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20 聞き込み

「あの、お知り合いですか?」


 由香里さんは、小さく俺に問いかける。

当然だろう、見知らぬ人がこちらに手を振っているように見えたのだから。


「いいえ、後ろの女の子と知り合いみたいですね。でもちょうどいいです、あの人に聞いてみましょう」

「え……?」


 彼女はほぼ間違いなく一さんの言っていた組織の一員だろう。なら情報収集に使わせてもらったって文句はないはずだ。なにより巻き戻してしまえば何があったって相手は忘れてしまうのだから。

だから俺は臆する事無く妙に派手なその女性に声を掛けた。もちろんナンパではないぞ?


「すみません、ここでなにかあったんですか?」

「んー? 事故らしいよー」


 さも何も知らないフリで聞いてみれば、彼女はサングラスをずらし、俺の顔を覗き込んで軽い口調でそう答えた。

特に警戒されてもいないし、これは答えてくれると考えてよさそうだ。


「事故ですか?」

「そ、信号渡ってる人にトラックが突っ込んだんだってサ。居眠り運転らしいよ?」

「詳しいですね」

「ケーサツの人がそう言ってるの聞いただけー。何? 気になるの??」

「えぇ、なんだか()()()()()()()()()()()ものですから」


 もちろん俺はここに来るのは、何度も繰り返した今日を含めても初めてだし、相手もそれを知っているだろう。けれど由香里さんも見ているのだし、不自然になってはいけない。

おれはまるで腹黒にゃんこのやりそうなことを脳内シミュレートしながら、返す言葉を考えた。


「お、野次馬どうぎょうしゃだね? んー、ボクも実際にその瞬間を見たわけじゃないからねー。

 でもまぁ色々と話は入ってきたよー? 教えてあげてもいいけどね?」

「もしよければ、聞かせていただけませんか? 暑いですし、どこか店に入りましょうか」

「んー? もしかしてこれは、新手のナンパだったのかなー?」

「そう捉えてもらってもかまいませんよ?」

「ふふっ、面白い子だねぇ。お姉さん気に入っちゃった! よしよし、ついてっちゃうよー?」


 にっこりと笑い、ふんふんと鼻歌を歌いながら彼女は歩く。というかボクっ娘なのか……。

結局ナンパっぽくなってしまったけれど、まぁいいか。情報を聞き出すために、俺たちは目の前の百貨店のカフェへと入ってゆく。

そして二人に飲み物をご馳走し、交差点の見える窓際の席へと座ったのだった。

少し派手な彼女は、抹茶フラペチーノを飲みながら悪戯っぽい笑みで話し出す。


「ふふん、両手に花とはこの事だねぇー?」

「からかわないでくださいよ。事故について知りたかったんですよ」

「あらら、お姉さんには興味ナシ?」

「美人さんだなとは思いますよ?」

「まったく、口がうまいんだからー!」


 黙っていれば美人なのになー、なんて事はもちろん言うはずがない。

けれどどうやらこの人は、由香里さんに気付かれないよううまく誤魔化しているようだ。いや、もしくは本当に組織と関係ない人なのかもしれないけど。

当の由香里さんは、非常に気まずそうな顔をしていた。そりゃそうだよな……。


「それで、詳しい話聞かせてもらえますか?」

「んーっとねー、時間は1時7分、さっき言ってた通り居眠り運転のトラックが、青信号を渡ってる人をはねちゃったのね。

 それで運転手含めて6人ほど救急車で運ばれたらしいんだけど、運転手の人はダメだったみたい。

 まー、はねた後信号機にぶつかって、トラックはぐしゃぐしゃだったらしいからねぇ……」

「そうなんですか。他の人は無事だったんですか?」

「んー、今の所そういう情報はないなー」

「今の所?」

「いやさ、これってネットに載ってた情報なんだよねー」

「えっ……」


 テーブルの下に隠し持っていたスマホを取り出し、彼女はクスクスと笑う。

その画面を見れば、速報で流れていたニュースの続報が表示されていた。


「あぁ……、そういう事だったんですか。てっきり報道関係の人かと思ってたんですが……」

「残念でした。というか、そっちの人なら情報は商品なんだし、フラペチーノじゃ売らないよ?」

「まんまとやられちゃいましたね」

「まー、ボクも野次馬で見てただけだし、そんなに詳しくはないよ?

