19 本心
俺を警護していたという警察官、森口一と名乗る男は、俺が由香里さんの彼を助ける事に対して苦言を呈してきたのだった。
「俺を助けられなくなる? どういう事ですか?」
「考えてもみて欲しい、僕たちは繰り返す今日を感知できない。
だから時間を巻き戻したのなら、君を忘れる事になる」
「それは……、そうですよね」
「今までを知り、これからを変える。そのために動けるのは君と彼女だけになる。
それは、どのような危険も二人で乗り越えなければならないって事だ。
しかも助ける対象さえも、何も知らずに生きている。これはかなり難しい仕事だよ」
「けど俺は、やれることはやりたいんです」
「それは本心かな? ただの哀れみなら、やめておいた方が良い」
「本気です! どんなに難しくても、俺にできる事なら……。いえ、俺にしかできないからやるんです!」
「……」
しばしの沈黙。じっと俺の目を見つめ、言葉に嘘がないか見極めるような視線を彼は送り続ける。
そして俺も、嘘偽りない本心であると言い張るように、視線をそらさず見つめ返した。
「そっか。なら止めないさ。けれど無茶はしないで欲しい。君を思って僕たちを動かした人の事、忘れないでね」
「……はい」
そうだ、彼らが俺の前に現れたのは、司が俺を心配しての事だ。
アイツはギフテッドや、他にも色々な普通じゃない事を知っている。だから心配してくれているのだろう。
少なくともギフト関係の事だって、これほど大きな組織が必要なくらいに、危険を伴う事なのは想像に難くない。
だから本当ならば、俺みたいななにも知らないヤツが首を突っ込んでいい話ではないのだ。
「ごめんごめん、そんなに怖がらせるつもりはなかったんだ。
ただちょっとね、覚悟があるのか知りたかっただけさ」
ニッと笑い、一さんはそう告げる。覚悟……、できていたのだろうか。
ただ由香里さんに俺の能力を否定されたような気がして、意固地になっていただけかもしれない。
「俺、簡単に考えてたかもしれません。5回繰り返して、それぞれ違う今日を過ごしました。
だから由香里さんの悩みも解決できるんじゃないかって……」
「ま、それはやってみなきゃ分からないさ。でも簡単じゃないだろうね。
それは彼女が諦めた事からも察しが付く。そして何かがある事もね」
「何か? 何があるって言うんですか?」
「さー? そこまではわかんないねぇ。あの子が本当の事を言ってるとも限らないし?」
「え? 由香里さんを疑っているんですか?」
「そりゃね。こういうシゴトしてたら疑り深くもなるもんさ」
言っている内容は世間の闇を見てきたようなものなのに、その表情はにこやかだ。
何かある、言われればそうだ。何度も繰り返しても回避できない未来は、何かがあると考える方が自然なのだ。それがギフトに関わる法則性なのか、もしくは誰かの意図か……。
「さて、そろそろ戻ってくる頃あいかな。ま、無茶しない程度に頑張って。
もしどうしようもなくなったら、頼ってくれればいい。そのために僕たちはいるのだからね」
「はい、ありがとうございます」
そう言い残して彼らは店を出た。軽快に響くドアベルの音を残して。
頼ってくれればいいと言ってくれたが、事はそう簡単でもない。
警察内部に潜入させているほど大きな機関ならば、大きな力を持っている。だから頼れることは間違いない。
けれど彼らを動かすには、毎度俺は彼らに会って説明し、信じてもらわなければならないのだ。
司がそのためにどれほどの人に頼んで回ったか……、それを考えると彼らを頼るのは気が引ける。
そんな組織のトップに会わせてくれた事さえも、特例中の特例だったのだと今さらながら思ったのだ。
そう思案していれば、目を腫らした由香里さんが戻ってきた。
彼女は一人になって、ようやく気持ちを押し沈めたようだった。
そんな彼女に、俺は伝えなければならない。俺がおせっかいでやってるんじゃないって事を。
ちゃんと俺の気持ちを伝えて、ちゃんと由香里さんに納得してもらわないといけないんだ。
