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新人類

作者: 泉 羅卯

 自然に目が覚めた。いつもそうだった。女は、隣のベッドで眠っている夫を起こさないよう気遣いながら、身支度をした。

 台所に立つと、朝食の準備に取り掛かる。

 この日は、息子の遠足があった。朝食を作りながら、お弁当のおかずも用意した。朝食とお弁当が同じおかずでは可哀想。そう思って、朝食は和風なものに、お弁当は洋風なものにした。

 朝食の準備が整うと、夫と息子を起こした。二人を食卓に座らせ、二人の前に温かい食事を出す。そうしてから、女はその場を離れる。

 女は寝室に向かった。部屋に入ると、夫が会社に着ていくものを用意した。ワイシャツ、スーツ、ネクタイ――。それらをベッドの上に並べてから、一度食卓に戻る。そして、夫と息子のごはん茶碗にお代わりをよそうと、今度は玄関へ向かう。

 シューズラックから夫の革靴を取り出し、靴墨を使って丹念に磨いた。ぴかぴかに磨き上げ、玄関にうやうやしく置くと、その隣に、息子のスポーツシューズを並べる。

 慌ただしく出かけていく夫と息子の背中を見送ってから、女はようやく食事をとる。けれど、ゆっくり休む間もなく立ち上がり、食器を洗う。それも終えると、家の掃除を始める。

 掃除が終わったら、洗濯だ。それが終わるころには、もう十一時を過ぎていた。

 女は買い物のために家を出た。夕方に買い物に出かけてしまうと、学校から帰ってくる息子を迎えることができない。そう思って、夕食のための買い物は、昼時に済ませてしまうのだった。

 午後も、女は家族のために時間を使う。

 息子のためにおやつを作った。この日は、息子の大好きなチョコチップクッキーを焼くことにした。出来合いのものを食べさせることに抵抗があった。生地から丁寧に作った。

 それが仕上がったら、今度は夕食の準備だ。この日は、夫の大好きなカレーを作ることにした。出来合いのものを食べさせることに抵抗があった。カレールーから、丁寧に作った。

 息子が帰ってきた。学校であったことを、息子は話した。女は笑顔で聞き入った。

 息子が話し終えると、おやつを食卓に並べた。そして、彼が食べている様子を、笑顔で見つめた。

 夕飯の支度をしながら、風呂の用意をする。夫は、食事の前に風呂に入るのが、常だった。そうしていると、夫が帰ってきた。夫からスーツを受け取ると、丁寧にブラッシングをした。それを終えると、玄関に脱がれたままの革靴にも、ブラッシングをした。

 夫が風呂から上がる時間を見計らい、夕食の最後の仕上げに取り掛かる。息子の宿題を見てやりながら、湯気の立つ料理を、食卓に次々と並べる。

 夕食を終えると、再び食器洗いだ。夫が手伝おうとしたが、それをやんわりと断った。仕事を終えて疲れている夫には、夕食後のひとときを、くつろいでほしかった。そして、息子との時間を大切にしてほしかった。夫は、女の望んだ通り、息子と楽しげに話していた。

 息子を寝かせてから、女は家族の中で最後に風呂に入る。いつもそうだった。けれど、ゆっくりはしていなかった。風呂場の汚れが気になると、その場で掃除をしてしまうのだった。この日もそうだった。ひどく長い風呂から上がると、夫が怪訝な顔をしていた。


 ある日、女のもとに雑誌社の記者が訪ねてきた。

 記者は、「新しい女性像」についての特集記事を書いているという。女の日常を知人から聞き、是非、雑誌で取り上げたいと言った。

 女は、

「特別なことではありません」と微笑んだ。

 そんな女の言葉に、納得がいかなかったのか、女性記者が問うた。

「家族のために立ち働いてばかりでは、自己実現は叶わないのでは? 女性は皆、自己実現を望むものでしょう?」

 すると、女は答えた。

「家族の幸せが、私の幸せなのです。家族を幸せにすることが叶うのなら、自己実現そのものなのでは?」

 そして、微笑みながら、記者の顔を見つめ、

「私以外の者に、家族を幸せにすることができるでしょうか」

 女は、いいえ、できないのですわ、と言った。



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