 でもそうだね、聞いた範囲では普通の事故っぽいよね」


 フラペチーノに刺さった赤いストローをぐりぐりと回しながら、彼女は言う。

普通の事故っぽい、それは事件性はなさそうだという意味だ。けれどやっぱり違和感がある。


「真昼間の居眠り運転、しかもこんな街中で……。なんか違和感あるんですよね」

「んー? どゆことさ」

「いやほら、俺はまだ免許持ってないんで運転した事ないですけど……。

 ただこういう場所って、人も車も多くて緊張するもんじゃないかなって。

 俺も自転車乗ってる時なんかは、住宅街とか飛び出しとかに気を付けますし」

「あー、確かにね。まぁ居眠りは……、なんだっけ? ほら、あの寝てる時息止まるヤツ」

「睡眠時無呼吸症候群……、ですか?」

「そうそれ!」


 静かに聞いていた由香里さんが口を開いた。聞いてるかどうかも分からないほどだったが、もしかすると彼女の大切な人を奪った原因が分かるかもしれないと、静かに考えを巡らせているのかもしれない。


「そのスイミンジナントカって、昼間に急に眠たくなるらしいデショ?

 昔そういう事故テレビで騒がれてた時もあったし、それじゃないかな?」

「あー、そう考えれば不自然でもないですが……」


 けど俺は気になる事があった。それは三回目の今日、由香里さんが事故を未然に防いだというとこだ。

トラックの運転手は助からなかったと話していたし、その運転手が由香里さんの彼なのだろうか。

しかしその後の駅での事故を考えると、辻褄が合わない。それにトラックで営業してたのか?


 ともかく、そのあたりを由香里さんに再度確認しておく必要がありそうだ。

そして目の前の彼女に、この話を聞かれるのは……。いや、おそらく組織の人なのだから問題ないだろう。



 俺はうまく誤魔化すためのカバーストーリーを考える。それは、由香里さんが彼と連絡を取れなくなり、心配してそれらしい事故現場に来たというものだ。

この程度の、本当の事に一握りの嘘を入れるだけなら、ボロを出してもリカバリーしやすいだろう。もちろん嘘とは、すでに事故に巻き込まれたと知っている事を知らないフリしているという点だけだ。

これなら双方がうまく話を合わせてくれるはずだ。どちらにも事情を悟られずに進められるだろう。


「由香里さん、事故に巻き込まれたかもしれない彼は、その運転手さんだったりしますか?」

「いえ、違います。横断中に巻き込まれた方かと……」

「えっ? なに君たち、事故の関係者だったの?」

「えぇ。一応まだそうと決まったわけではないですが、連絡が取れないらしくて」

「そっか、それで聞き込みしてたワケね。それなら警察行った方がよくない?」

「まだ決まったわけじゃないですので……」

「ごめんね、そんな事だと知らなくて。えっと、搬送先の病院とか書いてないかな……」

「いえ、十分です。ありがとうございました」

「うん。ごめんね、あんまり力になれなくて。あ、フラッペごちそうさま」


 そう言ってヒラヒラと目立つスカートを揺らしながら、おそらく機関の関係者であろう彼女は席を立った。

そして二人きりになり、俺は由香里さんに疑問を投げかける。


「3回目の時、事故は起こらなかったんですよね?」

「はい……」

「それっておかしいですよね? 彼が運転手じゃない限り、事故が発生するかどうかに、彼は関係ありませんよね?」

「そう……、ですよね……。私も言われるまで気が付いてなくて……」

「何か隠してます?」

「いえ……、本当にあった事をそのままお話してます……」

「……」


 由香里さんは、心細そうな目で俺を見つめる。

それはやっと見つけた協力者が、離れていくことを恐れての事だろう。


「わかりました、信じましょう。そして何があったか、俺が見てきます」


 そして俺もまた、一度助けると言った相手を切り捨てるほど、非情にはなれなかった。

けれどあの兼業警察官、一さんの言葉……。「彼女をあまり信用しすぎない方が良い」それだけが頭の片隅でひっかかるのだった。

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