天翼人族
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
薄暗い洞窟の中を荒い息遣いだけが響き渡る。
どれくらい走っただろう、長時間走っているからか綺麗な金髪が滴り落ちる汗によって肌に張り付き、少女は不快感を加速させ乱雑に髪を掻き上げる。
かなり前から肺は悲鳴を上げ、貪る様に酸素を欲しがり浅い呼吸を繰り返すが唇や手足には徐々にチアノーゼの反応が散見され始める。
気を緩めると足から崩れ落ちそうな程疲弊しているが、止まるな!走り続けろ!と少女の脳が信号を出し続け、脈動が全身を叱咤する。
気を紛らわそうと耳を澄ますと後方から怒号とも取れる話し声が聞こえる。
ズキズキと足裏が痛み、見ない様にしていたが無意識にチラチラと足を確認すると血だらけの素足を認知してしまい痛みが鈍く広がり、全身を鉛の様に重くしていく。
それに追い討ちを掛けるかの様に現在いる場所は普段の雰囲気と異なり耳が痛い程静寂に包まれていた。
「なんで……なんでなの……ここは、ダンジョンの筈なのに……なんでどこにも魔物がいないの……。このままじゃいつか追いつかれちゃう」
弱っていた心に追い討ちをかける様に意識してしまった痛みがガリガリと心を蝕み、更には当初の目標から想定外のこの現状に遂に少女は弱音を吐露してしまう。
偶然にも運搬途中の少女は一瞬の隙を突いて逃げ出したのでここ等一帯の土地勘が全く無く、少女が追手を撒く為に咄嗟に入ったのがこのダンジョンだ。
夜目が利く彼女と違って追手の人族にこの暗さは灯りがないと周囲は見え難いし魔物も誘導すれば物陰に隠れる事によって振り切る事が可能だと考えていた。
しかし実際蓋を開けてみれば追手に魔法士がいたのか周囲は照らされ昼間の様な明るさになり、魔物は何故か姿を現さない始末だ。
少女は荒い息を吐きながら周囲を観察するがここまで魔物とは1匹も遭遇はしていない。
気配は感じ取れるものの何かに怯える様に物陰に引っ込んでしまっているのだ。
追われている事実と作戦が上手くいかない事、ここまで休まずに走り続けた事で少女の体力気力共に限界が近付いていた。
しかしUターンをする選択肢も今は出来ないので必然的に奥へ奥へと階を下っていく。
更に走り続け痛みが麻痺し足の感覚が無くなってきた頃、遠くに巨大な門が見え始めた。
(あ、あれは……最奥の部屋まで来てしまったのね……。もう、これ以上は逃げられない……。この部屋にはダンジョンの主がいるのよね。タイミングを見計らえば追手と主をぶつける事が出来るかもしれない)
扉の前に辿り着き、漸く立ち止まると乱れた息を整える為に深い呼吸を繰り返す。
暫く呼吸を繰り返し徐々に落ち着きを取り戻し浅い呼吸に移行するくらいには回復してきた頃不意に遠くから声を掛けられる。
「おいおいおい、げひゃひゃひゃ、追いかけっこはもう終わりかぁ?」
少女の背中に品性をどこかに捨ててきた様な下卑た笑みを浮かべた男が言葉を投げかけてきた。
「ソイツは大事な商品だ、これ以上薄汚れて価値を下げたくない。早々に回収するぞ」
最初に話し掛けてきた男の他には同様の品性下劣男が3人ニヤニヤしている中、リーダーらしき男が無愛想に指示を飛ばす。
(クッ、……もう悩んでいる暇なんてない!)
