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26 想像、もしくは妄想

 地獄のような新幹線を乗り越え、俺は斉東区までたどり着く。

なんなんだこの疲れ方は……。全てが裏目に出るような、全くツイてない朝。ちょっと時間がズレるだけで、これほど影響があるものなのか? まさかこれがバタフライエフェクトというやつなのだろうか。いや違うか。


 そんな風にボヤきながら、そして「最初の今日はよかった」なんて、「昔はよかった」が口癖になっているジジイみたいだなと自嘲しながら、俺は百貨店へと向かう。

時間はもう12時近く。昨日よりは15分程度早いけど、だからってこの程度じゃ広い百貨店の中をくまなく探すなんて無理だ。


 ともかくペットショップのある階へ向かおう。もしかしたら見つかるかもしれない。そう思って俺はエスカレーターを駆け上がった。すれ違うチャンスに賭けたのだ。

もし歩さんがエレベーターで移動したら意味ないし、何か所もあるんだから別のエスカレーターを使う可能性だってある。けれどやらないよりはマシだろう。


 けれど、目的の階に着くまで下りに歩さんの姿はなかった。

もう移動したかもしれないけれど、展示されている動物に見惚れて時間を忘れていてくれたら30分くらいあっという間だろう。歩さんが大の動物好きである事を願い、俺は駆け出す。が、視界の悪い所で走るものではないと俺は思い知った。




 ドンっと人にぶつかる。そして飛ばされ尻餅をつく女性。金髪で、なんだかイカつい感じの服装……。えっとメタルとかのバンドやってそうな、そういう雰囲気? うん、多分俺の偏見だな。

黒のキャミソールとかいう服と、ダメージジーンズ。金銀のピアスなんかも何個も付けてて……。あー、やっぱ偏見じゃないかも。

ともかく、あまり関わり合いになりたくないタイプだな。そんなのにぶつかってしまったのだ。


「ごめんなさい、大丈夫ですか?」

「ってーな! どこ見て……。あっ、コインが……」

「コイン?」

「お前のせいでコイン落としちまったじゃねぇか!!」

「えっと、あの……。あっ! これですか?」


 俺はぱっと床に落ちていたコインを拾う。それは五百円玉くらいの大きさで、金色のコインだった。

真ん中は一回り小さい白い円が描かれていて、裏面は同じように黒い円があった。バンドかなんかのグッズだろうか? にしてはデザインがシンプルだけど……。


「それだっ! おら返せよっ!!」

「あ、はい。スミマセンでした」

「チッ……、気ィつけろよ!!」


 元々悪い目つきをさらに悪くして睨みながらも、それ以上絡まれる事はなかった。

しかしなんというか、偏見ついでに言っちゃうと、百貨店に似合わない雰囲気の人だったな。どっちかというと深夜の激安店に居る方がしっくりくる感じだ。

そんな彼女は、どうやら友人と来ているらしかった。もう一人の大人しそうな長い黒髪の子と合流すれば、どこかへと連れ立って行ってしまう。




 まぁ、面倒事に巻き込まれず済んだのだからよしとしよう。しかし本当に今日はツイてない。いや今のは俺の不注意だけどさ……。

ともかく俺は歩さんを探し、キョロキョロと周囲を見回していたのだった。


「あっ、いた!」


 昨日と同じジャケット姿に、俺は小さく独り言を呟く。まぁ、昨日と同じなのは当然なんだけど、それは歩さんが今日を繰り返している事に気付いていない証明であり、今までの時間にそれを知る人によってなんらかの影響を受けていないという事でもある。少なくとも見かけ上は。

うん、ちょっと朝から色々ありすぎて、もしかしたら歩さんが居ないかもと考えてたんだ。今日は何事もうまくいかなさ過ぎたから……。


 彼はペットショップの区画から出てきてすぐのようで、真っすぐ最寄りのエスカレーターへやってくる。それはつまり俺の居る方向だ。

うっかり鉢合わせして、これ以上予定を狂わされては困ると、俺は近くの家具売り場に身を潜めた。そしてふと気づく。あ、俺と初対面のはずだし隠れる必要なかったわ、と。

そんな事知るはずもなく、歩さんは下りエスカレーターで下へ下へと流されてゆく。俺はその後を追って、ただ同じ方向に用のある客を装い後をつけたのだった。




 次に歩さんが立ち寄ったのは、エレベーター前にあるピアスや指輪のコーナー。ショーケースに並ぶ見るからに高そうなそれらを眺めながら、店員と何か話している。というか、店員が話しかけにきていた。

