彼らはみな何かが欠けている
お久しぶりです、月森明日です。
難産過ぎて上げるか迷ったんですが、上げてみることにしました。書き溜めてないので次の更新に時間がかかると思われますが、気長に待っていただけると幸いです。
「…」
なにかを感じ取ったかのように、それまで黙って雑誌を読んでいた女性ー春宮一乃が、顔を上げて立ち上がった。一乃は出かける時などはまとめるが、この家にいる時はそのままにしている長い白髪をなびかせ部屋を出た。どうやらこの家の中で完結する用事ができたようで、階段の向こうに並んでいる、「氷見透」と書かれたネームプレートが掛けられた扉をノックした。はぁい、と間延びした返事が返ってくる。
ガチャ、と音をたて扉が開く。中からは糸のように細められた瞳が特徴的な女性ー氷見透が出てきた。
「姉様、聞こえた?」
「ええ、もちろんですわ。わたくしはもう大学に行く用事もありませんし、家にいようと思っていましたからちょうど良いですわ。一乃ちゃんは?」
「私も今日は仕事入ってないし、家にいようと思っていたから好都合ね。ゆぅとなつとつぅは帰宅部だからすぐ帰ってこれるでしょうけど…問題は兄様としぃよね。二人ともあまり遅くならないと良いけど」
「念のため聞いておきましょう。わたくしは幽ちゃんに聞いてみるから、一乃ちゃんは忍ちゃんに聞いてもらえるかしら?」
「わかったわ」
透と一乃は揃ってスマホを取り出すと、LEINを使って目的の人物にメッセージを送った。透のスマホはすぐに震えたが、一乃のスマホが震えるのにはしばし時間がかかった。
「幽ちゃんは残業ないみたいですわ」
「しぃは今日生徒会の集まりないそうよ。二人とも早く帰ってこれそうね」
「ええ、これならー」
透は一層笑みを深めた。
「神様からの用事、早く済ませられそうですわね」
「ただいまー!」
「ただいま帰りました」
「…た、ただいま…」
リビングでくつろいでいた透と一乃は、玄関から聞こえた三者三様の挨拶に反応し、リビングを出た。そこには、
「あ!二人とももういたのかー。てっきりオレらが一番乗りかと思ったのに」
人懐こそうな雰囲気の金髪の少年と、
「お二人は僕達より自由な時間が多いですから。仕方ありませんよ、夏樹さん」
慎ましやかな印象を受ける水色の髪の少年と、
「…」
二人に支えられるようにして立つ、満身創痍の少女がいた。少女は全身ボロボロで、制服もところどころ破けている。
「ゆぅ、またやられたの?」
「今日もひどい有り様ですわね。わたくし、すぐに救急箱を持ってきますわ」
「頼んだわ、姉様。私達はゆぅをソファに運びましょ。なつ、つぅ、頼める?」
「はい。すみません、悠葵さん。少し体勢変えますね」
少女は喋る体力もないのか、されるがままだった。少年二人に抱き上げられるような体勢で、リビングのソファに横たえられた少女を、少年二人は心配そうに見ている。
「夏樹ちゃん、翼ちゃん。そんなに見ていると、手当てができませんわよ?」
「でもさー」
「でもも何もないわ。邪魔だからどきなさい」
「…すみません」
金髪の少年ー天堂夏樹は渋々といった様子で、水色の髪の少年ー加々美翼は申し訳なさそうにソファの横から移動した。透はてきぱきと、手慣れた様子で悠葵の手当てをしていく。
「今日は一段とひどいわね…。ゆぅをいじめてるやつら、ゆぅを殺したいのかしら?」
「そう見えても仕方ありませんわね。どうしてここまで容赦なく人に暴力を振るえるのか、わたくしにはわかりませんわ」
「そりゃルーにわかるわけないだろ。生まれてこの方人に怒ったことすらないんだぞ?」
「…あの、そもそも悠葵さん意識ありますか?さっきから一言も発してませんが…」
翼の言葉で四人は静まり返り、少女の方を揃って見た。
「そ、そこまでひどいわけじゃないから安心して…」
満身創痍の少女ー水嶋悠葵はか細い声を発した。反応が返ってきたことに四人は安堵したようで、また思い思いに話し始めた。
「ユッキーさぁ、一回やり返したらどうなんだ?そしたらいじめられなくなるって!」
「それができたらここまでひどくなってないと思うわ」
「お言葉ですが、悠葵さんはそのようなことはできないかと…」
「翼ちゃんって意外とバッサリ言い切っちゃうんですのね。悠葵ちゃんは反論ありませんの?」
「悲しいことに事実なので…」
