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05 汚染されし者


 ミシイィィィイイイシシシシィ――――


 蒼の放浪者の面々と、村人たちの目の前で結界に守られていたはずの木造三階建ての建物が倒壊する――――圧倒的な重量物が直上から降ってきたことで結界の持つ、物理・魔力遮断強度も建物の強度も耐えきれずに、中に避難した多くの村人と共に……倒壊した。


 そこには(建物には)――――女性も居た。子供も居た。母の腕に抱きかかえられる赤子も幼子も居た。前途の明るい結婚したての新郎新婦も居た。年老いた夫婦も居た。病に苦しむ者。まだ見えぬ未来に期待と希望を抱く若者。まだ、生まれて来る事を待ち望む夫婦も居た。


 ――――だが、そんなことは関係ないのだと、言わんばかりに建物は崩れ落ちる。


 ――――死は等しく平等だと……


 だが、今はそのことに構っている余裕はない。

 外で先程まで、ゼシキの行為に気持ちを和まされていた村人の姿は、最早ない。

 ただ――――悲痛な叫び声が上がる事も無い。

 目の前に存在する圧倒的な恐怖が、叫ぶことを許さない。


 彼らの目の前には、つい先程までロート村の食料兼日用品の備蓄庫として使用されていた三階建ての一際大きな木造建築物が――――今は、村人の避難所となっていたはずの建物が、無残にも、結界と建物の強度を超える重量と衝撃によって倒壊し、綺麗な凹型を形作っていた。


 そんな、かつて建物だったモノの上に、鎮座しているのは――――巨大なオオカミだ。


 巨大なオオカミは、清流の流れを模したかのような群青色のふさふさとした毛を持ち、その毛は炎の揺らめきの如く風も無い中、揺らめいている。

 肩までの高さは、六メートルを超え、尻尾を含めぬ全長は十メートル近い。尻尾を含めれば、全長は十四・五メートルを優に超え、まさに大神だ。


 巨大な物体は、ただ、存在するだけで小さき者を竦ませ、畏怖させる。それが自らの意思を持ち動くことの出来る生物であるなら尚更だ。

 ましてや、目の前には明らかなオオカミの姿をした巨獣が立ち、村人たちを睥睨している。

 声が出無くなるのはおかしな事ではない。むしろ、ここで声を出さなかったことが幸いした。

 もし、ここで悲鳴でも上げていれば、この巨大なオオカミは即座に攻撃に移っていただろう。


 巨大なオオカミは、明らかに正常な状態ではない。

 目は血走り、その大きな瞳の焦点は、こちらを見ているのかすらあやふやだ。

 口からは血の混じった唾液が炎の揺らめきに似た揺蕩(たゆた)う目視可能なまでの濃密な魔力を纏う。

 成人男性の両腕全体を重ねたよりも、太く、長く、鋭い、牙が最小で並ぶ。

 魔力を視認する為の魔動機の助け無しに、直接人の目で視認出来る程の濃密な魔力を全身に纏い。

 それでいて、唸り声を上げるでもなく、静かに此方(こちら)を見つめているのだ。

 その姿は、この状況にあって尚、幾つかに事柄に目を瞑りさえすれば、森の守り神と呼ばれ、崇め奉られていても疑問を感じることは無いだろう。

 木の幹にも匹敵する雄々しく長く太い四肢。重さを感じさせない群青の長毛。威厳と知性を備えた瞳。それらが、造形をなして、美という言葉を形作る――――かつては……


 「……話は通じそうに思うか?」


 マーカスの問いに、他の兄弟姉妹たちは――――仲間たちは、(かぶり)を振るう。


 「……無理かな。今は、ただ、こちらが動かないから動いていないだけ……かな」


 息を殺して静かにそう言うリーリナに、他の兄弟姉妹も頷き、そんな雰囲気を感じ取ったのか、他の建物に避難していて難を逃れた村人たちも沈黙を守っている。

 倒壊した建物の倒壊の仕方も良かったのだろう。もし、倒壊した建物の隙間から、くぐもった助けを求める声や血や肉片、臓器と言った類が少しでも見えれば、こうはいかなかっただろう。

