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悠葵と玲音

「…」

「…」


部屋に戻って、かれこれ一時間くらいは経った。その間、ずっとわたしと、パートナーらしい少年は黙りこくっていた。


(どうしよう、わたしから話しかけるべきだよね…。でも、同じ<欠陥品>以外の人とろくに話したこともないわたしが、そんなことできるわけがー)


「おい」

「は、はい!」

「何か聞かないのか」

「えっと…。き、聞きたいことがありすぎて、迷ってて…」

「迷いすぎだろ。どれだけ待ってやってると思ってるんだ」

「ご、ごめんなさい…」


わたしが謝れば、少年は深いため息を吐いた。


「…はぁ、仕方ない。俺が説明してやる。二度は言わないからしっかり聞けよ」

「は、はい」

「敬語はよせ。俺はお前ー水嶋悠葵の双子のきょうだいという設定だからな」

「双子の…?」

「ああ。名は水嶋玲音みずしまれおんだ。玲音で良い。俺とお前は同じクラスのクラスメイトでもある」

「…クラスメイト、なの?」

「そう世界の設定を作りかえたそうだ。俺は先月ー入学当初からいる、お前と同じクラスの生徒ということになっている」

「同じ、クラス…」


同じクラスのあの人達のことを思い出して、声が小さくなってしまう。そんなわたしの反応に、玲音はすぐに気づいたみたいだった。


「なんだ、嫌なことでも思い出したか?」

「えっと…うーんと…。そう、なるのかな…」

「はっきり言ったらどうなんだ?お前、いじめられてるんだろ。それなのにいつも『わたしが悪い』って言って、いじめを認めないんだってな。馬鹿なのか?お前は。いくらお前がうじうじしてて人をイラつかせる天才だとしても、手を出した時点で相手が100%悪いに決まってるだろ。悲劇のヒロインでも気取ってるのか?はっ、馬鹿馬鹿しいし気持ち悪い。そんなのはさっさとやめろ」

「う…」


わたしは反論できなかった。玲音の言い方は悪いけれど、言い分自体は正しい。わたしとしてはそんなつもりはなかったけれど、他の人から見ればそんな風に見られてもおかしくない。


(もしかしたら、<欠陥品>のみんなもそう思ってたりするのかな…。ううん、それは絶対ない。あの人達は、どんな時も味方でいるって言ってくれたから)


「反論すらしないのか?」

「だって、あなたの言っていることは正しいし…」

「それは当然だな。俺はいつだって正しい。だがな、だからと言ってそれは反論しない理由にはならない。お前には俺を理不尽に攻め立てる勇気もないんだろ。だから負けるんだ。いじめではなく、そもそもお前はお前自身に負けている」


玲音はどこまでも傲慢に、自信に満ちた顔でわたしを見下げてくる。そのあまりに不遜な態度に、そもそもわたしの中には存在しない、誰かに意見する勇気がさらにしぼんでいく。


「わたしが、わたしに…」

「ああそうだ。それで、だ。悠葵、お前は負けることをどう思う?」

「えっと…あまり良くない、こと?でも時には、負けることも必要なんじゃないかと…」

「そうだな、成長するためには負けることも必要だろう。だが、今の負けっぱなしのお前にはもう必要ないだろ。勝ちたいとは思わないのか?」

「…それは、今のわたしを否定することになるんじゃ…」

「ああ、そうさ。俺は今のお前を真っ向から否定してやる」


玲音はにぃっと口角を吊り上げ、わたしの顎をはさむように手で掴んだ。わたしと同じ色だけど、わたしのと違って影があまりかかっていない、爛々と輝く瞳とかち合う。


「…えっと、つまり?」

「俺と一つになれ。そして<欠陥品>から普通の人間になれ。俺達パートナーは、お前達<欠陥品>を普通の人間にするために生まれたんだからな」


その玲音の言葉に、わたしは疑問を抱いた。


「…玲音は…」

「ん?」

「玲音は…それで良いの?」


まるで自分の意志など感じさせない、その言葉。それは同じ神様の気まぐれで生まれたけれど、自分の意思で生きていくことのできたわたし達<欠陥品>よりも、憐れに感じてしまった。