悠葵のあらかたの手当てが終わったところで、玄関の扉が開く音が聞こえた。
「ただいま」
『おかえりー』
五人に出迎えられリビングに入ってきたのは、スーツ姿の青年だ。青年は疲れた笑みを浮かべ、ネクタイを緩めた。
「すか兄、意外と早く帰ってきたね」
「今日は誰にも誘われなかったからね。いつも断るのに時間とられて遅くなってたけど」
「ユーってば大人気だなー」
「幽さんはいつもかっこいいですから」
「え?翼今なんて?かで始まっていで終わる形容詞が聞こえた気がしたんだけど」
「それカッコ悪いとかかゆいとかも含まれますわよ」
「兄様はこういうところがカッコ悪いのよね」
「ははは、聞こえなーい」
青年ー織部幽は着替えてくる、と一度リビングを出た。幽に続いて未だに制服姿だった悠葵と夏樹と翼の三人も、リビングから出た。
「ただいま戻った」
その声とともに玄関の扉が開かれたのは、幽が帰って来てからしばらく経ってのことだった。黒髪を邪魔にならないようにまとめた少女を、六人で迎える。
「一番最後はシノブンだったかー」
「む…遅かったか?」
「いいえ、いつもに比べたら早い方だと思いますわ」
「しのちゃん、いつも生徒会のお仕事頑張ってるから…」
「忍さんはいつも忙しそうですからね。お疲れ様です」
「ありがとう、悠葵、翼」
悠葵と翼に労られ、照れくさそうに少女ー椿田忍は階段を上り自室に向かった。彼女も制服から着替えてくるのだろう。
「なんにせよ、これで七人揃ったね」
立ち上がった幽がリビングを見回した。
「それで?神様はいつ来るんだ?」
「そろそろ来ても、おかしくないと思うな…。神様なら、わたし達がいつ頃揃うか、なんて予知できそうだし…」
「それもそうね」
ピンポーン
「お、来たんじゃね?」
来客を知らせるチャイムの音に全員が反応する。七人全員で来客を出迎えようと、玄関に向かい扉を開けると。
「ハァイ、ボクの子ども達!元気にしてるー!?」
なんともハイテンションな、透明にも見える長い銀髪の少女…少年?が立っていた。ウィンクも決めて茶目っ気たっぷりな挨拶をかましたその少年に、七人はというと。
「こ、こんばんは、神様」
悠葵は頭を下げ。
「はは、俺達を産んだにしてはずいぶん若く見えるよなぁ」
幽はどこか楽しそうに笑い。
「ええ、おかげさまで元気ですわ」
透は穏やかな笑みを浮かべ。
「それを言ったら人類みな貴方の子どもだろう」
忍は呆れたように肩を落とし。
「神様おひさー!元気元気ちょー元気ー!!」
夏樹は神とハイタッチを交わし。
「…こんな時間にそんな大声出すのは良くないと思うわ」
一乃は声量こそ控えめだがよく通る声を発し。
「はい、元気にしておりますよ」
翼は丁寧に受け答えた。
「うんうん、そっかそっかー!元気そう…いや一人傷だらけだけど、まぁ心は元気そうで何より!それじゃ、中入らせてもらうね」
七者七様の反応に、神は満足そうに頷き、全員揃ってまたリビングに移動した。
「それで、用事とは?」
上座に通された神は、透の淹れたお茶に口をつけた。
「わざわざ全員の頭の中に直接伝えるくらいだしなー。まさかただ集まってほしくてこんなことしたんじゃないよな?」
「そうそう、このシェアハウスの管理人やってはいるけど久々に皆の揃ったところが見たくてーって、今のはノッただけで冗談だから!お願いだから解散しようとしないで!?ちゃんと用件話すから!」
七人が黙って腰を上げたのを見て、神は慌てて引き止めた。
「あの…それなら最初から本当のことを話せば良いかと…」
「ほら、ボクってばエンターテイナーだから?人を楽しませるのが生き甲斐みたいなところあるし?」
「なぜ疑問形なんだ…。それと、あまり楽しませられていないと思うぞ」
「シノブは本当にハッキリ言うねぇ…。まったく、そんなんじゃ好きな人に振り向いてもらえないぞ☆」
「なっ…!?こ、ここここんな公衆の面前でそのようなことを言うな!」
「あら、忍ちゃん。その反応からして誰か気になる人がいますの?」
「い、いない!いないからな!」
耳まで真っ赤に染め上がった忍は、両手をぶんぶん振って全身で否定した。
「はあ…話が全然前に進まない。神様、結局俺達を集めた用事は何なんだ?」
「んーとさ、ふと思ったんだけどね。キミ達、生きづらくない?」