少女は追手の男達に背を向け力いっぱい扉を開けると中に飛び込む勢いで走り込む。
(ダンジョンの主は……中央に居るオーク1匹……どうにか逃げながら注意をアイツ等に向けさせないと)
立ち回りを考えながら扉から離れる様に壁際を走っていると男達も扉を通過する。
(よし!このままアイツ等を、ッッえッ⁉︎)
思い通りに状況が動いたと思った瞬間轟音が扉付近を中心に響き渡る。
振り向きながら男達を観察していた少女には轟音の正体も分かっていたが理解するにはもう少し時間が必要だった。
(えっ?な、なに、あれ……。光魔法?あの中の誰かの仕業?いえ、アイツ等も慌てているから違うわね……どうなってるの)
そのまま少し考えていると少女の背中にゾクリと怖気が走りバッと振り返ると、そこには先程まで中央に居た筈のオークが目の前におり少女を見ている、いや頭の先から足の爪先まで一通り観察している風に感じた。
オークは一通り見終わると背中を凝視し始めた。
少女は暗闇の中でも輝く金髪に瞳は不思議な事に角度により様々な色の輝きを放っており、更にはオークをして釘付けにしてしまう程の特徴があり、背中から一対の純白の翼がバサリと羽ばたいていた。
しかしそれ等の輝きを穢すかの様に燻んだ銀色の首輪や手枷、足枷をしていた。
観察されている間、少女は蛇に睨まれた蛙の如き状態で恐怖が全身を支配し冷や汗が止めどなく流れ落ちる。
(い、いや、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。動けば即座に殺される。嫌嫌嫌嫌嫌まだ死にたくない。このオークは普通じゃない!い、いや、死にたくない……)
死への恐怖で身体が震え歯がカチカチと鳴るが結局その場から動く事も出来ず、死へ抗う事すら消し飛び現実逃避するかの様に目をギュッと瞑る。
それからどれくらいの時間が経ったか、数時間?数十分?もしかしたら数秒かもしれない。
グチャグチャにかき混ぜられた思考の中で少女は未だに自分の身体が熱を持っている事、浅いながらも呼吸を繰り返し心臓がドクドクと脈打ってる事に安堵と疑問を抱き恐る恐る目を開き絶句する。
なんと目の前のオークは腕を組み顎に手を当て、知性がある様な素振りを見せ理知的な瞳を少女に向けている。
(な、なに、こ、このオークには知性があるの?そんな魔物聞いた事ない……。特異個体のオークなの……?)
少女が考え事をしていると不意にオークが視線を追手の男達に向けた。
男達はまだこのオークの異常性に気付いていないのかニヤニヤと下劣な笑みを浮かべながらそれぞれの武器を握っている。
ここにきて少女が望んでいた魔物と追手がぶつかり合う構図が成り立ったのでオークの注意が男達に向いている隙をついてこのダンジョンから脱出しようと画策していると突然少女を囲む様に光の障壁が現れる。
「えッ⁉︎嘘でしょッ⁉︎出して!出してよ!!お願い、出してえぇぇぇ!!お願い……だから……出してよぉぉぉ……」
バンバンと光の障壁を叩くがびくともしない壁に遂に少女は恐怖と絶望に膝を折り地面にペタリと座り込むとボロボロと泣き始めてしまう。
「グオオオオォォォォォォォォォォォオオオ」
突如オークが怒号を上げ男達に向かって歩いて行った。
その際に全方向に殺気が撒き散らされ、未だにボロボロと泣いていた少女の意識をあっさりと刈り取られ、視界がぐるりと回転したと思ったらブレーカーが落ちた様にブツリと真っ暗になった。
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ここはダンジョンボスの部屋内、定期的に湧き出るダンジョンボスを野菜の収穫の様な気楽さで刈っていた時ふと思う。
(ワンパターンで飽きたな……)
