18 裏方
俺がギフトに目覚めた理由なんて、本当はそんなのどうだっていいって思ってる。
けど俺がここまで今日を繰り返し、そして由香里さんと出会った事が無駄だったんて思いたくなかった。
それを受け入れてしまったら、何も持ってなくて、人のギフトをうらやましがる前の俺に戻ってしまう気がしたから……。
「由香里さんが諦めるって言うなら、何もしなくていいです!
絶対事故に遭うって言うなら、俺が全部回避させてみせます!」
「そんな……。だって……」
「考えてみてください。由香里さんの能力が運命を変えられないものだとして、俺にもその制限がかかってるとは限りませんよね? だったら試してみる価値あると思いませんか?」
「そうかも……、しれませんが……」
「俺だったら大丈夫です。今日一日くらい、人助けに使わせてください!
例え何度今日をやり直す事になっても、助けますよ! 助けるって書き込んだの俺なんですから!」
「ありが……とう……」
由香里さんは少し悩んだ様子を見せたが、俺の提案を了承してくれた。ならばあとは俺がどうやって事故を止めるかだが……。まずは情報収集だ。
さっとスマホを取り出し、ニュースサイトを漁る。するとすでにそれらしい情報は速報で出ていた。
事故は、区内の駅前で起こったらしく、青信号で横断歩道を渡っていた歩行者が、赤信号で突っ込んできたトラックに轢かれたというものだ。どうやら複数人巻き込まれたものらしい。
「あの、事故ってこのニュースですか?」
「はい……。あの……、お手洗いに……」
「あっ……」
由香里さんはみるみる顔を青ざめさせ席を立つ。それも当然か、本当は見たくないニュースなのだろうから。俺は先走って、彼女の心境を考えずそれを見せてしまったのだ……。
助けると言っておきながら、一番助けないといけないのは本来彼女だという事を、俺は忘れてしまっていたのだ。
そんな風に若干の自己嫌悪に陥りながら、テーブルにおいたスマホを見つめていれば、そこに人影が落ちる。
「あっ、さっきはスミマセ……」
「やあ、また会ったねツツイ君」
「あの、どちら様で……」
そこに居たのは由香里さんではなかった。茶髪で笑顔の男性。30代くらいに見える、中肉中背の男だ。
名前を名乗っていないのに俺の事を知っており、そして一人になった所を狙ったように現れた。それだけでヤバい相手だという事が分かる。
しかし逃げようにも、カウンター席ならともかくここはテーブル席だ。他の人に聞かれないようにと奥の席に座ったせいで、後ろは壁、前はテーブル、退路を完全に塞がれた状態だ。
しかも声を掛けてきた男だけでなく、もう一人その後ろに控えていたのだから、強行突破も無理だろう。
由香里さんが強力な能力なのに普通の人だったので油断していた。強いギフトを持つという事は、危険も引き入れてしまうものなのだと、俺はこの時初めて知ったのだ。
今すぐ今日をやり直してもらおうかと、テーブルの上のスマホで由香里さんに連絡を取ろうとしたが、その手はすっと男に阻まれてしまう。
「まぁまぁ警戒しないで。それにさっき会ったばかりじゃないか。忘れちゃったかな?」
「この辺に知り合いなんていませんし、これ以上邪魔をするなら店の人呼びますよ」
「あー、ホントに忘れた? これならどう?」
男はもう一人が取り出したものを受け取り、頭へと乗せる。
それは紺色の帽子で、正面には桜をモチーフにした金に輝くマークが入っていた。その模様は、警察のシンボルだ。
「あっ、もしかして職質してきた……」
「まー、その肩書もあるね。本職はこっち」
さっと手渡してきたのは一枚の名刺。そこには『ギフト研究所』の文字があった。
「研究所職員の、森口一さん?」
「そ。んでこっちは赤目って言うの。よろしくね」
「あの、もしかして……」
「そのもしかしてだね。とある猫ちゃんから君の事を頼まれたのさ」
