憤怒の種
「私は皇帝直属近衛魔装兵序列2位のラウムよ、よろしくね」
それだけ言うと既に興味を無くしたのか解析データをガン見してブツブツと思案し始めた。
エレオノーラはコクウにクルス達の安否確認に向かわせるとリノアとコソコソ話をする。
「おいどうすんだ?さすがに帝国の盾2人とやりあうのは無理だぞ?」
「ひとりでももう無理だもんねぇ。でもでもラウムって人は参加する気ないみたいだよ?今のうちに弱ってる硬い亀くんだけでも潰しときたくない?」
「いやお前、アルマース潰したら絶対次はラウムが来るだろ」
「確かに……隙見て場所移動する?」
「それができたら苦労しねえよ。さっきでも無理だったのに今は更にクルス達担ぎながら移動ってなるとな……」
「絶望的だねぇ」
「獅子神様に助けを求める事はできねえか?」
「無理無理。念話も繋がる気配ないし、第一リオンはそんな優しくない」
「ぐっ、たしかに」
リノアとエレオノーラが作戦会議に夢中になっていると案の定前方から怒気を帯びた声が聞こえ、2人とも顔を向ける。
「何コソコソ喋ってやがんだ雑魚ども!死ぬ準備はできたか」
「血だらけで何強がってるのよ。しかもラウムって人に助けまで求めてダサいっての」
「雑魚はテメェの方だろうがクソ野郎が!」
「クソがァァ!!殺す!もう手加減は無しだ!全力でぶっ潰してやる!」
低空飛行の会話に低沸点の存在が激昂し、アルマースの身体から歪な金属音が鳴り始めるとラウムがボソリと言葉を投げ込む。
「30%までにしなさい」
対してアルマースは聞いているのか不明な程微動だにせず形だけ変えていく。
先程まで3mの全身ゴツゴツの金属体だったが今は2mの全身ツルツルの滑らか金属体になっていた。
顔に目や鼻、口が本来ある場所ものっぺりツルツルしている。
黄金に輝くその身体を興味深そうにリノアが見ていると突如横からの衝撃に壁に叩き付けられる。
しかしそこまでの衝撃ではなかったのか軽く咳き込み隣の命の恩人に感謝する。
「けほっけほっ、助けてくれたんだろうけど、次からはもっと優しく助けてよ」
「そんな余裕がある訳ねえだろ!」
「何が起こったの?」
「分からねえ。とにかくヤバい感じがしたから反射で動いた」
「お前等、無事か?」
「コクウさん、クルスさん達は大丈夫?」
「あぁ、気を失ってるだけだ。今は部屋の外に隠したから心配いらない。それでこれはどういう状況だ?」
「エレナがあの人煽ったら起こっちゃったの」
「リノア、お前も煽ってただろうが!ッ!?なんかくるぞ!」
コクウへの説明もそこそこにエレオノーラが注意を呼びかける。
チラリと通り過ぎたであろう存在に視線を向けると壁が一部消し飛び少し風通しがいい部屋になっていて、元凶は振り抜いた拳を戻しゆっくりリノア達に向き直った。
先程まであんな低次元な会話をしていたアルマースだったが今は一言も喋る事はなく、次の行動に移ろうとしていた。
アルマースは拳で砕いた壁面を潰し、それをリノア達に振りかぶって投げようとしていた。
その技を身をもって体験している2人はすぐに回避動作に入る。
コクウもエレオノーラにピッタリ息を合わせ移動する。
少し違うのは以前は石ころサイズだったのだが今は握り潰した事で砂状になっている点だ。
既にアルマースの手から解放された砂粒がリノア達に迫り、回避する3人を撃ち抜いていく。
位置関係的にリノア達の後ろでパネル盤を見ているラウムとアングラハムにアルマースの砂弾が直撃コースだが、ラウム達3人とも特に気にした様子もなく、彼女が手で空を撫でると途端に力を失ったかの様にサラサラと砂弾はただの砂に戻り床に落ちていった。
リノアとエレオノーラ、コクウは身体の末端を多少撃ち抜かれたがすぐさま体勢を整えアルマースが居た場所に視線を向けるがそこには既に誰も居らず直後先程とは比較にならない程の衝撃を受け、壁にめり込んだ。
リノアは咄嗟に弓を盾に使うが強度が足りず、へし折られ気を失った。
コクウは両腕をクロスして防御したせいか両腕をへし折られ部屋の外まで気を失った状態で飛んでいった。
エレオノーラは獣化状態の左腕を犠牲にする事で意識は保っているが反動で獣化は解け、左腕はぐちゃぐちゃになっていた。
アルマースがリノアを一瞥し、意識が無い事を確認すると興味を失ったのか次に視線を移す。
そこにはギリギリと歯を食いしばり憎悪に目を濁らせるエレオノーラが射殺さんばりに睨んでいた。
しかし今の状態のアルマースは言葉も感情も表に出す事なく意識がまだある方のエレオノーラに追撃を実行する。
大振りな右ストレートをギリギリ回避するエレオノーラ、反撃を試みようとするも即座に膝蹴りが彼女の顎を打ち抜いた。
血を吐きながら骨が砕け、衝撃で浮き上がったエレオノーラの足を掴んだアルマースはそのまま地面に叩き付けた。