何十回かダンジョンボスごっこをした黒獅子がそう考えていると何故か念話に変換され全員に伝わる事になる。
(はぁ〜……なに当たり前の事言ってるのよ……。ここは初心者向けダンジョンなのよ?この部屋まで来るくらいだからそこまで初心者では無いかもしれないけれど、貴方が満足する相手ではないわよねぇ)
背中に現れた山羊顔だが妖艶な声を頭に響かせる悪魔、ツバサが呆れながらも答えてくれた。
(リオンはバカだもんね〜)
(バカだけどそこも可愛いよ〜)
脳内にキャッキャと幼い声が木霊するが紳士で大人な黒獅子は人化した時にデコピン数発で勘弁してやろうと心に決め、戯言をスルーする。
(そうなんだよな……何組かマシな奴等は居たけどミスリル級以下だった気がするな。雑魚は雑魚でもやっぱ連携すると戦力が加法じゃなくて乗法になるのが面白えよな。まあ指数関数的に上がる訳じゃねえけどな……つーことで上級者向けダンジョンに行くかぁ……んあ?切りが良いって事で今来てる奴等で最後にしとくか)
以前魅了していた情報収集用のハエなどの小虫がガイアに真っ二つにされた時に全て解けてしまい困っていたが、今ではダンジョンに入り込んだ新たな虫達を魅了したので以前と変わりない情報収集が可能になっている。
そんなリオンはこのボス部屋に向かってくる存在を感知したのである。
(でも何か様子が変だな、1人だけ先行してるが斥候か?……まあいいや、すぐに分かるだろ)
思考を放棄した黒獅子の周囲の空間がグニャリと歪み、次の瞬間には3m程の大きさにでっぷりとした体型で豚顔の魔物、オークに擬態していた。
(ねえ〜ねえ〜リオン、何でいつもこの豚さんに擬態するの〜?豚さんが好きなの〜?リオンは豚さんだったの〜?わたしは豚肉大好きだよ〜じゅるり)
ぶたぶたと煽ってくるオピスを人化したらデコピンを追加しようと固く誓う大人な黒獅子さんは紳士的に対応する。
(んな訳ねえだろバカかお前。俺は豚さんじゃなく獅子さんだ。豚はなるんじゃなく食うのが一番だからな。そういやオーク肉がかなり溜まってきたから今日は焼き豚祭りだな)
((わーい!))
焼き豚という単語に食い付く幼女2人にツバサが苦笑する感覚が伝わり和やかな雰囲気に包まれる。
ちなみにここ連日のダンジョンボスごっこで無事闇魔法のレベルも上がり収納魔法を取り戻した。
だが、鑑定スキル持ちは初日の1人しか遭遇しておらず強奪には到っていない。
以前鑑定スキルは珍しいと誰かが言ってたから嘘では無かったらしい。
レベル低下してから今までのレベルアップポップをまとめるとこんなものかなと頭に思い描く。
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[リオン]種族名:アビスキマイラ[新種]
[Lv.78]
[剣術Lv.3]
[短剣術Lv.2]
[槍術Lv.2]
[斧術Lv.2]
[棍術Lv.1]
[拳術Lv.1]
[弓術Lv.2]
[投擲Lv.1]
[威嚇Lv.4]
[威圧Lv.4]
[状態異常無効]
[気配察知Lv.5]
[気配探知Lv.4]
[精神分裂]
[念話]
[思考加速Lv.4]
[鑑定Lv-]
[魔力操作Lv.6]
[魔力制御Lv.6]
[火魔法Lv.3]
[水魔法Lv.2]
[風魔法Lv.3]
[闇魔法Lv.7]
[光魔法Lv.4]
[土魔法Lv-]
[火属性耐性Lv.4]
[水属性耐性Lv.4]
[風属性耐性Lv.4]
[土属性耐性Lv.2]
[闇属性耐性Lv.6]
[光属性耐性Lv.7]
[身体超越化Lv.4]
[剛腕Lv.4]
[堅牢Lv.5]
[自己再生Lv.7]
[擬態]
[人化の術Lv-]
[咆哮Lv.4]
[裁縫Lv.2]
[料理Lv.4]
[建築Lv.2]
[曲芸Lv.2]
部位獲得能力
[ラグネリアデーモン Lv.78][新種]色欲
