14 出立
予想外の相手。今日を繰り返していた人物は声からして若く、そして丁寧な口調の女性だった。
相手は自分が今日を繰り返すループ能力の持ち主だと語り、米野由香里と名乗る。
「俺は筒井由伸と言います。えっと能力は……、よくわからないんです。
時間の巻き戻しによる記憶リセットを受けないとしか……」
『そうなんですか……。何度もご迷惑をかけてしまい、申し訳ありません……』
消え入りそうなほどに弱々しく、苦しんでいるような声だった。
こんな声を出す人が欲にまみれた理由でループさせているとは到底思えない。
ただ、どんな事情があるのか、それが一番に気になったのだ。
「あの、今日を繰り返している理由を聞いてもいいですか?」
『それは……その……』
沈黙がしばらく続く。かなり言いにくい事のようだ。
いやもしかして、大吉さんが提示した三つの可能性を思い出すと……。
「まさかとは思いますが、あなたの能力っていわゆる死に戻りだったりしますか?」
『死に戻り?』
「発動条件が死んでしまった時、そういう能力の事です」
『そうでは……ないです……』
「それじゃあ、由香里さんが自ら望んで巻き戻していると?」
『はい……。ごめんなさい……』
「あっ、責めてるわけじゃなくてですね……。でも何か大事な理由があるんですね?」
『それが……』
俺が問えば、由香里さんは言葉を詰まらせる。
そして電話の先からは、静かにすすり泣く声が聞こえてきた。
「だっ、大丈夫ですか!?」
『ごめん……なさい……』
「あの、理由は分からないですけど俺手伝いますんで! だから泣かないでください!」
『うぅっ……、ありがとうございます……』
「もし電話で言いにくいなら、一度会って話しましょうか? 由香里さんがよければですけど」
『そんな……。でも……、はい……。そうですね。ごめんなさい迷惑かけてばかりで……』
「気にしないでください! 困ってるなら手伝うって書き込んだの俺なんですから」
『ありがとうございます……』
「それで、どこで待ち合わせしましょうか? 俺向かいますよ!」
『はい……。場所は……』
告げられたのは予想外の場所だった。それは斉東区。ウチからだと新幹線で3時間かかる場所だ。
そして新幹線の駅まで家から1時間半、その後待ち合わせ場所まで向かう事を考えれば、合計5時間くらいはかかる場所なのだ。
いやまぁ、ギフテッドは世界に居るわけで、国内であっただけマシと言えなくはない。
けれどかかる時間を考えれば十二分に遠い場所だったし、金銭的にもバイトしてない高校生が、ちょっと行くかと思って行ける所ではなかった。
けれどだからと言って放っておけないし、なにより放っておけばこの繰り返す今日は終わらない。
由香里さんにカッコつけちゃったのもあって、俺は静かに決意した。
「行きます! 時間はかかりますけど絶対に行きます!」
『ごめんなさい……。わたしのわがままで……』
「いいんです! なんとかしますから! 5時間後……、えっと2時に待っててください!!」
『えっ……。もしかして筒井さんって……』
「心配しないでください! それじゃまた後で!」
俺は由香里さんが何か言おうとする前に、さっさと電話を切った。
成り行きでこうなったとはいえ、助けるって言ったんだから覚悟を決める。
きっと由香里さんも何度も繰り返して、そのたびに挫折して……。それでも必死に未来を変えようとしているんだ。そんなひたむきな様子が、電話越しに伝わって来たんだ。
だから、どれだけ大変な事であってもやり遂げる。それは俺がこのハズレ能力を引き当てたのも、きっと彼女を助けるためなんだって、そんな風に思えたから。
俺は学校に行くていで家を出るため、制服に着替え、そしてカバンにあるものを詰めた。
それは俺の机の引き出し最下部最奥に眠る埋蔵金……。
バイクの免許が取れるようになったら、講習とバイクの頭金にするために貯めていたお年玉。
正直使うのはためらったけど、これ以外にツテはない。
考えようによっては、バイクで遠出するのも新幹線で遠出するのも結果は変わらない。
そう自分に言い聞かせ、埋蔵金の眠る箱が入った鞄を抱え、家を飛び出した。
通学時間を大きく超えたバスは人もまばらで、乗り換えの電車もすいていた。
いつもは降りる学校の最寄り駅を過ぎれば、ゆっくりと外の景色は流れてゆく。
