第10話 帰還
前回のポイント・タロウは、ヘルハウンドを倒した!
数台の馬車に、人と荷物を詰め込むと、すぐに出発。
盗賊が戻ってくるとは思えないものの、絶対じゃないから。
町に着くまでの間、俺は先頭の馬車に乗り、警戒している。
「あの賊たちは、どうなるのかしら?」
「ゴメス次第だけど、難しいところだね」
隣に座ったフェルの問いに、俺は答える。
勝負に負けた上、周囲の被害を気にしない、魔物の特攻も失敗。
ゴメスの自尊心はズタズタだし、子分の信頼も地に落ちることだろう。
「それより、ご主人、どうしてヘルハウンドに、香辛料を浴びせたんです?」
「もちろん、効くと思ったからだ」
「問題は、根拠です。盗賊の親分じゃないですけど、効くとは思いませんよね?」
「ヘルハウンドのスキルに、〈感覚強化〉があったからだ」
肩に乗ったスラゾウの問いに、俺は答える。
「〈感覚強化〉?」
「対象の魔物の五感を強化する、支援スキルね」
「支援スキル?」
「文字通り、契約した魔物を支援するスキルよ」
スラゾウの問いに答えたのは、フェル。
フェルは、テイマーに関して詳しいらしい。
「ゴメスの指示を受け入れさせるために、本来の主人が仕込んだんだろう」
「それが、弱点になった?」
「ヘルハウンドの五感は、必要以上に強化されたんだ」
「だから、本来効かない香辛料も効いたんですね!」
「そう、相手のスキルを逆手に取ったんだ」
スラゾウは頷いているのに、フェルは頷いていない。
「関連して聞きたいことがあるんだけど、盗賊の親分は嘘を言ったの?」
「嘘じゃないと思う。ヘルハウンドは、正気を取り戻したんだろう」
たとえば、香辛料を浴びたことにより、指示が消えたのかもしれない。
あるいは、追い詰められたため、本能が指示を上回ったのかもしれない。
いずれにしても、ヘルハウンドが正気を取り戻していたのは間違いない。
ゴメスがその背中に乗り、逃げたことも推測を後押しする。
「ところで、ご主人、香辛料の代金をどう支払います?」
「明日には貰える資金から、払えばいいだろ」
「そんなに貰えませんよ」
「えっ、そんなに高価なの!」
俺は驚く。
「高価ですよ」
「高価よ」
スラゾウとフェルは頷く。
「どうしよう?」
「気にすることはない」
返答したのは、臨時に馬車の御者をしている商人。
そう言えば、この商人こそ香辛料の所有者だった。
「失われたのは全部じゃないし、たとえ全部でも命は助かる。一部を除いて回収できた以上、むしろ礼を言いたい。――君たち、ありがとう」
商人は頭を下げる。
「「いやぁ」」
俺とスラゾウは、照れ笑いを浮かべる。
会話の間も、警戒を続けている。
ただ、そろそろ終わり。
馬車の群れに気づいた、町の人々が騒ぎ出したから。
町の外に集まった人の数は、時間とともに増えていく。
騒然とした雰囲気の中、群集を割って進み出たのは、フェルナンデス。
馬車の遅刻と俺の不在とが合わさって、心配した様子。
「これは、どういうことだ?」
フェルナンデスは尋ねる。
「兵士だと騙されて、私たちは盗賊に捕まっていたの!」
「その盗賊は数十人以上いたし、ヘルハウンドさえ従えていた!」
「それをキラタロウさんたちは、その身一つで助け出してくれたんだ!」
フェルたちの発言に、群集はどよめく。
「何にしても、エリザが無事でよかった」
「エリザ?」
俺は首をひねる。
「フェルは偽名、本当の名前はエリザベート」
フェルはそう言うと、目深にかぶっていたフードを脱ぐ。
年齢は、見た目通りの十代半ば。
容姿は、少なくとも美貌と言っていい。
マリーと異なるのは、可愛いというよりも綺麗ということ。
何より――
「女の子だったのか!」
「ご主人、鈍過ぎ……」
スラゾウは呆れる。
「どうして、性別と名前を偽ったんだ?」
「王都にも、ボードレスの治安の悪化は伝わってたの」
「だから、念のために性別と名前を偽った?」
「不幸中の幸いね」
エリザは頷く。
初対面の際、こちらの言葉を遮ったのは、そのためらしい。
素性を隠したかったんじゃなく、性別を隠したかったんだ。
そうなると、賊が『フェル』の存在に、心当たりがあったのはなぜ?
周囲に人がいなくなったら、聞いてみよう。
「わかると思うが、俺たちは親子だ」
二人は並ぶ。
容姿に限ると、共通点は髪の色と瞳の色ぐらい。
ただ、それ以外は似通っている。
「これからは、エリザと呼んでね」
「面倒なら、フェルと呼んでくれ」
二人は微笑む。
「スラゾウ、待望のヒロインだぞ!」
「こう見えて、男の娘では?」
「嘘だろ!」
「たとえ女の子でも、真のヒロインは別にいるのでは?」
俺たちのやり取りに――
「あははははっ!」
周囲は、笑いに包まれる。
不可能を可能にした者としては、締まらない立場。
でも、問題ない。
エリザを始めとした人々の顔に、笑顔が戻ったんだから。
エリザは、ヒロインの一人です。
ただ、正ヒロインなのかどうかは、不明です。
当初はそのつもりでしたが、うまく機能しなかったのです。