[ガストリアヴァイパーLv.78][新種]暴食
[エンヴィディアルウルフLv.78][新種]嫉妬
[アプレグリーディアリッチLv.78][新種]強欲
[スローテディアスライムLv.68][新種]怠惰
[オルゲイラドラゴンLv.71][新種]憤怒
称号
[人類の天敵]
[殺戮者]
[強奪者]
[インセクトキラー]
[スライムキラー]
[森の覇者]
[同族喰ライ]
[大厄災]
[大罪喰い]
[金城鉄壁]
[神喰ライ-分体-]
[神敵]
[回生気死]
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(称号に関しては分からねえが、こんなもんか……。いつかあのクソ神を殺す事を考えても全然弱々だなぁ。つーかこのステイタス事態意味不明だよなぁ……。スキルは魂魄に宿るって爺が言ってたからあのクソ神の力が俺を真っ二つにした時、魂魄からスキルを剥がされたって事か……。魂魄を真っ新にした状態が赤子だと考えると理解は出来るな。しっかし覚えてるのに使えねえってのは摩訶不思議現象だな……)
暫く考えているとボス部屋の扉がゴゴゴと音を立て開かれる。
(やっと来たか。ん〜?どうやら斥候じゃねえな。俺を警戒して……まあ当たり前か、側面に沿ってこっちに近付いてくるのは……ああ、なんだアイツ等に追われているからか。しかし……)
そしていつもの流れ通り最後尾の玩具が入ったのを確認するとリオンは光魔法で出入口を封鎖する。
その瞬間、追われている少女の意識が出入口にのみ向いたので気付かれない様にボスムーブで忍び寄る事にした。
目と鼻の先まで近付くと漸く気配に気付き、少女が振り向く。
すると彼女は石化したかの様に固まってしまった、否、歯がカチカチと鳴っているから動いてはいるな。
(へぇ〜〜獣人族の一種か?鳥みたいな翼だな……大量に集めたら羽毛布団作れそうだな。鳥人族……いや翼人族って感じかな。しかしまあ……綺麗な瞳してんなコイツ、光の角度によって虹色に輝いてる。宝石に興味はねえが、生体宝石ってのには興味あるなぁ。んー、だけどこれは……イヴが最初に付けていた奴隷用の呪具か。まあこれだけ容姿が整ってりゃ引く手数多だろうな……まあ俺には羽毛布団の材料に鶏肉にしか見えねえけどな、ガハハ!)
アホみたいな笑い声を心の中で上げるリオンだが、客観的に豚面の巨人が怯えている少女をジロジロ観察するという事案が発生中だが女騎士でも無ければエルフでも無いので問題無いのである。そう、問題無し。
(鳥の仲間なら焼き鳥が一番美味しいよね、じゅるり)
(わーい、殺そう〜。今日は焼き豚と焼き鳥だぁ〜)
(いやいや、お前等少し落ち着けよ。さっきのは冗談だ、食わねえし殺さねえよ。この娘からは面白いイベントの匂いがする!獅子鼻の嗅覚が間違い無いと訴えてる!つーことで、とりあえず周りのゴミを処分する。紳士な俺は娘を保護する心優しきオークなのですよっと!)
逃亡しようとしていた小娘を光魔法で捕獲……ゴホン保護して汚い男共に威嚇の咆哮を浴びせる。
(あーあ、こんな幼気な子を泣かせるしリオンの豚声で気絶しちゃったよ〜。可哀想になぁ、ぶひぶひ)
オピスが間髪入れずに非難してくるがジェントルオークに擬態している俺の心にはさざ波の動揺すらも立っていない。
そしてオピスには人化した時のデコピンの回数が爆発的に増えたと心のメモに記しておこう。
そしてルプよ、どさくさに紛れて翼っ子を殺そうとするんじゃない。
ルプの対処をツバサに投げてリオンは改めて汚い男共に向かい歩き出すと男共も各々武器を構え襲いかかってきた。
(ふむ、冒険者ランクとしてはブロンズ級程度か……つまらん。今の興味は翼っ子だからお前等に掛ける時間なんかねえ!死ねぇぇぇ!!!クハハハハ!!!)
