27 合図
俺にギフトが発現した理由、そんなの誰にも、俺にだって分からない。
けれど理由を作るのは、能力を持ってしまった俺自身なのかもしれない。
俺がこのギフトを得た理由、それは歩さんのプロポーズを成功させるため……。
ずっと由香里さんばかり見ていた。歩さんは、ゲームで出てくるNPCなんかじゃない。
彼もまた今日を生きている一人なんだ。それを俺は忘れていたんだ。
「ありがとうございました! 失礼します!」
優しく微笑む店員さんに礼を言って、俺は歩さんを追いかける。
行き先は知っている、隣のハンバーガーショップだ。今度こそ助けなければ……。
俺が今日を終わらせるためだけじゃない。由香里さんを悲しませないためだけじゃない。
歩さんの想いを届けるために……。
俺は着かず離れずの席に座り、歩さんの様子をうかがう。様子は昨日と同じだ。
それは他の今日を繰り返してる人の影響を受けていないという確認でもあるが、彼をつけている俺以外の誰かを見つけるためでもある。
彼自身が気づいているのなら、キョロキョロと見回してそれらしい人を確認するはずだ。
昨日は窓ガラスに映る姿でしか確認していなかったけれど、今日は直接見える位置に陣取っている。だからどんな些細な動きだって見逃しはしない。
だが俺の予想とは裏腹に、そのような様子を見せる事はなかった。
気にしていないのか? それとも本当はそんな相手などいないのか……?
店内を見回してみても、百貨店で見かけたような人はいない。まぁ全部の客の顔を覚えているわけないし、居た所で気づけないとは思うけど。
そうこうしているうちに、スマホのアラームが1時を知らせる。ここからが問題だ。
由香里さんは電話をして彼を引き留めると言っていたが、それで事故は本当に防げるのだろうか?
様子を見ていると、歩さんは昼食を終えて店を出ようと動き出す。ちょうどその時だった、昨日と違う出来事が起こる。由香里さんからの電話だ。
立ち上がろうとしていた姿勢をすっと戻し、彼は座りなおす。
よし、これで少なくとも歩さんは事故に遭うことはない。それを確認し、俺は店を出た。
信号待ち、時刻は1時6分。昨日と同じであるなら、もうすぐトラックがやってきて、そのまま横断歩道を渡る人の列に突っ込む……。そのはずだ。
昨日歩さんが陣取っていたあたりに立ち、片側二車線の道路を見る。すると遠くに、昨日と同じトラックを見つけた。
トラックはそのままこちらに向かってきていて、そのままであれば昨日と同じように……。
ぶわっと昨日の惨状を思い出し、額に嫌な汗が溢れた。その時、信号が青を示す。
「まっ……」
歩き出す人たちに待てと言おうとしたその瞬間、見つめていたトラックはゆっくりと減速し、そして線を少しばかりはみ出したものの停止したのだった。
あ、あれ……? 本当に事故が起きなかった……? どうして……?