「さっきはすみませんでした。気が回らなくて、悲しい思いをさせてしまって……」
「いえ、こちらこそ取り乱してごめんなさい。私のためにここまでしてくれているのに」
「それは……、俺が勝手にやってる事ですから。その、なんて言ったらいいか……。
俺、成績も普通で、運動神経も別に良くなくて、もちろんギフトもなくて……。
そんな俺が、やっと見つけた特別な事、それがこの能力だったんです。
突然の事で戸惑ったり、嫌になったりもしましたけど、でもこれにも理由があるって思いたいんです。
だから何もせずに見てるだけなんて嫌なんです。やれる事、やっておきたいんです。
だから……、チャンスをくれませんか?」
「ありがとう……、ございます……」
由香里さんは涙ながらにそう言う。俺の気持ちを理解してくれたかは分からないけれど、ちゃんと伝わっていればいいなと思う。
たぶん由香里さんも、初めてギフトを使った時は同じ気持ちだったと思うから。
「それで、俺はこの後事故現場に行こうと思います。状況を調べて、防げるか考えてみます。
だから由香里さんは、連絡するまで巻き戻さないでおいてもらえますか?」
「それなら……、私も行きます……」
「えっ、でも……。現場を見るのは辛いでしょう?」
「はい……。でも、私が逃げてちゃダメだと思うから……」
「……わかりました。一緒に行きましょう」
俺たちは席を立ち、会計を済ませて店を出る。扉を開けた外は店内と違って、ムッとした暑さだった。
そして出ようとした瞬間、イチゴパフェを食べていた親子が「そろそろ行こうか」と同じく席を立つ。
これはつまり、次は彼女らが俺を尾行するという流れなのだろう。
その予想は見事に的中し、ビルの前を歩く時ショーウィンドウのガラスに反射した親子を、俺は見逃さなかった。
手をつなぎ、仲良さそうに歩いている。何も知らなければただの散歩か、送り迎え中の親子にしか見えない。
だが一定の距離を保ちつつ、電車でも俺を見逃さない程度の場所でふたりはこっちの様子をうかがっているようだった。
「事故現場はこの交差点ですか」
電車を降り、駅前の片側二車線の大通りにある信号の前へとやって来た。ここが現場だ。
駅だけでなく百貨店もあり、人通りはかなり多い。そんな中事故が起こったのであれば、複数人巻き込まれるのは当然だろう。
そして同じように車の量も多い。それなら事故を起こす可能性も高い……。
いや、おかしいな。見ていれば車が多いからこそ、渋滞と言うほどではないが流れが遅い。そんな所で車が突っ込んでくるなんて、考えにくいような……。
そんな様子を報道機関の関係者だろうか、何人かがカメラで映しているのが見えた。
速報で流れるほどなのだから、明日の新聞には載るのだろう。残念ながら、そのネタは俺が潰させてもらうのだが……。
ふと見れば、その交差点を眺める一人の女性が目に入った。
白い服に大きなサングラスをかけた、編み込んだ金髪をリング状にまとめた女性。すらっとした様子から、背が高ければモデルさんかと思う人だ。
けれど俺の目に留まった理由はそこではない。長いスカート、確かフレアスカートと呼ばれるものだったはずだ、それがパステル調の赤と青の縦縞だったため、非常に目立ったのだ。ともすれば、散髪屋の前の開店する看板……、なんて言うか分からないアレを思い起こさせる。
そんな人が、タピオカミルクティー片手に、いまだ残って何か調べている警察官を眺めていた。
俺が見ている事に気付いたのか、その人はこちらを振り向き、微笑みながら小さく手を振ってきた。
いや、俺はそんな奇抜な服を着る人と知り合いじゃないし、まずもってこのあたりに知り合いはいない。
こういう時手を振り返すと、大抵恥ずかしい結果に終わる。なので俺は後ろを振り向いた。
そこにはさっきの親子連れがおり、女の子の方がブンブンと手を振っていた。
二人は百貨店へと入っていく所で、彼女ら同士が知り合いのようだった。
つまりそれは、次はこの人に交代という意味だ。