ゴンッと鈍い音が響き、凹んだ地面には意識を飛ばしたエレオノーラが落ちていた。
アルマースは彼女の顔を覗き込み観察していた。
暫く見ていると不意にピクリとアルマースが反応する。
視線の先では目を開いたエレオノーラが未だ怒気と憎悪を瞳に宿し睨んでいた。
その姿を確認したアルマースはスッと足を上げ頭を潰そうと振り下ろそうとすると、トントンと軽い音がしてよろめきながら数歩後退する。
「ごほっ、エレナは、やら、せない、よ」
リノアの弱々しい声に反応したアルマースが視線を彼女に移し、次に自らの胸元を見る。
短剣が2本根元まで刺さっていた。
無造作にその短剣を引き抜き、雑に地面のエレオノーラ投げると左腕に2本突き刺さった。
呻き声を上げるエレオノーラを一瞥する事なく再度アルマースは自らの胸元を見ると、そこからは血が一滴も出ておらず傷も数秒程で埋まった。
追撃を再開するため砕けた地面の欠片を掴んだアルマースはゴリゴリと手で更に細かく粉砕するとリノアに向き直った。
その様子を下から見ていたエレオノーラは焦燥に駆られる。
(動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け!!!また失うのか!俺は!!クソクソクソクソクソクソクソクソ!動けよ!!俺はどうなってもいい!だから!だからアイツだけは!もう俺の前で大切な奴が死ぬのは嫌だ!!動けよクソが!!!憎い!殺す殺す殺す殺す殺す!!!)
指先ひとつ動かない身体が軋み、痛みを憎悪で塗り潰し、目の前の存在を殺す勢いで立ち上がろうとするが自身に無情にも裏切られる。
スローモーションの様にアルマースが振りかぶるのが見えるが無力にも動かない身体。
抑えきれない憎悪と殺意で目の前が赤く染まると同時に突如として世界が止まる。
最初エレオノーラは何が起きたのか理解できなかった。
アルマースが止まり、リノアを見ると不自然な体勢で止まっている。
声を出そうにも自身も動かない。
しかし意識は通常運行している事に混乱していると突如パキッとガラスが割れる様な音が頭の中から聞こえると無機質な声が響く。
『範囲内における憤怒の種の適合者を検知』
『発芽シーケンスを開始』
『保有値測定中………………………数刻前より7point上昇を確認。閾値突破確認』
『継続して意思確認並びに適合値検索、測定、解析…………………完了。種族名:獅子人族 個体名:エレオノーラ・レーベによる了承確認。適合値は前適合者、種族名:アビスキマイラ 個体名:リオンの血を体内に確認。それによる補正効果により再計算開始………………適合値突破確認』
『個体名:エレオノーラ・レーベの身体損傷率85%を確認。強制発芽による存在消滅率99.9999……999%』
『実行しますか?』
気になる事を色々な角度から無機質に淡々と語る存在だが、最後の言葉は看過出来ず心の中で叫ぶ。
(するかボケ!!つか誰だテメェ!!)
『個体名:エレオノーラ・レーベの拒絶確認。次案を模索中……………完了』
エレオノーラの拒絶だけ認めた無機質な声は再び彼女を無視し独り言ちる。
『個体名:リオンの爪より作成した短剣を3本検知。これを触媒として使用し強制発芽推奨』
『存在消滅率再計算………………20%に減少確認』
『周囲に戦闘の痕跡確認。継続中と判断。緊急措置としてフェーズ並びに再起動スキップを開始。身体負荷を憤怒の種から消費…………………完了』
『発芽後即時戦闘開始可能となりました。強制発芽開始します』
(おい、俺の意思は無視か、ッ!?がっ、)
エレオノーラの言葉を待たず強制発芽を開始すると突如始まった激痛に意識を飛ばした。
しかし時が停止した中では戦闘中であろうと特に問題はなく痛みを忘れられた分気絶した事は彼女にとって幸せだったのかもしれない。
『憤怒の種の発芽確認』
『個体名:リオンの爪により作成された3本の短剣を個体名:エレオノーラ・レーベの体内にて触媒使用後、接合完了。相互中和確認。拒絶反応無。スキル損耗率0%。意識混濁有。完了』
『神眼の宝杖の神力残1%。まもなく空間固定が解除されます』
『個体名:エレオノーラ・レーベの意識回復を確認』
『全て完了』
『観測開始』
無機質の声が言い終わるや否や再度パキッと音がして世界が動き始める。
それと同時に更にバキッという音と男女の悲鳴が聞こえるが、現在当事者はというと混濁する意識の中でも分かる程の身体の軽さと万能感に陶酔していた。
しかしすぐにその心地良さを上回る程の憤怒が全身を支配し、無意識に目の前の存在を切り飛ばした。
「ガアアアァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
響いた咆哮は獅子というより竜に近いものだった。