俺の頭の中には「?」マークがいっぱいだ。そして道行く人達は、俺が何か言いかけたのを不思議がるようにちらりとこっちを見て、何事もなく道を渡り切った。
いや、実際事故が起きなかったのだ。名も知らぬ人達だが、彼らが不幸な目に遭わなかったのだから、理由は分からなくても良しとしておこう。うん、少しばかり恥ずかしい思いはしたけれどね。
ともかく、無事懸案事項を一つ消化した所で、俺は再び歩さんの尾行を再開しなければならない。
本来の目的はこっちだし、なにより二度目の不幸が彼を待っているのだ。
向き戻り窓から店内を覗けば、歩さんはまだ電話中のようだった。けれどその表情は少し暗い。
由香里さんとの電話のはずだし、楽しげにしていてもよさそうなものなのだが……。
もしかすると、由香里さんはまた泣きそうになっているのだろうか。電話越しに彼女が暗い声で話していたら、心配になるのも当然か。
しばらく見ていると、電話を終えた歩さんは店を出てくる。そして信号を渡るのだが、今回は問題ないだろう。なぜって、道路にはすでに赤信号で車が止まっており、暴走車が来たところでそれらが壁になって、こっちに突っ込んでくる事はできないのだ。
悠々と道を渡り切り、そして向かいにある駅へと歩さんは吸い込まれていく。おそらく次の事故現場はこの駅なのだろう。もしくは降りた後かもしれないけれど。
どこまで行くか分からないので、俺は一番安い切符を買って後を追いかけた。
昼間という事もあって、ホームはそこまで人が多くはない。次の電車を待つ歩さんは、ドアマークの一番先頭に立ち電車を待つ。混んでないのだから、ベンチにでも座っていてくれたらと思いつつ、俺はその真後ろに立った。
当然歩さんは俺の事を覚えていないのだから、何も反応を示さない。俺がずっとつけている事も、昨日喋った事も何も知らないのだ。
今まで司で何度も経験したことだったけれど、やっぱりこれはキツいものがあるな。寂しいというか、虚しいと言うか……。由香里さんもそうだったんだろうな。
そんな事に想いを馳せていれば、通過列車がホームへと滑り込んでくる。
ガタゴトと走る列車の音、通過列車を知らせるアナウンス、そしてその中に、俺は聞き覚えのある音を見つけた。
キンッという金属音。昨日信号待ちをしていた時に聞こえた、あの音だ。
ふっとそれに気づいた瞬間、俺の右手は再び歩さんのジャケットを引っ張っていた。
だが重い。昨日とは違う、全力で前へ進もうとするような重みに、俺は左手を出し、両手でそして全力で引っ張り上げる。
ドンっという音と共に、俺は後ろへと倒れ込んだ。そして体中にどしっと重みを感じたのだ。
俺の上には歩さんがいた。はたから見れば俺が彼に押し倒されたように見えなくもない体勢だ。
倒れこんだ時俺は軽く頭をぶつけ、起き上がって後頭部をさすろうとするが、歩さんは動かない。
まさかすでに電車にぶつかっていたのかとぎょっとなり確認するが、どうやらそうではないらしい。
彼はスゥスゥと寝息を立てていたのだ。いや、息があるだけで意識を失っている可能性も……。寝ているのも意識不明なのも、見た目だけで言えば分からないのだから。
「大丈夫ですかっ!?」
俺の問いかけに、彼は薄目を開ける。よかった、どうやら大事には至っていないようだ。
そうすれば、どうやら他の乗客が呼んだらしい駅員が駆け寄ってくる。
「どうされましたか!?」
「あっ。スミマセン。彼が線路側に倒れそうになっていたので、引っ張り込んだんです」
「わかりました。おーい、聞こえますかー?」
「うぅ……。はい……」
駅員さんの呼びかけに、歩さんは朦朧とした様子ながらも答える。そして俺は、歩さんと共に事務室へと案内されたのだった。
見るからにマジメそうな駅員さんは俺にお茶を入れてくれて、深々と頭を下げる。
「あなたのおかげで事故にならずに済みました。ありがとうございます」
「いっ……いえ、俺はたまたま後ろにいただけで……」
「そんな謙遜なさらずに。咄嗟の判断力、なかなかできる事ではありませんよ。
当駅も事故防止のためホームドアの設置計画はあるのですが、なかなか進んでいないのが現状で……。
今回の事はその重要性が―――」
うん、マジメそうじゃなくてマジメな駅員さんだった。色々と考えている人なんだと思うけど、結局今回の事って俺は事前に分かっていたし、多分だけどホームドアがあっても歩さんは別の事故に巻き込まれていただろう。
なぜそう思うかって? だっておかしいでしょ。同じタイミングで金属音、なんの音かはわからないけれど、その音と共に事故が起きかけるんだから。
あれは何かの合図だ。それはおそらく、昨日由香里さんに話した呪いのような何か、それが発現するためのまじないか何かなのだろう。