「?当たり前だろ」


わたしの言葉に、玲音は質問の意味がわからないとでも言いたげに、不思議そうにしていた。


「…そっか…」

「で、どうするんだ?俺としては、今すぐにでも役目を果たしたいんだが」

「少し気になってたんだけど…その。わたしと玲音が一つになったら、どうなるの?」

「あ?だから、お前が普通の人間になるってさっきから言ってるだろ」

「そ、そこじゃなくて…。えっと、玲音はどうなるのかなって」

「俺が?」


うん、とわたしは頷いた。


「当然消えるさ。お前と一つになるんだからな」

「消える…」

「で、どうする?さっさとどうするか決めろ。ま、お前に関してはすでに決まってるようなものだろうがな」

「…そうだね。わたしはーまだ、<欠陥品>でいようと思う」


わたしの答えに、玲音は驚いたように目を見開いた。そして呆れた、と言わんばかりに肩を落とした。


「お前、何を言っているのかわかってるのか?俺と一つになれば、お前が元々持ち合わせていない『傲慢』を補える。それで多少は今の状況を改善できるだろうに」

「そう、だけど…でも、もう少し考えさせてほしいなって」

「…ふん、勝手にしろ。明日も学校だ。そろそろ寝るぞ」


そう言って、玲音はわたしのベッドに潜り込んだ。


「え、玲音ここで寝るの?」

「他に部屋が無いんだ、仕方がないだろ」

「そうだけど…その…」

「俺はお前のパートナーなんだ。傍にいて何が悪い?」

「それはそうだろうけど…」

「寝袋なら倉庫にあったぞ。寝るなら自分で取って来い」


それっきり、玲音は黙ってしまった。規則的な寝息が聞こえてくるから、もう寝入ったのだろう。


(寝付くの早いなぁ…)


時計を見れば、いつも眠りに入る時間だった。


(わたしも寝よう…)


わたしは静かに部屋を出て、寝袋を取りに倉庫に向かった。




翌日。どこから出したのか謎な新品同様の制服を身に纏い、玲音はわたしと一緒に登校した。

教室に入り自分の机に目をやれば、花の活けられた花瓶が置かれとても口にはできない罵詈雑言が書かれていた。


「お前の机はどこかわかりやすいな」

「そうだね…」


玲音はさも当たり前といった様子で、わたしの隣の席に座った。玲音には周りのクラスメイトからおはよう、と声がかけられるが、わたしにかけられることはもちろんない。花瓶をどかし汚れを落とすため雑巾を取りに行こうとすると、横から強い衝撃が与えられた。壁に体を打ち付けたわたしに、嘲笑うような声がかけられる。


「あれ、いたの?」

「存在感なさすぎて気づかなかったわー」

「もっと自己主張したら?」

「…」


痛みで声が出せないわたしに構わず、あの人達は殴る蹴るの暴行を始めた。わたしはその場にうずくまることしかできなかった、その時。


「おい」


突然わたしを暴行する手がやんだから何かと思えば、わたし達を見下すように玲音が立っていた。玲音は冷ややかな目でこちらを見ている。


「な、なに?どうしたの、水嶋くん?」


媚びるような声をあげたその人を一瞥し、玲音はわたしの手を差し伸べた。


「立てるか」

「…う、うん」


誰もわたしのことを助けないと思っていたものだから、びっくりしてしまったけれどなんとか声を絞り出すことができた。


「ちょっと、水嶋くん。私達の邪魔しないでよ」

「邪魔なのはお前達の方だろ。こんな狭い教室の中だと、たとえ壁際でも通行の邪魔になるぞ。そんなこともわからないのか?」

「そ、それはそうかもしれないけれど…」

「行くぞ、悠葵」


玲音は強引にわたしの手をとって、雑巾の入ったバケツを手に取り廊下に出た。


「あ、ありがとう、玲音。玲音も、助けてくれないと思ってた」

「礼なんかいらん。俺はいつだって正しいんだ。正しいことをして当然だからな」

「…そうだね、玲音は正しいね…」


けど、玲音の言う正しいことができる人が、この世にどれだけいることか。きっとそんなことも、彼はわからないのだろう。-それでも。


(そんな彼と、パートナーになれて良かったと、わたしは思うんだ)


ただ一度助けられただけだけど。それでもわたしは心からそう思った。

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