 大人はまだしも、子供は……間違いなく悲鳴か泣き声を上げていたはずだ。

 ――――だからといって、この状況が良くなるわけでもない。


 それが、分かっているからこそ、彼らは――――


 「――――救助は後、……行くわよ」


 「「ッ!! ……」」


 無言でうなずくと、彼らはもう兄弟姉妹では無く――――最高位冒険者次席・蒼の放浪者となっていた。


 だが、問題が一つある――――大きな問題だ。


 それは……この巨大なオオカミが、巨大という事でも、普通の魔物では無いという事でも、普通の状態でも無いという事でもない。


 それは――――この巨大なオオカミの魔物が持つ()()にある。


 この巨大なオオカミの魔物は……持っているのだ。

 

 ――――左半身の半分以上を覆う矢じりの様な石の楯を……


 ――――右半身の臀部(でんぶ)を越える切っ先を持つ石の剣を……


 それらは、とてもではないが人の手には余る大きさだろう。

 だが、そんな二つの石の剣と楯の造形に、蒼の放浪者の――――兄弟姉妹たちには見覚えがあった。


 「……ねぇ、あの造形……」


 「……ああ、似ている」


 「……大きさこそ違うが、間違いなく似ているぞ」


 「……みんな、今はあっちに集中した方が……いいかな」


 「「ええ」「ああ」「だな」」


 四人は静かに武器を構えると――――


 「……よりによって汚染体か……」


 ――――ヴゥォォォオオオォォォオオオオオ――――


 マーカスの一言が、気に入らなかったのか、巨大なオオカミの魔物は唸り声を上げながら、かつて建物だった建築材をもの()()巨爪で踏み砕き爪を食い込ませ、圧倒的な膂力を圧縮し――――ゆっくりと曲げる。


 汚染体――――ありとあらゆる分野で言えることだが、『過ぎたるは猶及ばざるが如し』という言葉を体現した存在だ。


 生物は、自らの魔力容量限界や魔力濾過限界を超える魔力を取り込んだ場合、精神と体に変調をきたし、異常行動を取ったり、細胞の分裂といった生理機能に異常をきたす事が分かっている。

 これらは特に心身が極端に弱っている状況で起こりやすいと考えられいる。

 整った環境で心身を休ませることの出来る人間と違い、動植物の場合は、縄張り争いで傷付いても、厳しい自然環境に身を置くしかない上に、自らの意思とは関係なく魔力の自然吸収作用、呼吸による吸収、皮膚接触吸収によって魔力を取り込み汚染体になると考えられている。

 ――――だが、汚染体は心身の異常と引き換えに、通常とは異なる力を発揮する事が確認されている。

 ただし、すべての魔物が汚染体となったからと言って特異な能力を発揮するわけでは無く、総じて強力な魔物ほど特異な能力を発揮しやすい傾向があり、弱い魔物も確率は低いが特異能力を発揮する事がある。

 ただ、すべての汚染体に言えることだが、元の魔物より遥かに強くなることが確認され、その中には、汚染されても自我を保っている魔物も確認されている。


 だからこそ、一縷(いちる)の望みに賭け彼女は問う。


 「ごめんなさい。弟が不躾(ぶしつけ)な事を言ったかな。悪気があったわけでは無い……かな?」


 「待って、いつからリーリナが長女になったのよ?」


 リーリエは、見逃せなかったのだろう。マーカスが話すのを遮り、譲れない戦いを始めた。


 「……もちろん私が一番上かな」


 「待て、俺だって長男だぞ」


 「……この蒼の放浪者のリーダーは、冒険者登録時に私になったのだ。なら私が……」


 「……何を言っているのかな?」


 「何を言っているの?」


 「アレは……ジャンケンで決まったことだぞ兄弟」


 「――――四つ子で誰が長子か、などと争ってどうするのですか……」


 近くにいたエルザに、そう言われ、「「……」」三人とも返す言葉が無いらしく無言となる。


 「……まぁ、取り敢えず、マーカス。お詫びが必要よ……」


 目の前で繰り広げられる家族会議に、村人は口を間が抜けたように開き、巨大なオオカミの魔物は機先を制されたのか、先程よりも静かに彼らを見詰めていた。

 これが弱い魔物の汚染体なら、すでに飛び掛かっていてもおかしくないが、飛び掛かってこない処を見るに、元々は知能の高い魔物だったことを窺わせる。


 いつ戦場(いくさば)になるか分からない状況の中ではあるが、無駄に強張り緊張して動けなくなるよりは――――程良い緊張に包まれた、この方がいいだろう。

 だが、それは蒼の放浪者の側の話で、巨大なオオカミの魔物には関係ない。


 少し出鼻をくじかれた形だが――――


 ――――ヴォァヴォォォォオオオオオオオ


 「「!!」」


 「「マーカス!!」」


 「!! 私の責任なのかッ!?」


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