選ぶようではなく、すでに見定めたかのように一点を見つめていた歩さんに、店員がもう一押し声を掛けて売り込もうとしている、そんな感じだった。


 俺はそれを、さも誰かと待ち合わせしている素振りで、エレベーター前にてスマホを眺めながら見ている。

今の所変な様子はない。というか、視線を感じていたと言っていたけれど、そのような人も見当たらない。俺と同じように見ている人が居て、まさか同じ事をしていると思っていないであろう相手なら、もう少し分かりやすくてもいいと思うのだが……。

ただ歩さんの気のせいって可能性だってあるし、俺は尾行に専念しよう。




 そうやって見ていたのだが、そういえば昨日見た時何も買った様子がなかった事を思い出す。

そしてペットショップからこちらに来ていたはずなのに、そこでも何も買わなかったのだろうか?

もちろんペットショップに関しては、時間つぶしに子犬を見に行くなんて事もあるし分からなくはないけど、さすがに指輪を見てるだけってのはなかなか難しいよな。だって目の前に店員がいて全力で営業されてんだから。

ふんわりとそんな考えが頭を巡ると、突然それがピンッと一本の線になるような感覚に陥る。



 まさか……、歩さんは今日由香里さんにプロポーズする気なんじゃないか!?



 ただの思い付きではあるけど、でもそうだとするなら辻褄が合う。

今日、会社を休んでいる事を由香里さんに隠している事も、一緒に行動するのを嫌がった事も……。

買い物袋がないことだって、胸ポケットにでも指輪を隠しているなら説明がつく。

そしてなにより「俺、この仕事が終わったら彼女にプロポーズするんだ」なんてセリフを言ってしまっていたら、完全に死亡フラグってやつだ。


 回避困難なフラグを立ててしまっていたなら、今までの事だって納得……。

いや、さすがにそれはちょっと無理があるな。そんなんで回避不能死亡フラグ立ってたら、この世界で結婚できる人なんて居なくなるし。


 よし、落ち着け俺。なんかヤバい死亡フラグ立ててしまったとして、俺が全部回避させりゃいい話だ。

無事歩さんを送り届け、最高のハッピーエンドを迎えさせる。それが俺の役目、それが俺のギフトだったんだ。そうとなれば絶対に失敗できないぞ!




 と、そこまで妄想して冷静になった。うん、一応店員の人に聞いて、本当の所を確認しておこう。

歩さんが売り場を離れた後、俺は対応していた人を引き留めた。


「あの、ちょっといいですか?」

「いらっしゃいませ。どうされましたか?」

「あの、さっきの人って指輪買ってましたか?」

「申し訳ございません、他のお客様の事はお教えする事ができません」


 そりゃそうか、誰が何してたなんて喋ってしまう店なんて、誰も信用しなくなるよな。

んー、どうしたものか。こういう時司ならぱっと聞き出すための話考えるんだろうけどな……。

よし、司が言いそうなことをシミュレートしてみよう。


「あー、えっとですね……。俺、黄金井こがねいさんの彼女の弟なんです。それで様子を見てたんですけど……」

「お答えする事はできません。ご期待に沿えず申し訳ございません」

「そうですか……」


 収穫ナシと……。がっくりと肩と視線を落とすと、きらびやかな光が目に映る。

ただの妄想にはしゃぐなんて、俺もバカだなぁ。そんな事を思っていると、小さな、けれど少し微笑ましいといった雰囲気の、笑いを含んだため息が聞こえた。


「……。彼は良いお兄さんになると思いますよ」

「えっ?」


 店員さんは静かに口元に人差し指を添え、俺に微笑んだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >彼は良いお兄さんになると思いますよ 店員さん、素敵すぎ( ´∀`) [一言] あー、それは死亡フラグの代表格ですな~。 あとは『故郷に帰って親孝行するんだ』とか。 全力で旗折りに行かな…
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