15 旅は道連れ
「君は小説って読むかい?」
新幹線の中、朱色の髪の男は変わらず話しかけてくる。
寝る気にもなれなかったし、弁当も食べ終わって暇だ。なので俺は適当に話し相手になっていた。
「あまり読まないですね。マンガの方が多いです」
「そっか。どんなジャンルが好き?」
「んー。色々読みますけど、バトルがアツいのが好きですね」
「へぇ……。ミステリとかは読まないのかな?」
「あぁ、探偵モノとかも面白いですよね。事件ごとに分かれてるから、追いかけやすいですし」
「そうだね。週刊誌でも数話でいったん途切れるから読みやすいだろうね」
「ミステリ好きなんですか?」
「いや、今読んでる小説がミステリだっただけだよ」
「そうだったんですか」
何気ない話。寝入ってしまったお連れさんが話し相手になってくれないから、俺が代わりにしているだけだ。
ただ何となく彼と話していると安心感があった。決してチョコで餌付けされたわけではない。
なんだろう、話し方? それとも話の流れかな? 理由はよくわからないけど。
「その本面白いですか?」
「うーん……。普通。ミステリ小説の基本は押さえてるかな」
「基本?」
「そう。ミステリの基本。色々あるんだけどね、ひとつは謎を解決したら次の謎が出る事」
「あー、トリックは分かったけど、動機やアリバイが……、ってよくありますね」
「ドラマだと犯人だと思っていた人が途中で殺されたりだね」
「あー、それもあるあるですよね!」
「だよね。ふたつめは犯人は初期から出ている事」
「そういえばそうですね。いきなり出てきた人が犯人って事はないですもんね」
「それやっちゃうと物語として破綻しちゃうよね。
最後は地の文では嘘をつかない事。これはマンガじゃ分かりにくいかもね」
「んー、ピンときませんね」
「まぁ小説独自かもね。三人称視点で書かれたものだったら、セリフ以外に嘘が入ると読者は推理できないでしょ? だから嘘を入れちゃダメらしいんだ」
「確かに読みながら推理するのが楽しいんですもんね」
「そういう事だね」
彼は楽しそうに話す。うーん、考えてみれば弁当買う余裕もあったんだし、時間を潰せるようにマンガを買っておけばよかったな……。
あ、でももしまたループしたら、いずれ読みつくす事に……。いやいや、由香里さんを助けて今日を終わらせるんだからそれは大丈夫……。がんばらないと。
そんな俺の静かな想いを彼は知るはずもなく、話を続けていた。
「でもさ、そんなのフィクションの中だけだよね」
「えっ? 何がです?」
「いやさ、現実なんて犯人が探偵と最初から面識あるわけないじゃない?
いきなり出てきた人が犯人だって事の方が多いし、なんなら通り魔なら犯人と被害者も面識がないでしょ?」
「いやまぁそうですけど……」
「それに見ているものだって、見ている人の主観が入るから、思い込みや勘違いで地の文なんて嘘だらけだよ」
「そうですよねぇ……。んー、でもだからこそフィクションを求めちゃうんじゃないですか?」
「確かにそれは言えてるね。ま、現実はクソゲーだっていう迷言もあるくらいだしね」
「いやいや、それは言い過ぎだと思いますけど……」
「どうとらえるかは人それぞれ。けど理不尽な事が多いのは変わらないさ」
「……。確かにそうかもしれませんね」
突然襲い来る理不尽。まさにその最中にいるんだと、ふと思う。
もしこれがミステリマンガだったら、唐突に出てきた時間を巻き戻してる犯人や、推理のしようのない展開に非難殺到だろう。けれど、そんなものなんだ。だってこれは現実なのだから。
「ふぅ、少し話すぎたね。付き合わせて悪かったね」
「いえいえ、楽しかったですよ」
「到着までまだ少しあるし、俺も寝ておこうかな」
「えぇ、おやすみなさい」
