第5話 試練
前回のポイント・スラゾウは、希少なスライムだった!
イージーモードだと思っていたら、ハードモード――
現状に対する、俺の感想だ。
「念のために聞くが、腹話術の類じゃないよな?」
フェルナンデスは確認してくる。
「オイラは、ご主人との契約によって、しゃべれるようになったんです」
「俺も、スラゾウとの契約によって、しゃべれるようになったんだ」
俺たちは反応する。
「相互スキル、か」
「相互スキル?」
「契約により、人間と魔物、双方にスキルが生じることがある」
「それが、相互スキル?」
「調べてみるといい」
フェルナンデスの言葉に従い、俺は自身と相棒の能力を見たいと願う。
瞬間――
文字が浮かぶ。
【ステータス】
ネーム・タロウ
クラス・イレギュラーテイマー
ランク・G
スキル・異世界博士G 汚染耐性G
ネーム・スラゾウ
クラス・イレギュラースライム
ランク・G
メインスキル・変化G 言語能力G
この中から、該当するのは――
俺の場合、〈異世界博士〉。
スラゾウの場合、〈言語能力〉。
「相互スキルなのは、タロウのためだろう」
「俺のため?」
「意思の疎通ができない場合、契約直後に契約は破棄される」
「そのつもりだったよ」
「その場合、スラゾウはともかく、タロウは適応の問題を抱える」
「スラゾウによると、契約する前の俺は、死につつあったらしい」
「……まずいな、スラゾウがしゃべれる以上、お前のギルドへの加入は必須だ」
「それでも、スラゾウは狙われるんじゃないのか?」
「狙われない」
フェルナンデスは否定する。
「この国の支配者層は、テイマーにより占められているからだ」
「だから、選ばれた者、か」
「それに、ギルドに加入すれば、手柄を立てて貴族になることも、夢じゃないぞ」
フェルナンデスは煽る。
「ご主人、成り上がりましょ!」
「俺も、お前も、戦闘力は皆無なのに?」
興奮しているスラゾウに、俺は冷静に突っ込む。
「お前、盗賊の集団を追い払ったんだろう?」
「追い払ったね」
「お前は、十分強いよ」
「そうか、やっぱり俺は強いんだ!」
スラゾウに続いて、俺もフェルの言葉に乗せられる。
「むろん、すべてはこれからのお前次第だ。まぁ、一度きりの人生を楽しめ」
俺は、人生の先輩の意見を聞き入れる。
執務室を後にした俺は、受付に向かう。
「タロウちゃんのターゲットは、ハウンドね」
俺の顔を見るなり、マリーは話を進める。
「ハウンド?」
「犬みたいな魔物ね」
「犬を殺すの?」
「殺せとは言っていない。叩きのめして、連れて来る。――簡単でしょ?」
マリーは微笑む。
「そもそも、どうしてハウンドなんだ?」
「最近、ボードレスの治安が、急激に悪化してるのよ」
「ケインさんに聞きました」
「その一番の要因が、魔物の出現なの。ハウンドは、その代表ね」
「もしかして、依頼を試練として、流用するつもりですか?」
「ご名答」
マリーは頷く。
「実は、タロウちゃんにとっては、好機なのよ」
「好機?」
「異人のあなたには、本来、厳しい試練が与えられる」
「でも、人手不足だから、優しい試練が与えられた?」
「だから、安心して討伐してきなさい」
俺は頷く。
「ただし、異変を感じたら、逃げること」
「異変?」
「最近、物騒だから、危ないやつが混じってるかもしれない」
「危ないやつ?」
「ヘルハウンド。ハウンドに似てるけど、軍隊にも組み込まれる、強力な魔物よ」
「そんなやつが、目撃されてるの?」
「たとえ話。でも、注意する必要があるわ」
マリーの言葉は、不吉に響く。
「じゃあ、がんばってねん!」
マリーの声援を背に、俺たちはギルドを後にする。
『討伐依頼書
討伐対象・ハウンド
想定戦力・Gランク
推奨人員・新人以上
目的地点・ボードレス北西』
渡された依頼書に従い、俺とスラゾウは、町の北西を捜索している。
ちなみに、俺は歩いているけれど、スラゾウは俺の肩に乗っている。
もしもの場合に備えると、これが一番いい形。
でも、不公平に感じるのは気のせい?
「気のせいですよ、ご主人」
「人の心を読むな。いつお前は、読心術のスキルを獲得した?」
「ご主人は、顔に出やすいんです。ポーカーフェイスを心がけましょ」
「お前、よく俺の世界の言葉を知ってるな?」
「オイラは、普通にしゃべってます。そう聞こえるのは、ご主人の問題ですね」
「俺の問題?」
思い当たるのは――
〈異世界博士〉。
そのスキル効果により、翻訳されているみたい。
案外、役立つスキルなのかもしれない。
引き続き捜索していると、気配を感じる。
振り向くと、数メートル離れた場所に、それはいた。
「犬? いや、犬の怪物だ!」
ぱっと見た限りでは、犬に似ている。
ただ、見間違う人は少ないだろう。
大型犬よりも一回り大きく、体の表面は硬そうな、皮膚に覆われている。
それに、口元の牙は鋭く、獲物の喉を食い破りそう。
「来るぞ!」
俺は警告する。
気づいた時には、ハウンドは迫っていたから――
「スラゾウ、剣に変化してくれ!」
「……マジ?」
スラゾウは渋ったものの、指示に従う。
迫って来るハウンドに対して、俺は『剣』を突き出す。
狙い通り、ハウンドの眉間を捉えた瞬間――
フニャリ、と『剣』は折れる。
「えっ……うごっ!」
ハウンドの突進を受けた俺は、地面に倒れる。
そこに、ハウンドは飛び掛ってくる。
「スラゾウ、盾に変化してくれ!」
「……マジ?」
スラゾウは迷ったものの、指示に従う。
振ってくるハウンドに対して、俺は『盾』を振り払う。
狙い通り、ハウンドの脇腹を捉えた瞬間――
グニャリ、と『盾』は割れる。
「へっ……うごっ!」
ハウンドの落下を食らった俺は、地面に転がる。
そこに、ハウンドは追いすがる。
「そう何度もやられるかよ!」
俺は地面の石を拾うと、振りかぶる。
ガツン!
石と牙が、ぶつかる。
俺の反撃に、ハウンドは警戒するように、距離を取る。
「スラゾウ、どうした?」
「ご主人、オイラの〈変化〉は、見た目こそ変わるものの、中身は変わりません」
「えっ?」
「形を真似てるだけなんですから、無茶言わないでくださいよぉ」
「それ、先に言って……」
俺は愕然とする。
なぜなら――
魔物に素手で挑んだ、間抜け。
それが、俺だ。
前半はシリアス、後半はコメディです。
本来、逆のはずですが、そうなっています。
当然、タロウとハウンドとの戦闘は、ギャグです。