第13話 宿の親子
前回のポイント・町の中に、盗賊が入り込んでいた1
「ここは――」
目を覚ました俺は、辺りを見る。
ここが、宿なのか。
それどころか、異世界なのか。
俺は、確かめたかったんだ。
「もちろん、異世界の宿だ。――どうする?」
こっちの世界に来るのに、十六年必要だったとしよう。
その場合、あっちの世界に戻るのに、十六年必要だろう。
それなら――
あっちの世界に、戻ることより。
こっちの世界に、慣れることを。
優先するべきでしょ?
今後の方針が決まったため、俺は起き上がる。
「スラゾウは?」
この世界の相棒は――
ベッドの隅に寝ている。
水餅のような体が上下しているさまは、飼い猫を思わせる。
「ご主人、食い逃げは得意ですよぉ」
「こいつ、どんな夢を見てるんだ?」
気持ちよく眠ってる、スラゾウを叩き起こすのは、気が引ける。
だから、スラゾウを置いて、部屋を出る。
ただ、もしもに備えて、部屋を視界の隅に入れておく。
もっとも、心配は無用のようだ。
なぜなら――
俺以外の客は、見当たらないからだ。
「これでよく、商売が成り立つな?」
食堂らしきスペースにいるのは、二人。
一人は、昨日の夜に顔を合わせた少女。
もう一人は、母親と思しき年配の女性。
「見つけないと――」
「奪わないと――」
二人は、ひそひそと言葉を交わしている。
辛うじて聞き取れたのは、見つけて奪う、という不穏な言葉。
「ここ、盗賊の宿じゃないよな?」
俺の声が聞こえたらしく、二人は振り返る。
「あなたは――」
「お母さん、この人は夜遅くに来た、予約のお客さんだよ」
二人は言葉を交わす。
「あら、そうだったの。ごめんなさい、用事があって外出してたもので」
「こっちこそ、夜分遅くにすみませんでした」
「いえ、他にお客さんはいませんから、我が家のようにくつろいでください」
「それじゃあ、お言葉に甘えさせて――」
その時――
グゥウウウ!
俺の腹は、盛大に鳴る。
「あら、お腹が空いてるのね。今から用意してますけど、要望はありますか?」
「育ち盛りだから、二人分用意してください」
「わかりました、少し待っててくださいね。アンナも、一緒に来なさい」
母親の言葉に、アンナと呼ばれた少女は「はーい」と素直に応じる。
「俺も心配性だな――」
親子の打算のない対応に、俺は勘ぐった自分を恥じる。
どうやら昨日の騒動のため、この世界の日常を誤解してるみたいだ。
「異世界の日常、ね。スローライフを送れる気がしない――」
「もう隠居を考えてるんですか? 若者は、大志を抱くべきです」
声の主は、料理を運んできたアンナの母親。
皿に目を向けると、予想以上に多かった。
この世界の人々は、食いしん坊?
「どうしました?」
「ちょっと量が多いな、と思って」
「ちょっと? 食いしん坊さんですね」
アンナの母親は笑う。
「どっちが?」
「もちろん、私たちの分も含まれてます」
「実は異人の上に記憶喪失だから、わからないことばかりなんですよ」
俺は立場を明かす。
「大変そうですね、お名前は?」
「キラタロウと言います」
「キラキラタロウ?」
「キラタロウ!」
俺は訂正する。
「ごめんなさい、間違ってしまって。異国の人の名前は、難しいのね」
「ちなみに、お名前は?」
「ハンナと言います、娘のアンナともどもよろしくね」
「よろしく、ハンナさん、アンナちゃん」
ハンナとアンナは、ニコリと笑う。
それから、食事が始まる。
異世界の料理の味は、期待とは違った。
すごくおいしいというわけでも、すごくまずいというわけでもない。
当たり前か。
契約による適応の一つに、食事も含まれているのだから。
感想の間も、食事は進んでいる。
ただ、皿に盛られた料理は、あまり減っていない。
「作り過ぎたかしら?」
「あたしたちが、あまり食べてないみたい」
「大丈夫ですよ、俺の相棒は食い逃げするぐらい、食べますから」
冗談だと思ったらしく、親子はクスリと笑う。
「そんなに食べるとしたら、よっぽどの大男なんでしょうね」
「大男じゃないですし、それどころか人間じゃないです」
「まぁ、大人をからかって」
「からかってなんていません、来ましたから確かめてください」
「どこにいるのかしら……魔物!」
俺の指さした先を見た、ハンナは叫ぶ。
「安心してください。契約してますし、そもそも気のいいやつです」
「契約? まさか、あなた、テイマー――」
「近々、ギルドに入る予定の新人です。困ったことがあったら、言ってください」
ハンナは頷く。
「それなら、夫をたす――」
「お母さん!」
アンナの呼びかけに、ハンナは我を取り戻したように、言葉を呑む。
今のやり取りについて、聞きだそうとした時――
「ご主人、抜け駆けとは、見損ないました!」
スラゾウは、テーブルを這い上がってくる。
「お前の分も用意してあるのに、見損なったのか?」
「さすがタロウ! そこにシビれる! あこがれるゥ!」
「オイラにできないことを平然とやってのけるッ、は?」
「そんなことよりも、オイラにも分けてくださいよ?」
俺たちのやり取りに――
「嘘……!」
アンナとハンナは呆然とする。
そう言えば――
肝心な点を言い忘れていた。
相棒は魔物なのに、人の言葉をしゃべれることを。
最後のタロウとスラゾウとの会話には、元ネタがあります。
それは、漫画「ジョジョの奇妙な冒険」です。
その第一部のチンピラの台詞を、元にしています。