いつもならある程度相手に優勢だと思わせる舐めプした後擬態を解除し蹂躙する遊びが定番だったが今回に限り即殺にシフトチェンジした。
結果は言うまでも無く、地面から生えた闇槍が男共を串刺しにしており血抜きなどの下処理も同時に完了した。
戦利品を物色すると奴隷用の首輪や手枷足枷が出てきたが、身分証などは持ってなかったのでそのまま火魔法でこんがり焼いてあげ一部擬態を解除して、オピスがニョキっと出てきて満足気に焼き肉にかぶりつく。
(さてと、翼っ子が起きるまで待機だな)
翼っ子に近付き光魔法を解除すると再び観察しながら目を覚ますまで翼などを触りながら座って待つ事にした。
彼女が覚醒するまでそこまで時間は掛からなかった。
「……んうぅぅん……うぅん、んん?……こ、ここは……?」
気絶から目を覚ましたが、意識がハッキリしないのか背後に居るリオンに気付かずキョロキョロしている。
ここで声を出そうとしたリオンが重大な事に気付いた。
(ん?あれ?そういや俺喋れなくね?どうすんのコレ?クソ神のせいで念話もオピス達にしか通じなくなったし……手話?いや知らねえし……アイコンタクト?高難易度過ぎだろう……どうすっか)
(筆談、文字で会話するしか無いんじゃないかしら)
ツバサが一つの案を出す。
(ハァ、やっぱそれしかねえか……つか俺の覚えた文字ってこの翼っ子に通じるのか?まあやってみりゃ分かるか、面倒臭え……)
若干諦め感を漂わせながら未だに周囲をキョロキョロしている翼っ子に自らの存在を教える為に「グルルル」と低く唸ると翼っ子が危機を感じた猫みたいにピョーンと飛び跳ねた。
「グギャギャギャギャギャギャギャギャギャ」
その動作がリオンのツボにハマったのか汚い豚声で地面をバシバシ叩き亀裂を量産していく。
「ッ⁉︎あ、貴方、やはり知性があるのッ⁉︎一体何が目的なの……?」
警戒心は解いてないものの選択肢が無いのを理解しているのか対話を試みてくれる様だ。
一頻り笑ったリオンは徐に爪で地面に文字を書いていくとそれを見た翼っ子は驚愕していた。
「嘘……文字も書けるのッ⁉︎追手、殺した、お前……えとお前と言うのは私の事ですか?……私、助けた……何故貴方が私を助けたの?食べるため?」
こちらの文字を理解してくれたのでその後暫く片言ながら慣れない文字で意思疎通を取り続けると徐々に翼っ子の警戒心も和らいできた。
「つまりオークさんは私が何か事情を抱えているだろうから助けたという事か?」
再びガリガリと地面に文字を刻む。
「えっ?本当はオークじゃなくてもっとイケメンの魔物……あの……イケメンってなんなの?」
まさか自らイケメンを説明する事になるとはと感慨深げに翼っ子を見ながら文字を刻む。
「ふふ、オークさんも冗談が言えるんですね」
だいぶ警戒心を解いてもらったのか笑わせる事に成功したが理由が解せん。
(アァァァ!つーか文字刻むのしんどいわ。筆談って大変なんだなと思いましたとさ。って事で可及的速やかに念話ないし発声が出来る様にしなきゃならねえな。と言うか今更ながらこの世界の人間、魔物に対して気を許すの早くね?俺としては助かるが……変な奴ばっかだな)
ガリガリと文字を刻む。
「……擬態を解くから離れろ?えっ?あの、本当だったの?」
戸惑いながらも距離を取る翼っ子の前で擬態を解き黒豚から黒獅子に超進化する。
グニャリと豚の輪郭が歪み全身を闇が覆い、徐々に膨張していき暫くすると闇が晴れる。
(どうだ翼っ子よ、これが俺の真の姿だ!クハハハ、ん〜?なんだ?おい翼っ子、ここの世界の奴等はすぐに固まる性質でもあんのか?おいコラ、イケメン様の御成だぞ!)
リオンは得意気な顔で翼っ子を見るが、目を見開いたまま固まってしまっていたので頬を器用にペシペシ叩く。
(まあそのうち戻ってくるだろう。ふむ、それにしてもこの翼っ子、汚ねえな。灰かぶりごっこでもしてんのか……まあいいか、それよか爺まともなポーションは出来たのか?)
翼っ子が自然に戻ってくるのを待つ事にしたリオンは思い出した様にテースタに話を振る。
(んあ?あぁ、リオンか。ぽーしょん?ぽーしょん、おぉ!ポーションかのぉ。それなら完成しておるぞ、ほれこれじゃ!)
そう言うと虚空から数本のガラス瓶が現れ、リオンが器用に前脚でキャッチする。
(今、鑑定使えねえんだからな?これが人族に使用出来るかちゃんと確認したのか?)