そうか……。どうやらあの司の潔い引き下がり方は、こういう事だったのだろう。
いやまぁ当然というか、今まで繰り返した今日を考えれば、司がそういった行動に出るのは分かっていた事だ。しかし……。
「あの、どうして研究所の人が?」
「僕たちは研究するのが仕事じゃない。一番やらなきゃならないのは、ギフテッドによる事件の予防。
そして面倒事の事後処理さ。その仕事には警察に潜り込むのはうってつけでしょ?」
「なる……ほど?」
理屈は分かる。分かるが知りたくなかったな。つまり事件の隠蔽を目的としているわけだ。
そして今回の事も、何らかの手を回して処理しようというのだろう……。
「もしかして、俺が一人になったのを見計らったのは……」
「んー? もしかして物騒な事考えてる? それならまだ手は出さないよ。事件性はまだないしね。
けど一つ忠告。彼女を信用しすぎない方が良い」
「それは、どうしてですか?」
「彼女はギフトが開花していながら、こちらに連絡をしてこなかったからね。
善良な市民の皆様に広報させて頂いておりますように、ギフトに目覚めたら連絡を入れるのが決まりさ」
若干嫌味の混ざる妙に丁寧な口調で彼は言う。確かにそういう登録制度はあるし、それこそ朝の情報番組の役目もそういった事を広報するために、今日のギフテッドさんなるコーナーを設けている。
だからその事を知らない人はいないはずだし、隠すのは隠すなりの何か後ろめたい事があると思われても仕方ない事だ。
つまりそれは俺にも当てはまるのだが……。
「俺も報告してないんですが……」
「君の場合、かのにゃんこ様がいるからねぇ。それに能力だって自分じゃどうしようもないものだしね」
「あ、全部聞いているんですね」
「当然。そして僕たちは君の警護を依頼されたのさ」
「だから職務質問してきたんですか」
「そうだよ。制服から確信持ってたけど、念のため名前の確認してね」
「そういう事だったんですね。それじゃあずっと俺の事を見てたんですか?」
「まぁね。でも僕たちだけじゃない。周りをみてごらん」
言われた通りに周囲を見回すと、誰も居なかった喫茶店には数人の客が居た。
イチゴパフェを美味しそうに頬張る小学生くらいの女の子と、それを笑顔で見守る若い母親。ノートパソコンを開きコーヒー片手になにやら仕事をしている、赤みがかった茶髪の巻き髪ツインテールの女性。
それぞれは点々と席についているものの、俺たちを囲んでいるようだった。
そして何よりの変化が、店主である。白髪のおじさんではなく、今は肩あたりまでサラサラの金色の髪が流れる、青い瞳のまだ若い人に変わっていた。
彼はこちらに気付くと、にこやかに小さく手を振る。
「あれ? 店の人が……」
「店の人だけじゃない。この建物に居るのは、全員僕たちの関係者さ」
「え……。じゃあ、さっき店の人を呼んだとして」
「意味なかったね。全員グルだもん」
クスクスと笑うが、こちらは全然笑えない。え? マジなのか? そんなヤバい組織なのか?
つまり現状は、万一の事があったなら、即座に取り押さえられるようにしていたという事だろうか……。
「どうしてそこまで?」
「本当なら大問題だからさ」
「何がです?」
「時間操作なんて、どうにでも悪用できる。僕たちでさえ押さえきれないほどにね」
「まさか、由香里さんを……?」
「いや、そこまでは考えてないさ。それに今は手を出すつもりもない。
それに、おそらく別ルートも動いているだろうからね」
「別ルート?」
「ウチの秘密兵器さ。まぁそれはいい。問題は君だ」
すっと柔らかい雰囲気が消え、一さんは真剣なまなざしで俺を見た。
「君が彼女と、その彼氏を助けるのは止めはしない。
けれどそれは、僕たちが君を助けられなくなるという事を肝に銘じておいて欲しい」