学校をサボるのも今回が初めてじゃない。いっそ旅行だと思おう。
これから終わらない今日を終わらせに行くという緊張感を、そんな風に考えて落ち着かせようとしていた。
そんな時だった。俺の電話に着信が入る。相手は司だ。
人が少ないとは言え、周りの迷惑にならないようにと俺は電車の連結部へと向かい、電話に出た。
「悪い司、今電車なんだ」
『あぁ、向かってるのね。完全に遅刻だね』
「あ、いやそうじゃなく……。えっと、さっき言ってた人と会う事になった」
『……は? え? どこまで行くの?』
「斉東区」
『遠っ!! いやいやそれよりも会うとか危なくない!?』
「いや、困ってるみたいだったし……」
『だからって相手どんな人か分かんないんでしょ!?』
「えっと、若そうな女の人。それに困ってるなら手伝うって書かせたの司だからな?」
『いや僕はそんな事言ってない……。え? まさかアレって本気で?』
「嘘ついてどうすんだよ。とりあえずもう切るな。何かあったらメッセージで……」
『待って待って、とりあえず最後に一つ!』
「なんだよ」
『お土産よろしく』
「はい!?」
言いたい事だけ言って司からの電話は切れた。いやお土産って……。まぁいいけど。
しかしお土産を渡すとしても、無事このループを抜け出さなくてはいけない。
司のリクエストを消化するためにも、なんとか由香里さんの悩みを解決しないとな。
俺は電車の終着駅、あのゴーレムの下の駅へと着けば、そのまま地下鉄に乗り換える。
そして街を一直線に北上し、新幹線の駅へと向かった。
駅は旅行客やビジネスマンが行き交い、俺のような学生が一人で歩いていると少し場違いな感じがする。
かといって挙動不審だったらさらに浮いてしまうし、旅行客に紛れるためにも駅弁を買ってそれっぽい雰囲気を出しておこう。
なにより朝から何も食べてないのもあって腹が減ってるからな。向こうでゆっくり昼めしを食えるとも限らないし。
うん、これじゃあホントに旅行とかわらない。帰りはお土産持ち確定だしなおさらだ。
おかげで緊張感がちょうどいい感じにほぐれたけどな。
そうして慣れない手つきで新幹線の切符を買い、俺は自由席の三列シートの端へと座る。
意外と車内はすいていて、座れたのは助かった。なにせ長い旅路になるのだから。
どっしりと座っていると、隣の空いた席へ二人の男がやってきた。
「隣いいかな?」
「あ、はいどうぞ」
他の席もあったが、どうして隣に座って来たのだろうか。
まぁ、まばらとは言え他に客がいるから、二人で隣同士になれるのがここだけだったのかもしれない。
俺の隣に座ったのは、朱色の髪を後ろで一つに束ねた20代前半くらいの男。そしてその隣は、体格のいいもう少し年上そうな黒髪の男。
服はラフな格好で、持っているのは小さなカバンだけ。ビジネスマンではなく旅行客と言った雰囲気だ。
だけど大きな荷物は持っていないし、旅行客とも違う気がするな。おかげで荷物に邪魔される事なく過ごせたので、俺としては助かったけど。
朱色の髪の男は、座るとすぐに文庫本を広げ読みふけっている。
そしてもう一人はうとうとしはじめ、そして本格的に寝入ってしまった。
そんな中、俺は少し遠慮気味に駅弁を広げる。
「おいしそうだね。君は一人? 旅行にでもいくのかい?」
「えっ、はい、一人です。少し用事があって……」
「そうかい。気を付けてね」
「あの、匂いさせてしまってスミマセン」
「あぁ、そういうわけじゃないんだ。ただ少し喋り相手が欲しくてね」
「あ、そうなんですか……。お二人は旅行ですか?」
「んー、仕事……かな。ほとんど趣味みたいなもんだけどね」
「そうなんですか。お疲れ様です」
「そうだ、これ食べるかい?」
男はごそごそと持っていた小さなカバンからチョコレート菓子を取り出し、俺のテーブルへと置く。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。俺はチョコが好きでね、常備しているんだ」
「そうなんですか。俺も何か持ってきてたらよかったんですが……」
「気にしなくていいさ。ただの気まぐれだからね」
彼は静かに笑った。もしかして、寂しそうに見えたから相手してあげようって思われたのだろうか。
まぁ、俺も着くまでは暇だから別にいいんだけど。




