11 ため息と朝
ピピピ……、というスマホのアラーム音で目を覚ます。
止める流れで日付を確認すれば、また今日が始まった。
昨日……。いやひとつ前の今日、山盛りのトンテキに胸焼けを起した後の別れ際の言葉を思い出す。
「もし本当に誰かが今日を繰り返しているのなら、必ず何かが違うはず」
そのヒントを元に、俺は家に着くまでずっと調べ物をしていた。
いや、正確には家にはたどり着けず、また電車の中で朝を迎える事になったのだが……。
だがそれで分かったのは、ループの時間は一定ではない事だ。そして短くなっているわけでもない。
正確な時間を確認できてはいなかったけれど、大体夕方から夜にかけてそれは起こるらしい。
おそらく夕方4時から5時くらいの間だろう。
だがそれでも、最初の発生の方が遅かった。確か風呂に入っていたから、夜の7時ぐらいだった。
つまり制限時間は12時間もないわけか……。わかった事はそれくらいだ。
あとはニュースサイトなんかで記憶と違う事を探したけれど、それらしきものは見つけられなかった。
正直ニュースサイトの「でんしゃ ちえん ぴえん かえれん」という、妙に韻を踏んだコメントに全部持っていかれた感がある。
ともかくだ、何度も繰り返すなら今日は普通に学校に行って、それでまた違う所探しをした方が多少なりともマシだろう。
何かに気付ければよし、ダメなら繰り返している人が飽きるのを待とう。
といっても、誰かが繰り返しているというのも推測でしかないのだけど。
重い体を引きずり、リビングへと降りる。そこにはまた同じ光景が広がっていた。
朝の情報番組、妙に目鼻立ちの良いイケメンギフテッド。そしてすんなり起きてきた事に驚く両親。
『今日のギフテットさんは、斉東区消防局にお勤めの、高田和大さんです』
パンをかじりながらそう伝えるテレビを見る親父。
適当におはようと言って、牛乳だけ飲んで俺はさっさと家を出た。
あと何度繰り返すか分からないし、話す事もないなと思ってしまう。
それすらも次のループでは忘れられてしまうのだから。
俺は学校に向かう途中も、本当に何万回と繰り返してしまうのではないかと不安になった。
ずっとこのままだったら……。不自由はしないけれど、色々ダメになりそうというか、正気で居られる気がしない。
教室の扉を開け、いつもの風景を見て、変わらないと思っていたあの日々が、本当の意味で変わらない。
そして、誰とも俺にとっての昨日を共有できないのだ。それは、ひどく寂しい事だと思う。
席に座り、ドサリと鞄を置く。そしてため息と共に、カバンをまくらに俺は机に突っ伏した。
「おはよ。どしたんよっしー? 今日はえらく早いじゃない」
「今日も、な。あ、昨日はサボったか」
「へ? 昨日も来てたじゃないか」
「こっちの話」
この司も、俺に大吉さんを紹介してくれた司でも、もちろん天そばで舌をやけどした司でもない。
見た目も性格も、全てが同じだけど別の司だ。助けを求めれば応えてくれるだろう。親身になって聞いてくれるだろう。
けれどその事さえも、次の今日にはすべて無かったことになるのだ。
そう考えてしまうと、またため息が漏れた。
「朝から辛気臭いなぁ。こんな清々しい天気なのに」
「そーだな」
「……。なんかあった?」
「…………」
司が悪いわけじゃない。けれど説明してもどうせ忘れるんだ。
そう考えてしまうと、説明する気も削がれてしまった。
だから俺は、今までしなかった話を振った。
「司はさ、一日を繰り返す能力があったら何する?」
「唐突」
「もうそれ何回目だよ……」
「ん? どゆこと?」
「まぁいいから。何する?」
「んー、そうだなぁ……」
顔を少し上げ司を見れば、窓の外の晴れ渡る景色を見ながら耳をピンと立て、想いを馳せているようだった。
ちらりとこちらを見た司と一瞬目が合い、そして少し恥ずかしそうに続けた。
「好きな人に告白……、とか」
「えっ……?」
「いやほら、ダメだったらやり直せるんだろ?」
「あっ……、うん。そうだけど」
なにこれ気まずっ!! いやまぁ、いいんだけどさ。
えっとこういうのなんて言うのが正しいか……。
「なにさ?」
「いやほら、えらくロマンチスト……? だなって」
「なんでそこ疑問形?」
「いやなんか違うな。えっとほら……。腑抜け?」
「おい。せめて奥手と言え」
「そうそれ! 奥手!」
気まずさを誤魔化すように笑えば、司は鼻で笑って俺の目をのぞき込む。
え? なにそれ怖い……。やっぱ怒ってる?