(ふぉふぉふぉ、大丈夫じゃよぉ、ちゃ〜んと確認しておる。安心せい)
そんなやり取りをしていると漸く戻ってきた翼っ子が恐る恐る聞いてくる。
「……え、えっと……オークさんじゃなくて、君みたいな魔物は見た事無いけど擬態してたのは本当みたいだね……」
再びガリガリと文字を刻む。
「そう、君はリオンと言うんだね。それと……えっ⁉︎この枷を外す⁉︎い、いやいや、それは無理だよ。知らないのかい?この首輪と枷は無理に外すと呪いによって装着者を殺す代物なんだよ……。だが気持ちは有難いよ……ありがとう」
目の前の翼っ子はリオン達の姿に最初こそ驚愕していたが、順応性が高いのかすんなり受け入れていた。
奴隷用呪具の解呪には勝手な解釈で諦めムードに入っていて面倒臭かったので一気にディスペルした。
ちなみにディスペルや邪眼などはスキルとは別枠なのかクソ神の力に影響を受けなかった。
そんな豆知識を語っている間に翼っ子の首輪や手枷、足枷がパキンと音を立て地面に落ちる。
「なッ⁉︎何が、起きた?本当にリオンが解呪した、のか?」
信じられないといった顔をリオンに向けてくるので肯定の意味を込め頷くと、翼っ子は自らの首輪や手首を一頻り触ると次第に肩を震わせ虹色の瞳から大粒の雫を流し始めた。
リオンは特に気にした様子も無く、続け様に爺から受け取ったポーションを翼っ子に渡した。
「ふ、ふふ、リオン、知性があってもやはり君は魔物なのだな。目の前で女の子が泣いていたら普通は抱き締めるなり、涙を拭うくらいしないとダメだよ?」
(えぇ〜……なにそれ。というか人間の時の俺ってそんな事やってたっけ?それに俺が抱き締めたら鯖折りになっちゃうよね?)
(面白かったのは嘘泣きした女の頭を躊躇無く吹っ飛ばしてたよね〜。キャハハハハ、鬼畜〜)
(それは嘘泣きしてリオンを殺そうとした女が悪いんでしょ〜?でもリオンはわたしにだけ優しければいいから他の女なんか全員殺しちゃってもいいよね〜)
(ルプは人化解いたってのにまだ影響抜けてねえのか?それとオピス、それは俺じゃねえよ。ロンが勝手にやってたやつだろうが!捏造駄目絶対!)
体内会議を行うが無能会議ばりに何も得ない会議に落胆しながらもガリガリと文字を刻む。
「ん?俺が抱き締めたら翼っ子が死ぬ?ふふ、それもそうね……って!ちょっと待って!翼っ子って私のことッ⁉︎酷い呼び方だね、でも、そ、そう言えば驚き過ぎて自己紹介がまだだったわね。私は天翼人族のリノアと申します、ふふ、リオンとなんだか似てるわね。それでこのポーションを飲めって事よね……命を救ってもらったり解呪してもらった私が疑うのも失礼かと思うんだけどコレって大丈夫なの?色が普通のポーションじゃないんだけど?こんな色見た事ないわよ」
翼っ子、リノアに聞くと普通ポーションは青色をしており色が澄んでいる物程不純物が少なく回復力、貴重度も上がるとのこと。
一方爺から受け取ったポーションを見てみるとその色は真っ黒。
俺が人間だったら間違い無く拒否して叩き割るであろう毒々しい液体だ。
リノアが不安がる理由も理解出来るし、もし死なれでもしたら面白イベントを逃す事になるので先ずリオンが毒味する事にした。
爺からリオンが飲むなら少量にしとけと何故か忠告を受けたのでガラス瓶、全量50mLの黒々した液体を15mLくらい飲んだ。
(ふむ……。何とも、ない、ゴボッ、ッ⁉︎ガ、ガガァァ!)
流し込まれた口内食道胃に至るまでのポーションが触れた部分が溶け始め吐血し転げ回るリオンにリノアはアワアワと慌て始めた。
「り、リオン⁉︎だ、大丈夫、ではないな。やっぱりこのポーションは毒だったの⁉︎でもなんでそれをリオン自身が理解していなかったの⁉︎拾い物なのかしら⁉︎」
未だに口から煙を上げるリオンだが、気息奄々の状態でガリガリと地面に文字を刻む。
「俺に毒なら人族には最良の薬の証拠……?ええ……さすがに嘘でしょ?その状態の君を見た後でコレを飲む勇気はさすがに湧かないのだけど……分かった、分かったわよ!とりあえずひと舐めから始めさせて!」
ガン見して漸く飲む決心をしたリノア。
リオンは自己再生のお陰でだいぶ和らいだ消化器官の痛みに耐えながら見ているとリノアが恐る恐るポーションをひと雫舐める。
効果は劇的だった。
この整備されていない荒れた地面を踏破したボロボロの素足が瞬く間に治っていった。
「えっ⁉︎う、嘘……何この回復力……。もしかしてこれは特級回復薬相当の物なのッ⁉︎そんな高級品を何でもない事の様に出すなんて……本当に貴方は何者なの⁉︎」
リノアはリオンをバッと見上げるが、首を傾げながらリオンは伏せをすると翼っ子の足を観察し始める。
すると真横に居た金狼のルプに首をガジガジされる。
(リオン〜見るならわたしを見てよ〜!そんな子の足が好きなの〜?)
