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21 世は情け

 6時半のアラーム。()()()()()()が始まる。けれど今回は、予定通りの朝だ。

予定通りということがこれほど安心を覚えるものだとは、今まで知らなかったな。

俺はさっと起き上がり、カバンに埋蔵金こと、貯めてあった年玉を詰め込む。そして制服に着替え、顔を洗ってからリビングへと向かった。


 呆けた顔をする親の顔を確認するでもなく眺め、挨拶して冷蔵庫の牛乳をコップに注ぎ、飲み終えてから家を出た。なんの引っ掛かりもないスムーズな出発だ。

全ては()()考えた通り。本当は一つ前の今日だが昨日と言っておこう。少なくともそれで由香里さんには通じるのだから。


 急ぐでもなく歩いてバス停まで向かう。全ては予定通り、今日起こる事と起こさない事、それが分かっているのだから何も慌てる必要はないのだ。

悠々とバスに乗り、電車へと乗り継ぎ、そして地下鉄へと続く乗り換えの連続も、全ては事前の計画通りだ。

さらに次に乗る新幹線も、斉東区への到着も、遅れなどありはしない。それに何か予想外の事が起きて遅れたとして、やるべき事が起こる前には着けるように予定を組んでいるのだから安心だ。


 しかし俺は一つ大切な事を忘れていた。それをスマホの着信で思い出す。

相手は司だ。新幹線駅のコンコースで気づき、電話に出た。


『よっしーおはよー。今日は盛大な遅刻? それともサボり?』

「あっ……、えーっとあれだ。今日は休む」

『まさか本当にサボりなんて……。遅刻はすれど、サボるのは初めてだね』

「……、体調悪いって事にしておいてくれないか?」

『まぁいいけど。そうだね、来る途中で体調悪くなったとでも言っておこうか?』

「そうしてもらえると助かる」

『了解』


 詳しく言わなくとも察してくれるのだから、本当にいい奴だ。

そして口裏合わせをしてくれるのはいいが、共犯になるのにためらいがないな。

全く、悪い奴に良いように利用されないか心配になってくるな。

実際はヤバい組織が裏についているのだから、利用した奴の方を心配してやる必要がありそうだけど。


『それで、何かあった?』

「いや、なんにも。何となくだ」

『へぇ……。ま、そういう事にしておいてもいいけどさ。危ない事はするなよ?』

「あぁ、別にそんな話じゃないって。心配すんな」

『そう。じゃ、また明日』

「おう。()()()()な」


 そうだ、明日になればまたいつも通りだ。今日を終わらせて、日常を取り戻す。

司も、その後ろにいる組織も動いてもらう必要はない。ただ由香里さんの望みをかなえ、明日からは普通の日々を送ればいいのだ。だから詳しい話をする必要はなかった。

ただ一つ、お土産を買うのだけは忘れないようにしないとな。心配性のにゃんこ様のために。


 そんな事を思いながら、新幹線の出発までまだ時間もあると俺は売店へと立ち寄った。もちろん今土産を買うわけではない。時間つぶしのマンガを買うためだ。

飲み物と週刊誌、あとはどうするかと思った時ふとお菓子が目に留まった。いたって普通の板チョコ、それをおやつにしようと俺はその三つを持ってレジへと進む。

これじゃ本当にただの旅行だな。ま、()()()()()を楽しむのだからそれでもいいか。




 新幹線の自由席。昨日と同じ三列シートへと座る。そうすれば、昨日と同じ二人組が現れた。

朱色の髪が特徴的な青年と、体格のいい男。ふと二人を見ると、所長とボディーガードを思い出す。


「隣いいかな?」

「どうぞ」


 変わらぬ会話。昨日と同じ時間がここからまた繰り返されるのだ。


「君は一人? 旅行にでもいくのかい?」

「はい、そうです。やらないといけない事があるので」

「そうかい。気を付けてね」

「お二人は旅行ですか?」

「んー、仕事だね。もうすぐ終わるけどね」

「そうなんですか。お疲れ様です」

「そうだ、これ食べるかい?」


 差し出されたのはチョコレート菓子。クッキーにチョコレートがかかったものだ。それもこれも、全て昨日と同じだ。

それを見越して俺はチョコを買って来たのだ。彼が好物だと言ってたから。


「ありがとうございます。よかったら交換しますか?」

「おっと、君もチョコ好きなのかい?」

()()()そんな気分だったんですよ」

「ありがとう。いただくとするよ」


 包んでいるホイルごとパキッと半分に割り、片方を差し出すと、彼も自身のお菓子をいくつか渡してくれた。これじゃまるで遠足のお菓子交換会だな。

そんな事をやっている隣では、すでに連れの男は寝息を立てている。


「ところで、君はゲームは好きかい?」

「あまり読まないですね。マンガの方が……。えっ、ゲーム?」

「うん、ゲーム」

「それなりにしますけど……」


 あ、あれ? 昨日の話と違うぞ? そうか、もしかすると俺がマンガを持ってるから、話す内容が変わってしまったのだろうか?