神の突然の問いかけに、すぐに答えられる者はいなかった。それを良いことに、神は言葉を続ける。
「ボクはある日思った。人は七つの大罪という、罪を犯す原因を突き止めているにもかかわらず、なぜ罪を犯す人間が減らないのか、と。そこで七つの大罪に数えられる欲望や感情がない人間ーキミ達のことだねーをつくれば、その人間は罪を犯さないのかと考えた。さすがに七つの大罪すべてを持たない人間をつくったら、人間社会で浮いてしまうと思ったから、七つの大罪のうちの一つを持たない人間ー<欠陥品>(ミッシング)ーをつくることにしたけど。
水嶋悠葵は『傲慢』、織部幽は『嫉妬』、氷見透は『憤怒』、椿田忍は『怠惰』、天堂夏樹は『強欲』、春宮一乃は『暴食』、加々美翼は『色欲』を持たない人間としてつくり出し、これまでボクはキミ達を見守ってきた。…そうだね?」
「…だからなんだって言うのよ」
一乃は絞り出したかのような声を発した。
「それが今更どうしたっていうの?ええ、そうよ。生きづらくて仕方ないわ。そんなわけないです、神様のおかげでとても生きやすいです~なんて言うと思った?ー馬鹿じゃないの?いつもボロボロのゆぅを見てもそんなことが言えるやつがいるなら、私がぶっ飛ばすわ」
「…いち姉…」
「…ま、この中にそんなことを思うやつがいるとは思わないけど」
一乃の言葉に異論を唱える者はいなかった。みな一乃の言葉に頷いている。
「いや、うん、そうだよね。ごめん、ボクの聞き方が悪かった。ボクはただ、キミ達に聞きたかっただけなんだ。普通の人間になりたいかを」
「普通の…」
「人間?」
神は頷いた。
「キミ達には、どう足掻いても補えない欠陥を与えてしまった。そのせいで苦しむことも多々あっただろう。そこで、こんなものを用意した」
神はパチン、と指を鳴らした。その瞬間、七人の傍に物や人が現れた。
悠葵の傍には、彼女を男にしたらこんな姿になるのでは、と思わせるほどよく似た少年が。幽の手首には蛇が描かれたリストバンドが。透の手にはユニコーンの描かれたお守りが。忍の手には鳥を象った装飾のついたミサンガが。夏樹の手にはキツネの姿のマスコットが。一乃の手には虎の描かれた栞が。翼の首元には蠍のような形の装飾がぶら下がるネックレスが。
「これは?」
「キミ達のパートナーだよ。名前もそれぞれあるから、後で聞いてみて」
「パートナー…?えっと、何のために…?あと、なんでわたしだけ人なの…?」
「それがキミ達が普通の人間になるために、ボクが与えたチャンスだよ。キミ達が心の底から普通の人間になりたい、と願った時。七つの大罪の欲望や感情を司る化身である彼らと一つになることで、キミ達は欠陥を補える。ー普通の人間になれるんだ」
神の言葉に、七人は何も言葉を発しなかった。それも無理はない。彼らは生まれた時から、自分達は普通の人間とは違うということを告げられ、それを仕方がないことだと受け入れーいや、受け入れざるを得ないままに生きてきた。それだと言うのに、今更普通の人間になれる機会を突然に与えられても、戸惑うだけであろう。七人は強い戸惑いのまま、未だ言葉が発せずにいた。
「今すぐどうしたいか決めろとは言わないよ。一年、猶予をあげる。その間にキミ達はどうなりたいか決めてね」
それじゃあねー!と神はどこまでもテンションの高いまま帰っていった。リビングには、未だ戸惑いに満ちた七人が残されている。誰も言葉を発することもせず、静寂に包まれる。
パンッパンッ
その静寂を打ち破ったのは、幽の手を叩く音だった。
「ひとまず、今日は解散ってことにして。一度部屋に戻って、各々でこれからのこもを考えてみることにしないか?色々…パートナー?に聞いてみたいこともあるだろうし」
「意思の疎通は可能なんですの?」
「もちろんだ」
それまでずっと黙っていた、悠葵の隣に立つ彼女のパートナーの少年が口を開いた。
「わからないことがあれば聞け。俺は悠葵以外のやつからの質問は受け付けないけどな」
「それなら、一度パートナーと二人になってみようか。悠葵、大丈夫そうか?」
「た、たぶん…。その、パートナーなら、ひどいことはしない…よね?」
「当たり前だ。そんな無意味なこと誰がするか」
少年はぶっきらぼうに答えた。
七人は一度部屋に戻り、パートナー達と話をしてみることにした。