「で、何があった? わざわざ早く来て聞く事じゃないよね?」
「あー、いやその……」
なんでこれで気づく!? 察しがいいとかいうレベルじゃないぞ!?
いやホントは気付いてないかもだけど、今のってそんなにおかしかったか?
ともかく、気づかれたっぽいのなら白状するしかない。
まぁ、最初から司には頼りっぱなしだし、今さら誤魔化す気もないんだけど。
そうして場所を変え、周囲に聞かれないように今までの事を話す。
そうすれば司は、何がおかしいのかクスクスと笑い出した。
「いや笑い事じゃねぇよ! てかなんで気づいたんだよ!?」
「そりゃよっしーが早く来るだけで天変地異の前触れかと思うでしょ?」
「そこまでか!?」
「それに、変な話するのはいつもの事だけど、今日は雰囲気違ったからね」
「そんなにいつも変な話してるか!?」
「ギフトの話する時は大抵変な妄想入ってるじゃん?
ま、何を変と思うかは人それぞれだけどね」
司はひとしきり笑った後、ふぅと呼吸を整えて続けた。
「で、今回のは冗談かな? それとも本気?」
「お前信じてないな!?」
「いきなり信じろってのが無理な話だよ?」
「でも証明なんてどうやって……」
「僕が知ってて、よっしーが知らないはずの事を言い当てられれば本物じゃない?」
「それならギフトの研究してる人の事知ってるから十分じゃないか?」
「大吉さんは所長だよ? その界隈では名の通った人だもん、不十分だね」
「そうなのか。俺が知らなかっただけか……。
あっ、それなら俺、大吉さんの電話番号知ってるけど」
「研究所の番号なら調べれば出てくるよね?」
「俺がそんなの調べるような、マメな奴だと思うか?」
「思わないけどね。でも証拠が無いと確信を持てないのは当然でしょ?」
正直面倒だ。いや、司がこういう理屈っぽい奴だってのは知ってたし、何より本気で俺の能力を考えているからこそこういう事言っているのは分かる。
冗談だと思っているなら、適当に流して終わりにすればいいのだから。
しかし証明がこんなに難しいとは……。あの所長の大吉さんが、合言葉を設定した理由がよく分かった。
「あっ、合言葉!」
「合言葉?」
「うん。大吉さんが俺に合言葉教えてくれたんだよ」
「へー。で、どんなの?」
「それは……。二人だけの秘密にしろって」
「じゃあ所長に電話してみようか?」
「迷惑じゃないかな? って、昨日もこの時間に電話してたか」
「その昨日って言い方混乱するんだけど……。まあいいや、やってみようか」
俺は自分のスマホを取り出し、昨日電車の中で必死に覚えた番号を入れる。
その様子を見ていた司は、ばっと俺の手首を掴んだ。
「……これ、所長の個人の電話番号じゃん」
「へ?」
「まさか本当だったなんて……」
どうやら司は、俺が知っているのは研究所の電話番号だと思っていたようだ。
本当に半信半疑だったらしく、司は顔を青ざめさせて謝ってくる。だから最初から言ってたのにな。
まぁ俺も、急にこんな話されてすぐ信用できるかって言われたら、絶対無理だから責める気にはならないけれど。




