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由香里さんの報告を待つ間、俺はマンガ喫茶で休んでいた。色々な事があって疲れていたし、家に帰ったところで巻き戻しは確定している。だからそのまま残る事にしたのだ。
仮眠を取れるようにとフラットの足を伸ばせる個室シートを取ったが、気持ちが落ち着かないのもあって、眠気がやってくる事はなかった。
なんとなく手に取ったマンガの「ステータスオープン!」の掛け声と共にウインドウが開くシーンで、まーたゲーム異世界かというツッコミを入れているとスマホの着信が響く。
「彼が、来ないんです……」
電話越しに聞こえた由香里さんの声は、すでに泣きそうになっていた。
時刻は夜の7時になろうかという所。待ち合わせは6時半だと言っていたから、もうすぐだとは思っていた。だが彼が来ない? なぜだ? 事故は回避できたはず……。
「電話は入れてみましたか?」
「はい……。でも出なくて……」
「そちらに向かいます。待っててください」
由香里さんにそう告げながら、俺はブースに備え付けられているパソコンで検索をかける。
ふと思い出したのが、由香里さんの言っていた何度目かの今日の話。トラックの事故を回避できた時、確か彼は電車との接触事故を起こしたと言っていたはずだ。今回もそのパターンの可能性を考えたのだ。
けれどそれは俺の介入で大きく事情が変わっており、少なくとも俺と話をしていたのもあって移動時間なんかは変わっているはずだ。だから同じようになるとは考えもしなかった。
実際ニュースサイトを探ってみても「ちえんぴえん」の書き込みは無かったし、運行情報を見に行ってもどの路線も平常通り運行されていた。だから彼は無事だと俺は確信していたのだが……。
『工事現場で作業員落下。通行人に衝突、意識不明重体』
見出しを見た瞬間に俺は手が止まる。それは今までの今日で見たことがない記事だった。
恐る恐る詳細を確認すれば、そこには想定した最悪の内容が綴られていた。
「お待たせしました」
「筒井さん……」
暗く夜闇に沈んだ公園のベンチで、彼女は一人待ち続けていた。来る事は無い彼を。
スマホに映したニュースを俺は見せるべきか悩むが、彼女はすでに察していたようだ。
「何か、あったんですね?」
「……はい」
「教えてもらえますか?」
「知らないままの方がいいかもしれません」
「そうはいきませんよ」
すっと見つめる瞳には、すでに溢れんばかりの涙が浮かぶ。
ニュースに出ていた通行人が歩さんだったなど、俺の口からは言えそうにない。
静かにスマホを渡せば、彼女は押し黙り、そしてぽたりと画面に雫が落ちた。
「もう一度助けます。今度こそこの時間、ここへ彼を連れてきます」
「……。やっぱり、ダメなのかもしれない」
「あきらめたら……、ここで終わりですよ? いいんですか?」
「でも、何度やったって……」
事故から彼を助けたと話した時とは大違いの、また昨日と同じ由香里さんだ。全てを諦め、絶望に打ちひしがれているような。何もかもがいやになったと言わんばかりの空気を纏っている。
もしかすると、いわゆるMPとでもいうのか、ギフトを使っている事で精神的に不安定になっているせいもあるかもしれないが、やはりそれ以上に彼を助けられなかったのが大きいのだろう。
だからと言って俺は諦める気などない。きっとまだやれる事は残っているはずだから。
「俺、この能力がまだよくわからない時、ある人に相談したんです。能力の事、そして何度今日を繰り返す事になるんだろうって。
その人は巻き戻している人が満足するまでって言いました。満足するまで、1万回でも巻き戻すかもしれないって。由香里さんは、もう満足なんですか?
まだたった6回です。両手で数えられるほどしか繰り返していません。その程度で諦められる事なんですか?」
「そんなこと……」
「そんなこと?」
「そんなことない……、です」
「ならまたやり直しましょう。次こそは大丈夫と信じて。たとえ何万回だって俺は手伝いますから」
「ありがとう……」
少しだけ、ほんの少しだけ由香里さんの纏う空気が変わった気がする。
まだ大丈夫だと思えてはいないけれど、それでもほんの少しの希望が見えたような、そんな雰囲気だ。
けれど具体的にどうすればいいかなんて俺にも分かっていない。事故を防ぎ、歩さんを助ける。
その方法もなしに再び今日を始めたとして、全てを解決できるとは俺も思っていないのだ。
「巻き戻すのは少し待ってもらって、作戦を考えましょう。今のままじゃまた同じです」
「そうですね……」
「もしかすると、今までは一人だったからダメだったのかもしれません。
由香里さんは一度事故を回避できたと言ってましたよね? だから1回はなんとかなるのかも」
「どういう事ですか……?」
「俺も今回トラックに轢かれるのは防ぎました。でも次が起こった。二度助ける必要があるのかもって。
二人で分担すれば、二つとも回避できるんじゃないでしょうか?」
「……。どうなんでしょう?」
「あっ、俺も分かって言ってるわけじゃないんですけどね。えーっと説明が難しいな。
ほら、ゲームなんかだと二回攻撃してくる敵っているじゃないですか、それと同じかもって」
あー、俺自身何言ってるかわかんなくなってきた。
でも途中まで言い出した事だし、なんとなくの思い付きを喋ってしまおう。
「歩さんには、もしかすると二回不幸に遭う呪いみたいなものがあるんじゃないかって思ったんです。
そして俺たちは、一人一回しかそれを防ぐことはできない。だから助けられなかったって」
「それで私と筒井さんで一度ずつに分けようという事ですか……」
「そうです。確証があるわけじゃないんですけど、なんかそうでないと説明がつかない気がして。
だって前は電車で、今回は転落事故ですよ? 全く別の事故に巻き込まれてるんですもん。
むしろ呪い以外にこれを説明できる事あります!?」
「もしかすると、そうなのかもしれませんね」
なんとなく納得してないような表情に見えるものの、一応言葉では同意してくれている。
さすがに無理がある話だし、呪いってなんだよって俺自身思うけど……。まぁ、ギフトがあるんだから、呪いぐらいあったって不思議じゃない。
とにもかくにも、今は由香里さんをその気にさせるのが第一だ。万一ギフトを使うのにMP的なものが必要で、すでにそれが精神的疲労で尽きかけているのなら、補充になるかは分からないが気持ちを上げてやる必要があるのだから。
「それで、作戦なんですけど、由香里さんはトラックの方お願いします」
「えぇと、どうすれば……」
「前に電話で立ち止まらせたって言ってましたよね。それで防ぎます。その後俺が電車の方を防ぎます」
「わかりました。でも大丈夫でしょうか……」
「大丈夫ですよ。俺がずっと見張ってますから。それに、逆にしちゃうと転落事故ですからね……。
降ってくるものを止められませんし、電車の方なら引っ張り込むだけで済みますから」
「そうですね……。では彼の事、お願いします」
由香里さんは深々と頭をさげる。その姿を見た後、俺は意識を失った。