(とりあえず落ち着きなさい。お兄さんは足フェチでは無いという事だけ言っておこう。今翼っ子の足を見ていたのは回復力を確認していただけだ。それにリノアが言ってる特級回復薬とか言うのも謎だからな)
ルプの嫉妬を退け、リノアからの質問は無視すると代わりに回復薬のあれこれを聞いてみる。
ランクなどは以下の通りだ。
下級回復薬:自然治癒力を上げ、擦り傷程度であれば即座に回復する。濁った青色
中級回復薬:自然治癒力を上げ、切り傷や骨折程度であれば即座に回復する。少し濁った青色
上級回復薬:自然治癒力を上げ、重体でも数日で完治する。少し澄んだ青色
特級回復薬:欠損部位以外であれば大抵の怪我が完治する。澄んだ青色
完全回復薬:古傷や欠損部位すらも治癒出来ると言われている。霊薬、エリクサーなど呼び名が多数あるが全て単一の物を指しており国宝級として扱われている。リノアは見た事すら無いので色は不明。
ポーションは怪我に対してのみ効果があり疾病に関しては栄養剤レベルの効果しか無い。
恐らく悪性腫瘍などには逆効果になるのではないかと予想している。
そんなこんなで、リオンがふむふむと頭の中で話を整理しているとリノアが手持ちのポーションの残りを一気に飲み干した。
すると突如リノアの身体が発光し始め、見えている部分の古傷や欠けた翼などが復元していった。
光はすぐにリノアの中に吸い込まれていき、目を瞑っていた少女は静かに目を開ける。
「……凄い。もう2度と飛べないと思っていたのにに……翼が、翼が元通りになってるわ……。まさか霊薬だったなんて……あぁ…リオン、本当にありがとう!幾ら言葉にしても足りないくらい君には感謝してるわ。追手から助けてもらい奴隷の枷も外してもらって、更には身体の傷まで治してくれた……。君は神様が遣わしてくれた救世主だったのね」
グズグズと泣きながら祈り始めたリノアにリオンは不機嫌そうな顔をしながらガリガリと文字を刻む。
『あんなクソ神と俺を一緒くたにするな!俺とリノアが出会ったのは偶然だ。それ以上でもそれ以下でもねえ。だから感謝も要らねえ、それで納得出来ないならリノアが抱えている問題を俺に教えろ』
「神様をそんなぞんざいに扱う者がいるとは驚きです……。ですが、その話はいずれ聞かせてもらうとして、私の問題を聞いても君の得にならないと思うわよ?」
涙を拭きながらもしっかりリオンを見据えて話すリノアに少しばかり感心した。
(ほぉ、精神的にイヴより大人だな。同い年くらいに見えるが、やっぱ環境や育ちの差は出るねえ)
ガリガリと文字を刻む。
『損得は俺が判断するものであってリノアが判断するもんじゃねえよ。早く言え』
文字だと言葉より更に雑になってしまうなと思いながら刻むとリノアは「むむむ」と少し考えたが、恩人?恩魔物効果が良き方に転がったのかゆっくりと頷いた。
「……仕方ないわね、分かったわ話すわよもう……でも本当に得になんてならないからね」
呆れた顔をしたがすぐに真剣な顔付きになり話し始めた。
「私の故郷はここから北の大山脈を越えた所にあったの……でも突然襲撃を受けて村は壊滅してしまったわ……」
(ふむふむ……ん?えっ?終わり?それだけ?この世界じゃよくある話じゃねえか……おかしいなぁ、面白い予感がしたんだけどなぁ。この獅子鼻役に立たねえな)
リノアが黙った事で話が終わったのかと思い文字を書こうとすると再びリノアが口を開く。
「でも村の人達も殆どが逃げ延びたし、壊れた家はまた建てれば問題ないんだけどね……。けれど賊共に先祖代々守ってきた秘宝が奪われてしまったのよ」
焦らすのが上手いなぁと思いながら面白くなってきた展開にリオンは上機嫌にガリガリと文字を刻む。
『その秘宝ってのはどんな物なんだ?』
