01 油断大敵
(なっ、この現代に交通事故だと!!)
専門AIによる完全自動運転が当たり前となり、人が直接運転するには特殊自動車免許を必要とする時代。
交通事故の発生率は限りなくゼロに近く、日本を含めた七つの国家の中では、交通事故発生率、犯罪発生率、自然災害による死傷率共に著しく低くなった時代だ。
そんな時代に、彼は心の中で叫ぶ。
少し先では、大型トラックのタイヤが破裂し、車軸とホイールがアスファルトを削りながら道路を直進する光景が広がっている。
トラックの正面には、綺麗に舗装された横断歩道を歩いていた少女が、迫りくるトラックの圧迫に恐怖し震えて動けずに立ちすくむ姿があった。
(あぁ~もうっ最悪だ!!)
俺は、思わず肩に背負った薙刀を入れる袋を振り下ろし、手に持つとガードレールを飛び越えた。
(間に合え!!)
そう心の中で呟きながら、二メートル程の薙刀袋を突き出し、少女の襟首に引っ掛けると少し乱暴だが、跳ね上げる様にして少女を歩道に放り投げた。
放り投げられた少女はおそらく小学一・二年生だろう。
とは言え、小学一・二年生でも、その体重は二十キロ近くにもなる。それを二メートルの薙刀袋の先端に引っ掛け歩道に放り投げたのだ。
そんな彼の見た目は、さして太くはなく、ガチムチではない。
身長も百六十センチ前後にも関わらず。それだけの事をやってのけたのだ。
ただし、彼の着ている服の袖は、ゆったりとしたデザインとなっており、腕を見せない作りになっている。
(ふぅ~これで、あの子は助かったな……あっ)
そう少し間の抜けた、声と出した彼の目の前には、トラックの荷台から、荷物を固定するロープが切れ、H型鋼の鉄骨が飛んでくるのが目に入ってきた。
この時代、事故は限りなくゼロに近い。
AIによるシンギュラリティーを迎え、七つの国家はありとあらゆる分野において隆盛を極めて早、数十年。
ただ、それでも事故は起こる――――人の手による事故だ。ヒューマンエラーと呼ばれる現象だけは無くなってはいないのだ。
二十キロ前後の重量物を二メートルの薙刀袋の先端に引っ掛け放り投げたのだ。
足を踏み締め、肩から腰に掛け背筋を全力で運用しての上方向への払い。
体への負荷は大きく、その反動は彼がすぐに動く事を許してはくれない。
(あっ……あ~あっ、これで終わりかぁ~俺の人生……そう言えばまだ、あの新作やってなかったなぁ~今日あいつを誘って一緒にプレイしようと思ってたのに……それに、あのコスプレ……今週末に作る予定だったのに……残念無念)
他人事の様に走馬燈を見ながら、彼は今日の予定と今後の予定を思い出し残念がった。
感覚が拡張され、音が消え、必要の無い色を脳が自動で消去し、白と黒のモノトーン一色に視界が染まる。
必要の無い色を失わせる事で、脳の情報処理能力が向上し、拡張された時間の中でゆっくりと迫りくる鉄骨を、彼は今か今かと見つめ続けた――――
彼に迫った鉄骨は、ゆっくりと彼の胸の谷間に位置する肋骨を支える胸骨へと差し迫り――――
ぼっぉ。
痛みは無い。
H形鋼の鉄骨が小型かつ短かったのが幸いしたのだろう、私の胸骨と心臓を貫き脊椎を貫通した鉄骨は、私の後方数メートルの位置に突き刺さっていた。
(綺麗な死体になれそうで……良かった。まぁ大胸筋量は少ないから問題ないか)
などと死に化粧について考えるところが、彼らしいとも言える。それが彼の家族への最後の思いだった。
即死だったはずだ。
死の間際、伸びた時間とも圧縮された時間とも表現できるニューロンの最後の輝きが、脳細胞を激しい電気信号で焼き切る中、彼は、はっきりと聞いた。
思考すらままならなくなった薄れゆく意識の中で、文字を見るとも言葉とも判別の付かない何かを聞いたのだ……ただ、その何かは明確な意味として彼の頭蓋に染み渡る。
――――くるしい……っと……
本日、午後二時頃、市内の中学校に通う中学生が、小学生を交通事故から救い、代わりにトラックの荷台に積まれていた鉄骨に当たりお亡くなりになるという、痛ましい事故が起こりました。
お亡くなりになった中学生のお名前は……
拝啓ご両親様、ご家族様、御親戚様。
お日柄も良き、今日この頃、私は死にました。
ですが、ご安心ください。
私は……人を救って死んだのですから……
――――あぁ、買ったばかりの、あのゲームしたかったな~最新型拡張現実投影ゲーム・ソード・コントラクト・オンライン……
週に一・二話ほど九時ごろに投稿する予定です。
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