。
もしくは普段は高級アイスしか食べないようなリッチな家庭なのかもしれない。家に遊びに行った事ないから知らないけど。
そんな司の家庭事情を半ば妄想しながら、ソーダ味の棒アイスを二つ買って即座に店の外で開ければ、夏の味と形容すべき氷のカタマリにかじりついた。
炭酸がないのにこれをソーダと認識するのは、色のイメージだと思う。
あ、そういや今年も梨味出たら買いだめしないとな。
外の固めのアイスキャンディーをかみ砕き、じゃりじゃりとかき氷のような中身を堪能すればあっという間に芯が出てくる。
この棒に染みこんだ甘さを吸いつくして堪能するのもまた一興ではあるものの、その前にまずは確認だ。
当たり付きってのは「当たるかもしれない」と期待している時が楽しいのだ。
その先? まぁ大抵がっかりするさ。安いアイスだし落胆ってほどじゃないけどね。
「あ、当たった」
「えっ? マジ?」
俺の言葉に司は食い入るように手に持つ棒きれをのぞき込んでくる。
表情こそ平静を装っているようだが、耳と尻尾がピンと立っていて、かなり興奮しているようだ。
「欲しいならあげるけど」
「いや、アイスが欲しいんじゃなくてな。あたりを初めて見たからさ」
「そこまでレアじゃないと思うんだがなぁ……。まぁ、毎日買ってたらそのうち当たるんじゃね?」
「んー。小遣いは大丈夫だけど、腹壊しそうだな」
「病弱かっ!!」
そんな他愛のない帰り道。駅に着けば別方向の司とは分かれ、一人電車に揺られる。
赤く染まりつつある空が、ちょっといい一日の終わりを告げていた。
あとは家に帰って、飯食って、風呂入って寝る。それだけのスケジュールだ。
こんな何でもない日が、ずっと続くと思っていた。
けれど、それは思いもよらぬ方法で続く事になる。