「言い伝えによれば、万物を見透す事が出来ると言われているわ。でも一族の誰一人として扱えた者がいないのよ、唯一初代様だけは使用出来たと伝えられているわ」
(へぇ、万物を見透すか……なんかしら解析出来れば鑑定も戻せる可能性が高まるな。クハハハ、やはり拾って正解だったか。俺の獅子鼻もバカに出来ねえじゃねえか)
獅子鼻の評価が二転三転するリオンがガリガリと文字を刻む。
『それでその秘宝はどこのどいつに盗まれたんだ?奴隷落ちしたって事は王国か?』
「い、いえ……奴隷として捕らえられたのは私達天翼人族が希少種族なのと、私の油断した結果だわ。賊共の確証はないけど、恐らくギリアム帝国ね」
ギリっと歯を食いしばり悔恨しながら俯くリノア。
(帝国か……。確か軍事国家で王国と並んでこの辺だと先進国の部類に入るな。脳筋かと思いきや、なかなかどうして良い物に目を付けたじゃねえか。いつの時代も情報は大事だからなぁ。まあ使えねえ限り意味はねえけどな、今頃躍起になって解析でもしてんのかね)
リオンはグルルルルと楽しげに唸りながらガリガリと文字を刻む。
『面白そうだから奪還に協力してやるよ』
刻まれる文字を目で追うとバッと顔を上げ驚愕の表情でリオンを見つめる。
「な、何で君は私にそこまでしてくれるの……?」
今度はグルルルルと喉を鳴らしつまらなそうな顔をしたリオンがガリガリと文字を刻む。
『面白そうだからだと説明しただろうが、学習しねえ奴だな。まあいいや、とりあえず外に出るぞ、飯の時間だ』
ポカンとした顔をするが直ぐにクスクスと笑う。
「ふふ、本当に君は変わった魔物だねリオン。ではお言葉に甘えさせてもらうよ」
笑顔のリノアの姿は前世で見たどの絵画、風景よりも美しく感じた。
(ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯)
(あのオピスさん、俺の綺麗な締めを欲求丸出しの念話で汚染しないでくれませんか?)
相変わらずクスクス笑うリノアを無造作に背中に放り投げ久方振りにダンジョンから出る事にした。
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[王都冒険者ギルド]
ルークスルドルフ王国の王都サリバン、王国の冒険者ギルド本部の一室にて書類と睨めっこする白髪を長髪に伸ばし後ろで一本に結び、歴史を皺に刻んだ人族の老齢の男、ギルドマスターのマレーノメがため息を吐く。
「ゴールド級冒険者を2組送り出してから今日で5日目ですね……」
唸る様に眺めていると背後から声が掛かる。
「何が起きているというのじゃ……」
「元を辿ればウーナのダンジョンから異常が出ていましたが死亡者は以前と変化はありませんでしたた。しかしドゥーリオに関しては以前の何倍もの行方不明者が出ていますね。トレイスに関しては特に問題無いとのことです」
秘書の様に背後で報告を続ける40歳前くらいの人族の女性、副ギルドマスターのフローイ。
「ウーナとドゥーリオは別々の問題ではないんかのぉ」
「確かに証拠はありませんが、時期的にこの2つを照らし合わせると偶然にしては不自然な点が多いのです」
マレーノメが唸り考えながらも羊皮紙にサラサラと記入する手は迷いが無く流れる様だ。
暫くすると羽根ペンを置き、背後に立っているフローイに渡す。
「ミ、ミスリル級、ですか……。いえ、畏まりました。この内容で手配しておきます。明日の朝一には出立出来るかと思います」
フローイは動揺を一瞬で呑み込み諸々の手配の為足早に部屋を出て行った。
部屋に残された老人はため息を一つ吐くと机に山積みにされている他の書類に目を通し始めた。