しかしゲームか……。話し相手が欲しいだけと言っていたが、そういう所で話す内容を変える人なのかな。


「どんなのをするんだい? 最近の子はスマホのゲームかな?」

「うーん、誘われて何度かしましたけど、お金かかるんであんまり続かないですね」

「そっか。それじゃあ、ゲーム機でやるタイプなんだね。RPGとか好きかい?」

「そうですね。有名どころはいくつかやった事ありますよ」


 どうやら話せるネタを探っているようだ。正直ゲームよりネットで動画漁る事の方が多いし、ゲームはやるより実況動画を見る方が多いくらいだ。

けれど話したいだけだろうから、話の流れを切らない程度の受け答えをしておこう。


「へぇ。ところでさ、RPGのHPとかMPって謎じゃない?」

「謎? 何がですか?」

「ほら、HPが1でも残ってたら戦えるっておかしくない?

 体力というか、怪我だらけであと一撃でも受けたら倒れるような人が普通に全力で戦えるんだよ?」

「あー、言われてみればそうですね。攻撃力とか下がってもよさそうなもんですよね」

「その上MPってなんだよってならない? いやそもそも魔法って……」


 一見楽しそうに話してはいるものの、内容としては楽しげとは程遠い。

んー、愚痴を聞いて欲しいって事なのか? 暇だしどっちでもいいんだけど。


「もしかして、RPG嫌いなんですか?」

「あ、いやゲームは割と好きなんだけどね。好きなんだけど……。

 今読んでる小説が異世界モノなのに、ステータスがあってさ……」

「あぁ、マンガでもたまにありますね。あれ? これゲームモノだっけ? ってなりますよ」

「でしょ? それに魔法なんてさ、今どきギフトってのが存在するのに、前時代的というか……」


 魔法が前時代的か。考えてみればそうと言えなくはない。

実際に目にする機会はほとんどないとはいえ、魔法に等しいものが存在するのだから。


「それはあれじゃないですか? みんなが使える訳ではないですから、憧れがあるんじゃないですかね?」

「まぁね。でもさ、魔力ってなんなんだろうね?」

「へ? 魔法を使うためのアレですよね?」

「そうなんだけどさ、でも実際数字で表れる事はないんじゃない? HPもそうなんだから」

「あぁ、そんな事考えもしませんでした。んー、どうなんでしょうね?」

「体力のHPと同じように考えるなら、HPが減るって怪我したり疲れたりかな?

 つまりMPが減るって……。集中力が切れたり、ネガティブになったり?」

「ありそうですよね。実際にギフトを使える人に聞かないと分からないですけど」


 そう答えはしたが、俺は事実ギフテッドだ。けれど疲れたり、集中力が切れたり、そういう事は無い。

それは俺が受動型パッシブだからだろうか?

そうだとするなら……、もしかしてあの由香里さんの感情的というか、取り乱したというか……、それってショックな出来事があったという事以上に、ギフトを使った事による影響が大きいのかもしれない。


 5回も繰り返したのだ、MPに当たる何かが減り続け、限界に達しようとしていたとしても不思議ではない。

つまり、もしかすると今回失敗したら、二度目のチャンスは無い可能性も……。


「どうした? 難しい顔して」

「あっ、いえ少し考え事を」

「そう? 疲れてるのかな? ごめんね話しかけちゃって」

「いえ、面白い話が聞けて良かったです」

「そう言ってもらえると嬉しいね。ちょっとした思考実験だけどね」

「そうですね。もしそれが当たってたなら、ギフトってそんなに良いものでもないかもしれません。

 みんなギフトを羨ましがったり、怖がったりしてますけど、意外と普通の事なのかもって」

「なんでもできるわけではないし、なんでもできるからって何をしてもいいわけじゃない。

 世の中ってそんな風にできてるのかもね」

「そうかもしれませんね」


 ただの愚痴のように始まった話が、妙な着地点を見つけたように落ちてゆく。


「それじゃ、俺も少し眠っておこうかな」

「はい、おやすみなさい」

「ありがとう。君も……、頑張ってね」

「はい」


 できるからといって、何をしてもいいわけじゃない……、か。

俺のやっている事も、本当はやってはいけない事なのだろうか……。そんな不安がよぎる。

けれど、本当にそうなのかもわからない。だからこそやってみる価値がある。


「……え? 頑張ってね?」


 それって、()()()()()()()()と知ってるって事では……? いや、その前によく思い出してみれば、俺は余裕をもって到着できるように予定を組んでいた。

だから今日乗っている新幹線は、昨日より早い時間に出発している便だ。なのに彼らが乗っているのはおかしい……。


 ふっと違和感に気付き、隣の席へ振り返る。しかしそこには、空っぽの席が二つあるだけだった。

今のは一体……。夢……だったのか? わけが分からないと混乱する俺に、車内アナウンスが到着時刻を告げていた。

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