第16話 決闘
前回のポイント・スラゾウは、盗賊にさらわれた!
『盗賊の頭は、お前を狙ってくるぞ。今度こそ、勝つために』
フェルの忠告は正しかった。
俺に敗れたゴメスは、頭としての立場を失いつつある。
そのため、原因である俺との再戦を望んでいる。
スラゾウが狙われたのは、そのため。
契約の中身はバレていないはずだから、『人質』による脅しだろう。
「問題の発端は、治安の乱れにより、物資が滞り始めたことです」
「物資が滞ったこと、か」
「夫はギルドの仲間を助けるため、一緒に物資の調達に出かけました」
「そして、捕まった?」
ハンナは頷く。
「しばらくして、町を拠点にしている盗賊の一人に、言われたんです」
「町の中の盗賊、ね」
「協力しないと、夫の命はない、と」
「その場には、アンナもいたのか?」
アンナは頷く。
「状況に変化があったのは、昨日の夜です。急に、呼び出されました」
「それは?」
「夫の解放条件として、しゃべるスライムの確保を突きつけられました」
「俺が来る直前だね」
「無理だと諦めていたら、あなたたちが目の前に現れました」
「だから、二人は驚いたのか」
アンナとハンナは頷く。
「本来は、私が動くべきでした。でも、無理でした。だから、この子が動いてくれたんです。そうしないと、あの人が殺されて――」
「わかった、もういい」
俺は、ハンナの言葉を遮る。
「どうして、事情を話してくれなかったんだ?」
「助けを求めたかった……でも、お兄ちゃん、新人でしょ!」
「それは……」
アリスの叫びに、俺は言葉を詰まらせる。
そう、俺は自他ともに認める新人なんだ。
「ふっ、結局は俺自身のせいかよ」
当事者のハンナとアンナは、うつむいている。
「二人とも、相棒を取り戻すために、協力して欲しい!」
俺は頼む。
これが、建設的な対応というものだろう。
実際、親子は顔を上げると、揃って頷く。
「ただ待つのはなんですから、食事にしましょう」
ハンナの提案に、俺とアンナは頷く。
待っている間に、食事を済ませる。
残っている分は、弁当として包んでもらう。
果たして――
俺の予想は正しかった。
見覚えのある男は宿に姿を見せると、ハンナに紙片を渡す。
その男が立ち去ると、ハンナは紙片を広げる。
そこには――
『タロウへ。
お前の相棒は預かった。
返して欲しければ、指定の場所に一人で来い。
もし来なければ、あるいは来ても一人ではない場合、相棒を殺す。
ゴメスより』
そう書かれていた。
「キラさん?」
「お兄ちゃん?」
ハンナとアンナに、心配そうに呼びかけられる。
どうやら、暗い表情をしていたらしい。
「予想通りだ」
「予想通り?」
「俺は一人で、指定された場所に向かう」
「一人で!」
ハンナとアンナは驚く。
「ハンナさんには、マリーさんへの伝言を頼みたい」
「遺言ですか?」
「遺言じゃなく、伝言。命乞いしてでも、生き残るよ」
俺は笑う。
「心配するな、スラゾウは助け出す。ついでに、ご主人とその仲間も」
「絶対に死なないでください!」
「スラゾウと一緒に帰ってきてね!」
ハンナとアンナの言葉を背に、俺は宿を後にする。
正直、二人に対して、恨めしさもある。
ただ、それよりも哀れみを感じている。
何より、盗賊への嫌悪感が上回っている。
「スラゾウ、待ってろよ!」
目指すべき場所は、町の北西。
同じ町の外でも、今までとは方角が異なっている。
そこまでの道のりは、長かったものの迷わなかった。
届けられた紙片には、ご丁寧にも地図が添えられていたから。
「ゴメスは、盗賊らしくないんだよなぁ」
子分はともかく、親分は盗賊らしくない。
その言動は、金で雇われた傭兵みたいなのだ。
「本当に黒幕がいるのかもしれない」
迫ってきたのは、平地から山地へと移り変わりつつある地点。
中心は、隕石により生まれた、クレーターのようなへこみ。
そこには、武装した荒くれどもが集まっている。
その中には、見慣れた相手も含まれている。
もちろん、スラゾウとゴメス。
「スラゾウ、大丈夫か!」
「ご主人、助けに来てくれると信じてました!」
「嘘つけ」
「よく嘘だとわかりましたね?」
「……冗談なんだけど」
「……こっちこそ、冗談ですよぉ」
当のスラゾウは、元気そうだ。
箱にも袋にも、入れられていない。
下手に扱い、死んでもらっては困るからだろう。
盗賊からすると、スライムの皮をかぶった怪物。
「可愛いスライムを、怪物と一緒にしないでください!」
「お前は、読唇術の使い手かよ?」
「ご主人の表情が、物語ってます!」
「それぐらい元気なら、大丈夫だな?」
「早く助けてください!」
俺は頷く。
「よく来たな、小僧」
「ゴメス、見損なったぜ、一般人を巻き込むなんて!」
「何を言ってる?」
「捕まえた父親を人質にして、宿の親子を脅して、スラゾウを捕まえただろ?」
「俺はそんな命令してないし、そんな方法も許してない。まさか――」
ゴメスは振り返る。
「手前ら、散々言っただろ。町の連中に迷惑をかけるな、と」
盗賊の一員は、いつも怒鳴られている、と言っていた。
だが、真相は違う。
ゴメスは汚いやり口を嫌い、部下を叱っているのだ。
「まぁ、いい。小僧を負かした後に、説教だ」
ゴメスの言葉に、子分たちは同じ反応をする。
相手を見下すような、後ろ暗い笑みを浮かべたのだ。
「ゴメス――」
「小僧、始めるぞ!」
ゴメスは二本の剣を子分から受け取ると、一本を放り投げてくる。
残る一本を構えたゴメスは、転がった剣を顎で示す。
俺は仕方なく拾うと、剣を構える。
「スラゾウを解放しないのか?」
「解放するのは、決闘の後だ。今、解放したら、決闘を邪魔される」
「そんなにもあんたは、スラゾウが怖いのか?」
「そういうお前は、そんなにも一人が怖いのか?」
「怖いよ。でも、それ以上に憎らしいよ。罪のない人を巻き込んだ、お前らが!」
俺は、全身から怒気を発する。
それには――
「小僧のくせに……」
親分は口をつぐみ、子分は顔を引きつらせる。
「行くぞ!」
「来い!」
俺の呼びかけに、ゴメスは応じる。
直後――
ガキン!
剣と剣が、ぶつかり合う。
タロウとスラゾウのやり取りは、もちろん冗談です。
どちらも一安心したため、軽口を叩いているのです。
両者とは違い、ゴメスには余裕がありません。