「ありがとう。君も良い一日を」
よい一日を、か……。思えば最初の今日は割と良い一日だった。
いつか終わると割り切り、それに満足してずっと繰り返していたなら、今頃は学食で司のやけどする様子を見ている頃か。
その方が良かったかもしれない。繰り返す毎日を眺めているだけなら、どれほど楽だっただろう。
けど今は違う。今日を何度も繰り返すほどに追い詰められている人が居ると知ったから。
何ができるわけでもないかもしれない。けど、それを知って放っておくなんてできなかった。
新幹線の静かな車内に、終点の案内が流れる。外の景色は変わり、高層ビル群が俺たちを迎え入れた。
寝ている二人を起そうかと思い隣を見れば、そこに彼らの姿はすでにない。いつの間にか途中の駅で降りたのだろうか? 考え事をしていたから気づかなかったのかも知れないと、俺は一人列車を降りた。
そして在来線に乗り換え、目的地の駅へと向かう。初めて一人で来る場所で路線図をぐるぐる見回し切符を買えば、あとの移動は電車にお任せだ。
昼過ぎと言う事でそんなに混んでいなかったけれど、それでもなんだか落ち着かない。知らない場所、知らない世界に入り込んだと、雰囲気というか、空気の違いで感じ取ったのだ。
駅に着き、改札を抜ければ目的地まで歩いて行くことになる。駅からさほど遠くない公園だ。
街並みは高層ビル群ではなく、比較的背の低い雑居ビルやマンションなどが立ち並ぶ地域だった。
駅前には飲食店が多く、夜には仕事終わりの人たちで賑わいそうだなと思う。あまり計画的な開発がされていない雰囲気だが、実際に大通りから外れれば迷路のような道が張り巡らされているようだ。
そんな風にスマホの地図を見ながら、俺は目的地の公園へと歩みを進めていた。
そうしていれば、一人の男に声をかけられた。
「ちょっとそこの君、お話を聞かせてもらえるかな?」
画面から目を外し見上げると、二人の男の姿が目に入る。もちろんまだ昼なのもあって居酒屋の客引きでもないし、当然ながらナンパでもない。
というか俺制服だから客引きも相手にしないだろうし、男をナンパする男もいないだろう。
けれど、俺は二人の姿を見てすぐに目的が分かった。
彼らは水色の夏服が涼しげな、警察官だったのだ。つまり職質ってやつだ。
「えっと、何かありましたか?」
「いやね、見かけない制服だから気になってね。お話聞かせてもらえるかな?」
「あの、俺人を待たせてるんですけど……」
「じゃあ手短に。身分証……、そうだな、学生証はあるかい?」
「あの、えーっと……」
これは面倒な事になった。親にサボりだとバレないように着てきた制服が仇となったのだ。
もちろん何があったか言うわけにもいかないし、逃げると逆に長引く事になる。というか逃げ切れる気がしない。
「別にサボりでもかまわないさ。僕たちはセンセイじゃないからね。
名前だけ確認させてもらえればいいよ」
「……はい」
こうなれば素直に従うしかない。俺は生徒手帳を渡し、言い訳を考える。
そうだな、学校をサボって遊びに来たってのは……、ちょっと無理があるか。
そう、これはオフ会! ネットで知り合った友達に会いに来たって事にしよう!
などと考えていれば、さらさらと何かメモを取り、生徒手帳を俺に返してきた。
「はいありがとう。それじゃ、もういいよ」
「え?」
「危ない事はしない、遅くまで出歩かない。いいね?」
「はぁ……。え? それだけですか?」
「うん。別に悪い事してないんでしょ?」
「そうですが……」
「じゃいいよ」
「はぁ、お疲れ様です?」
かなりの肩透かしを食らったのだった。え? 職質なんて初めてだったけど、こんなもんなの?
まぁ、うん。面倒事に巻き込まれず良かったと思おう。頭を切り替え、俺は待ち合わせ場所へと向かった。




