第45話 ハウンドの王フェンリル
前回のポイント・アリの巣を突破して、地上に出た!
石造りの階段を上がると、そこは家の中。
無用心にも鍵のかかっていない扉を開け、中に入る。
無用心だったかもしれない。
そう思ったのは、見覚えのある者が複数いたから。
むろん、悪い意味で。
「町の中の賊?」
俺は物陰に身を隠しながら、部屋の様子を窺う。
そう、町の中の賊。
見覚えのがあるのは、当然。
その中には、俺を追跡したやつも、ハンナを脅迫したやつも含まれている。
「あいつら、まだ活動してたのか」
「人は、よくも悪くもそう変われないんですよ」
「そういう意味では、あの三人はまともっすね」
スラゾウとゴレタは酷評する。
「中は兵士が見回ってるし、外は軍隊が待ち構えてるし、どうなってるんだ?」
「魔物の本格的な駆除だろ。俺たちには無関係だから、心配するな」
「心配するな? 一昨日以降、何の連絡もないんだぞ」
「もし危なくなったら、地下を通って逃げればいい」
「それも、そうか。あの三人のように、捕まっちゃ意味ないよな」
「ほんと、その通り。嫌なことは、酒を飲んで忘れようぜ」
言葉を交わした後、男たちは酒を飲み始める。
「どう思う?」
「やっぱり、アリスに見捨てられましたね」
「最初から、そのつもりだったんすね」
ゴメスの予想は、当たったんだ。
少なくとも、人を見る目はあったらしい。
問題は、当人の生死が不明なこと。
「あいつらを叩きのめして、ハンスたちに突き出そう」
酒盛りしている連中に、背後から迫る。
殺さないように、手加減して叩きのめす。
床に倒れた連中を、後ろ手で縛る。
「お前たちは……!」
俺たちの顔を見て、リーダーと思しき男は絶句する。
「やぁ、元気だった?」
「殺すつもりか?」
「むしろ、助けたんだけど」
「捕まえておいて、助けた?」
「俺たちが間に合わないと、この町は滅びる。当然、君たちも巻き込まれ、死ぬ」
「嘘だろ?」
男の問いに、俺は首を横に振る。
男たちは、うつむく。
当たり前か。
見捨てられたと、理解したんだから。
「作戦の成功を祈ってくれ。俺たちも、君たちと同じく死ぬかもしれないんだ」
そう言い残して、俺たちは外に出る。
外に出ると、日は暮れる寸前だった。
それが、破滅へのカウントダウンのように感じられる。
完全に日が暮れた時、この町は滅びるように思えてならないんだ。
「ずいぶん久しぶりに感じるけど、不在はたったの一日なんだよな」
俺の言葉に、スラゾウとゴレタは頷く。
「それより、ここはどこだ?」
場所は、東の区画みたい。
ここから、フェンリルが捕まっている場所に向かう。
「ご主人、フェンリルが捕まってる場所に、心当たりはあるんですか?」
「状況上、兵士の目も手も届かないところだろう」
「心当たりはありそうですね。どこです?」
「たぶん、ドーソンの屋敷の離れだ」
「だから、アリスは離れを拠点にしてたんですね」
スラゾウは頷く。
居場所に限れば、町のどこでもいい。
ただ、下手なところに隠すと見つかるし、逃げられる。
その点、評議会議員である、ドーソンの屋敷の離れは最適なんだ。
「兄貴、その場合、どう対応するんすか?」
「正直に話す。ただ、騒ぎになるとまずいから、フェンリルの存在だけは隠す」
「邪魔者を追っ払うんすね」
「そうしないと、フェンリルを説得できない。ひいては、戦争を止められない」
「だから、どっちの側にも接触しなかったんすね」
ゴレタは頷く。
頼ろうと思えば、人間側に限らず、ハウンド側も頼れただろう。
ただその場合、もう一方の信頼を失い、説得が難しくなる。
だから、どちらにも頼らなかったんだ。
会話の間も、俺たちはドーソンの屋敷に向かって走っている。
その間、どんどん日は暮れている。
期限は、迫っているんだ。
兵士が見回っているためだろう、人通りは少なかった。
一日目と二日目の半分ぐらい。
しかも、分散しているため、走っていてもぶつかることはない。
「おかしな雰囲気だな。みんな、そわそわしてるぞ」
「情報を封鎖してるせいですよ」
「そうなのか?」
「町の中の賊も、状況を把握してなかったでしょ?」
スラゾウは指摘する。
「言われてみると、そうだな」
「隠してても、わかるものはわかります。みんな、異変に気づいてるんです」
「どっちが幸せなんだろうな? 気づくのと、気づかないのと」
俺は首をひねる。
「今回の場合は、気づかないほうが幸せっすね」
「どうして、そう思うんだ?」
「気づいても、意味がないからっす。今更逃げても、助かりません」
「言われてみると、そうだな」
「だからこそ、オレたちはやり遂げる必要があるんすよ」
俺は考える。
俺の場合は、どうだろう?
幸せなのか、不幸せなのか――
強いて言うと、どっちでもない。
真実と向き合えたから、満足だ。
もっとも、問題を解決しないと死ぬ。
そういう意味では、本当の満足はまだ先。
「到着だ、狂った物語を終わらせよう」
俺たちは頷き合うと、ドーソンの屋敷の敷地に足を踏み入れる。
予想に反して、人気はない。
敷地に限らず、屋敷にも。
「どういうことだ?」
俺の問いに、スラゾウとゴレタは首を横に振る。
予想外の事態に戸惑いつつ、離れを目指す。
そこそこの距離があるのに、人に出くわさなかった。
人が少ないというよりも、人がいないみたい。
「兵士は? 家人は? ドーソンは? アリスは? それに――」
俺は言葉を切る。
離れに着くと、答えは判明した。
フェンリルの覚醒に合わせて、アリスはドーソンたちを屋敷から遠ざけたんだ。
もちろん、彼らのためじゃなく、俺たちのために。
離れの跡地に、紫色をした狼がいる。
普通の狼に比べると大きいものの、シーサーペントなどよりは小さい。
そのくせ巨大な魔物とも、比較の対象にならないぐらいの存在感がある。
「フェンリル……!」
俺たちは息を呑む。
調べる必要はないものの、いつも通り調べる。
「〈異世界博士〉の効果により、対象の情報を把握する」
俺は宣言する。
『〈異世界博士〉の指定効果、発動』
言葉が響き、文字が浮かぶ。
【ステータス】
ネーム・不明
クラス・フェンリル
ランク・EX
スキル・剛力S 粉砕S 鋼体S 抵抗S 適応S 感知S 警戒S
物理耐性S 属性耐性S 汚染耐性S 自然治癒S
エクストラスキル・不明
【パラメーター】
攻撃力・SSS
防御力・SSS
敏捷性・SSS
結果は、圧巻の一言。
元Sランクのアリスさえ、遠く及ばない存在だ。
契約したくても、できなかったのは当然。
「ランクEXのフェンリル……幸い、アリスの配下じゃない」
「幸いですか? この場合、最悪なんじゃないですかね」
「むしろ、アリスの配下のほうが、助かる可能性はあるっすね」
次の瞬間、俺たちは黙る。
「お前たちは、何者だ?」
突然、響いた声によって。
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フェンリルの登場です。
細々としたスキルは、読み飛ばしてください。
いわゆる、フレバーテキストです。




